1−1−5. 集合

昼食を終えて、僕たちはターミナルにある腰掛けに座っていた。

今は12時半、集合時間は14時なので、少し休憩をしようという話になった。

つい先月まで中学生だった僕たちの感覚では、空港での手続きや待ち時間がどんな

ものなのかピンと来なかった。

父さんが仕事で、「来月はヨーロッパ」などと話している時に、母さんと二人、呪文

のように「国内線は1時間、国際線は2時間前に」と話していた。

そもそもどこに連れて行かれるのか分からない状況だったけれど、

「じゃあ間を取って1時間半前に行こう」

と、母さんと美咲の間で決まった結果、今こうして待ちぼうけている。

美咲と佳奈さんは気にせず、端末で昔のアニメを仲良く見ている。

僕はやることも無いので、行き来する人達を眺めている。

平日なので、出てくる人は社会人らしき人が半分、外国人観光客が半分といったところ。

今朝のニュースじゃないけれど、宇宙に進出しようっていう時代なんだから、外国から

来る人も多いのは当たり前だよな…。

本当に数える程だけれど、明らかに学生らしき人もいる。

僕たちよりは年上だろうけど、あの年齢で見知らぬ国に来れるのは凄いや。

まあ僕たちだって、どこに行くことになるかも分からない立場ではあるんだけど…

ここまで来て自分の身の不安を感じていると、

「松本様、小川様、藤井様でしょうか?」

急に後ろから声を掛けられた。

振り返ると黒のスーツ、きっちり分けられた黒髪の男性が立っていた。

身長は180センチは超えていて、体格は僕が一生掛けても追いつけないほど大きい。

「はい、そうです」

身が引けている僕と違い、美咲がはっきりと応える。

少し目をやると、佳奈さんが怯えた表情で両手を挙げている。

電子化の影響でめっきりいなくなった銀行強盗に銃を突きつけられた気持ちなのか、

それでも「手を挙げろ」と脅迫される前に自分から挙げていくスタイルは斬新だ。

「プロジェクト『スフィア』の案内人をさせていただきます」

僕たちの反応に気を気に留めない様子で話し続ける。

「御三方には、あちらの一番左の入場口からチェックインして、検査を受けて頂きます」

そう話すと、手のひらサイズの黒いパスポートを取り出す。

父さんが持っていたパスポートに似ているけど、色や形が少し違う。

「チェックイン、検査の際にはこちらを見せてください」

先まで感じていた不安が現実になるような怪しさ全開だけど、抵抗する勇気なんてないから3人とも受け取る。

「大きな荷物などは、先にこちらでお預かりします。では、よろしくお願い致します」

そう言って僕たちの荷物、というかほとんど佳奈さんのギチギチのリュック3つを涼しい顔で持ち上げ去っていった。

「ふぅ〜」

思わず、声と息が漏れる。15年の人生ではおおよそ会うことは無い人だった。

さすがの美咲も少し安堵した表情。佳奈さんは顔が強張り両手を挙げたまま固まっていた。

「佳奈ちゃん、脅威は去ったわよ」

「へぇ!?」

素っ頓狂な声を出して表情が生き返る。

「は、はあ。怖いなんてもんじゃなかった…」

「気持ちは分かるよ。僕も何も応えられなかったし」

強張った表情が戻りきってはいない佳奈さんと目を合わせる。

そう言えば、目がちゃんと合うのはタクシー以来2回目だけれど、目を合わせると…、

なんて考えているとすぐに目を逸らしてしまった。

「はあ、知らない人と会うのは、しばらく無しにしてほしいな…」

「入学前に何言ってるのよ。今から何十人と会うことになるじゃない」

「入学を辞退させていただきます」

「だから、まだ入学もしてないって。いいじゃない、出会いの数だけ作品に広がりが出るでしょ?」

「うーん、私はそういう書き方じゃない…。でも一作品目が終わって変わるかあ、いや」

佳奈さんがブツブツとお経モードに入る。

美咲がそんな佳奈さんの手を取って立ち上がり、

「さあ行きましょう」

そう言って、入場口に歩き出す。

前を歩く美咲の背中は、これまでで一番大きく見えた。

だけど放っておくと、一人で行ってしまいそうな寂しさを感じて、追いかけた彼女の背中は

近づけば近づくほど小さく見えた。


その後、他の乗客と同じように列に並んでチェックインをした。

僕たちには怪しく見えた黒いパスポートを見せても、表情一つ変えなかった空港の職員さん

に内心驚きながら検査場へ進む。

検査場でも問題なく進む、かと思ったら佳奈さんが検査に引っかかっている。

何が起こったかと、先に進んだ僕と美咲が覗き込むと、

「あ、うあ。え、ここここれは…」

ポケットに小型ナイフを仕込んでいたらしく、保安官に問い詰められている。

いや、それは怪しまれるでしょ!

っていうか、僕たちといるときもナイフ隠し持ってたの!?

と内心呆れていると、検査場の裏から他の職員らしき人がやってきて、

ナイフだけ没収されて先に進むことが出来ていた。

黒服強面男性からの、検査場職問い詰めと災難が続き、

「うっ、うう〜わだぢのおぎにいりがあ〜」

佳奈さんのメンタルのダムが決壊して本気で泣き始めた。

鼻水は服で拭かないほうが…、と思っていると美咲がすかさずティッシュを取り出し、

なだめていた。

ここでスマートに手を差し伸べられない僕は…、と自分を責めながらも、

こんな短時間で、女子の涙も鼻水もよだれも見ることになったショックが僕を襲っていた。

検査場を出る時にもらった証明書に書かれた番号の搭乗ゲートへ向かう。

佳奈さんを落ち着けながら、ゆっくり進んで13時15分、搭乗ゲートに到着した。

3人で腰掛けに座り、また佳奈さんを落ち着けている内に、周りのお客さんは飛行機に

乗り込んで行き、僕たち3人だけが残る。

「はーい、佳奈ちゃん。この人は、あなたの〜?」

「将来を誓い合った推しです!」

「はーい、深呼吸。じゃあこの人は〜?」

美咲が佳奈さんに、端末でアニメキャラを見せてカウンセリングをしている。

努力の甲斐あって、ダムは着実に再建されている様子。

というか、この絵面がヤバすぎて他のお客さんが離れたんじゃないよな…。

全然、他のお客さん来ないなあ…、と思っていると、

「あのー」

また後ろから声を掛けられる。今度は明るい女の子の声。

「ひょっとして、同じ学校の人やないですか?」

振り返ると、身長160センチくらい、髪は長すぎずに少し茶色っぽい女の子。

「あ、はい。多分…?」

僕が曖昧に返すと、

「ほんまですか?そしたら、今日から同級生やね!」

ニコッと笑うと、白い歯が見えた。

聞き慣れない関西弁口調だけど、それ以上に印象的なのは、

高級感は無いけど上品な服装、きれいにまとめられた髪型、自然と目に入る歯や指先まで、

なんというかとても清潔感のある人だ。

「ああ。私、紹介が遅れたんやけど、森田茜って言うんです。よろしく」

「あ、こちらこそ。僕は松本拓海。こっちの二人が…」

視線を美咲と佳奈さんの方に寄せる。

「小川美咲。美咲でいいわ。よろしく」

「ひえ!?また知らない人だあ!」

「佳奈ちゃん落ち着いて。あなたは、藤井佳奈。この男の終生のライバルでしょう?」

「ちょっと!意味不明かつ無意味な関係付けしないで!!」

「はは、なんや賑やかな同級生やなあ」

初対面にも関わらず打ち解けて話していると、

「松本拓海様、皆様よろしいでしょうか?」

聞き覚えのある声で話しかけられる。

振り返ると、1時間ほど前に会った黒服の男性、だと思う。

「あ、はい」

今度は僕が声を振り絞る。

「では、我が国代表の生徒は集合が完了しましたので、移動します」

そう言うと、黒服の男性は180°回って歩き出す。

僕たちも急いで立ち上がり、僕が走って黒服の人に追いつくと、

茜さんも追いついて僕の横へ。

後ろを振り返ると、美咲が佳奈さんに手を差し伸べて歩きだしている。

「ああ、でもほんま何なんやろなあ…」

横から茜さんが切り出す。

「えっと何が?」

「いや、全部よ。学校の名前もわからん、集合場所は空港、黒服の案内人」

「ああ、そうだね」

「せやろ?拓海くん?はなんで、この学校選んだん?」

「えっと、志望校に落ちて先生に勧められて…、茜さんは?」

「私は母子家庭やってんけど、お金の負担は掛けられへんって言ってたら、ここは学費が一切掛からへんって紹介された」

「あ、なんかごめん」

「いやええんよ。私が先に聞いたんやし」

学費が掛からない、理由は人それぞれなんだな。

そもそもこの学校を選ぶのに、学費が掛からないって知らなかったのは、

きっと僕がお金の心配や不安をしたことが無いからで、

そういった意味では間違えなく恵まれているってことなんだろう。

そんな話をしている内に、明らかにスタッフしか入れないであろう細い通路の前へ。

黒服の男性は一度振り返り、美咲達が追いつくのを待って扉を開ける。

扉の先は、狭い廊下になっていて、いくつか十字路になっている部分がある。

黙って先を歩き、振り向くこと無く十字路を左に右に歩く。

「まさか、これはハンター試験の…」

佳奈さんが意味の分からないことをつぶやくのが聞こえた気がしたが、

お経を読む仏像か何かだと思うことして、僕たちは黙ってついていく。

何度か曲がった所で、突き当たりの扉に行き着いた。

「お疲れ様でした。ではこちらの部屋にお入りください」

扉を開けて、僕たちを迎え入れる。

「…じゃあ」

躊躇しながら、道も分からないので引き返す訳にも行かず中に入る。

中に入ると、10人近い先客がいる。

3人も入ってきて、ガチャンと扉の閉まる音が聞こえる。

その音で、先にいた人たちが一斉に振り向く。

「なるほどね」

美咲がそう呟いた。振り返った人たちは、僕たちとは肌や目の色が違う。

似た人もいるが、ターミナルで入国してきた人をたくさん見たからか、見分けがついた。

全員が外国人、年齢は僕たちより少し上…に見えるがおそらく同年代だ。

「Wow!Japanese? or Chinese?」

「Japanese, maybe」

「AHA! I can't tell the difference」

内2人が話しているのが聞こえる。

僕の学力では、話しているのが英語だということしか理解できなかった。

学校の教室くらいの大きさの部屋に立っている先客を数えてみると、8人。

英語を喋っている2人の男性は多分アメリカ人かな…。

あと中国人かアジア系の人が2人、男の人女の人が一人ずつ。

あとの4人は、白人でヨーロッパの方面だと思うけど分からない。

そうやって一人ずつの顔を見ていると、

『バチン』

と音が鳴って部屋が暗転した。

全員に動揺が走ったのと同時に、目の前の壁に映像が映し出される。

画面には一人の男性が映し出されて、こう切り出した。


「プロジェクト『スフィア』に選ばれし生徒諸君」

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スフィア @foyer

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