吹雪の夜に

ろくろわ

バス、停まります。


バスの窓の外は朝から降り続く雪で真っ白になっていた。先程迄、人が歩く速さと変わらなかったバスも、いよいよ動いているのか分からなくなっていた。


「誠に申し訳ございません。当バスは大雪の為、次の停留所で停まります。この先は徒歩での移動をお願い致します」


今季最大の寒波により、この街にも十数年振りに雪が積もっていた。

普段雪の降らない街だからこそ、雪が積もった日には交通機関も麻痺してしまうのは仕方の無い事だった。

バスには私を含め数名の乗客が居たが、アナウンスが流れた後、私以外の乗客も「仕方がない」と思ったのか特に混乱も無く、静かに最寄りのバス停まで進んでいった。


「ご乗車、有り難うございました。足元にお気を付けください」


アナウンスを背中に最後の乗客の私が降りると、そのままバスは白く舞う雪の中へ消えていった。


私は先に降りた人の影を追いかけながら白い雪の中、傘を差さずに進んで行く。

傘は差そうとしたのだが、吹雪く風に煽られ傘骨が折れてしまい使い物にならなくなってしまっていたのだ。

幸いな事に、このバス停から私の最寄りのバス停は二つ程であるから、歩いても三十分程で自宅に帰ることが出来る。

私は折れた傘を右手に持ち、杖の代わりにしながら先を急いだ。


だんだんと風が強くなっており、雪は一段と吹雪いてきた。

既に一緒に降りたであろう他の乗客達の姿は見えなくなっており、視界は手を伸ばした範囲くらいになっている。


吐く息も凍る中、ふと背後から人の気配がした。


気の所為かもと思ったが、やはり背後に人の気配がする。一度気になると、確かに吹雪く音に紛れて雪を踏む靴音や呼吸する音が聞こえる。

正確には右斜め後ろから少しずつ近づいて来ている。

バスを最後に降りたのは私なのだから、後ろには誰もいないはずなのに。

それとも途中から一緒になった?

でも、こんなに吹雪いている夜に出歩く人がいるのか?


背後の気配は徐々に近づいており、状況を考えると何だか少し怖い。

視界の端に入るように横目で見ると、確かに人影がある。実態がある分、少し安心できるが、距離の近さは気味が悪い。


しばらく歩くが、気配は同じ距離を保ち付いてくる。

視界の端には、姿が見える。はっきりとは見えないもののずっと付いてくる。


だが、何かがおかしい。


しばらくして、その違和感に気が付いた。

視界の端にいれる瞬間まで、後ろの気配は白目を向きニヤリと笑っているのだ。そして私が完全に視界にいれる瞬間に真顔に戻っているのだ。


気が付いたら、気持ち悪さと恐怖で振り向けなくなった。何をしているのか分からない。

足早に進み出すといつの間にか、その気配は無くなっていた。


私は安堵し少し立ち止まり辺りを見回す。

やはり気配は無くなっている。


何の為に白目を向き笑っていたのか分からないが、冷静になり少し考えてみると、白目を向いていた者はイタズラをしたい気持ちだったのかもしれない。

足早に帰宅する人の後に立ち、バレないように白目を向き笑う。

振り向かれる直前には、真顔に戻る。

今日は吹雪の夜で視界も良くない。

ちょっとした非日常とスリルが味わえるのかも知れない。

そう思うと、なんだか私もしたくなってきた。


誰かいないかと見ていると、ちょうど吹雪く先に折れた傘を杖代わりにして歩く男の背中を見つけた。


如何に男にバレないようにするか、考えると確かにスリルがあって楽しい。



私はそっと男の右後から近づくと、白目を向きニヤリと笑ってみた。






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吹雪の夜に ろくろわ @sakiyomiroku

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