押しかけ推し活女子と見守り男子
めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定
押しかけ推し活女子と見守り男子
彼女が好きなのは推しであって僕ではない。
自分にそう言い聞かせる。
推しの一言一句に一喜一憂する。
一喜一憂どころか狂喜乱舞する。
たまに死ぬ。
同じ部屋でずっと彼女を見ていた。いつも全力で生きている。
そんな彼女が僕の推しだった。
だからこれは恋ではない。
僕なりの推し活だと心の置き場所を決めた。
推し活だから見返りは求めない。
求めないことで心を落ち着けた。
ご近所さんで幼馴染。
幼い頃から家族ぐるみの付き合い。僕はあちらの兄弟と仲が良く、彼女は僕の妹と仲が良かった。
彼女が僕の部屋で推し活を始めたのは中学のとき。
兄と弟一人ずつ。男兄弟に挟まれた彼女は常日頃から不満が溜まっていた。
そして大爆発を起こした。
全面的にあちらの兄弟が悪い。
彼女の推しが描かれたアクリルスタンドを弟が割った。
ブチ切れる彼女をなだめる兄が言葉の選択を誤った。違うキャラを指しながら「いっぱい持っているだろ」と。
兄弟関係が盛大に破綻した。
似たようなことは以前からあったらしい。この喧嘩がなくても彼女の爆発は必然だった。
無視と無言とギスギス感。ついにあちらの兄弟が土下座した。……僕に。
彼女をなだめるための生贄にされたのだ。
僕は彼女の話は聞くことになる。
最初は愚痴を語られた。
溜まりに溜まった長い愚痴だった。
吐き出し終えると、推し活に対する兄弟の無理解を嘆かれた。
体育会系の兄弟に理解を求めるのは酷だろう。
ネガティブな言葉は自分も嫌な気分になる。
罵倒よりも好きを語りたい。
次第に彼女の口から推しへの愛が溢れていった。
その輝きに圧倒されている間に、なぜか僕は推し活の理解者にされていた。否定しない。相槌を打つ。真剣に聞く。それだけなのに。
彼女は僕に意見や感想など求めていない。
推しへの好きを発散させてくれる存在が尊いらしい。
理解者を得た彼女は僕の部屋で推し活するようになった。
彼女の推しに侵食されていく僕の部屋。
僕ほど彼女の推しに詳しい人はいない。
下手すれば彼女よりも詳しい。
寝食を共にするのだ。過ごした時間の長さが違う。
高校時代の最盛期は部屋の半分以上が彼女の推しに埋め尽くされた。「兄さんの部屋にお姉ちゃんの推ししかおらん」と妹がドン引きだった。
そんな関係が大学生になった今も続いている。
共に上京して一人暮らし。でも彼女のアパートは音漏れで推し活ができないらしい。
僕も彼女が家に来る気がしていたので、防音対策がされている広めの部屋を借りていた。問題はない。
「VTuberはダメだったの?」
「うん。思うところがあってね」
大学生になり行動範囲が広がった。
最近の彼女は興味を持っていた2.5次元舞台やVTuberに挑戦していたが合わなかったらしい。
今はアイドルものの乙女ゲーに熱中している。
「どうも私は生感があるとダメみたい」
「生感?」
「やっぱり2.5次元もVTuberも生きているわけで、私の抱くイメージとブレるんだよね。そのブレに自分勝手な怒りを覚えるぐらいなら、推さない方が健全でしょ」
推しにも色々あるようだ。
生感。生きている。予想外の言動をして当然だ。
それがいい人もいるだろう。でもイメージの乖離が許せない人もいる。媒体が合う合わないは存在する。彼女には合わなかった。厄介なアンチになる前に、自分から離れたのは正解だ。
それにしても彼女には理想のイメージがあるのか。
「だってあんなことを……は言わないから」
「今なにかいった?」
「なんでもない! それよりも今はこの人を推してるの! このリーダーの人!」
「赤髪が推しなのは珍しいね。こういう元気のいい熱血男子タイプは避けていたのに」
「空回り熱血漢は兄貴を思い出すから」
「確かに。でも今回は赤髪系なの? いつもなら物静かで包容力のあるキャラなのに。寒色系の」
「ふっふっふ。このゲームのコンセプトはギャップなの!」
「ギャップ?」
「攻略キャラは全員アイドル。表に出ている姿は全員がカラーの通り。しかしステージ裏では全員違う一面を持っている! この赤髪のリーダーは表では熱血漢で愛嬌あるキャラを演じている。でも裏では髪を降ろして眼鏡をかける理知的で仲間思いのリーダーに変わるんだよ! エグくない!? 赤髪なのに眼鏡だよ! 実は物静かで包容力に溢れるお兄さん……そのギャップに心を撃ち抜かれました」
「そうなんだ。今度は赤髪か」
いつも通りの彼女の姿に安心する。
今日も推し活に励んで幸せそうだ。
さてどうしようか?
眼鏡は用意できるけど、髪を赤く染めるのは勇気いるな。
♢ ♢ ♢
買い物を終えて帰宅すると鍵が開いていた。
彼女が来ているのだろう。合鍵は渡している。よくあることだ。実家に住んでいたときも、いつの間にか僕の部屋で寝ていたことがあった。
でも今日は違った。
部屋にいたのは妹だ。無断でカップアイスを食べている。
値段お高め。期間限定フレーバー。彼女のお気に入り。数はあるので問題ないが、また補充しておかないといけない。
「今日はどうした? 連絡してくれれば迎えに行ったのに」
「大学の下見。友達と待ち合わせした流れで来たから。それにしても兄さんの部屋は相変わらずだね」
妹の視線の先には乙女ゲー。妹も実家の僕の部屋でやっていた。興味があるのだろう。
「やっていくか? 彼女もお前なら怒らないだろうし」
「今日はパス。それで兄さんとお姉ちゃんは付き合わないの?」
「……またか」
実家にいた頃から何度も繰り返されてきた話題だ。
この小姑根性さえなければいい妹なのだが。
「いい加減正式に付き合いなよ。まさか付き合う気がないわけじゃないでしょ」
「ないな」
――ガタッ。
キッチンの奥から物音がする。
正体を確かめようとしたが焦った様子の妹に遮られる。
「ないはずがないでしょ! あれだけ長く一緒にいて。まさか異性として意識してないわけじゃないよね」
「可愛い女性と思っているよ」
――ガタッ。
「それで付き合う気がないのはおかしいでしょ! 他に好きな女性がいるとか?」
――ガタゴタッ。
「それもない。家に彼女を招いているのに、他の女性と付き合うとかヤバいだろ。彼女を追い出す必要があるなら誰とも付き合わないよ」
「じゃあなんで?」
「恋愛云々で彼女の推し活を邪魔したくない」
「いやいやいやいや! そうじゃない! お姉ちゃんの推し活は本気だよ! でも元々は兄――」
「それに最近言われたんだよ。生感がダメって」
「――さんと一緒にいたい……生感?」
「どうも彼女には理想のイメージがあって、そこからブレることがあるVTuberとかはダメだったらしい。人には向き不向きがあるし、VTuberが駄目なら生身の人間と恋愛はもっと無理だろ。少なくとも今は」
付き合うことができない理由を告げると、妹がうずくまった。
小さな声でブツブツ呟いている。
「どうしてこんな面白いすれ違いを繰り返すかなこの二人は。中学時代のアプローチの仕方を完全に間違えているお姉ちゃんは笑えたよ。そこから軌道修正できずにオタ活沼にハマり過ぎた高校時代は正直引いたけど。大学生になってからも更にすれ違うのか。生感って何? お姉ちゃんは推しに兄さんを投影しているから、たぶん不純物が邪魔だっただけだよね。もしかして兄さん以外の生身の男性に興味はありませんアピールしているつもりとか。……ありそう。絶対にやらかしてるよ。だってお姉ちゃんだし。自分から拗らせてどうするの? 本命から生身の人間に興味がない二次専と思われたら本末転倒でしょ」
「急に頭を抱えてどうした?」
さすがに長い。
何言ってるかわからないが心配になってきた。具体的にはテーブルに置いてあるアイスの溶け具合が。もうアイスと呼べなくなる寸前だ。
顔を上げた妹は微笑を浮かべていらっしゃる。危険な兆候だ。目が据わっている。
「攻め方を変えるね」
「攻め方? それよりアイス」
「前から思っていたけど、兄さんの部屋ってナルシストっぽいよね」
「そうか? ボーイズラブというか同性愛者と勘違いされるかもと思ったことあるけど」
「お姉ちゃんの推しグッズを見てみなよ。どことなく兄さんに似ているでしょ。傍目から見ると自分に似たキャラグッズを集めるナルシストだよ」
「そのことか」
「気づいていたの!? 実はお姉ちゃん中学生の時から遠回しに自分の好きな異性を伝えようとしていてね! 遠回りしすぎて意味が分からないけど」
「実は僕の方から彼女の推しに寄せているんだよ。興味持ってほしくて」
「へっ?」
――ガタゴタガタゴタッ。
「彼女の最近の推しがあの赤髪のリーダーでさ。実は今日も伊達眼鏡と染毛剤を買ってきた。高校時代はさすがに髪は染めなかったけど。大学生ならいいかと思って」
「……なんで」
「ん?」
妹がうつむいて震えている。
そして爆発した。
「なんで兄さんまでそんな分かりにくいアプローチしているのかなっ!? それを愛以外のなんと呼ぶのか私は知らないよ!? あと妹として赤髪は反対! クリエイターかお笑いの二択だからな赤色!」
ブチ切れた。
名曲の歌詞みたいなキレ方だった。あと赤髪はダメらしい。
キッチンの奥まで歩き、むんずと顔を真っ赤にした彼女を引きずり出す。
「もういい。二人で話し合え」
「話し合えって……今日来てたんだ」
「来てました。鍵開けたの私です」
「そっか」
気まずい。
キレた妹も怖い。
どうしようか迷っていると、彼女の立ち直りの方が早かった。
「あのっ! 推しに触れていいですか!?」
「どうぞ」
グッズ置き場への道を開けるため身体を横にずらす。
けれど彼女は僕の前に立ち、ペタペタと触れてきた。
「グッズはあっちだけど?」
「今推しに触れてます。静かに」
「はい」
そのままペタペタと謎の時間が過ぎる。
「よし! 今日は推し成分が過剰供給気味なので帰りますね! このままだと死ぬので!」
「送ろうか?」
「ううん無理!」
僕の前から立ち去ろうとする彼女の首根っこ妹が取り押さえた。
「この期に及んで逃げんな!」
「離して! 後生だから!」
「兄さんも突っ立ってないでこのヘタレ虫を捕縛して!」
「いや死ぬらしいよ」
「オタクの死ぬは死なないからいいの! 生を実感しているだけだから!」
そういうものらしい。
その言葉を信じて彼女の肩を抱きしめる。
「そんな寂しそうな背中はずるい。こうやって捕まえたくなる」
「…………」
「…………」
セリフ選びに失敗した。
沈黙が痛い。
「なにそのバックハグからの甘い台詞」
「彼女が前にやっていた乙女ゲーのセリフ。『死にゅ』とか反応がよかったから」
「さっき死なないと言ったけど、さすがにそれはオーバーキルよ」
「他にも。ずっと離さないのは流石に無理だけど、心はずっと抱きしめてあげるから。これは奇声を上げていたかな」
「きゃあ!」
彼女ではなく妹が嬌声をあげた。
肝心の彼女からの反応はない。でも拒絶されているわけでもない。完全に僕に身を委ね……過ぎてないか?
「……お姉ちゃん死んでる」
「えっ!?」
「大丈夫。いい顔で尊死しただけだから」
「それは大丈夫か?」
「兄さんの腕の中だし問題ないでしょ。ただこれは現妹としての命令で、未来の義妹としてのお願いだけど。このままお姉ちゃんをこっちの家に住まわせること。一人にすると空回りして危ないから」
「未来の義妹って……住まわせるのはいいけど」
誰の義妹なのだろう。
たぶん確認すると怒られる。
「というかお姉ちゃん家なき子だし。うちとあちらの親はお姉ちゃんと同棲する前提で、兄さんに広い部屋を与えているわけで。いい加減一緒に住めやというお達しがあってね」
「そうだったの?」
「今日私が来たのも、煮えきらない二人に発破をかけてこいと命令されたからだし。言ってなかったけど私も推薦決めて来年からこっちに住むから。お姉ちゃんの部屋は私が譲り受ける形。ちなみにお姉ちゃんの借りたアパートは別に壁は薄くないからね。兄さんの家に入り浸る口実にしていたみたいだけど」
「お……おう」
妹から明かされる衝撃の事実が多い。
なんか迷惑をかけたみたいだ
「じゃあ私はもう帰る」
「泊まらないのか。布団二組しかないけどお前と彼女で使えば」
「私もオーヴァードーズ気味なの!? わかってよ! あんたら二人と同じ部屋に泊まれるか! 気まず過ぎるわ! 子供の頃から続いていたかったるぃキューピット役もこれにてバイバイだかんな!」
そう言い捨てて妹は帰った。
甘い香りを放つ溶けたアイスを残して。
「布団に彼女を寝かせるか。あと髪の色はどうしよう?」
彼女に聞こう。
同棲するみたいだし。
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