ヤマト達、テラ(故郷)へ向かう

高原伸安

ヤマト達、テラ(故郷)へ向かう

ヤマト達、テラ(故郷)へ向かう


                               高原伸安


ある時、ある場所、ある宇宙。

 黒い、黒い、宇宙空間を巨大な探査船「アマデウス」が進んでいる。

 かなたに、青白い星雲や近くに輪をもった真赤な惑星が見える。近くを青白く光る尾を引く彗星が通って行く。

 この宇宙船は、操縦を司るコクピットとファミリーが人口冬眠している居住部分に分かれている。何百かの家族が乗り、人類が居住できる惑星を捜しているのだ。

 あるとき、「アマデウス」のコクピットの電子機器が明るく光る。

 メイン・コンピューターの”マザー”が未知のものから発信されたSOSらしき信号を受け取る。

 この”マザー”が何千という生命と安全と進路を決定し、この”アマデウス”の運命の設計図を画いているのである。

 空気が流れ出て、温度も高くなる。

“マザー”のディスプレイが眠りから目を醒し、完全な機能を開始する。


「アマデウス」のコクピットの冷凍睡眠室では、モンロー・ナカガワのチームの冷凍睡眠装置のユニットが開き、眠れる人が次々と目醒め、出て来る。

 ジェームズ、シンディ、ミミ・モンロー、ダイスケ、ナオミ、ヤマト、アキラ・ナカガワ、ロバート・ロビンソン、ジュリエット・ヒルトン。

 そして、円筒型ロボットのロビンである。 


 いまこの巨大な宇宙船で起きているのは、この九名の人間と一台である。

 この一角は、この宇宙船の一番前にあり、後ろの船とは区切られている。

 この非常時の当番のチームは、交代制になっている。もちろん、何年も冷凍冬眠して過ごすのではあるが―。

 小惑星群などは全てコンピューターがレーザ砲などで破壊する。


 一時間後の「アマデウス」の広いコックピットの中の、中央のディスプレイ装置のスクリーン上に、奇怪な巨大宇宙船の立体映像が浮かび上がっている。

 どこかの、エイリアンのものとしか考えられない。

 その周りをみんなが取り囲んでいる。

「何かな?」

 エンジニアであり、理学者であるダイスケ・ナカガワが言う。

 日本人でいかにも勤勉な男である。

「たぶん、異星人のものだろう。この宇宙船からSOSらしき信号を受け取った。現在”マザー”が解読中だ。我々はいまこの宇宙船へ向かっていて、あと二時間四五分で到着する」

 船長のジェームズ・モンローが説明する。

金髪をネイビーカットしていて、背も高く筋肉質である。

「未知との遭遇か? カッコいい」

 十二歳のヤマト・ナカガワが目を輝かせる。

「悪い宇宙人だったらどうする? オレたちを喰っちゃうかもしれないんだぞ」

 ロバート・ロビンソンがヤマト、アキラ、ミミたち子供を脅かす。

 ロバートは中肉中背のハンサムな男だが、顔に似合わず冗談が好きなのだ。

「ゲゲ!」

 いたずらっ子のアキラが、すぐさま反応する。

「彼らは、他にもメッセージを送って来ている。まだ意味不明だがね」

 ジェームズ船長は、マザーが描き出す数字の羅列を見ている。

「そこへ、私たちが乗り込むということですか?」と、ジュリエット。

 背の高い美人で、プラチナブロンドの髪を、後ろで引っ詰めている。医者であり、心理学者で乗組員の肉体面、精神面での健康をケアしている。


「アマデウス」の格納庫の中では、ジェームズ、ダイスケ、ロバート、ジュリエットたちが、小型調査船の用意をしている。

「知的生命体なのかしら?」

 ジュリエットが、ひとり言のように言う。

「当然さ。宇宙空間を旅するぐらいのね。しかし、彼らエイリアンが、私たちに有効な種族か、凶暴な種族だかは、わからないけど」

 ジェームズが答える。

「前者であることを祈るしかないわネ」

「高度な知能をもっているんだ。話し合えば理解し合えるさ」

 ダイスケ・ナカガワが口を挟む。

「日本人は楽観的なんだな」

 ロバートが、皮肉を言う。


 「アマデウス」のコックピットの内部では、シンディ、ナオミ、子供達が作業の様子を立体映像で見ている。

「ボクたち、行っちゃいけないの?」

 ヤマトは、いかにも賢そうな少年だった。

「あなたたちはお留守番よ」

 シンディが、陽気に言い渡す。

 数学者で、謎の暗号を解いているのである。

 いかにも気さくで面倒見がいい女性である。

「行きたい!」

 アキラが、ワクワクしていう。

「ほんと!」

 ミミは、可愛いが、しっかりした少女である。

 金髪をポニー・テールにして、将来は美人になると保証されている少女だった。

「留守を守るのも、立派な任務よ」

 ナオミが、やさしく諭す。生物学者である。

 こちらは、典型的な大和撫子という印象を受ける。

「大人になったらネ。子供たちは、もうお休みの時間ヨ。寝室へ行って、お父さんたちの活躍を祈っていて」と、シンディが言うとヤマトとアキラとミミは、目を見交わす。


 小型調査船のコックピットからは、目の前に奇怪な巨大宇宙船が見える。黒くて明かりはなく不気味である。

 止まっているようにみえるが、その向こうの赤い斑の惑星の軌道に乗って移動しているのだ。

 その格納庫に、突然五人の男と一人の女が現れる。

 皆、完全武装した一団である。見るからに兵士たちだとわかる。

「私たちを忘れてもらっては困るね」

 そのリーダーらしき男が言った。兵士というより、デスクワークの指揮官といった感じである。

「ハワード法を守ってもらわなきゃね。未知なる物と接触するときは、兵士を連れいていくという法さ」

「これから連絡しようとしていたのさ」

 ジェームズ船長が説明した。

「まあ、いいさ。よろしく」

 ジョージ・ハミルトン隊長が握手した。真面目そうな男で礼儀正しい。

 ジェームズ船長たち乗組員が自己紹介し、ハミルトン隊長が、兵士たちの面々を紹介する。

 叩き上げの兵士である軍曹のトム・ベアデン。アフリカ系の軍人で大男である。

 武器、爆薬、破壊工作のプロのロシア人のアレクサンドル・(サーシャ)・イワノフ。こちらも大男で筋骨逞しく、銀髪の短い髪を立たせている。

 中国人でカンフー・ナイフなど接近戦の達人のキム・クー。

 軍医でサーシャの恋人のアンナ・シュルツは、ドイツ人である。

 また、チェコ人のグロジヒ・チェルニーは、通信兵でコンピューターのプロでもある。

「よろしく」

「よろしく」

 乗組員と兵士が握手して、挨拶を交わす。


 これから未知の宇宙船に探検に行くのだ。

 みんなは小型探査船へ乗り込む。

 ロバートが操縦席へ、ジェームズとダイスケとジュリエットも指定の席についている。

「五、四、三、二、一、0、発射!」

 ロバートが、カウント・ダウンを数える。

 大きな音とともに、小型宇宙船が「アマデウス」を離れて行く。


 隣りの乗組員室では、座席が両端に縦に一列ずつあるが、右にはハミルトン、ベアデン、リーが座り、対面の左側には、イワノフ、シュルツ、チェルニーが腰を掛けている。

 そのだれもが、自分の武器や持ち物のチェックに余念がない。

 手入れができていなかったら、それは即、死に繋がるのだ。

 だれも、死や部隊の全滅など望んでいない。

「緊張しちゃうわ」

 アンナが、恋人のサーシャへ声を掛ける。

「みんな同じさ。でも、俺がいるから大丈夫さ。どんなことがあってもお前を守ってやる」

 アンナが、サーシャと唇を重ねる。

「お熱いことで!」

 キムが、横目で見てからかう。

「何を!」

 サーシャが、立ち上がろうとする。

「おい、イワノフ、やめろ!」

 ベアデン軍曹が、大きな声を上げる。

 サーシャは、しぶしぶ腰を下げる。

「これからは、未知の領域だ。危険なところかもしれない。気が立つのもわかるが、もっと冷静になれ!」

 ハミルトン隊長が、教科書どおりの注意をする。

「そうそう」

 チェルニーは、心の中で思っていた。

“冷静にならなければならないのは、あなたでしょう”と・・・。


 小型調査船の貯蔵庫の中では、ミミ、ヤマト、アキラが隠れている。みんなは宇宙服を身に着けている。

「絶対、パパたちに怒られちゃうわ」

 ミミは少し震えている。

「でも、追い返されたりしないよ。それに、どうしても行きたいって言ったのは、キミじゃないか」

 ヤマトは、小さな声でいう。

「楽しいな。ワクワクしちゃう」

 アキラは、どこ吹く風で、はしゃいでいる。


小型調査船のコックピットのスクリーンに、信号の波形が写る。

謎の巨大宇宙船が、小型調査船のコンピューターのドッキング・アクセス・コードを受け入れたのだ。

「ここまでは、友好的なんだな」

 ロバートが軽口を叩く。

「注意するに、こしたことはない」

 ジェームズは、ジッと前を見ている。

 小型調査船が巨大宇宙船にドッキングする様子がスクリーンに映る。


 小型宇宙船の貯蔵庫の中では、薄暗い明りの中に、ヤマト、ミミ、アキラがジッと身を潜めている。

 すると、急に六つの明りの線が三人を照らし、六つの黒い影が浮かび上がり、銃が三人に突きつけられる。

「キャー」

 ミミが悲鳴を上げる。

 六つの銃にガチャっと安全装置が掛けられ下される。


 小型調査船のコクピットへ六人の兵士と三人の子供たちが入って来る。

 ベアデン軍曹がヤマトを、イワノフがアキラを、シュルツがミミをかかえている。

三人の子供は、最初は、バタバタ暴れていたが、兵士たちが余りにも逞しく、びくともしないので、いまでは諦めて、大人しくしている。

「密航者たちを捕まえたぞ! もう少しで射つところでしたよ。これは、どういうことか説明してもらえるでしょうか? モンロー船長」

 ハミルトン隊長が慇懃丁寧に質問する。責めていることが、見え見えである。

「ミミ!」

 ジェームズ船長が、大声を出す。

「ヤマト、アキラ! どうしてここへ?」

 ナカガワ博士が驚いて聞く。

「駄目じゃないか。危険かもしれないんだぞ!」

「ゴメンナさい。今回だけは許して」

 ヤマトが三人を代表して謝る。

 ミミも、殊勝に頭を下げる。

 アキラは、ペロッと舌を出す。

 ロバートやジュリエットや他の兵士五人たちは、笑いを噛み殺して、黙っている。

「どうも、ご迷惑をお掛けしました。ちょっと好奇心が強い子供達でして…」

 モンロー船長が、頭を下げる。

「そのようですね。今後は、このようなことはごめんこうむります」

 ハミルトン隊長が、少し怒った顔をして言い放つ。


 この小型探査船には、三人の子供達と通信兵のグロジヒ・チェルニーが残り、あとは巨大宇宙船に探検に行くことになった。

 グロジヒは陽気なチェコ人で、探検隊のモニターと子供たちのお守りである。

 陽気で、英語も上手なので子供達にも人気がある。

 子供達は、好奇心満々で、いかにも探検に行きたそうである。

 三人とも涎を垂らすくらいに、ジッと黒い不気味な巨大宇宙船を眺めている。

「そんなに見ていても、きみたちを連れて行くわけにはいかないんだ。わかっておくれよ」

 グロジヒが声を掛ける。

「わかっているよ」

 アキラが、不満そうに答える。


 小型調査船のコックピットでは、ダイスケ・ナカガワが子供達に向かって注意している。

「お前たちは大人しくここにいるんだよ。いいね」

 トム・ヘアデン軍曹を先頭にして、五人の兵士、ジェームズ、ダイスケ、ロバート、ジュリエットが宇宙服を着て、巨大宇宙船の中に入る。ロビンも、後に続く。

 五人の兵士は完全武装し、ジェームズ、ダイスケ、ロバートも手に銃を持っている。船体を傷つけてはならないため、光線銃ではなく、二一世紀の頃の原始的な銃だ。

 みんなが巨大宇宙船に行こうとして、ドアが開いているときに、モンスター(カタツムリ型)が天井の上を這って調査船の中に侵入する。二メートルぐらいの大きさだろうか。

 透明になって天井の色に同化しているため誰も気づかない。


 巨大宇宙船の中は、常夜灯がついているが、薄暗く、湿っていて、暑い。

 通路の天井まで、ゆうに十メートルを超えるほどの高さである。

 通路は滑らかな凹凸があり、人間の腸の中のようである。

 床は、滑らかなグレーで堅い。

「何でできているのかな? 金属のようだけど」

ロバートは、床に触る。

「空気中の成分はだいたい地球と同じ。有害なウイルスもなく、バイオ・ハザードの心配もないわ」

 ジュリエットが、手元の計器を覗き、見ながら言う。

「そのようね。何の心配もないわ」

 同じく、医者であるアンナが同意する。

「フェイスは外していいわ」

 みんな、宇宙服の頭の部分を脱ぐ。

 兵士たちは、ヘルメットを被っている。

「注意しろ。どこかにエイリアンが、隠れているかもしれない」

 ハミルトン隊長が注意する。

「凶暴なね」

 ベアデン軍曹が銃を前方に向け、そろそろ進む。

 みんな、ヘルメットをはずして進む。


 小型調査船のコックピットでは、ミミ、ヤマト、アキラは退屈に窓の外を見ている。

 グロジヒは、テーブルの上に足を投げ出して、本を読んでいる。

 テーブルの上へポタリと粘液が落ちる。

 ヤマトがフライド・チキンの骨をゴミ箱に投げる。

 その骨が何かにあたり空中で止まる。

 青白い光とともに、一瞬、モンスターのカタツムリのゲル状の姿が見えるのが、溶けた骨とともに姿を消す。

 ゆうに全長二メートルはあるだろう。

 ヤマトが驚きのため、目を丸くする。

「何かいるぞ!」

「私も見たわ」

 ミミも叫ぶ。

「いるって、何が?」

グロジヒが、わけがわからないと言うように聞く。

「わからない。透明なものだ」

 ヤマトが説明する。

 モンスターが速く動いている。

 体色の変化が周りに追いつかないため、タイム・ラグが生じ、カタツムリの形だけが、ようやくわかる、

 アキラがテーブルを触る。

 手にねばねばの透明の液体がつく。

 右手をテーブルに擦りつけ、「なに、これ? 気持ち悪い」

 アキラは、それを払い除けるために手を振る。

 急にグロジヒの上にカタツムリ型のモンスターが落ちてくる。

 グロジヒの体を、カタツムリ型のモンスターの肉が包む。

 カタツムリ型のモンスターが姿を現す。

 その姿が、青白く光って、グロジヒの体を消化していく。

「キャー!」

 ミミが叫ぶ。

 ヤマトは、アキラとミミに哀れなグロジビを見せないように、急いでハッチの方へ連れていく。

「アキラ、ミミ、こっちへ! 逃げるんだ」

 三人は、ハッチを二つ開け、巨大宇宙船の中へ逃げる。

 三人の子供は、無線で兵士達と父親たちのやり取りを聞いていて、巨大宇宙船の中が安全だということを知っていたのだ。


 巨大宇宙船の通路は、薄暗く、何がいるかわからず、みな緊張している。

「嫌な予感がするな。歓迎パレードもない」

 ジェームズ船長が、周りに目をやりながら感想を述べる。

 後ろから、足音が聞こえる。

 複数のそれも走っている足音だ。

 五人の兵士と四人の乗組員は緊張して、音がする方に銃を構える。すると、子供達が薄暗闇の中から現れる。

 ホッとして、みんなの緊張が解ける。

「ヤマト!」

 ナカガワ博士が、驚きの声を上げる。

「どうして、ここへ来たんだ?」

 ダイスケは、ヤマトを見ながら咎めて、言う。

「また、きみたちか?」

 ハミルトン隊長が、やれやれといった表情を見せる。

「おじさんが怪物に喰われちゃったんだ」

 アキラが息を切らせて説明する。

 ミミは泣いている。

「グロジヒが? まさか」

 サーシャが驚いて叫ぶ。

 五人の兵士の間にも衝撃が走る。

 その時、天井から、何かが落ちてくる。

 ロバートの上へ覆い被さる。カタツムリ型のモンスターが現れる。

 ロバートが苦しそうな呻き声を上げる。

 青白く透明に光るゲル状のカタツムリに包まれ、ロバートが悲鳴と青白い光とともにどんどん溶けていく。

 兵士たちが、MILI突撃銃を打ち捲るが、カタツムリの体を突き抜けるだけである。

 MILIは、サブマシンガンで、ワンマガジンで一〇〇発弾丸を発射でき、水にも強い。

 この巨大宇宙船の床や壁は、強く、コンクリートを砕く弾が当たっても、跳ね返るだけで傷ひとつつかない。

「キャー! ロバート!」

 ジュリエットが悲鳴を上げる。

 ジェームズは、ジュリエットを抱き止める。

「駄目だ! 逃げよう」

 ジェームズとダイスケは、泣きじゃくるジュリエットと子供たちを促して、一目散に逃げる。宇宙船の奥へと…。

 後ろでは、マシンガンの音やせん光や爆発音が聞こえている。


 巨大宇宙船のどこかわからない通路では、モンロー船長、ナカガワ博士、ジュリエット、ヤマト、アキラ、ミミたちと五人の兵士たちが別れ別れになっていた。

「どうして、ここへ来たんだ?」

 ナカガワ博士が、少し怒って、ヤマトを見詰める。

「あの怪物が、一匹中へ入って来たんだ。あのままじゃ、ボクたちも、喰われちゃってたよ」

 ヤマトが言い訳する。

「でも、助かってよかったわ」

 ジュリエットが涙を流して、ミミとアキラたちを抱き締める。

 ジュリエットとロバートが恋人同士だったのをモンロー船長たちは、知っていたので、ジュリエットの悲しみが痛いほどわかる。

「ハミルトン隊長、シンディ、聞こえます? 聞こえたら応答してください! ハミルトン隊長、シンディ、聞こえますか?」

 モンロー、船長が、頭につけた無線機で言う。

「駄目だ。ここじゃ、電波が通じない!」


 二又の通路の一方の遠くに、よく見えないが黒い輪郭が浮かび上がる。

 三メートル近くあり、二本足で立っていて人間のように見えないこともないが、尻尾がある。

 後頭部が以上に大きい。

 まさに悪魔の眷属(けんぞく)である。

 ビースト型のモンスターだ。

 それは一瞬で通路を横切って消える。

「何だ。あれは? あれが我が友人のエイリアンというわけじゃないだろう」

 ナカガワ博士が叫ぶ。

「たぶん、この船の乗組員たちは、いまさっきの怪物たちにやられたのよ。だからSOSを放った。でも、間に合わなかった」

 ジュリエットが、自分の説を述べる。

「もしかしたら警告だったのかも?」

 モンロー船長が、説明する。

「いったい、モンスターは何匹いるの?」

 ミミは脅えている。声も震えている。

「数はわからないけど、少なくとも二種類はいるさ。さっきのと、いまのと。もっといる可能性もある」

 ナカガワ博士が、みんなを見回す。

「あのカタツムリ型のエイリアンは少なくとも二匹はいるわ。調査船の中に入ったのと、ロバートを殺した奴と」

 ジュリエットが涙を堪えて言う。

「この船の乗組員だって生き残っている可能性はあるよ。どこかに逃げて。こんな船を作るほど頭がいいんだから」

 ヤマトが明るい可能性を述べる。

「確かに、あの怪物たちがこれを作ったとは思えないな」

 モンロー船長も同意する。

 シンディ・モンロー、ナオミ・ナカガワがいる超巨大宇宙船のコックピットでは、二人が、三人の子供たちの安否を心配していた。

 夫たちから、子供達が小型探査船に密かに乗り込んで捕まったことまでは連絡はあったが、それ以後の連絡が途絶えたままなのだ。

 ヤマト、アキラ、ミミの子供達から、冒険を楽しんでいるという姿と声の映像はあったが、それ以来音無しである。

 六人の兵士が一緒なので少しは安心だが、ここは未知の世界、未知の宇宙なのだ。

 それに、”マザー”が、分析した信号は、“SOS”と”警告”のものだった。

「最初は“助けてくれ!”という“SOS”だったけど、次は”この船は“危険だ。近づくな“という”警告“に変わっているということは、この未知の宇宙船は”他人“を思いやる高潔な種族のものだということよ」

シンディが、”マザー”の暗号分析結果を見ている。

「そして、あんな宇宙船を造るぐらいだから、とても高度な文明をもった知性の高いエイリアンだわ」

 ナオミが黒い巨大宇宙船を見ている。

「その異星人がやられたとしたら、あの中にいるのは、ものすごく凶暴で強いモンスターだわ」

 シンディが、自分の家族たちのことを心配して言う。

「子供たちは大丈夫かしら?」

「きっと! 夫たちや兵隊さんたちがついているもの」

「そうよね」

 ナオミが、希望を口にする。


 巨大宇宙船のある部屋の前の、エア・コックが開く。

 内部はかなり広い。

 補助用ライトが点いているが暗い。

 制御盤のようなものの前にスクリーンがあり、その向こうには、強化ガラスかプラスチックでできた檻のようなドームがたくさんある。

 そのドームの二つは、内部から破壊されたような跡がある。

 もう二つはドームの一部が融けている。

 外から破られたドームもいくつかある。

 二、三のドームには見たこともないような動物、昆虫、魚が入っている。

 この部屋の壁には内から破裂したような大きな穴が開いている。

「たぶん、この部屋は研究室で、あの怪物はここから逃げ出したんだわ。もっと言えば、この宇宙船は、惑星を旅して、宇宙生物を捕獲していたのよ」

 アンナが、目を丸くして、この光景を見ている。

「想像が逞しすぎるな。でも、ひょっとするとそうかもしれない。この状況だとね」

 ハミルトン船長が、気を取り直して言う。

「その中の生物が逃げ出し、乗組員が汚染されたというわけか」

 ベアデン軍曹が、周りに注意して、マシンガンをあちこちに向けている。

「モンロー船長や子供たちは、無事かな?」

 キム・リーが、心配そうな顔をする。

「さあな。でも、ジュリエットという娘は美人だな」

 サーシャが軽口を叩く。

「痛い!」

 アンナがサーシャの尻を抓ったのだ。

「あんたは、女には甘いんだから…」

「痴話喧嘩は、やめろよな」

 リーがニヤリと笑う。

 キム・リーが、そんな冗談を言っても、嫌味に聞こえないのは、彼の剽軽な性格だろう。


 巨大宇宙船の、子供たちの後ろのエア・ロックが開く。

何かの部屋である。

 子供たちがそちらの方を向き、悲鳴を上げる。

 モンロー船長、ナカガワ博士はそちらへ銃を向け、構える。

 異星人の翻訳機とロビンが同時に金属的な声で叫ぶ。

『待って! 射たないで!』

『ワタシたちは君たちを呼んだ友人だ』

 ロビンと翻訳機が喋る。

 闇の中から、ボンヤリと二つの大きな影が現れる。

 宇宙服を着た二メートル五十センチはあろうかと思われる巨人の異星人である。

 顔は昆虫のセミのようで、円らな瞳がやさしい。

 一人は足に怪我をして、包帯をしており、もう一人が肩を貸して体を支えている。

 怪我をした異星人は足から緑色の液体を流している。

 たぶん、血だろうと思われる。

 大人たちは疑念と緊張から体をこわばらせて銃を構えたままだが、子供たちは本能的にこの友人たちがいい異星人だということに気づいたようである。

 ロビンが翻訳して喋る。

 元気な方の異星人は、両手を合わせて御辞儀をする。

『ワタシはこの船の乗組員のファー、彼女はヒュー』

 もうひとりの異星人も両手を合わせて、御辞儀をする。

 ファーが手招きをする。

『そちらは非常に危険だ。こちらへ来て! この部屋は、そのために作ったんだ』

 探検隊の一行は、異星人の安全な域に踏み込む。

 エア・ロックが閉まる。

 先ほどの様々なエイリアンたちが、閉じ込められていたと思われる巨大な捕獲室では、ハミルトン隊長、ベアデン軍曹、サーシャ、アンナ、キム・リーが周りを警戒しながら銃をあちらこちらの方向に向けている。

 サーシャが、ドームの壁に手を触れると、粘液がベッタリつく。

「これは、あのカタツムリの化け物の体液か?」

 サーシャは、手を振ってその粘液を振り払おうとする。

 五人は、入口付近に立っているのだが、対面の少し離れたところに、六つの黒い影が立っている。

 銅像のようでもあるし、人間のようにも見える。

しかし、少し大きくて、身長は二メートルもあろうか?

 その黒い影が、目に見えない速さで飛んできて、ベアデン軍曹を一瞬にして切り裂き、次にハミルトン隊長に襲いかかろうとする。

 巨大なカマキリ型のエイリアンで先程のは、擬態だったのだ。

 サーシャが、LIMIサブマシンガンを射つと、カマキリ型のエイリアンは、蜂の巣になってバタリと倒れる。

 残りの五つの擬態のカマキリが次々に飛びたって、こちらへ向かってやって来る。

 キム、アンナ、サーシャの三人は一斉射撃を始める。

 五匹のカマキリ型のエイリアンの後ろからも擬態をしている黒い影が飛んで来る。

 カマキリ型のエイリアンは、次々射ち落とされるが、数が多すぎて多勢に無勢である。 

三人は逃げようとするがハミルトン隊長は、身が竦んで動けないでいる。突っ立ったままのままで、木偶(でく)の坊である。

「隊長、逃げるんだ」

 サーシャは、ハミルトン隊長を促して入り口に向かう。

「早く、早く!」

 すでに、入り口のドアへ着いている、アンナが急かす。

 サーシャは、後ろ向きにMILIマシンガンを射ち捲っている。

 カマキリ型のエイリアンの羽根や頭が、バラバラになって落ちて来る。


 キム・リーもMILIマシンガンを射っていたが、退路を断たれ、いつの間にか姿が見えなくなってしまった。あの怪物の群れに、やられてしまったのかもしれない。

 サーシャが、入口へ着いてホッとしたとき、彼の腹から鋭いカマが突き出して来た。血が噴き出す。サーシャの口からも血が流れる。

「サーシャ!」

 アンナが、悲鳴を上げる。

 サーシャの手が彼女の方へ伸びるが、届かないまま、体が床に倒れる。

 その後ろから、巨大なカマキリ型のエイリアンの姿が覗く。

「こっちよ」

 アンナは、脅えているハミルトンを連れて、外の通路へ出ると、急いでハッチを閉める。

その前に、彼女は銀色の手榴弾を大きな部屋の中へ一回スイッチを回して、投げ込む。

 ハッチの向こうから、ドンドンとドアを叩く音が聞こえる。

 カマキリ型のエイリアンの仕業である。

 部屋の中で大爆発が起きる。

 たぶん、カマキリ型のエイリアンは全滅だろう。

 アンナは、安全なのを確かめると、壁に沿って、ズルズルと床へ座り込む。

「サーシャが死んだのはあんたのせいよ。だから、頭でっかちのエリートは嫌いなのよ。臆病な弱虫!」

 アンナが、悪態をついても、ハミルトン隊長は黙って突っ立っているだけである。


 巨大宇宙船の防護部屋の中には、初めてみるような機械類が置いてある。

「私は船長のジェームズ・モンロー。よろしく」

「ぼくの名前は、ダイスケ・ナカガワ。はじめまして」

「私はジュリエット、こんにちは」

「ボクはヤマト、こんにちは」

 ヤマトは、ファーと握手する。

「アキラだよ。宇宙人なんて初めてだ」

 アキラは、目をキラキラ輝かせて、挨拶する。

「ミミよ。よろしくね」

 ミミは、二人の異星人にニッコリ笑って、みせる。

 こうして、異星人と人類との挨拶(コンタクト)が終わった。

「ここで何があったんです?」

 モンロー船長が事態の状況を聞く。

『この船は生物研究船なんだ。捕獲した生物が逃げ出した。ワタシたちにとって非常に危険なのは、四種類のモンスターだ。一種類の宇宙植物(フラワー)、二種類の宇宙昆虫(インセクト)と、宇宙肉食獣(ビースト)だ。ワタシたちを残して、全員こいつらにやられた。アッという間の出来事だ。キミたちに“SOS”と“警告”の信号を送るのが、やっとだった』

 異星人の肉声は、シューシューという音にしか聞こえないが、翻訳機とロビンが完全にヘルプしている。

「私たちがこの船に着いた時に、ようやくアナタたちのメッセージを“マザー”が解読できたそうです。だから“マザー”はロビンにアナタたちの言葉をインプットしたようです。私たちには伝わらなかったようですが」

「その四種類のエイリアンのことを教えて欲しい」

 ナカガワ博士が聞いた。

『まず、宇宙植物(フラワー)は、食肉植物で、美しい花の花粉で獲物を麻痺させ、触手で相手をとらえ、ハエトリグサのように相手を強い力で挟み、消化する。この葉には棘があり、相手を痺れさせる。また、下の触手で動物のように移動する。つまり、歩く肉食植物なんだ。体長は二メートルぐらいだね。繁殖力も強い。一番目の昆虫は、巨大なカマキリだ。見えないくらいすばやく飛び、鋭いカマで獲物を切り裂く。非常に凶暴でギザギザの歯で相手を食べる。こちらも繁殖力が非常に強い。二番目の昆虫(インセクト)はカタツムリのような形をしていて、本体も殻も透明で、カメレオンのように色を変えられる。背景に同化してジッと獲物が近づくのを待っているんだ。肉食で、捕食すると青白く光る。ヌメヌメした本体で相手を包み込み、強い消化液を出す。殻は固い。繁殖力は非常に速い』

「あいつは、ロバートの宇宙服を溶かしたわ」

 ジュリエットは、震えていた。

『実験室の強化プラスチックもね』

「ここに来る前にもう一匹のエイリアンを見た。そっちの方がよっぽど危険そうな奴だった」

 モンロー船長が口を開いた。

『あの肉食獣(ビースト)は禍々しい最悪の生物だ。体はキチン質でダイアモンド並みの強度がある。体が傷ついてもすぐ回復して進化し、同じ攻撃は二度と通用しない。俊敏で、武器は鉤爪と口の中の金属のような歯だ。他のことは、あまりわかっていない。知能はかなり高い』

 ファーがヒューの傷を包帯の上から、撫でながら説明した。

「あいつらを倒す方法は?」

 ナカガワ博士が肝心なことを聞いた。

『発見したら逃げ出すしかない』

「あいつらの数は?」

 モンロー船長が、大切なことをきく。

『逃げ出したとき、植物は五つ、カマキリ型の昆虫(インセクト)は四匹、カタツムリ型の昆虫(インセクト)は三匹、肉食獣(ビースト)は二匹だった。しかし、そのあと、どれだけ増殖しているかわからない。謎の部分も多い。どういう意味かわかるかい?』

「二世、三世が誕生しているかもしれないってこと?」

『そう。キミは頭がいいね』

 ファーが、ヤマトの頭を撫でた。


 巨大宇宙船の防護室の中のスピーカーから、シューシューという音が聞こえる。

 この宇宙船のメイン・コンピューターの声だ。

『本船は惑星レビの軌道を外れました。操縦不能。あと三時間十二分で、惑星に激突します』

 “マザー”とロビンの翻訳機が同時に叫ぶ。

「なんてことなの!」

 ジュリエットが驚愕して叫ぶ。

『コックピットへ行ってみよう。それが駄目なら脱出艇だ』

 ファーが指示する。

「わたしたちの調査船は使えないわよ。あいつがいるから」

 ミミが説明する。

『この船は、何カ所かに脱出艇を備えているの。緊急の時のためにね。仲間は、それを使う暇もなかったけど』

 ヒューが、やさしく教える。

「さあ、出発しようか!」

 モンロー船長が、みんなを促す。


 巨大宇宙船の大ホールに、アンナとハミルトン隊長が入って行く。

 ここも、何らかのエイリアンの飼育場だったのだろう。

 部屋の真中辺りにある資材の陰で二人は暫く休むことにした。

「ごめん、ぼくが、サーシャを殺したんだ」

 ハミルトン隊長がアンナに謝る。

「あたしたちが無事でこの宇宙船を脱出することだけを考えましょう。それが、サーシャの望みだったんだから」

 アンナは、泣いていた。それだけ、サーシャを愛していたのだろう。普段は、非常に気丈だったのに―。

 二人が疲れ果てて、ウトウトしていると、周りでザワザワ音がする。

 アンナが、目を覚ますと、四方八方宇宙植物の群れがいる。

 アンナは、ハミルトン隊長を起こして、LIMIサブマシンガンを射ち捲る。宇宙植物の触手や花や葉が破片になって飛び散る。

 しかし、それでも二人を囲む輪は小さくなっていく。

 ついにアンナが触手で掴まれ、二つの歯に挟まれる。顔だけが出ている。

「殺して!」

アンナは、ハミルトン隊長に頼む。

「できない! そんなことは」

 ハミルトン隊長は頭を抱えこむ。

「どうせあたしは死ぬのよ。だったら、楽に死なせて!」

 アンナの言葉に、ハミルトン隊長は決心して、腰のホルダーから、スミス&ウエッソンを取り出す。

 LIMIサブマシンガンは逃げるとき、落としてしまったのだ。

 そのスミス&ウエッソンを、宇宙植物の触手が、撃鉄にくるくると巻きついて、取り上げてしまう。

 ハミルトン隊長は、足のブーツから、サバイバルナイフを取り出し、宇宙植物の葉に突き立てようとするが、全然刃が立たない。

「逃げて! あたしはもう駄目よ!」

 そういう間にも、他の宇宙植物が近づいてくる。床にも天井にも溢れんばかりだ。

 ハミルトン隊長も逃げ場がなくなり、横のベルトから、銀色の円筒形の手榴弾を取り出す。

「駄目な男ね!」

 アンナが、笑顔で彼を見る。全てを許したやさしい目だ。

 ハミルトン隊長は、覚悟を決めてそのスイッチを押す。

 大爆発が起き、炎がこのドームを包み込む。

 宇宙植物も炎の中で焼けて次々死んでいく。

 灰は、まだ燃えている。


 巨大宇宙船の曲がりくねった通路を抜け、コックピット室へ、六人の乗組員と二人の異星人が入る。

 その部屋は満点に星が見渡せ、スケールが大きい。

 その時、どこかで爆発音が聞こえる。

「あの音は、何なの? 確かに爆発音よ」

 ジュリエットが、心配顔で聞く。

「たぶん、兵士たちが戦っているんだ」

 モンロー船長が推測する。

「でも、あの隊長ビクビクしていたよ」

 アキラも、よく観察しているのである。

「心配だナ」

 ヤマトも、自分の心の中を発露する。

 この大きな部屋の機械や計器類は、めちゃめちゃに壊され、煙が出ている。

 火が上がっているところもある。

「これはひどい!」

 ナカガワ博士が周りを見て言う。

『これじゃ、この船をコントロールできない。脱出艇へ急ごう』と、ファー。

 入口に近いパイプ類の間に、動くものがある。

 棘のあるメタル・グレーの太尾が音もなく下りて来て、最後尾のモンロー船長の首に巻きつく。

 モンロー船長が、手でその尾をつかみ、足をバタバタさせるが、吊り上げられる。

「パパー!」

 ミミが悲鳴を上げる。

 ビースト型のモンスターとジェームズがパイプ類の向こうに姿を消す。

「ああ、神さま」

 ミミは、上を向いて祈る。

『あいつに捕まったら、もう助かる見込みはない。惨いようだけど逃げよう』

“少しは、ミミの気持ちになってね”とジュリエットは思ったが、黙っていた。

 すぐそばの床に、粘液がベチョ、ベチョと落ちる。

 天井に、宇宙カタツムリがいるのだ。

 次にドサッと、何かが落ちて来る。

 床に何かいる気配がするが見えない。

「ミミ、逃げるんだ。みんなも」

「パパ!」

 ミミは、立ったままで、天井のパイプ類の向こうの闇に呼びかける。

 ファーは、泣いているミミを抱え上げ先頭に立って、コックピットから脱出する。

「恐いよ!」

 アキラが震えて言う。

 ナカガワ博士、ヤマト、アキラ、ジュリエット、ヒュー、ロビンが後に続く。


 巨大宇宙船の通路は、補助灯は点いているが薄暗い。

 その陰になっている闇が恐い。

 なにか、エイリアンがいそうな感じがする。

大気は生暖かく、みんなジットリ汗ばんでいる。

『あのエイリアンのせいで、予備の電源に切り替わっているの』とヒュー。

『格納庫と武器庫を抜けて、脱出艇へ向かおう。それが一番の近道だ』

ファーは、一番この船について詳しい。

「どれぐらいの距離があるの?」

 アキラが訊く。

『ざっと上下の階、合わせて三百メートル程かな?』

「そんなにもあるの」

ジュリエットが驚いてきき直す。

『この宇宙船は、大きいからね。これでも一番近いところの艇なんだよ』

「何か出て来そうな雰囲気ね。ゾッとしちゃうわ」

 ジュリエットが、ミミを抱き締める。

 ミミは泣き続けている。

「ボクが一緒にいるよ」

 ヤマトが、ミミの手をしっかり握って約束する。

「ぼくも、いるよ」

 アキラが、やさしく、ミミの頭を撫でる。


 巨大宇宙船の格納庫の中は、暗くてだだっ広い空間が広がっている。

 ところどころに、鋼材などの機材が積まれているところがある。

 エイリアンには、格好の隠れ場所にちがいない。

 一行、格納庫を急いで突っ切って行く。

 ファー、ヒュー、ヤマト、明、ミミ、ロビン、ナカガワ博士、ジュリエットの順で、全身に神経を集中して前進している。


 巨大宇宙船の格納庫の反対側の通路に着く。

「何もいなかっただろう。恐がらなくて、大丈夫!」

 ヤマトが、そう言うか言わないうちに、突然、床が破裂したように下からめくれ上がり、肉食獣(ビースト)型のエイリアンが現れる。

 ダイスケは、一撃で首の骨を折られる。

 一発、銃弾は発射され、ビーストに当たるが平気である。

「お父さん」

 ヤマトとアキラが同時に叫ぶ。

 ジュリエットは、はずみで床の穴へ落下してしまう。

 子供たちは、まったくパニックに陥っている。

 ファーは、拳を振り上げ、宇宙ビーストに向かって行こうとするヤマトを押しとどめる。

『ヤマト、お父さんは死んだんだ。キミも死なすわけにはいかない。逃げるんだ』

『こちらよ』

ヒューは、泣いているアキラとミミを急き立てて、右足を引き摺りながら通路を奥へ奥へと進む。

 ファーと、ヤマトと、ロビンが、後に続く。

 ファーは、左の脇腹を押さえている。

「どうしたの」ミミがやさしくきく。

『ちょっとあの尻尾で叩かれただけだよ』

ファーとヤマトとロビンが後に続く。

 ファーはダイスケが落としたライフル型の銃を片手に持って、後ろを絶えず気にしている。

 この銃の弾には、即効性の猛毒が仕込んでいる。


 巨大宇宙船の通路の奥の、少し広くなったところで、ファーとヒューが三人の子供たちを慰めている。

『辛いことを云うけど、お父さんたちはもう帰ってこないわ。死んだのよ。ヤマト、今度はキミがお父さんの代わりになって、二人をママのもとに届けなけりゃ。パパもそれ望んでいるわ』と、ヒュー。

「異星人なんかに、人間の気持ちなんか、わかってたまるか。ぼくはお父さんのところで戻るんだ」

 アキラが我儘なことを云う。

 その言葉を聞いたヒューは、困った顔をする。

「わたしも行く」

 ミミも、硬い表情で言う。

 ファーが、二人を抱き締める。

「ごめんなさい。アキラもそんなつもりで云ったんじゃないんだ」

 ヤマトが、我に返って謝る。

『わかっている』

『いいのよ。悲しい時は感情を表へ出した方がいいわ』

 二人の異星人は、シンディやナオミが思っているように、高潔でやさしかった。

 もっと違う場所で違うときに、この知的で高潔な種族に出会っていたら、人類の未来はバラ色になっていただろう。

 もっとも、まだ遅くはないかもしれない・・・。

『さあ、お母さんのところへ、帰ろうか』

 ファーが、ヤマトの肩へやさしく手を置く。


 ある通路でジュリエットは、完全に迷子になっていた。

 武器といえるのは、サバイバルナイフだけ。

 その前のドアを開けようとしたとき、後ろに人の影のようなものが立つ。

 薄暗いが、ドアにも幻のようにその影が映る。

 カマキリ型のエイリアンの擬態である。

 ジュリエットがそのぼんやりした影を気づいて、振り返る。

「キャー」

 ジュリエットが悲鳴を上げる。

 まさに、宇宙カマキリが、ジュリエットの首に噛みつこうとしたとき、バババッという銃声がして、カマキリ型のエイリアンの体がバラバラになって倒れる。

 その少し離れた後ろには、キム・リーがMILIサブマシンガンを構えて立っていた。

「マア、キム、ありがとう。あなたは命の恩人だわ」

 ジュリエットは、ありったけの笑顔を見せる。

 今にもキスしそうな勢いで、キムの方に寄って行く。

「他の兵隊さんたちは?」

 キムは、ジュリエットに会えたことを嬉しく思いながら、悲しそうな顔をする。

「ベアデン軍曹は死んだ。サーシャもやられた。他の人はどうなったかわ駆らない。ぼくは、床に穴が開いていたので、そこから下の階に脱出したんだ。その後、すごい爆発音がして、穴からも火が噴きでてきた。たぶん、アンナか隊長が強力な手榴弾を使ったんだ」

「こちらも、モンロー船長とナカガワ博士を失ったわ」

 ジュリエットは、これまでの経緯を説明した。

「それゃ、すごいナ。異星人だなんて会ってみたいな」

 キムは、そう言ってから、ジュリエットの気持ちを忖度して黙ってしまった。

「でも、子供たちは、その異星人たちが守ってくれるさ。この宇宙船に精通しているんだろう。それに、もっと強力な武器を持っているさ」

「ここは宇宙なのを忘れないで。船体が破損したら命取りよ。でも、私を慰めてくれて、ありがとう」

 ジュリエットが笑顔を見せる。


「でも、早く脱出艇を見つけなきや」

 彼女が背を向けて歩き出すのを、キムは笑顔で見ている。すると薄暗い、天井から、するすると太く長い、メタル・グレーの尾が落ちて来て、キムを捕える。

 そして、強い力で天井へ持ち上げようとする。

 キムは、両手は自由だが胴体に尾が巻きついている。

 キムは「ウウ!」と呻き声を上げ「逃げるんだ」とジュリエットへ叫ぶ。

 そして、バババッとMILIマシンガンを上へ向かって射つ。

しかし、宇宙ビーストの力は衰えない。

 キムの口から血が流れる。

 キムは、MILIマシンガンをジュリエットの方へ投げる。

 MILIマシンガンは、床を滑って、ジュリエットの方へ届く。

「早く逃げるんだ!」

 キムが、最後の力を振り絞って叫ぶ。

 ジュリエットは、その銃を拾って、通路を走って逃げる。

“もはや、キムは助からないことを、本能的に知っているのだ”

 キムは腰のホルダーから円筒型の銀色の手榴弾を取り出し、そのボタンを押す。

 大爆発が起こり、通路を炎が走る。

 ジュリエットは、床に飛び込んで、炎の直撃を寸前のところで避ける。

 ジュリエットは暫く動けないでいる。

 炎が収まり、煙が引いていくと、その中に徐々にビースト型のモンスターの悍(たく)ましい姿が現れる。

 ジュリエットは恐怖で、体が痛いにもかかわらず立ち上がって、走って逃げる。

 すぐそばに、ビースト型のモンスターがいるような気配がしている。

 実際、無傷で走って追って来ている。


 巨大宇宙船の展望台では、視界一杯にレビの赤い惑星と、その向こうの星が見えている。

 ファー、ヒュー、ヤマト、アキラ、ミミの五人は疲れて休んでいる。

 ロビンはもちろんロボットだから、普段通りである。燃料もたっぷりある。

 ちょうど、腰を下ろせる機材が雑然と積まれている。

 ファー、ヒューは、子供たちの身を案じている。

 ヒューは、足の傷が、かなり痛そうである

 ヤマト、アキラ、ミミは、静かに泣いている。

 父親が亡くなったショックから立ち直れていないのだ。

 その上、体力を消耗して身体も精神もボロボロになっているのが傍から見てもわかる。

『キミたちがお父さんを亡くして、辛いのはよくわかる。しかし、人間には悲しみを堪えて、やらなければならない時もある。いまが、その時だ!』

 ファーが、子供たちを気づかって励ます。

 ファーも疲れたのか、脂汗を流し苦しそうである。

「人間じゃないのに、そんなことがわかるの?」

 アキラが、疑わしそうに聞く。

『ファーも父親だからよ』とヒュー。

『ファーとヒューは、結婚しているの?』

『そうだよ』

「子供はいるの?」

『ああ、故郷の星にね』

 ファーが説明する。

「どんな国というか星なの?」

ヤマトも好奇心にかられてきく。

『科学が発達していて、みんな平等で平和に暮らしている。共和国制で、いろいろな種族がいてね。簡単に言えばそんな星だよ』

「ファーとヒューは冒険家なの? 星から星へ旅する」

『アタシたちは科学者なのよ』

ヒューが説明する。

「それじゃ、ぼくのお父さんとお母さんと同じだ!」と、アキラは、父親のことを思い出し、悲しい顔をする。

「温かいのね」

 ミミが、ヒューの手を触って、指を握る。

『姿や形は異っても、同じ人間よ』

 二人の異星人たちは、子供たちをやさしい目で見ている。

 三人を、まるで自分の子供のように・・・。


 巨大宇宙船の展望台で、アキラが機材の間からネバネバしたゴムのような抜け殻を摘みあげる。

「これ、なに?」

 アキラが、それをもってきく。

『ビーストが脱皮たんだ。もうすぐ、成体になってしまう』

 ファーが辺りを警戒しながら、説明する。

「成体って?」

『大人のエイリアンというか、モンスターのことよ。そうなったら勝ち目はないわ』

「早く逃げなくっちゃ」

 ヤマトが促す。

「この近くにいるかもしれないわ」

 ミミは不安そうである。

『急ぎましょう!』

 ヒューも、同じく不安になっている。

五人とロボットの一体が、用心しながら、重い腰を上げる。


巨大宇宙船の通路をファーとヒューは、ヤマト、ミミ、アキラを前後から守るように用心深く進む。

『でも脱皮したいまが、ビーストの一番弱い時かもしれない』

「脱皮したばかりで、体が柔らかいんだね」

ヤマトも周りに注意を向けている。

「お兄ちゃん、頭いい」

アキラが感心して言葉を投げかける。

『それに、体の機能も百パーセントじゃないでしょう』

「いまならやっつけることができるんじゃない」

『武器がない。このライフルじゃ駄目だ。まるで、子供のおもちゃにしか感じないだろう』

 ファーが銃を見せる。

「アイツ、そんなに強いの?」

 ミミが、ブルッと身を震わせて聞く。

「お父さんたちだって、やられたんだぞ。ボクたち子供じゃ、歯がたたないよ」

 ヤマトが、ミミを見る。

 ミミは惨劇のシーンを思い出し涙ぐむが、健気にも堪えている。

 ヒューが、そっとミミの小さな肩を抱く。

「ファーとヒューがいるもん」

 アキラは、大きなエイリアンたちの後ろへ回り込んで言う。

『武器庫に行けば、なんとかなるかもしれないけど、今はこの宇宙船から脱出することだけを考えよう。それが一番の方法だ』

 ファーが苦笑する。

『それしかアタシたちが助かる道はないわね』

ヒューも、同意する。


 巨大宇宙船の倉庫は、ただ、広く、ところどころに器材が置かれている。

 一行は子供と怪我人のために、再び器材に、腰を下ろして休んでいる。

 薄暗くて、いつモンスターが、現れてもおかしくない。

 ミミは、何も言わずヒューの足の包帯を巻き直してあげている。

『ミミ、きみは優しい子なんだね』

 ファーが、感心して言う。

「当然のことをしているだけよ」

 ミミは、少し照れている。

『でも、ありがとう!』

 ヒューは、ミミの頭をふんわりと抱く。


 ファーたちは、小さな部屋に辿り着く。

ドアを閉めロックする。

『幸い、ここは被害がなさそうだ』

 ファーが、コンピューター・システムを確かめて言う。

「お腹すいたなあ?」

 アキラが、大きな椅子に座って溜息を吐く。

 ファーやヒューたち乗組員のサイズなので大きいのだ。

『ようこそ。バビロンのレストランへ』

『ここは、この船の食堂と厨房だから、何でもあるわ』

ヒューがおどけという。

「この宇宙船の名前はバビロンっていうの?」

 ミミが聞く。

「そうよ。ミミ!」

「バビロン」の“マザー”が答える。

「わあー、船が喋った! しかも、地球人にわかる言葉で」

ミミが、びっくりして叫ぶ。

『あなたがたの言葉とワタシたちの言葉で同時に話しかけているの』

“マザー”が話しかける。

『何が食べたい?』

 ヒューが聞く。

「ぼく、ハンバーガー、マスタードをたっぷり入れたやつ。それと、コーラも」

 アキラが、注文する。

「それは、ボクは、ステーキ。焼き方はウェルダン。飲み物はオレンジジュース」

「わたしは、アップルパイとケーキよ。それといちごシェイクもつけてね」

 ミミが、好物を頼む。

「女の子は甘い物ばかりだ。だから、太って、ブタになっちゃうんだ」と、アキラ。

 ミミが、ぶつ真似をする。

「ファーやヒューも、ボクたちと同じものを食べるの」

 ヤマトが聞く。

『ちがうよ。きみたちのはゲスト用だよ。ワタシたちはこれさ』

 ファーは緑色の液体が入ったパックを手に取る。

「まるで青汁みたい」

 アキラが、苦そうな顔をする。

『あらゆる栄養が詰まっているの』

 テーブルの上に自動調理器から次々に料理が出て来て小さなテーブルの上に並べられる。

 アキラが、最初に料理に飛びつく。

 ヤマトとミミも一心不乱に料理を食べ出す。

 ファーとヒューも幸せそうに、その光景を眺めている。

「きみたちの料理の中にも、力の源を入れた。当分、体力が持つはずだ」

「美味しい」と、ヤマトが感想を述べる。

「美味しいね」

「もうひとつちょうだい」と、アキラ。

『ハイ、ハイ。いっぱい食べてね』

 ヒューが一時の団らんを、楽しんで言う。

 ヤマトのナイフとフォークの手が止まる。

「どうしたんだい?」

 ファーが、きく。

「お父さん、死んじゃったんだね」

「わたしのパパもジュリエットも、みんなも・・・」

 ミミが泣き出す。

「だから、きみたちは生きなくちゃならない。パパやみんなの分も」

 ファーが元気づけようとする。

「ボクがもっと強かったら、みんなを助けられたのに」

 ヤマトが涙を流して訴える。

 ファーとヒューは黙ったままだ。こんなときは、沈黙が一番の薬である。

「本当は、ボク恐いんだ。いまでも、吐きそうなくらい」と、ヤマト。

『アタシも同じだョ』

「ファーも?」

『ああ、死にたいくらいだ』

『エエ、本当よ』

 ファーが、ヤマトとミミの二人の子供たちを抱き締める。

ヒューも、アキラを抱く。

『一番大切なのは、勇気を持つことだ』

「だったら、あのモンスターたちにも勝てる?」

『きっとよ』

ヒューが、ミミを強く抱きしめる。

 ヤマトは黙ったままだ。

「ウアオー、お腹一杯!」

アキラが、満足そうにあくびする。

よほど、お腹がすいていたのだろう。みんな、皿の上の料理をきれいに平らげている。

「でも、あのモンスターには勝てないよ」とヤマトが、ポツリと言う。

「勝てるよ。だって、ファーがそう言ったんだから」

 アキラが反論する。

「ファーは嘘つきだ。ボクらはみんな喰われちゃうんだ」

「ヤマトの弱虫。わたしの好きなあなたじゃないわ。わたし、ファーやヒューと一緒に戦うわ。パパたちの仇を取るの」

「ぼくも戦う!」

「お母さんたちのところへ帰りたい」

 ヤマトが、弱々しく言う。

『ミミ、アキラ、食料と水をリュックに詰めに行くから手伝って』

 ヒューが二人に言った。

『ファーとお話があるの』

 ミミとアキラも、この場の雰囲気を察してロビンを残して、ヒューに従う。


「ボクは、本当は弱い人間なんだろ」

 ヤマトが、本心を発露した。

『ヤマトは、強いじゃないか?』

 ファーが慰める。

「宇宙に旅立つ前はよく学校でいじめられたんだ」

『でも、今は強いじゃないか? ワタシには、わかる』

「本当?」

 ヤマトが聞き返す。

『みんな、強がっていても、弱くて、恐いんだよ。本当の強さは、心の中にあるんだ。一番大切な人を助けようと思った時にそれが現れる』

「大切な人って? 家族とか恋人とかってこと?」

『それと、友達だ』

「そうだね。友達もだ」

 ヤマトとファーは、ハイタッチする。


 ヒュー、アキラ、ミミがリュックサックを一杯にして帰ってくる。

『ヤマトも元気になったらしいわね』

 ヒューが、やさしく微笑む。

「ほんとだ」と、アキラ。

「よかったわ」

 その時、ドアがドン、ドンと叩かれ、中側へ、合金がへこんで来た。

 ビーストが暴れているのだ。

『逃げろ!』

『急いで!』

 ファー、ヒュー、子供たちは、反対側のハッチを開けて外へ出る。ロビンが、後から続く。


 巨大宇宙船のひとつの脱出艇ボート前に、ファー、ヒュー、ヤマト、アキラ、ミミ、ロビンがやって来る。

「やったあー。ぼくたちは、助かったんだね」

 アキラがホット溜息をつく。

 ドアを開け中に五人と一台が入るとみんな驚くと同時に、失望感に襲われる。

 脱出艇は、無茶苦茶に破壊され、電気がショートしているのが、遠くからでも観察できる。

 ときどき、電気の火花とは違う青い光が見え隠れする。カタツムリ型のモンスターが発する光である。

『ここは使いものにならない。モンスターにやられたんだ』

ファーが説明する。

『ここが駄目だと、原子炉の通風孔の梯子を登って、上のデッキに行かなくちゃならないわ。子供たちの体力がもつかしら?』

 ヒューは心から子供達を気づかっている。

「ぼくは、大丈夫だよ」

 アキラが、大きく息をしながら言う。

「アキラが大丈夫なら、ボクは楽勝だ!」

 ヤマトが弟を見て言う。

「わたしも」

 ミミも、ハアハア肩で息をしながら言う。

『でも行くしか、なさそうね』

 ヒューがファーと、顔を見合わせる。

「ジュリエットお姉ちゃんも、やられちゃったの? 気絶してただけじゃない。あの時はまだ生きていたわ」

 ミミが歩きながら言う。まるで独り言のようである。

「諦めた方がいい」

 ヤマトが、仕方がないという顔をする。

「絶対生きているわ。死ぬわけはないわ」

 ミミが、ヤマトに食って掛かる。

 普段は大人しくやさしいミミが、こんなに声を上げるのは珍しい。

 よほど、神経が参っているのだろう。

『もし、生きていたら、きっとまた会える』

 ヒューが、励ますように言う。

「さっき武器があったら勝てるって言ったけど、どんな武器なの?」

 ヤマトが、ファーを振り返って聞く。

『分子破壊銃だよ。でも、十分気をつけて使わなきゃならない。船体に穴が開いたらワタシたちも吹き飛んじゃうからね』

 ファーが、少し考えて、口を開く。

「でも、それって光線銃なんでしょう。カッコいい!」

『でも、危険なのよ』と、ヒューが答える。


 巨大宇宙船の通路は、薄暗く、生暖かい壁のところどころから粘液が垂れ下がっていて、気味が悪い。

『気を付けろよ。あのカタツムリがいる可能性が高い』

 通路の向こうの曲がり角から、なにかが暴れる音が聞こえてくる。

 ときたま赤い光も見える。

 ファー、ヒュー、子供達が通路の陰から覗く。

 あのカタツムリをモンスターのビーストが喰っている。

 この宇宙カタツムリはかなり大きく、ビーストが殻の中にはいり込んで肉を貪って、いるのだ。

 屈みこんで、ようやく入れるほどで、青白く光る透明の殻を通してビーストのメタル・グレーの形が見てとれる。

 ときおり赤く発光するのは、カタツムリの断末魔の叫びだろうか。

 宇宙カタツムリは、死ぬ間際に赤く光るのだ。

 ファー、ヒュー、子供達は、この悍ましくも魅力的な光景に、魅入られたように立ち竦んでいる。

 食欲を満たしビーストが満足して、出てこようとしているのを目にすると、みんなは我に返り脱兎のごとく反対方向へ逃げ出す。


 巨大宇宙船の元の通路へ引き返し、別の道を選ぶ。

 選択は、ひとつしかなかったのだ。

「アー、気色悪い。夢に出てきそうだ」

「ぼくも」

「わたしも」

 ヤマト、アキラ、ミミが順番に言う。

『何か楽しいことを考えるのよ』

 ヒューが、やさしい言葉をかける。

『惑星衝突まで、あと二時間〇〇分。コース変更不能』

 “マザー”と、ロビンと、ファーがもっている翻訳機が同時に言う。

「最悪だ」

 アキラが、頭を抱える。

『最後まで、望みを捨てちゃだめだよ。ガンバるんだ』

「わかっているよ。それが、ファーたちの国のモットーなんだね。人間みたい」

ファーが、ヤマトの頭に大きな手をのせる。

 ミミとアキラは、ヒューの腰に縋りつく。

 ファーは、左の脇腹を押さえている。

 ヒューは、心配そうな目で彼を見る。

 ファーは、“大丈夫だ”というように目で笑って見せる。


 巨大宇宙船の通信室に入るが、大部分破壊され役に立たない。

 エイリアン二人と子供三人の五人が固まって、思い思いに腰を下ろしている。

 ロビンは、いつものように元気にクルクル回っている。

「わたしたち、無事にママたちのところへ帰れるかしら?」

 ミミが、泣きそうな顔でポツリと言う。

『大丈夫よ。どんなことがあっても、私たちが責任をもって送り届けるわ』

「大丈夫だよ。きっと」

 アキラが、思いつめた顔で言う。

『命に代えても、きみたちを守る』

 ファーが立ち上がる。

『それじゃ、そろそろ出発しようか?』

 ファーは、ヤマトが差し出す手を取って身体を起こさせる。


 巨大宇宙船のある通路のハッチを開けると、吹き抜けのホールになっている。

 上を見上げると天井は、だんだん暗くなっていき、その光が見えない。

 下は奈落の底に落ちて行くようだ。

 金属製の梯子が上に伸びていて、三階ごとに周りをぐるりと、取り巻く金属の通路がある。

 手すりから下を覗き込んでも、底にあるはずのメイン原子炉を目にすることはできない。

『下を見ないように!』

 ヒューを先頭に、アキラ、ミミ、ヤマト、ファーの順に梯子を上って行く。

 ファーは、円筒型ロボットで車つきのロビンを背負っている。

 子供たちにとって、三階分を上へ、上へ登るのは辛いようで、玉のような汗を浮かべている。一段、一段、手を外さないように気をつけなければならない。

『ガンバレ、もうすこしだ』

 ファーが、下から励ます。

『そうよ。怪我をしているアタシでも上っているんだもの』

 ヒューは足を引き摺りながら上っている。


 巨大宇宙船の中央の吹き抜けのホールにヒューが辿り着き、テラスデッキに立って声を掛ける。

『ガンバッて!』

 ヒューは右手を出し、アキラを引き上げようとする。

 その宇宙服の腕の上へポタっと粘液が落ちる。

 ヒューが、上を見あげる。何も見えないので、目を凝らす。幽かに透明なものが動いている。

 すばやく壁を滑り下りているため同化が遅れてタイム・ラグが生じているのだ。

透明なカタツムリは、子供たちを目指して動いている。

 

一番近くにいるのは、ミミである。

『危ない』

 ヒューが、叫ぶ。

 カタツムリがミミをまさに捕えようとする瞬間、ヒューが、その物体に体当たりする。

 ヒューの右腕が、モンスターのゼル状の体にのめり込み溶け始め、顔が苦痛に歪む。

 カタツムリとヒューの腕が青白く光る。

 ヒューは、必死で子供たちを守るために力を入れ、押し出そうと踏ん張る。その腕に全体重を掛ける。

『もう駄目だわ。ファー、あとは子供たちのことお願いよ』

 次の瞬間、ヒューは、子供たちの涙とともにカタツムリを道連れにして、真っ黒い穴の中に落ちていく。

『ヒュー!』と、ヤマト、アキラ、ミミが、涙と共に同時に叫ぶ。


 巨大宇宙船のホールの通路の上から、ヤマト、アキラ、ミミ、ファーが、手摺に手を掛け、下を覗いている。

「ヒューは死んじゃったの?」

アキラが、きく。

「わたしのために」

 ミミは泣いている。

「ボクたちが子供じゃなかったら・・・」

 ヤマトが、俯いて言う。

『子供たち、先を急ごう。もうあまり時間がない。ヒューもそれを望んでいる』

ファーが、閉じていた眼を開けて言う。

「ファー、悲しくないの?」

 アキラが訊く。

「悲しくないわけないじゃない。わたしたちのために・・・」

 ミミが、大人びた言い方をする。目に涙をためている。

『さあ、急ごう!』

 ファーの目に、涙が光っているのに、子供たちは気づく。


 巨大宇宙船の一番上のドアのハッチを開け、通路を進んでいく。

 みんなは、ヒューのことを思い黙っている。

『もうすぐだ! ガンバレ!』と、ファーが声を掛ける。

 食料貯蔵庫に出る。

 中二階のデッキのテラスから、下を覗き込むと、不気味な地獄絵が広がっている。

 所狭しと保存食量が積まれているが、中央に巨大な城のようなものが造られている。なにかの樹脂で、固められていて、不気味な卵のようなものが見える。

 そのそばの窪みを何かが動いている。数匹のビースト型のモンスターの巣である。

 まるで悪夢をみているようだ。

 ヤマトがミミに、耳打ちする。

「大丈夫だよ」


 巨大宇宙船の貯蔵庫のドアを開ける。

 ファー、ヤマト、ミミ、アキラ、ロビンは、そっとこの貯蔵庫を抜け出し、回り道をして武器庫へ向かう。

『惑星衝突まで、あと一時間〇〇分』

 “マザー”とロビンの声が同時に叫ぶ。

「わかったよ。うるさいな」

 アキラが、ロビンたちへ八つ当たりする。


 巨大宇宙船、途中の実験室を、ファー、子供達、ロボットが一体になり通り抜けようとする。

『もう少しだ』

 ファーが、子供たちを励ます。

「ファー、怪我をしたの? 血が出ているよ」

 ヤマトが驚いた声で、きく。

 ファーの左の脇腹の宇宙服が破れ、緑の血が流れている。

 相当の傷であるが、みんなを心配させないよう、隠していたのだ。

 もちろん、ヒューの目だけは誤魔化せなかったが、ファーは子供達の目を盗んでヒューに手当てしてもらっていたのだ。

『さっき、ビーストの鉤爪でひっかかれたんだ』

「あいつが、お父さん達を襲ったときだね」と、アキラ。

「手当しなくちゃ」

 ヤマトが、心配そうな顔をしてきく。

『大丈夫だ。それに時間がない』

「ちょっとぐらいは、いいでしょう。血を止めなくちゃ駄目よ」

 ミミが、女の子らしくやさしく、ファーを、気づかう。

「ロビンは、医療用のロボットでもあるんだ」

 アキラが説明する。

『わかった。言葉に甘えよう。みんなの、迷惑になるからね』

 ファーは、大人しく、治療を受けている。


 巨大宇宙船の実験室では、ファーが、ロビンの手当てを受けている。

 ファーもロビンの制御装置のパネルをいじっている。

「何をしているの?」

 ヤマトが尋ねる。

『もしワタシがいなくても、彼が脱出艇を操縦できるようにプログラムしているんだ』

「そんなこと言っちゃ嫌。ファーも絶対一緒に行くのよ。ママに紹介するわ」

 ミミが泣きそうに言う。

「さっきは本当にゴメンなさい。あんなことを言っちゃって、ヒューにも悪いこと言っちゃった。命をかけて守ってくれたのに」

 アキラは、ファーに頭を下げて謝る。

『気にしちゃいないよ。ヒューもキミたちが大好きだったから』

 ファーの顔が、寂しそうに見える。

「それ、お守りなの」

 アキラが、ファーの胸のペンダントを指さす。

『そうだよ。ワタシたちの星への地図も入っている』

「ここから遠いの?」

 ヤマトも興味を示す。

『ずっと、ずっと、気の遠くなるほど遠いところだ』

「何という名前の星なの?」

『キミたちは、何と呼んでいるかわからないが“テラ”という星だ。緑が豊かで、青い海や高い山もある』

「“テラ”か? ぼくたちの地球(テラ)と同じ名前だね。それに自然も昔の地球(テラ)と同じだ」

 アキラが口を挟む。

『偶然だね』

「一度行ってみたいわ」

『キミたちなら大歓迎さ。きっと、みんなも喜ぶよ』

 ファーが、“きみたちには是非来てほしい”という意を示す。

「なぜヒューは命懸けで、ぼくらを守ってくれたの」

 と、アキラがきく。

『自分の子供たちに似ているからかな?』

「姿、形がちがっても」

『心の問題だよ』

「そう、ファーの星の人は、たぶんやさしい人たちよ」

 ミミが、温かい言葉で包む。


 巨大宇宙船の武器庫へ降りる通路に、水が溢れていて、武器庫も水につかっているのがわかる。

 モンスターが貯水タンクを破壊したのだろう。水を潜って行かなければ、脱出艇があるブースには辿り着けない。

『実は…! ワタシたち種族は水に浸かったことがない』

「どのくらい水の中を泳がなければならないの」

 ミミが、心配そうにきく。

『二〇メートルほどかな。脱出艇はこの階より上にあるから、武器庫は一階下にあるんだ』

「ファー、水なんて怖くないさ。ヒューが教えてくれたように“勇気を出して!”ボクたち、みんなファーが好きだよ。ヒューもだけど」

 アキラが、励ましを籠めて言う。

『ワタシもキミたちが好きだ』

「さあ、行こう」と、ヤマト。

 ミミは、十字を切る。

 ミミ、アキラが、次々に水に入って行く。

 残るはヤマト、ファー、ロビンである。

 ファーは、まだ水に入るのを躊躇ってる。

「さっき、ファーは、ぼくに勇気をくれたよね。今度はファーががんばる番だよ」

 ヤマトが、後ろから声を掛ける。

「わかった」

ファーが頷く。

 それを見るとヤマトが水に飛び込む。

『仕方がない、ああ、神様!』

 ファーは、ミミの真似をして十字を切り、ロビンを背負って、水に飛び込む。


 巨大宇宙船の武器庫の水の中を、ミミ、アキラ、ヤマト、そして、ファーが、水を切って進む。

 ミミとアキラとヤマトは、武器庫の向こう側に出て、水から上がる。

 そこは、武器庫より一階上、つまり前と同じ階である。そこの小部屋に出る。三人の子供達は、心配そうな顔をして水面を見ている。 

暫くして、ファーが顔を出す。

「やっと来た。心配したわ」

 ミミが拍手をして喜ぶ。

 ロビンを背負っていたから遅くなったのだ。

 それにファーは、未知の武器らしきものをもっている。

「何、それ?」

 アキラがきく。

『分子破壊銃さ。持って来たんだ。まかり間違えれば、船体に穴をあけてしまうから、あまり使いたくはないんだけど、背に腹はかえられない』

「難しい言葉を知っているんだね」

 ヤマトが笑う。

『ロビンがね。さあ、行こう』

 巨大宇宙船の広いデッキの上に出る。

 ファー、子供達、ロビンが、横切っていく。

 ここも、常夜灯があるだけでボンヤリと薄暗い。

 機材が積み重ねられ、あちこちに機械らしきものがある。

 何かが目の前に飛び出して来る。

 カニかクモのような生物である。

 ファーが、咄嗟に分子破壊銃の引き金を引く。光子弾が飛び出す。

 そのモンスターは、一瞬にして蒸発する。

 床にも穴が開いている。

『宇宙ゴキブリだ。一緒に逃げだしたんだよ』

「でも、その銃すごいね。それがあれば、敵なしだよ」と、アキラ。

『でも、使い方に気をつけなけりゃア』


 巨大宇宙船の通路へ、再び入る。

 途中、二又に分かれていて、どちらへ行っても、脱出艇があるデッキへ行ける。

 一方の通路が、一瞬青白く光る。

『こっちに』

 四人、反対側の通路に入る。

 ファーが先頭に立ち、子供たち、ロビンと続く。目の前に、破壊されたコード類が垂れ下がってきて、ファー達は、ぎょっとして立ち止まる。

『気をつけろ。何かいるぞ』

 みんなの頭を不吉な予感が走る。


 四人は、巨大宇宙船の脱出艇へ通じる最後の通路に立って、様子を伺う。

 パイプが壊され、水蒸気が噴き出している。

 ファーが、先へ立って脱出艇へ向かう。

「ドキドキしちゃう。心臓がバクバク動いて破裂しちゃいそう」

「大丈夫だよ」

 ヤマトがミミの右手を握る。

「お兄ちゃんばかりずるい」

 アキラは、ミミの左手を握る。

「ボクたちは、いつも一緒だよ」

 ヤマトが、ミミを安心させようとして言う。


 巨大宇宙船の脱出艇の入口でファーが、笑顔でヤマトに分子破壊銃を渡す。

『ちょっと、脱出艇の中を調べてくる。ヤマト、キミは通路を見張っていてくれ。ロビン、一緒においで』

「気をつけて」

 ミミが、やさしく言う。

 ファーとロビンが、脱出艇の中へ入る。

 巨大宇宙艇の脱出艇の入口の一〇メートルほど前で ヤマトが銃を構えて辺りに注意を払っている。

 アキラとミミは、そばに固まっている。

 天井でないかが動く。

 太い尾がゆっくり移動する。

 まるで、メタル・グレーの蛇のようで、不気味である。


 脱出艇の入口へ、仕事を終えたファーが、出てくる。

『準備はできた。さあ、早く入って!』

 ファーは、アキラとミミを手で招き、急いで入れようとする。しかし、ヤマトとの間に、突然ビースト型のモンスターが天井から、ドンと床へ降り立つ。

 宇宙ビーストは、ヤマトを反対側の壁際へ追いつめる。


 そこへ、ファーが飛び出して行き、捨て身で宇宙ビーストに体当たりし、ヤマトを助けようとする。

 純粋に愛情からの衝動である。

 ファーは、ビーストに後ろから抱きついて止めようとする。

 ビーストが尾でファーの背中を突き刺す。

メタル・グレーの尾の先端がファーの腹から出ている。緑色の血が噴き出す。

「ファー! どうして、ボクなんかのために」

 ヤマトが、泣きながら叫ぶ。

『キミと約束しただろう』

 マザーが翻訳している。。

 ファーは力を入れて、宇宙ビーストを押し止めようとする。

「ファー、死なないで!」

『一緒に射て!』

 ファーが最後の力を振り絞って命令する。

 ヤマトは、一瞬躊躇する。

 ファーは、胸のペンダントの鎖を千切って、それを投げる。ヤマトは、左手で受け止める。

『早く! 射てヤマト! 勇気を出して!』

「やめて!」

 ミミが悲鳴と同時に叫ぶ。

 ファーは、自分を元気づけるようにミミを真似て十字を切る。

「神様!」

 ヤマトは、涙を流して分子破壊銃の引き金をひく。一瞬にして、モンスターとファーは、煙のように掻き消える。

「ファー!」

 アキラとミミも、涙を流しながら入口に立っている。

ファーの名前を呼びながら。


 その時、天井からスルスルとメタル・グレーの尾が下りてきて、もう一匹の宇宙ビーストが脱出艇の入口の中のミミ、アキラと外のヤマトの間に降り立つ。

 ヤマトたちは、驚愕と恐怖のために身動きできずにいる。

 

その時、暗がりから手が伸び、ヤマトの分子破壊銃を取る。

「ジュリエット!」

 三人は、その姿を目にして驚きの声を上げる。

「幽霊じゃないわよ」

 ジュリエットは、安心させるように笑顔を見せる。

 宇宙ビーストは、ゆっくりとヤマトとジュリエットの方へ迫る。

 ジュリエットは、分子破壊銃の引き金をひくが、何も起こらない。弾切れである。

「今日は、何てついてない日なの」

 ジュリエットは、恐怖にかられるが、死を覚悟して、宇宙ビーストに体当たりを食らわす。

「早く逃げて!」

 ジュリエットはヤマトの方へ振り返り、そう言うと、ビーストと、床の裂け目から下へ落ちていく。

「ジュリエット!」

 三人の子供たちの口から、同時にその言葉が出る。

 三人は、茫然自失である。

 その時、宇宙船がものすごく震動する。

「お兄ちゃん!」

 アキラが、我に返って叫ぶ。


 巨大宇宙船の脱出艇の入り口の外へ、ヤマトは立ったままである。

 マザーが、『惑星、衝突。十分前』と告げる。

 脱出艇のスピーカーが、ロビンの声を促す。

「お兄ちゃん早く! 爆発してしまうよ」

「ヤマト!」

 ミミも、声を限りに、名前を呼ぶ。

 ヤマトも、ファーのペンダントを握り締めた手で涙を拭って艇の中へ入る。


 脱出艇の中では、操縦席にロビンが着いている。

 ヤマト、アキラ、ミミもそれぞれ席につく。

『惑星衝突、五分前』

「わかったって。もううるさいな」と、アキラ。ドームの入口がゆっくり開く。

 星と惑星の半分が見える。

 艇のハイパースペースが作動し出す。

 ヤマト、ミミ、アキラの心配そうな顔。

「大丈夫よ。ファーがそう言ったんだもの」


 脱出艇の一番、後部でガタっと音がする。

 三人は、ある予感を感じてそろそろと首を後ろに回す。

 いままで気づかなかったが、その暗闇の中に、二メートルぐらいの人間らしきものの姿が浮かび上がる。

 ファーもロビンも、急いでいたので、見逃していたのだ。

 宇宙カマキリの擬態である。

 宇宙カマキリは、カマの手を顔から離し、元の姿に戻り攻撃態勢をとる。


 脱出艇がロケット噴射で、浮かび上がり、巨大宇宙船の外へ向かう。

『惑星衝突、一分前』

 ヤマトが、ミミとアキラの手を、やさしく握る。

 ミミは十字を切る。

 アキラが、ミミの前で仁王立ちになる。


 もう駄目かと思った瞬間、バン、バン、バン、と音がして、その三発が宇宙カマキリの頭、胸、腹に当たり、宇宙カマキリはばったり倒れる。

 ヤマトとミミが、アキラの方を見ると、その右手は拳銃を握っていて、その銃口からは煙が上がっている。

 ヤマトとミミは黙ってアキラを見る。説明を求める目だ。

「あのチェルニーのおじさんが『何か俺の身にあったときは、これを使え』って、持たせてくれたんだ」

 アキラが、照れて告白した。

「それをずっとポケットに入れていたんだ。ぼくは、おじさんの子供に似ているんだって! もちろん、男の子だよ」

「その能天気なところが、じゃないのか?」

 ヤマトが弟をからかう。

「助かったんだから、いいじゃない!」

 この中で一番冷静なのは、やはり女性のミミである。

 その時、脱出艇が機首の方向を変え、中の三人に強い重力がかかる。

 ファーたちが作った脱出艇が、宇宙へ飛び出したのだ。

『五、四、三、二、一、〇』

 ロビンが、カウント・ダウンをする。

 ヤマト、ミミ、アキラは、スクリーンを見つめている。

 下の惑星の表面で、巨大な核爆発がおこる。大きな衝撃波が追いかけて来て、脱出艇をガタガタ揺さぶる。しかし、それも、やがて収まる。

「助かった」

 アキラが、泣きながら言う。

「アア」

「やったわ」

 ミミは両手を合わせて、お辞儀をする。


最初会って挨拶したときファーやヒューがした挨拶だ。

そのとき、エイリアンの脱出艇のスクリーンに、シンディとナオミの顔が映る。

「お帰りなさい」

 子どもたち、万歳をして喜ぶ。

 

突然、もうひとつのスクリーンに、別の脱出艇とジュリエットの顔が映し出される。

「生きていたんだ!」

 アキラが大声を上げる。

「ジュリエット!」

 ヤマトとミミが同時に叫ぶ。

「私は不死身よ。落ちた穴から出ると、脱出艇がもう一機あったの。それに飛び乗ったの」

 女性陣が、頷く。

「女性は強いのよ」

 ジュリエットは、ファーのことには触れなかった。

 ヤマトは、ファーから渡された彼らの星への道標(みちしるべ)のペンダントを、静かに握り締めた。

そして、誓うのだった。絶対、ヒューやファーの故郷の星に行ってみよう。

それがヒューやファーとの約束なのだから…。

ヒューやファーの子供に会うのが、今から楽しみだった。

赤い惑星の向こうに、美しい無数の星が瞬いている。

 


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ヤマト達、テラ(故郷)へ向かう 高原伸安 @nmbu

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