若者の怒り、そして復讐

 ドラゴンの造った窪みは、やがて地下水が染み出てきて、豊富な水を湛え、オアシスとなっていた。当然のようにその周りには人間が集まり、数百年という時間をかけて、いくつかの街を形成していた。


 ある日、一人の人間が森の中にいた。妻を亡くし、男手一つで息子を育ててきたのだが、その息子が生死を彷徨う病にかかり、その病に効くという薬草を採りに来ていたのだった。

「!あった!あの草だ!」

 男は大きな洞穴の前で、お目当ての薬草を見つけた。

「よし。これで息子も助かる…!」

 男はそんな事を呟きながら、ホッとしたように、ニッコリと微笑んだ。

 その時だった。

「?」

 ズシーン、ズシーンと、大きな地響きが近付いて来ていた。あまりにも大きいため、何処から響いて来るのかわからず、男は辺りをキョロキョロと見回していた。

 やがて洞穴から響いてくることに気付いた男は、その洞穴の入り口を振り返った。

「⁉」

 気付いた時にはもう遅かった。そこには一匹の竜がもう居たのだ。

 竜は見る見る内に、そのまなこを血走らせ、男を視線で射抜かんばかりに凝視した。現れた竜は、もちろんあの竜である。数百年の眠りから覚めて、巣穴から出てきた所だった。

「…人間がぁっ!まだこの辺りをウロチョロしておったのかあ―っ‼」

 竜はそう叫ぶや否や、問答無用で炎を噴いた。

 たちまち男は焼き尽くされた。

 竜は鼻をヒクヒクさせて、臭いを嗅ぐ。焦げた臭いに、森の香りに、…そして人間の匂いが微かに混じっているのを感じた。

「おぅ、のぅ、れぇ―……!」

 竜は大きく翼を広げると、それをはためかせて、空へと飛び立ち、あっという間にその場を後にした。

 その日から、近隣の街が竜の脅威に晒される事となった。数百年前のあの時よりはマシなものの、それでもやはり、被害は甚大なものであった。

 そして十数年が過ぎた頃、人間達は被害に耐えきれず、竜討伐隊を組織した。

 その竜討伐隊の中に、燐とした光を目に宿す、剣士の若者がいた。あの洞穴の前で竜に殺された男の息子であった。若者は生死を彷徨ったものの、その病から死を免れ、竜への復讐にその身を捧げていた。その目に宿す光は、怒りと復讐に満ちた暗い光であった。


 そして、竜と竜討伐隊の決死の闘いは始まった――


 何人もの人間がその命を散らしていき、それでも残された人間は竜に立ち向かい、少しずつ、少しずつ竜を追い詰めていった。そして、やがて竜は瀕死の状態まで追い詰められた。当然のように、竜討伐隊も、無事では済まず、傷だらけの者達がもう数名残るのみとなっていた。

「…おのれ、人間ごとき虫けら共が…儂をここまで傷付けおってぇ……‼」

 竜の力ない、それでも怒りと怨嗟に満ちた声が、竜討伐隊の生き残り達に向けられ吐き出された。

「…五月蝿いっ!」

 その中の先頭で剣を構えた若者が、これまた怒りと怨嗟に満ちた声で、竜に言葉を返した。

 あの若者であった。

「親父の…仇だぁっ‼」

 そう言って、若者の剣が振り降ろされ、竜は最後の炎の一噴きを、その若者に向かって吐き出した。若者はその炎に包まれ、それでも剣を最後まで振り降ろし、竜の命の灯を消し去った。

 しかし、若者も竜の最後の炎の一噴きで、共に命を落とす事となった。



 さて、この世界には一つのことわりがあった。生きとし生けるものの魂は、死をもって、未来の生として生まれ変わるというものだ。

 人間に惨殺された竜の子の魂はどうなったであろうか。

 その魂は、母竜の魂を宿す、人間の男の息子として、数百年後の世界に生まれ変わっていた。その形は少し違うモノの、また親子として、生を受けていたのだ。だがその人間は幼少の頃に病気にかかり、生死を彷徨うこととなった。そしてこれを心配した父は、薬草を採りに山へと出かけ、たまたま目を覚ました、かつてのである竜によって、命を絶たれていた。そしてその人間は、怒りから竜への復讐に囚われ、やがてその竜の討伐隊へと加わり、その竜に止めを刺すこととなる。ただ、その代償は大きく、人間も一緒にその命を終えた。

 そしてまた、人間も、竜も、新しく生まれ変わるのだ。



 生まれ変わりとは何であろうか。

 魂とは何であろうか。

 生とは何であろうか。


 人とは、何であろうか。

 竜とは、何であろうか。


 怒りとは、何であろうか。

 争いとは――


 ――何であろうか……

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怒り、そして復讐 @LaH_SJL

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