現生惨獄奇譚《げんせいむごくきたん》

あさひ

三つの奇譚《ある呪い》

 人は時に残酷な選択を

自然と人に迫るのだ。

 それを正義と言いながら

愚かにも 酷にも 明らかにも

人の業を生きる。


 寒空には星が煌めき

ビルの裏側には凍える宇宙が広がった。

「うぁ…… ぁあああぁァぁ……」

 か細い声が広がった

呻いているのか 嘆いているのか

表しているのか

よくわからないが空を見上げている。

 格好は見すぼらしい

そして何も食べていないのか

生気がほぼ無いに等しい。

 近くから良い匂いが

寄ってきた。

「ん? 大丈夫?」

 柔らかな女性の声で

しっかりとその何かを認識している。

「うぅぅぅ……」

「お腹空いてるんだね」

 女性は鞄から黒いチョコ菓子を

箱ごと取り出し

袋をわざわざ開いた。

「わかる? チョコだよ」

「ぅ? ちょ…… こ……?」

 聞き覚えはあるようだが

ある訳がないと疑心に塗れている。

「なるほどね」

 女性は自分で開いたチョコ菓子を

目の前に美味しそうに頬張った。

 さすがに信用したのか

残りの箱を漁る。

 しかし袋を開けれずに何度も

同じ動作を繰り返した。

「ふふっ」

 笑いながら袋を順に開けては

少年に渡す。

 バリバリと音を立てて

しっかり次々にチョコを口へと放り込んだ。

「美味しい?」

 言葉はないが

ふんふんと頷きながら目が輝いていく。

 箱の中を平らげた少年は

犬のように指示を待っていた。

「君の名前は言える?」

「シロ?」

「シロちゃんって言うのか……」

 ちゃんという呼び方に反応したのか

首を横に振りながら

腕を捲り始める。

「もしかして男の子なのかな」

「うん」

 急に恥ずかしくなったのか

それとも男に慣れていないだけなのか

反応が女子になった。

「そうなんだねぇ」

 女性は体を舐めるように

見渡したが納得していない。

「私より女の子だね……」

 髪は伸びっぱなし

目は二重で背丈が小さく

華奢だが骨太さはしっかりと見える。

 黒い髪で声まで少し甲高い

だがハスキーと言うべきだろうか

濁っていた。

「本題なんだけどさ……」

「なに?」

 腹を満たした途端に

しっかりと喋りだす。

「君は人間だよね」

「……」

 鈍く黙り込んでしまう

数秒後に手をひとしきり確認し始めた。

「たぶん……」

 やっぱりと頭で言葉を発する

手に刻まれた黒い噛み跡を見て

牙を食い込まされていたことを確認する。

「君はまだ人間だよ」

「そうだったらいいね」

「近くに家があるから……」

「嫌だ」

 即答で拒絶を示された

理由はわかる

しかし一刻の猶予もない。

「仕方ないな……」

 女性は懐から注射器を取り出し

中に赤黒い液体を注入する。

「少し痛いけどね」

 腕をそそくさと握り

静脈の部分にゆっくりと差し込んだ。

 徐々に液体を浸透すると

少年の顔が晴れていく。

「すごい……」

「これまでに見えていたものを教えてくれる?」

 注射針をゆっくりと外へと出しながら

皮膚から離れる瞬間にさっとガーゼを当てこんだ。

 手つきから看護師のような印象を受ける

だが医療道具などは他に見当たらない。

「数か月前から犬型の生物が確認されていたけど」

「僕のこと?」

「違うよ」

 少年の注射痕を押さえながら

説明を始める女性に申し訳なかったのか

自ら押さえ始める。

「良い子だねぇ」

「続きが聞きたい」

「そうだったね」

 事が起きたのは

数か月前の秋の終わり

遊びに行った男女の子供が

帰ってこなくなった。

 捜索願いが出る頃には

ニュースにもなるほど大騒ぎになる。

 だが二週間後に

遺体の確認という形で幕を下ろした。

 表向きには

野犬に殺された哀れな兄弟という

ニュース番組にはよくありそうな事件である。

「君はすなわちシロじゃなくて真城悠戸ましろゆうとという名前があるんだ」

「それはそうだよ」

「え?」

 腕の噛み跡をさすりながら

微笑んだ少年はまっすぐにこう言い放った。

「名付けてくれたんだよ」

 壱の獄 おわり


 春に入りたての陽気が

街を明るく励ますようだ。

 女性と一回り小さい男の子が

スーパーで買い物に講じている。

「ユウト? ミンチを見てどうしたの?」

「そぼろかハンバーグで悩んでるんだけど……」

 料理するのは女性ではなく

小さい男の子らしい。

「ハンバーグのタレはデミグラスが良いな」

「じゃあハンバーグか……」

 悩みこんだままで

調味料を専門的に置いてある区画に辿り着く。

「今日はガーリックデミグラスでいこうかな」

「あれだねぇ」

 一度だが食卓に並んだ時

レストランから運んだかのような

ハンバーグだった。

「料理出来るんだ……」

「お姉さんが卵焼けたら問題はなかったよ」

「ぐぅ……」

 美味しかったのか

即座に作ることを諦めて

今は真城悠戸ましろゆうとが担当する。

「ハンバーグの付け合わせでニンジンのやつあるよね……」

「それがどうしたの?」

「じゃがいものやつがいいなぁ」

「フリットだね」

「それっ! あれが食べたい!」

 ついでに黒コショウを買うことにした

瓶を手に取ると少しだけ世界が揺らぐ

目の前に黒い犬が佇んでいた。

【ヒサシイナ……】

「あの時の黒い狼? だよね……」

【ソウダガ】

「ありがとうね」

【ソウカ……】

 その言葉に寂しくなったのか

すうっと塵になるように砂と化してどこかに

去ってしまう。

 ハッと辺りを見渡すと

不思議そうな顔で覗きこむ女性と

棚の商品に必死な周りしか見えない。

「見えたんだね?」

「うん……」

 寂しそうに語る少年に

女性は察して言葉を追加する。

「妹さんについてじゃないね」

「前に話した黒い狼が寂しそうに……」

「同化だね」

 女性は唐突に理由を言い当てる

慣れているだけではなさそうだ。

「昔の話をするね」

「えっ? うっうん……」

 数十年前の遡る

ある時に姉妹が公園に遊びに行く

砂場で遊び

広場でおままごとをする。

「しほ? どこいったの?」

 妹だろうか

姉が呼び捨てながら探し回った。

「ここでしょ?」

 居るであろう場所には

履いていた靴と衣服の欠片が残されている。

 ただ事ではないと

姉も思ったのか声がだんだんと大きくなりながら

最後には叫んでいた。

「しほぉ…… どこに行ったの……」

 涙を流しながら

落ちるようにへたり込む

その様子に周りも警察を呼ぶ

しかし結局の問題は見つからない。

 数か月後に情報とは再開するものが

本人には会えずじまいで何十年も経った。

 俗にこれを

幼児誘拐者不明失踪事件クロイイヌのサライヤ

 そんな都市伝説と化す。

「これが昔に起きた事件で……」

 言葉が終わりきる前に

少年が推察を放った。

「アンさんの妹さんがいなくなった事件?」

「そうなるね」

 語られた事件の被害者は

霧敷志帆むしきしほという年端の行かぬ少女と

その家族である。

「大変だったね」

「君には及ばないかな」

 しんみりな空気を

打破したのはスマホからの着信音だ。

【行方不明事件が発生した】

 画面にはそう映し出されている

続けて

【加害者は霧敷志帆むしきしほの可能性が高い】

 まるで先ほどの会話を聞いていたような

タイミングである。

「もしかしてだけど……」

「そうだね」

 言わずとも推理が合致した

妹が戻ってくるはずだ。

弐の獄 おわり


 夜の空気までもが

少し暖かい街の公園に

花見を片付ける大学生も

ちらほらと見受ける。

 ここでいなくなったのは

大学生の遠木水歌とおきみずか

今年で十八歳になったばかりだ。

「子供じゃないんだ……」

 共通点がなくなった

しかし方程式はわかる。

 どんどん大人になっているのだ

行方不明の人間は少しずつだが

年が上がっていた。

 最初は幼児

二回目は中学生一年生

三回目は大学生十八歳

年齢を計算すると六年ずつ増えている。

「六の数字が三つ並んでる?」

「悪魔の数字だっけ?」

 そう海外では黒い犬が雷鳴を纏った状態で

降り注ぐ日も数字の総合的な数値が

六の連続であるらしい。

 例えば

六月十二日

六と六を足した数字

三の倍数という説も存在する。

 悩んでいる間に

遺留品にも近しいものが見つかった。

 血の跡を残して続く

靴と衣服の断片は

ある場所に向かっていた。

 第三ビルの路地裏

そう呼ばれる

いわくつきの心霊スポット

そして悠戸の見つかった場所である。

「灯台もと暗しだったわけか……」

 気づかなかったが

公園の真ん前は第三ビルの路地裏

そして血の跡は

マンホールへと続いていた。

 不意に記憶が蘇りだす

【ワタシハツミヲオコシタ】

「それよりリンはどこにいる!」

【アセルナワタシノウツワダ】

「ふざけんな! リンは唯一の妹なんだ!」

【ミライデアオウ】

 その後に痛みが走り

記憶が途絶える。

 視界が戻ると

下水道で肉を貪っていた。

【ワタシハナニヲ】

 少年の肉を貪る犬は

悠戸の意思で喋っている。

 周りから哀れな目で

見られながら首筋に鈍い痛みが走った。

【ごめんね これでしか助からないの】

 涙を流す様子もない

【これでしか私たちは戻れないんだ】

 失った意思と体は

生贄がなければ取り戻せない。

 体に憑いているものを

移し殺すだけでしか助からない

そういう妄想でしかないが

真実など死んだ後に残らないのだ。

 ジュクジュクと体に浮かぶ

噛み跡を一生背負いながら

最初に打った注射の罪を背負いながら

生きる。

 永続的に呪われる

噛み跡は次はいつ生贄を求めてしまうのか

わからない。

 参の獄こそがおわり







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 現生惨獄奇譚《げんせいむごくきたん》 あさひ @osakabehime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ