第14話 アドニス (後)

ブオォォォォォン


低い音を立てて一人乗り用の小型宇宙船が空から降りて来る。

宇宙船…と言って、もずんぐりとした形に、小さな羽の付いた小型の輸送機のような見た目である。


ここは惑星調査団の敷地内、その最端に位置する航空塔である。


その航空塔の5階、せり出したデッキは発着場となっており、今まさにこのGゲートにロングルドルフを乗せた船が降りようとしていた。



惑星調査団とはラウルス銀河団内にある数多の惑星の内、未開の星を調査する為に設けられた団体であり、ここ恒星レイムリアの直轄団体でもある。


因みに調査団は、それぞれの惑星や惑星の人々の暮らしに関与が出来ない「無干渉条約」によって銀河団内の調査を承認されている事から、それぞれの惑星内における団員の活動は「居ない者」として扱われている。



「3…2…1…0」


カウントダウンの後に、ブオンと最後に大きな音を立てて船がデッキに着地した。


「着陸完了です。ハッチを開けますわ」


船が固定アームに接続されると並列型アンドロイドであるブレンダの音声で案内が入る。


アドニスはふと、このブレンダはお嬢様タイプ呼ばれる「ne型」かな?と、ブレンダの考察に思考が寄りそうになったが、「まぁいいや」と即座に興味の対象から切り離し、小型の宇宙船からロングルドルフが飛び出してくるのを待つ事にした。



プシュッっという排気音の後、ガチャリとロックが解除された音がなり、やがて扉が静かに上へと上がる。


「お帰りなさい。ロングルドルフさん」


扉の中から小さな影が飛び出すのを見て、アドニスは声をかけた。

いつものような軽い身のこなしでロングルドルフがひょいっと飛び降りる。


「うん、ただいま。オペレーターさん」

アドニスの声に軽く手を上げたロングルドルフは彼に近づくとその顔を見上げた。


アドニスのみぞおち辺りで三角の猫耳が揺れている。


「う~ん?お変わりありませんね」

アドニスは腕を組み、ロングルドルフの顔を色々な角度から覗き込んでは、不思議そうな顔をして「うんうん」と唸っている。


「んん?何が?」

脈略の無い話に、きょとんとするロングルドルフ。


「あ~?2年ぶり?って事?」

合点がいったとばかりに、ロングルドルフはアハハと笑うと「そう言うアドニスもお変わりありませんね」と少し意地悪そうな顔で返した。


「ロン…」


得意そうな笑みを携えたロングルドルフを見れば、やがて何かを心得たアドニスは「ロン、おかえり!」と言って小さな彼に抱き着き、無事に帰ってきたことを喜んだ。


こうして名前で呼び合えば、友人としての時間となるからだ。




******




無事に再開した事を喜んだ二人は、発着場を出て建物の入口へと向かう。

これから別塔の調査本部へ向かい、ロングルドルフは帰還報告や健康チェックを受けないといけない。


「ロンはもっと大きくなって、顔も変わっているものだと思っていましたが…」

歩きながらそう呟くアドニスは、少し残念そうな表情をしている。


「あのねぇ…」

アドニスをジトっと見上げ、ロングルドルフは呆れたように答える。


「俺は猫人だけど、猫に近い人種だから年をとってもあまり変わらないの」

「えぇ。それは知っていましたが、実際にこうして猫人の友人を見るのは初めてなんです」

「えっ?そうなの?」


有機ボディとは言え、アンドロイドである彼の寿命は長い。猫人の友人が初めてだというアドニスに嘘は無いと思いつつもロングルドルフは素直に驚く。


「えぇ、私のエピソードの記憶上には無いですねぇ。まぁ100より前の話は今の記憶ネットから外れているので、もしかしたらどこかの昔には居たかも知れませんが」

「へぇ~。アドニスの記憶ってそんな風になってるの?」


彼の記憶構造について聞いた事が無かったロングルドルフは、初めて耳にする話題に興味を持った。


「えぇ、ボディに置いてあるエピソードの記憶は、100年分しか繋がっていないですね。それより昔の記憶はトコロテン式で外します。とは言え、メンテナンスまでは一時保管のような形で留めてはいますが」

「トコロテン…シキ?何だそれ?」


アハハとロングルドルフは笑う。


「それより、100年より昔の記憶は持っていないって事?」


「トコロテン式…の説明は不要みたいですね。えぇ、100年、記憶の設定はそうなっていますが、それとは別で初期の記憶は断片的に残してありますよ。例えば「設定記憶」と言えば良いのでしょうか。消せない部分もあります」


「設記憶定?人間らしさの基本的な部分の記憶ってやつ?面白い話だね」

「まぁどのような形で保存されているのか?は、興味が無いので知りませんね」


「あはは、そう言う所はアドニスっぽい」

質問に近い会話でも興味の無い話に目を向けない所は、アンドロイドとしては変わった個体と言える。


「ふふふ。ロンが私の過去の友人に興味があると言うなら繋げて探しますよ。ただ、あれをやるとボディの負担が大きいらしんですよね…」

「いや、大丈夫だよ。それより負担って?」


アドニスは「そうですか」と答え、何やら考え事を始め出した。

どうやら「負担」についての考察に興味の矛先が向いたらしい。発熱器官の構造がどうのこうのと独りでブツブツと呟いている。


暫く無言のまま長い廊下を歩く。


「アアッ!」


急に何かを思いだしたようにドニスが大きな声を出した。


「わ、ビックリした!何か閃いた?」

「あぁ、すみません。はい、いっそこの髪の毛を無くせば、発熱の効率が良くなるかと」

アドニスは、肩口で整えられた黒髪を一房手に取り、それを恨めしそうに眺めている。


「???」


話の展開の見えないロングルドルフはぽかんとした表情を浮かべている。


「えぇ、頭部は回線が多いので一番熱が籠るかと」

「知恵熱みたいなもんか」

ロングルドルフの言い回しにポンと手を打つアドニス。


「ロン、それはうまい事言いますね」

「それって知恵熱なんだ」


あははとロングルドルフは笑い出す。


ロングルドルフはアドニスを見上げて、その肩口で揺れる黒い髪を見る。


「う~ん。でも綺麗な髪の毛だから無くすのは勿体ないかもよ?」

「そう言うものでしょうか?」

再び一房持ち上げて目の前でまじまじと髪を見つめる。


「そうは思わないの?」

「私の美醜の判断も設定上の記憶なので、そう思うか?と言われると、「そうなっています」という感覚に近いですね」


ぱっと手を離し、代わりに腕を組んで指先でトントンと二の腕を叩く。自身の設定を覗いているのかアドニスの焦点は中空を見ているようだ。


「なるほどなぁ。設定上の判断と、100年の記憶から作られる判断は少し違うんだね」

考え込むアドニスにロングルドルフは質問を続ける。


「人は一つの設定がある…と言う訳ではないですよね。一つの記憶を元に思考の判断をするんですよね?」

「う~ん。そう言われるそうだけど、その表現は適切では無いかも」

「ええ?違うのですか?」


アドニスが少し驚いたように声を上げるが、その様子を気にする事無くロングルドルフ腕を組み始めた。

やがて、自分の考えが纏まったのか、「例えばだけど」と言い出した。


「人でも自分の親とか環境に影響を受けた基本的な記憶は、君の言う設定記憶のような部分では無いかと思う」

「なるほど、そうだと思います」

「なんだけど、俺の場合…生まれた星の常識と、ここでの常識が少し違うというか、なので設定記憶が少し変わったというか…」

「二つある?という感じですか?」

「いや、記憶は連続する一つなんだけどね。う~ん何と言えばいいのかな」


ロングルドルフは苦笑いを浮かべてアドニスを見上げる。

「自分の記憶は一つで、その線上に二つの時期が異なる記憶がある。その両方の自分を行き来するとか、その両方を選ばないとか。環境や関わる人が変われば、その基本的な設定記憶も変える人も居るし、何が有ってもそれを変えない人も居る…という感じかな?」


「それは…私とは違いますね」

アドニスは得体の知れない何か…ほんの少しのざわめきの兆しが、身体のどこかに起きたような気がした。


「君の設定記憶は君の本質になるけど、そうなると人の本質は無いとも言えるのかな?」

「…」

「あれ?嫌な気分にさせた?」

少し困った顔のロングルドルフがアドニスを見上げる。


「⁉いいえ!それは違います」

ロングルドルフと目が合ったアドニスは否定の言葉を紡いだ。


「なら良かった」


「…いえ、僕と人とはやっぱり違うんだなぁと」

安堵するロングルドルフの様子を見たアドニスは、自身の兆しを吐き出した。


「う~ん。それは当たり前じゃない?」


「当たり前?」

きょとんとするアドニスの顔を見て、ロングルドルフはにやりと笑うと、「そうだよ」と言ってロングルドルフはアドニスの腰を後ろからバンっと軽く叩いた。


「人だってみんな違うんだから。当たり前じゃないか」

「…」


ぽかんとしたまま、アドニスはその場で立ち止まる。

その様子に気が付かずに歩くロングルドルフは「あぁ、ブレンダシリーズはまたちょっと違うか…」とブツブツと呟いている。


やがて隣にアドニスが居ない事に気が付いたロングルドルフは、振り返りアドニスへこう告げた。


「アドニス。君の髪の毛を無くすのは、ナシの方向で」


そう言って親指をグッと立てて満足そうな表情を浮かべている。


「ロングルドルフ…」

その顔を見れば、アドニスは得体の知れない小さなざわめきが、静かに治まっていくのを感じた。



「カミノケヲナクス?…一体君は何の話をしているのかね…」


曲がり角からひょいとロングルドルフの背後に現れた犬人の目は、可哀そうな者を見る目をしている。


「あ、ケイオスさん!」

その声に勢いよく振り返るロングルドルフ。


「…それは発熱の考察ですよ」

苦笑いを浮かべてアドニスは答える。


「ん?どういうこと?」と不思議そうに二人を見ていたケイオスだったが、やがて「まぁ、その話は今度聞こう」と言ってロングルドルフの肩を掴みくるりと彼の体の向きを変えた。


「ロンおかえり~!元気そうだね!」


尻尾をブンブンと振りながら、わしゃわしゃとロングルドルフの頬を撫で繰り回すケイオス。


「あぅう、ただいま、かえり、ましたで、ふぅ」

「あはは、相変わらず元気そうで何よりだ」


「なるほど…これは2年ぶりの光景ですね…」


その様子を感慨深く見つめるアドニス。


そう小さく呟いた彼はこの光景の中に自分が居た事を、例え100年が過ぎても自分から切り離したくは無いと思った。


そしてそれは、自身の思考回路では無いどこかの場所が動いているのだとも感じていた。


アドニスは、自身の身体の中で動いているものと、目の前の光景とを行き来している何かがある事をぼんやりと感じていた。


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宇宙猫の報告書 さんがつ @sangathucubicle

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