墓守りの腕時計

藍条森也

呪いの沙汰も知恵次第

 「『墓守りの腕時計』だって? おもしろいタイトルの本だな」

 「おもしろいのはタイトルだけじゃないぜ。中身も最高に面白いんだ。あげるから、だまされたと思って読んでみなよ」

 「そうか。それなら、じっくり読ませてもらうよ」

 「ああ、楽しんでくれ」

 しめしめ。

 おれは心の奥でほくそ笑んだ。

 これで、こいつを殺してやれる。

 ずっと、目障りだったこいつともオサラバだ。


 あいつは昔から目の上のたんこぶだった。

 おれのまわりにいる人間のなかで、あいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。他の誰にも負けたことのないおれなのに、あいつにだけは何をしても勝てなかった。

 あいつが邪魔だった。

 目障りだった。

 消してやりたいと、ずっとそう思っていた。

 と言って、殺人で捕まるのはゴメンだ。何と言っても優秀なおれには輝ける未来ってものがあるんだからな。

 そこで、噂を聞いて手に入れたのがあの本さ。

 『墓守りの腕時計』

 実はあれは呪われた本なのさ。

 読んだが最後、いつも頭のなかで自分が死ぬまでの日数がカウントされつづける。自分が死ぬまでの時間が頭のなかで日々、聞こえつづけるんだ。

 そんなことに耐えられる人間はいない。

 みんな、死のカウントにおののいて死んでいく。

 本好きのあいつのことだ。絶対に読む。そして、あいつは……。

 これで、目の上のたんこぶがいなくなる。

 おれの天下だ!


 なんでだ?

 なんで、あいつは死なない?

 それどころか、健康法の大家たいかになっちまった。いまじゃ、一財産築いて、美人の嫁さんもらって、可愛い子供もできて、人もうらやむ幸福な人生ってやつを送っている。それに引き替え、おれは……。

 どうしてこうなったんだ?

 久しぶりに会ったとき、おれは尋ねた。

 「『墓守りの腕時計』って覚えてるか?」

 「ああ、もちろん、覚えてるよ。そのことでずっとお礼を言いたかったんだ」

 「お礼?」

 「なんと! あの本を読むと自分が死ぬまでの日数が頭のなかで聞こえるんだ。そして、ここが肝なんだが、健康にいいことをするとそのカウントが巻き戻される! つまり、なにが寿命を延ばし、なにが縮めるかが確実にわかるってこと。おかげでおれは効果確実な健康法をいくつも編み出して幸せになれたってわけさ。あの本をゆずってくれたお前のおかげだよ。本当にありがとう」


                 完

                                    

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