第12話 最終報告

「あれから2年近くになるのか…」


一つ目達と初めて出会った崖の上、頬を撫でる風がロングルドルフの顔ひげを揺らしている。


ロングルドルフがこの星へ来てもうすぐ1年と11か月になろうとしていた。


人種の違いによって容姿が異なるとはいえ、子供から大人へと変わる青年期であるのにも関わらず、ロングルドルフは相変わらず小柄で人懐っこい少年のような容姿の猫人の青年であった。



貴重鉱石のあった洞穴は、大きな崖に囲まれたすり鉢状の底にあった。


同じようなすり鉢状の地形がこの星には無かった事から、この鉱石が採れる場所は、ここ以外には無かったのだろう。

よって彼らカイロニア達の生活を支えるエネルギー源は、外には見つからなかったと思われる。



そり立つ崖の中でも比較的低い場所や、乾いた大地であったと思われる場所。

かつてその場所にはカイロニア達が築き上げた都市が広がっていた。


しかし、今、ロングルドルフが見ているそれらの場所は、崩れた瓦礫の多い廃れた都市となっている。


遠くに見えるから目を外し、自身の背後へと振り向けば、崖の下に広がるのはすり鉢状の地形。

元の地形がそのまま残った唯一の場所と言って良いだろう。


このすり鉢のような地形自体は雑風景ではあるのだが、これも大自然の豊かさの一部のように思え、眼下の地形が美しいとロングルドルフは思えた。




*****




まだ夜の明けぬ、少し湿り気を覚える砂礫の舞う薄暗い空を背負いながら、ロングルドルフは崩れた都市の視察を終え、街を出る。


時折、何処ともなくドォォォォンと鈍い音が響いた。

音のした方へと目を向ければ煙が上がっていくのが見える。



暫く歩き、市街地と思われる街の端、それなりに高い建築物であっただろう崩れたビルのような建物の上へと昇る。


屋根も壁も朽ち、崩れ落ちた床の残った場所へ立てば、瓦礫に変わった街並みであったものが見えた。


ロングルドルフは左腕の端末機を操作し、この星での『最後』となる報告書を送信する。


「はい、オペレーターです」

「ロングルドルフだ。今からレポートを送る」

「了解しました」

「それともう一つ。今のが最終報告だ」


ロングルドルフのつま先に爆風で煽られたのか、コツンと小石が当たった。


「という事は、が終わったのですか?」

「いや、そうでは無いな」

「??」

「むしろ逆。これからが本番だろうな」

「これから?…あぁ、なるほど。彼らはこの星にもう居ない…と」

「そういう事」



この星へ調査へとやって来たのは、とある探検家の報告であった。


見た事のないエネルギー干渉のある鉱石を見つけた…との事で、未知の鉱石に少なからず警戒心を抱いていたロングルドルフだが、この星に住む一つ目の生命体…ピーピングアイ達と関わる様になってからはそれなりに楽しく過ごせたし、調査も順調に進んでいた。


予想よりも遥かに早く貴重鉱石を発見し、採掘の許可を得て解析班への移送も行えた。


カイロニア達がやって来たのはロングルドルフがこの星に来てから約3か月後。


そこからわずか1年半でカイロニア達はエネルギー源となる貴重鉱石を採り尽くして行った。


そしてその頃に先住民と思われる一つ目のピーピングアイ達はこの星から出た。


ピーピングアイが去った後、この惑星に陰りが広がる。



彼らが星を出て2か月ほど後、ロングルドルフは惑星の終りの兆しを見た。


それは今から一週間ほど前の出来事で、カイロニア達の住む町の中でも中心地と思われる場所でクーデターのような暴動が起きた。


ロングルドルフは残存エネルギーの奪い合いが起きたと思った。


エネルギーが尽きるまで…最期をここで静かに迎えるか、それとも残りを使ってこの星を出るか?

その二つの争いのように見えた。



そして建物の爆発がいくつかの町で起こると、一部のカイロニア達は来た時と同じように貨物船で船団を組んでこの惑星から飛び出して行くのが分かった。


その時から続く鈍い音と上る煙。

崩れていく建物。


ここへ来てカイロニア達の起こした争いの終幕が、今から始まろうとしているのではないか?とロングルドルフは考えている。




*****




それは今から10日ほど前の出来事。

クーデターのような暴動が起こる3日前。

まだロングルドルフが最終報告をまとめる前である。


カイロニア達が住む町の中でも最も栄えた中心地にある大きな建物の中、大きなホールになっている会議場のような場所。


「もう星を出てどこかへ行くのは嫌だ」


陰りの見えるカイロニア達の未来を決めるその会議に、一人の女性の声があげた。


この星に残るか、出て行くか。

その話し合いの場のようである。


因みにカイロニア達は男女とも姿はそう変わらない。

その声の主に議会に出ているものの視線が集まる。


カイロニアの声…。


遥か昔…それでもそう遠くはない昔、カイロニア達は思念を使いお互いの思いを交換していた。


今のように「声」として思いを表現をするようになったのは、飼われていた湖から出て、自分達の住む星を求めてから。


そして男性が成人する時に、痛みに耐えうる個体にのみ行う、「イニシエーション」として体内に「経動加速装置」を埋め込むようになってから。


奇しくもそれらの出来事がカイロニア達を大きく二分するモノとなっていた。



「それは無い。嫌だと言っても他に無い」


移住派であろう大柄の男が、ぶっきらぼうに言い放つ。


「そうかも知れないけど、子供達が移動に耐えれるのか分からない!」

「ここから何処へ?それすらも、何もかも分からないじゃないか!」


無いという大柄の男の発言に言い返すように、最初の発言をした女に続いて若い男が声を荒げる。


(女と痛がり屋か)


大柄の男がそう思えば、議会にハハハと乾いた笑いが広がる。


「…っつ!」


その声の主を探しているのか、若い男がじろりと睨みながら周囲を見渡す。



若い男の様子を気にする事も無く、乾いた笑いに答えるように大柄の男がにやりと蔑むような笑みを浮かべる。


「代替は無い。子はまた産ませる」


そう言い切ると席を立ち、議場から出て行く。


「なっ!」

「あぁ…」


席を立つ大柄の男の後を追うように数人の男が立ちあがり、同じように議場から出ていく。

その男達の様子に残ったもの達から憤る声や、諦めの声が漏れた。


やがて空席の目立つ静まり返える議場に、先ほどとは異なる望みの無い乾いた笑い声がハハっと漏れた。


最初の発言した女がうつむき、悔しそうに膝にした両手をぎゅっと握りしめる。

若い男は消えゆく未来を思い、瞼を閉じて天井を仰ぐ。



静かな議場は重苦しい空気で覆われていた。




*****




(痛がり屋は置いていく。

体力のある奴…成人目前の奴と、子を成せそうな女。

あとは持てるだけ持って行く。

行先…船…。

あぁ、そうだ。

全部いつも通りだ)


大柄の男が装置を使い静かに伝達する。


議会から連れ出た男達はそれぞれの思惑を返し、瞬時に行動に移す。


カイロニア達が得た「集団としての個」


イニシエーションを通過した者たちが手にしたそれを使い、彼らは思いや思考を共有しながら行動に移す事が出来た。


大柄の男の頭に考えが過る。


嵐の中、バラの花弁が舞うあの頃と今も同じ。

恐らく次も同じ。



彼らは幾度となく繰り返えされる移住それに罪悪感も喪失感も無い。


ただ彼らが生きる為にそうするのが決まっているのだと、そう思うだけだろう。


彼らに後悔なんてあるはずが無い。

皆が同じ思いを抱え、それぞれに違った行動をしてそれぞれの結果を得ているのだから。


そして彼らの思いとそれぞれの結果は蓄積され、混じりつつ一つとなり、また一つとなり継がれるのだから。


歩んでいた足を止め、ふと大柄の男は思う。


俺の意思と継がれた意識に違いはあるのだろうか?と。



温室から出た時

飼われていた湖から出た時


それらが交じり合って、その島から、その星から出た時。

そして今。


「…ふっ」


上げた口角の端から笑みが漏れる。


詮無い事を考えても仕方が無い。


(どうせ混じる)


そう切り替えれば、穏やかな気分に覆われ凪いでいく。



頭の中で置いていく者たちを閉じ込める算段を行う。


(いつも通りだ)


ロングルドルフは知らない。

彼らにしか分からない、彼らにも分からない事。


大柄の男は再び歩き出す。




****




崩れた建物の床、オペレーターへ最後の報告を送信した。


カイロニア達が船団を組んで出て行ってからも続く爆発音。

恐らく残っているものはもう居ないだろう。


なのに何故?とも思う。

それでも未だに続く地鳴りを思えば、むしろこれからがカイロニア達の戦争の本番だろうとロングルドルフは思う。


荒れた廃都市、瓦礫の埋もれる街の中、ドォォォォンと地を這う音の中、ロングルドルフはオペレーターへ脱出の段取りを伝える。


「カイロニア達が残した破壊兵器がプログラム通りにこの星を壊し尽くす。あと四~五時間ほどですべてが終わるんじゃないか?」

「なるほど。惑星喪失まで残り僅かな時間ですね」

「そう、奴ら…カイロニアの惑星喪失の記録更新だ」


びゅぅと吹き上げる風に目を細めてロングルドルフは崩れつつある風景を見る。


「…どうしてこのような結果になったのでしょうか?」


地を這う鈍い音が響く中、淡々としたオペレーターの声が聞こえる。


「そうだなぁ…」


ロングルドルフは静かに一つ目達の事を思い出す。


「ここの先住民…一つ目達はほぼエネルギー体の穏やかな奴らだったから、他に供給源を必要としないで生きていたと思われる。だとすると、この星の資源はそう多くなかったのでは?」


エネルギー源が殆ど無い星で生きていたとするなら、必要としないかほぼ使わずに生きていたと考えられる。


となると。


「まぁ、あれだ。カイロニアの奴らがこの星を移住先に選んだのが事の始まりだ。エネルギーが無いなら作れば良いとか、代わりの何かを生み出すと言う発想自体が無いんだろう」


「始めから…?成るべくして成った…?」



「よし。3時間後に脱出する。迎えに来てくれ」


ロングルドルフはオペレーターの問いに答える事無く、脱出の時間を伝える。


「了解しました」


半ば無視されるような形ではあるが、アンドロイドであるオペレーターは特別気にもしない。



「とは言え…」

「…?」


再び語りだしたロングルドルフの声にオペレーターは耳を傾ける。


「惑星の終わりは何処も似たようなものかもしれない。一度転がり始めたら落ちきるまで止まらないように、起きた争いのエネルギーは、全てを滅ぼす事でしか止める事が出来ないのではないだろうか。あいつら…一つ目達のように争い場から出ていって、回避すると言うのは有る意味で賢い選択なんだろうな」


ロングルドルフの脳裏に遠い過去の記憶…自身の星を失った光景が過る。


夜の闇が静かに薄れる空を見上げれば、たった一人でこの世に居るかのような錯覚を覚える。


ロングルドルフは、はぁと息を吐く。


星の終わりをこんな形でもう一度見るなんて正直いい気分とは言えない。

左腕の端末機の光源を見れば小さな安堵が心を覆う。


「次の任務はもう少し気楽な星が良いな」


そう言ったロングルドルフの小さな声をオペレーターはただ静かに聞いていた。


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