第十四話 火輪の花

 ――それは、今から十六年くらい昔。

 平和な世の中で、ダムノニア王国が健在していた頃の出来事だった。


 その日、ダムノニア王国は国中が喜びに包まれていた。

 エオン王とコンスタンス王妃の間に、新たな生命が誕生したのだ。

 彼らの間に生まれたのはヘーゼル色の瞳、薔薇のように赤い頬、絹のような黒髪を持つ女児だった。彼女は“ジャンヌ”と名付けられ、両親の揺るぎない愛に包まれていた。


 そんなある日のこと。

 昼下がり、二人で愛娘をあやしていた。

 王は娘が可愛くて仕方がないようで、始終目尻が下がりっぱなし状態だった。


「まるで天使のように愛らしい子だ。この鼻といい口元といい、そなたに良く似ている。艶々とした黒髪もそなた譲りのようだな。大きくなればさぞ美しい娘となるに違いない。将来が楽しみだ」

「ええ、陛下。聡明そうなこの瞳は陛下にそっくり。この子には優しく元気な娘に育って欲しいですわ」


 エオンはゆりかごの中に寝かされている娘の頬をそっとなでると、彼女は「あうぅ……」と声をあげ、彼の指を小さな手でぎゅっと握ってきた。

 柔らかくて暖かい感触が、彼の中指を介して伝わってくる。

 それを見た彼はそっと目を細め、穏やかな笑みを口元に浮かべた。


「そう言えば、隣国であるアルモリカでは王家に子供が生まれてたな。確かあれは去年だった。確かアリオンと名付けられていたが、彼は玉のように美しい王子だったよ。彼女の将来の相手としてどうかとふと思ってな」


 王妃は口元に手をあて、ころころと玉を転がすような笑い声を立てた。


「まあまあ陛下ったら、お気が早いですこと。わたくし反対する気は毛頭ありませんが、彼女は生を受けたばかり。まだものも言えない赤子ですのよ」

「大切な娘の将来のことだ。今すぐというわけではないが、何事も早いに越したことはないだろう。向こうの国に出向いた時にさり気なく聞いてみようと思う」

「あらあら。ほら陛下。ジャンヌが笑っておりますわ」


 エオンの言うことを理解しているか否かは分からないが、小さな両手をばたつかせながら「きゃっきゃっ」と笑い声をたてるジャンヌは、太陽のように眩しい満面の笑顔だ。それを見た王妃は慈愛の笑みを浮かべた。ゆりかごを緩やかに揺らしつつ、コンスタンスはふと窓辺を見やると、黄金のように眩しく輝く花畑が目に入った。


 今にも降り注ぐように青く、抜けるような空の元で元気いっぱいに咲き誇る、見る者を明るい気持ちにさせる情熱的な花。

 それは真夏に輝く太陽がよく似合っていて、鮮やかな風に揺れている。


 (そう……ジャンヌの笑顔は、まるであの太陽をそのまま花にしたような、光輝を放つ花ね。この子はあの花のように、力強く咲き誇って欲しいわ)


 太陽に向かってまっすぐ伸びて、力強く咲き続ける火輪の花。夏の強い陽射しに立ち向かうように茎を伸ばす凛々しい花。その花言葉は「あなたを見つめる」「光輝」。なんて情熱的でロマンチックなのだろうか。


 きっと、この娘は太陽のように明るい娘に育つだろう。

 例えるなら、ひまわりの花だ。


 ジャンヌ。私達の愛しい娘。

 これから先、どんなことがあろうとも、

 あなたの未来がどうか明るくありますように。

 人生何が起こるか分からないけれど、どんなにつらいことがあっても、その明るさを失わないでいて欲しい。


 王と王妃は窓から見える広大なひまわり畑を眺めながら強くそう願った。


 ⚔ ⚔ ⚔


 この時幸せに包まれていた彼らは知らないが、それから数年後、ダムノニアは大国による一方的な侵攻によって、突然滅亡の道をたどることになる。美しく広大なひまわり畑も焼け野原となり、全て朽ち果ててしまうのだ。彼らの願いはただ一人の忠実な従者に引き継がれ、大切に守られるようにして、ジャンヌ王女は表舞台から一度ひっそりと姿を消した。

 

 ダムノニアから遠く離れた異国の地で、彼らの娘はたくましさを備え、凛々しく美しく育ってゆく。

 そして従者による守護が解かれ、それから更に月日が流れ去った後、彼女は運命の出会いを果たすこととなる。

 王女ではなく、ただ一人の平民の少女として――


 ――完――


 ※こちらのエピソードの後半部の詳細はこちらに記載してあります。


 本編「蒼碧の革命〜人魚の願い〜」

 第四十五話「レイチェルの手記より――亡命」 https://kakuyomu.jp/works/16817330647742777336/episodes/16817330650860362269


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