ピンチ・ヒッター

渡貫とゐち

凡退で当たり前

「――クソ、【突撃部隊】はまだ準備ができないのか!!」

「そ、それが……」


 灰色に染まった、正方形の部屋の中。

 数多くの無線やモニターが敷き詰められた手元を見ながら、男が吐き捨てる。

 脇に立っていた小柄な男が、申し訳なさそうに首を伸ばした。


「なんだ!? 次から次へと、なにが起きてんだ!?」


「こちらへ向かっていたはずの突撃部隊が……途中で引き返しました……」

「はぁ!?」


報酬ギャラに納得がいかない、らしいです」


 手元のモニターに拳を叩きつける。

 ひび割れたモニターだが……映し出されていた映像は乱れていない。


「ッッ、ふざけるなっ、こっちは人質の命が懸かっているんだぞ!?」


「突撃部隊から、報酬の値上げの要求がきています……、

 こちら、で、どうでしょう……?」


 恐る恐る、小柄な男が電卓を見せる。

 相手から提示された報酬だった――


「高っ――っ、こんなの、出せるわけがないだろう!? 限られた資金で部隊を組んで、救出作戦を考えているんだ……こっちはもうカツカツなんだ……、これ以上は一銭も出せんぞ!?」


「えっと……あちらからのメッセージですが……

『人質の命はこの値上げ以下なんだな』――だそうです」


「足下を見やがって……ッッ!!」


 怒りで歯噛みし、気づけば唇を切っていた。

 流れた血が、顎を伝って床に落ちる。


「……もういい、【突撃部隊あいつら】は切り捨てる」

「いいのですか? 人質救出作戦の、要となる部隊ですけど……」


「外注に出したのが間違いだった……、実力だけがあってもダメだな。

 信頼関係がないと作戦には組み込めん。……代打を呼ぶしかない」


「ですが、我々の組織に、突撃部隊はいないはずですが……」


「ようするに、相手のアジトに突撃して、しっちゃかめっちゃかに掻き回してくれればいいんだ……、囮にさえなってくれれば、あとはこっちの【隠密部隊】がなんとかする……。

【交渉部隊】はまだ『奴ら』との電話を切るなよ? 相手が出した条件をできるだけ満たしながら、気を引いておけ……。隙を見つけ、代打の突撃部隊を向かわせる――。

 手が空いている者を集めろ、腕が立つ奴だ……報酬も普段の倍にする……――さっきの値上げに比べればまだ出せる金額の範囲だろう――急げ!!」




「はぁ、眠い……なんでオレらは呼び出されたんですか?」


「あたしはデート中だったんですけどー。最悪……。

 休みにしておきながら急に戦場に駆り出すなんて、サイテーですよ、隊長ー」


「敵地で良さそうな部品があったらパクってきてもいいですか?

 規則でダメですけど、代打ってことならそれくらい大目に見てもらえますよね?」


 休日を満喫していた男子二名に女子一名が集められた。

 まだ十代の若者である……。


「黙れ。……これから貴様たちには、人質救出の任務を与える……細かい作戦は移動をしながらだ……、いいか? 絶対におかしな行動をするなよ?

 人質が生きるか死ぬかは、お前たちに懸かっているんだからな!?」


「(そこまで人質が大事なら代打に頼むなよ……こっちは万全じゃないっつーの)」


「(え、武器のメンテナンスだって、まだ不完全なんだけど……、これじゃあいつも通りの戦果を上げられないし……――そもそも、あたしたちって、突撃部隊じゃないのよねえ……)」


「(パクれないならモチベーションも上がらん……テキトーに流すか)」



「――貴様らには絶対に人質を救出してもらう……、いいや、もらわなければならん!」


「作戦内容も知らないのに、そう言われても……人質の中に重要人物でも、」



「――突撃ィ!!」


「うわ、この人、こっちの話をまったく聞かねえよ……」




 代打の三人が戦場へ突入した数分後、無線が入った。

 隊長と呼ばれた男がすぐに応答する。


「どうした」


『メーデーメーデー、隊長? ちょっと……人質がヤバいです』


「なんとかしろ! 貴様たちが勝手に突撃したからだろう!?」


『隊長ー、作戦を聞かされないまま敵地へ突き落とされたんですけどー。

 ……移動しながらって言っていたのに……、忘れるほど焦ってるのは分かりますけどー。作戦を『察しろ』は、さすがに無理ですよー。

 しかも、着地点に敵がしこたまいれば、そりゃ迎撃しますよ。それで騒ぎが大きくなって、流れ弾が人質に当たってるみたいですねー』


「っ、撤退だ、すぐにそこから離れろ! 敵を刺激するんじゃないッ!!」


『そうは言ってもですね、脱出するのも一苦労なので――。ただまあ、欲しいものも手に入れられたんで、すぐに離れたいですけど……この場にいる敵の対処はしないと無理ですね。

 その過程で人質に弾が当たる可能性も……結構高いと思いますよ?』


「ッッ、なら貴様らがそこで倒れろ、人質が優先だ!!」



『『『ふざけるな』』』



「貴、様ら……っっ!!」


『悪いですけど、隊長……今回のこれは、完全に人選ミスです。

 切羽詰まって、代打を立てたってことでしょうけど、オレらは専門じゃないですし、デリケートな部分を任せるべきではなかった……。

 結果、人質は今の騒ぎでみたいですね』


「なん、……は? ぜん、めつ、だと……?」


『流れ弾を含めて、敵が腹いせに殺したみたいですよー。老若男女問わず、なんですね。

 小さな女の子の頭を、銃で撃ち抜きましたよ……あーあ、かわいそー……』


「その子は……、写真付きの、ペンダントを、持っていないか……?」


 無線の先から破片を踏む音が微かに聞こえる。

 ペンダントの存在を知らせる金属音が届いた。


『持ってますね。爆発物ではなさそう……。中は……、親子の写真ですか?

 お父さんらしき人物と一緒に写ってますけど……隊長の身内ですか?』


「……組織の、上層部の……娘さんだ」


『なるほど、だから人質優先だったんですね』


「娘さんを助けられなかった……――これは私も含めて、大失態だぞ!? 貴様ら、なにをしでかしたのか分かっているのか!? この期に及んで、反省の色をなぜ見せないッ!?」


『だってピンチヒッターだし』


『だよねえ』


『専門分野じゃない人間が、急に呼び出されて、敵地のど真ん中に落とされて――なにも聞かされていないまま任務を達成すれば、専門家が泣きますよ。

 失敗する確率の方が高いでしょうよ――

 これを想定していなかったのなら、それは隊長の落ち度じゃないですか?』


 代打に結果を求めるなら、代打を専門とするオールラウンダーを育てておくべきだった。

 そういう意味でも、この結果は隊長のミスである。


 専門家が倒れた時、専門家が出せる結果と同じ、もしくは近い結果を残せる人材を育成、抱え込んでおくのが管理者だ。


 代替案が崩れた時の代替案を用意しておく……絶対に失敗できない任務を任される立場なら、そこまで推測して準備しておくべきだった――。



『代打に結果完璧を求めないでください。

 こっちは代打なんです、あくまでも穴埋めであり、取って代われる存在ではないので』



 ―― 完 ――

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ピンチ・ヒッター 渡貫とゐち @josho

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