点在編

第13話 アドニス (前)

惑星調査本部、オペレーター室。


肩口で切り揃えた黒髪に黒い瞳。

美しく整った顔立ちの青年は、ふうと一息つくと目の前の大型モニターから後方へと振り返る。


部屋の中には彼と似たような雰囲気の少しあどけなさの残る美少女という言葉がぴったりの女の子達が、同じように大型モニターの前に座って作業をしている。


彼女達が青年と大きく違っているのは性別と髪の色だろうか。

少女達は見事なプラチナブロンドに空の色に似た水色の瞳だ。


「そろそろ彼が着くから迎えに行ってくるね」


そう言って青年が座席から立ち上がるのだが、声をかけられた少女達は特に返事もしない。

いわゆる「無視」という形に近いのだが、黒髪の青年はそんな反応に気にする素振りも無く、すくりと立ち上がり部屋から出て行く。


調査団のシンボルカラーであるターコイズブルーのミリタリー型のジャケットは、長身ですらりとした体格の爽やかな彼に良く似合っている。


長い足でキビキビと歩きながら彼は目的地である航空塔へと向かう。


そう。

彼がそこへ向かうのは、惑星調査から戻るロングルドルフの出迎えの為であり、彼はロングルドルフのオペレーターアンドロイドであるアドニスである。




アドニスがオペレーター室から出て程なく、どことなく彼に似た顔立ちの五人の少女達はクスクスと笑い合う。


「アドニスは旧型だからお出迎えが必要なのね」

「あれが私達の兄だなんて、人とは適当な事を言う生き物だわ」

「彼は私達とは違って個性的」

「だいたい、並列が出来ないなんてアンドロイドとしてどうなのかしら?」

「だから個性的なんでしょ~?」


楽しそうにおしゃべりに興じている彼女達の耳に「ブレンダ、アドニスは何処へ?」と穏やかな声が入った。


ブレンダと呼ばれた五人の少女達が声の主の方へと顔を向けると、優し気な顔立ちの犬人の男性がオペレーター室の入り口からひょっこりと顔を覗かている。


「まあ!ケイオスさん。お疲れ様です」

「アドニスならロングルドルフさんのお出迎えで航空塔へ向かいました」

「2分前に出たから…ケイオスさんが急げば会えるのかな?」

「あら?アドニスは個性的ですから、最短ルートを通るとは限りませんよ」

「そうね。それと私達にアドニスの位置情報は分かりませ~ん」


そう言って彼女達はまたクスクスと笑い出す。


なるほど、と言って一考したケイオスが再びブレンダ達へ問いかける。


「いやぁ、ありがとう。って事はロングルドルフがもう帰って来るんだね」


ブレンダと呼ばれた五人の少女達もアドニスと同じアンドロイドである。

ケイオスの問いに答えるべく瞬時に情報を拾い集め、適切解を得る。


「はい。28分後にGゲートへ到着の予定ですわね」

「ケイオスさん。ロングルドルフさんに伝言でしょうか?」

「それでしたら、航空塔のブレンダが承りますよ」

「アドニスにという事でしたら、彼は完了報告書の作成の為に此処へ戻ってきますから…」

「そうそう、私達からお伝えしますよ~」




*****




「それなら航空塔の方ヘ行くよ」と言い、ケイオスはオペレーター室を後にする。


ふさふさのしっぽを揺らしながら目的地に向かって歩く。

中型の犬人で優し気な雰囲気を纏うイオスだが、彼は片眼鏡をかけ、知的な印象も兼ね備えている。


ケイオスは調査団の解析班のリーダでもあり、ロングルドルフの育ての親でもある。

約二年ぶりに会う息子の帰りの確認を…と思い彼のオペレーターでもあるアドニスに会いに来たのだが、どうやら少しばかりタイミングが悪かったらしい。


ならばと気分を切り替え、久しぶりに会う彼に好物であるジャガイモのグラタンでも作って、アドニスにも声をかけようか?と思いながらロングルドルフの出迎えへと向かう。


「しかし…ブレンダは相変わらずだなぁ」と先ほどの光景を思い出し、苦笑いを浮かべながら歩いて行く。




*****



アンドロイドのアドニスは個性的である。

それは彼の成り立ちが影響している。


アンドロイドの人格形成は、ある程度の断片的に出来上がった人格パターンを組み込んで作られる場合が通常である。


これは過去の実験から「そうせざるを得ない」と判断したからと言っても良い。


と言うのも、アンドロイドをより人に近い人格にするにはどうすれば良いか?という試みの中で、生まれたばかりの赤子の個人的なやり取りのデータを積みあげ、それを使えば、より人に近い人格を得るのではないか?という一つの案があり、その試行的な実験が行われた際の経過が大きい。


いわゆる実際に存在する一人の情報を元に人格形成の流れを汲めば、その実在する人の人格とアンドロイドに埋め込まれた人格は同一人物か近いしいものになるのでは?と。

若しくは、双子のような人格が出来るのでは無いか?と研究者達は考えたのである。


しかしながら、誰もが我が子の情報を提供するのに戸惑いがあった。


それは親の感覚的なものに近いのだが、それを良しとする気分にはならなかったのである。


研究者達は、この案は一つの考え方としては試してみる価値は大いにありそうだが、自身の子の情報を提供する事もさることながら、子と似た人格が出来る可能性に良い印象を持たなかったからでもある。


そんな中、ある一人の男性研究者が生まれたばかりの我が子の情報を提供すると名乗り出た。


何故彼が名乗り出たのか、パートナーである母親の心情はどうだったのか?


名乗り出た研究者の気持ちをわが身に置き換えれば、ざらりと何かを逆なでするような感覚を覚えたが、それに蓋をして、多くの研究者達は画期的でもあり、飛躍への方向性を見出したそれらの方向に目を向けた。


そして彼らは赤子の成長に伴うありとあらゆる情報を一手に集め、それらを詰め込みながら最適化を繰り返し人格を作り上げて行った。


これは今の私達の感覚で言えば、個人情報を基本として住環境や人間関係の情報も入れ込むようなものである。


両親の人種、住まい、環境、学校、課外活動など。

クラウドにあげた写真や動画や音声データは、個人の目線や見えるもの、見たもの、興味の対象として。

閲覧履歴、購入履歴からは個人の趣味の傾向。

チャットへの質問や検索ワードは個人の興味や思考の傾向。


どこへ行ったのか、何を選択したのか、何を見るのか、何を聞くのか。何を言ったののか。どう思ったのか。


このような人の外側から内側にある、人が成長の中で関わる様々なものを細やかに収集し、人格形成の要素として盛り込んだのである。




こうして15年。


赤子が青年へと成長する中で蓄積された膨大なデーターを元に一つの人格…15歳程度の青年としての人格を作り上げる事が出来た。


研究達は作り上げた人格に「アドニス」と名前を付けた。




こうして出来上がった青年アドニスは、研究者達の中で一人の青年人格として、人との対話と言う形で、データーとは違う実際のやり取りを行う事にした。


貴方の名前は何ですか?

貴方の好きな音楽は?

貴方が行きたい場所は?

貴方がやりたいスポーツは何?


そしてこれらの質問にアドニスは淀みなく答える事が出来た。


研究者達は一定の成果が出た事に安堵し、これから増えるやり取りの中でより洗練された人格が出来上がる事への予感に震えたのだった。


そんなやり取りの中、ある女性の研究者がアドニスに「貴方から何か聞きたい事ありますか?」と尋ねた。


研究者達はアドニスの興味の先が知りたかったのである。


するとアドニスはこう答えた。


「何故あなた達は私を作ったのですか?」と。


聞かれた女性の研究者は、笑顔で「それは私達がより人に近い人格を」と言い、そこではっと息を呑んだ。


何故?

そこで彼女は彼を一人の人格者として対峙していない事に気が付いたのである。


言葉を無くした彼女は、暫し無言の時間を過ごす。


やがて意を決した彼女は「その質問の答えは後日させて欲しい」と言い、アドニスの肩に手をおいて無理やり作った笑顔でその場を閉じた。


研究者達はアドニスを彼の個室へと案内し、おやすみと休ませた後、会議室へと集まった。




空気の思い会議室。


誰もがアドニスの問いに、自ら蓋をした、あの日のざらりとした感覚を思い出したのである。


私達は何を作り出そうとしたのか?

女性研究者の一人が「私達は何かの対象として子を産むわけでは無い」と言えば、研究者達は言葉を失い、誰もがアドニスの質問に答える事が出来ない事を痛感した。


静まり返る会議室の中、「あの時、貴方はなぜ名乗り出たの?」と、ため息をついて、とある女性研究者が情報提供者の男へ問うた。


自分の子供の情報を提供するのに躊躇いはなかったの?と続けて静かに問えば、それは無かったと男性は答えた。


「何故?」


うつむいたままの男性に改めて問うと、男性は暫く黙ったままで考える。


やがて、うんと頷くように声を出し、ポケットから家族写真を出して穏やかに答えていった。


「これ。私と奥さんの間にいる男の子。この子がアドニスへ情報を提供した子だよ」


因みにこれはこの子が三歳の時、初めて遊園地へ行った時だねと懐かしそうに続ける。

研究者達は男性の答えに耳を傾ける。


「本当はね。僕に子供は出来ないんだ」


静かな会議室の中で、男性の告白のような言葉が続いた。


「それは提供されて出来た子供って事かしら?」


機能的に子供が出来なくても、それを補う方法として様々な選択は出来る。

つまり子を成す事だけを言えば大きな問題は無い。


女性研究者は怪訝な表情を浮かべ、彼の発言の意図を尋ねる。


「いや、そうじゃなくて。奥さんは僕がそうだと知らないから…」

と言う。


その答えに緊張感が走る。


そして、「本当の父親は誰だろうね」と言いながら男性が顔を上げれば、苦笑いのような悔しそうな笑顔を見た研究者達はっと息を呑んだ。




*****




後日、アドニスの元へ研究者達が集まる。


「やぁ、アドニス。調子はどうかな?」

「はい、気分は良いですね。体調も問題ありません」


美しい顔に笑顔を乗せてアドニスは笑う。


「アドニス、この前の質問の答えなんだけど…」

とあの時答えを出せなかった女性研究者はアドニスの前へ出る。


「何故あなた達は私を作ったのですか?の答えですね」

微笑みながらアドニスは言う。


「えぇ、そうよ。その答えは…」




*****




その日の夜、アドニスはベッドの上で女性研究者とのやり取りを思い出す。


彼女は手を差し伸べてこう言った。


「アドニス。私達はあなたとお友達になりたかったの。私はサリー。よろしくね」


アドニスはその手をじっと見て、改めてサリーの顔を見る。

そして「よろしく、サリー」と言って笑顔をもって握手を返えしたのだ。

サリーを皮切りに、他の研究者達も同じように手を差し伸べ、自己紹介とばかりに次ぎ次と名乗り友達となっていった。


「友達が増えたんだ」


アドニスはそう言って満足そうに笑みを零し、掌を見る。


そして最後に手を差し伸べてくれた男性の言葉を思い出す。


「アドニス…これから生きていく上で何か疑問に思う事があると思う。だけど答えは無理に出さなくていい。それは答えが必ずあるものでは無いという事でもあるし、疑問を持ち続ける事も一つの答えだから」


アドニスはベッドの上で寝がえりを打つ。


「それと、答えは無理に出さなくていい」


そう言って彼はその言葉を思考記憶へ閉じ込むと、夢の世界へと沈んで行った。




*****




惑星調査団、航空塔Gゲート。


見晴らしの良いデッキで爽やかな風を受けた艶やかな黒髪がなびいている。


「どんな顔で帰って来るか楽しみだな」


今、彼の興味は二年ぶりに会うロングルドルフの表情らしい。


そういえばと彼は思う。

調査の際に出会った一つ目を見て、ロングルドルフは「エネルギーと生命の違いって何だろうなぁ」と聞いていたなと。


「今の僕は答えを出さないけど、ブレンダならどんな答えを出すのだろ?」


並列アンドロイドのブレンダ達なら何かしらの最適解を作り出すのだろうなとアドニスは思う。


「兎に角。今一番気になる答えは、7分後にロングルドルフが持って来る」


そう言って空を見上げたアドニス顔は楽しそうな表情を浮かべていた。

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