怒り、そして復讐

竜の怒り、そして復讐

 ある森にドラゴンが住んでいた。

 その竜には子供がおり、その子の母親が、その子が卵から孵る前に死んだということもあって、竜は子供を大切に、大切に、それはそれは可愛がっていた。


 ある日、その竜の巣穴を、二人の人間が歩いていた。

「おい、本当に竜の子供がいるのか?」

「ああ。間違いない。」

「親はいないよな?」

先刻さっき飛んで行ったのを見ただろ?」

「親は二匹だろ?」

「大丈夫。片親らしい。調べは付いてるさ。」

 そう言った前方を歩く男が、さらにその前方に竜の子供を見つけて、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。

「生け捕りにすれば、大金が手に入るぞ。」

 男はもう一人にそう言って、竜の子に近付いて行った。大きさはまだ人間の子供ぐらいだった。生け捕りにするには丁度良い大きさだ。

 竜の子は、まだ人間を知らず、近づいてくる男に少しも警戒心を持っていなかった。しかしその男が、自分に首輪をめて、無理矢理どこかへ連れて行こうとして、ようやく抵抗を始めた。

 しばらくは首輪を通しての引っぱり合いが続いたが、とうとう竜の子は男に向かって火を噴いた。

「⁉」

 男はすんでのところで火を避けた。

「……!……‼」

 死に直面した男は、不条理な怒りに身を震わせた。

「この、糞があっ!」

 男はその怒りに身を任せ、剣を抜いた。竜とはいえ、まだまだ小さい竜である。抵抗虚しく、竜の子は、男の怒りのままに、八つ裂きにされ、その命を終えた。

「ハァ、ハァ、ハァ、……」

 男は呼吸で全身を揺らしながら、まだ怒りが治まらないというように、竜の子の死体を睨み付けていた。

「人間様に逆らうからだっ!」

 男はそう怒鳴って、竜の子の死体に、唾を吐きかけた。

「お、おい、何やってんだよ…どうするんだよ、これ…?」

 もう一人の男は対照的に脅えた態度で、もう一人に問いかけた。

「知るかっ!このっ!このっ!このっ!」

 竜の子を殺した男は、なおも怒りが治まらないと言うように、その死体を何度も何度も踏みつけた。

「おい!さすがにヤバいって!」

 もう一人がそう言って、男の腕を引っぱり、巣穴を出ようとする。男はそれに抵抗して、まだ踏みつけようとするが、結局はもう一人に引きずられるように、二人は巣穴を後にした。


 それからしばらくして、竜は惨状を目の当たりにすることになる。

「―――‼」

 竜の咆哮が、巣穴を抜け、森を抜け、山を越えて、遥か遠くまで響いた。

「誰がこんなことを……‼」

 竜の眼は血走り、宙空をその熱を帯びた眼光で焼き尽くさんばかりに睨み付けていた。

 そして、怒りを抑えようともせずに、怨嗟に満ち満ちた声で、魔法の呪文を唱えた。

「絆の糸よ!我にこの者に死をもたらした絆を示せ‼」

 すると光の糸が現れ、その糸は子供の死体から、巣穴の外へと伸びていった。

 竜は巣穴を出ると、糸を辿って飛び立った。

 糸は森からそう遠くない、ある街へと繋がっていた。

「……!……‼」

 竜は子供を殺した犯人の居場所を突き止め、それまで以上に怒りを露わにした。

「人間風情が!儂の子供をおっ‼」

 竜は怒りのままに炎を噴いた。あっという間に町は炎に包まれ、阿鼻叫喚の声が響き渡り、辺りは混乱に支配された。

「滅せよ!滅せよ‼滅せよお――――っっ‼」

 しばらく竜の蹂躙が続いた。やがて光の糸に繋がる男を竜は見つけた。竜は地面に降り立つと、地響きを立てて近付き、糸の繋がる男に対峙した。

「…⁉……⁉……」

 竜に睨み付けられた男は、恐怖に顔を引きつらせ、これでもかと言わんばかりに身体を震わせて、涙を流しながらも、竜から目を離さずにいられなかった。足はすくんで、最早、用をなしていない。

「己がっ!おのれがあーっ‼」

 竜はそんな男を前に、怒りを露わにそう叫ぶと、勢い良く息を吸い込み、そして一気に炎と共に吐き出した。一瞬で男は消し炭と化した。しかし竜の怒りがそんな事で治まるはずもない。何度も息を吸い込み、何度も炎を吐き出した。

「ハァ、ハァ、ハァ、……」

 血走ったまなこに怒りと悲しみの涙を流しながら、竜は高熱で溶けて大きな窪みと化した、足元の地面を睨み付けていた。

 街は人間も含めて、焦土と化していた。

 竜はやがて巣穴へと戻り、泣き疲れるまで泣き、そしてそのまま何百年もの眠りに就いた。

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