予告された殺人の記録(シナリオ ハリウッド編)

高原伸安

予告された殺人の記録(シナリオ ハリウッド編)

予告された殺人の記録(シナリオ ハリウッド篇)


                                  高原伸安


○字幕(スーパー)。

“この物語は、真実に基づき、最大に言論の自由と人権というものを天秤にかけ尊重して認(したた)めたものです。この物語自体が嘘(うそ)と真の本格探偵小説なのだから・・・。”


○ハリウッド。

ノブヤス・タカハラとミカコ・モリタの男女、ハリウッドの映画会社の高層ビルへ入って行く。ビルはガラス張りで、現代的なデザインの高層ビルである。二人、受付へ行き、用件を述べ、通行証を貰うと、胸につける。ホールは、心地いい騒々しさに満ちている。エレベーターに向かい、人で一杯の中に入いると、目的の階のボタンを押す。エレベーターが昇るにつれて、人数が掃き出されていく。タカハラとミカコ、その階の受付けに行き、案内を請う。二人は長い廊下を曲がったすぐのところにある会議室へ案内される。

 そこからは、高層ビル群が眺望できる。


○そのビルの応接室。

ジェームス・サトーとアリス・パーマーが待っている。

この一方の壁には、ゴーガンが一八九七年に画き上げた畢生の大作「われわれは、どこから来たのか? われわれは、何者か? われわれは、どこへ行くのか?」という大作が掛かっている。

サトー「クリスの紹介ですって? 彼が是非会ったほうがいいと忠告してくれましたよ」

タカハラ「もし必要なら、大統領の紹介状だって持ってきますよ」

サトー、まるでその冗談は面白いというように笑う。

ミカコ「もしそうしろと言ったら、たぶん彼は必ずそうするでしょう」

アリス「あなたのシナリオの売りは、何ですか?」

タカハラ「サブリミナル(ヒプナティズム)文書を使うことです」

サトー「サブリミナル(ヒプナティズム)文書? 聞いたことがありませんね」

アリス「潜在意識・催眠術のメッセージですか? でも、それはアダムとイヴが食べた禁断のフルーツと同じでしょう?」

サトー「いまや、どこの映画会社やテレビ会社も、サブリミナル・メッセージを使おうとはしません。効果が薄いと、証明されています」

タカハラ「違います。サブリミナル(ヒプナティズム)文書というのは、読んだ人・見た人を催眠に誘(いざな)うものです」

アリス「不可能です」

タカハラ「本当に? 私はその技術の第一人者と自負しています。今のスマホ時代を百年前のだれが想像できたでしょうか? スティーブ・ジョブズでも無理でしょう」

ミカコ「わたしたちはいろいろなアイデアを用意しています」

アリス「それじゃ、さっそく問題のシナリオをみせてもらいましょうか?」

ミカコ「そうですね。それを読んでもらわないことにはお話になりません」

 ミカコ、黒革のアタッシュケースから、黒紐で綴じたシナリオの束を二部取り出し、彼らの前のテーブルの上に、そちらむきに置く。それには、「予告された殺人の記録(テレフォン) 高原伸安」と書かれている。

サトー「日本語のシナリオなんですか?」

タカハラ「まさか? 題名だけが、日本語なんです。神秘的だし、それにも大きな意味があるんです。トリックの一部ですよ。呪文(イントラ)なんです」

 サトーとアリス、馬鹿にされて、不快な顔をする。

タカハラ「ただのアメリカン・ジョークです」

サトー「(アリスに聞こえるだけの小声で)もう、いい加減にしてくれよ」

アリス「まあ、とにかく目を通してみましょう」

ミカコ「これは、ノブヤスさんの体験を元にした事実を、わたしたちのクリエイティブ・チームが文字にしたものです。それを、今度、音声や映像で表わすことにしたんです。つまり、音楽や映画をメディアとして使おうと思ったのです。観客へのメッセージです」

シナリオの二枚目からは、英語が使用されていた。

 サトーとアリス、シナリオを捲っていく。

 そのシナリオには、次のようなことが書かれていた。


『予告された殺人の記録(テレフォン)

高原伸安

主な登場人物

平田一郎(年齢性別不詳)…  私。この物語の語り手。心理学者。精神分析医。

間宮由美(24)…      一郎の恋人。

オッペンハイマー教授(66) 心理学者。私の恩師。

吉岡紀子(17)…      私の友達。吉岡夫妻の娘。

吉岡夫妻(30代)……    オッペンハイマー家の隣人。宝石商。

スタンフォード夫妻(60代)…隣人。

トーマス・チャップマン(34)…隣人。IT会社社長。

メイビル・チャップマン(29)…トーマスの妻。

ピーター・レッドフォード(27)トーマスの秘書。

ルイザおばさん(56)…… コック。

J・B・オコーネル(36)… 探偵。私の友人。

加藤順子(年齢性別不詳)… 私の助手。

黒崎 徹(年齢性別不詳)… 私の助手。


○中村正義の「ばら」の絵。

字幕(スーパー)。

シナリオは、簡潔さをもって、小説の最も発達した姿である

―ウイリアム・シェークスピア―


○アルチンボルドの「春」の騙し絵。

ビートルズの、“レット・イット・ビー”。

私のN(女の声)「サブリミナル(ヒプナティズム)文書(以下、サブリミナル文書と呼ぶ)というものがあります。文章の中に、サブリミナル・メッセージというか別のサブ・テキストが隠されているといったものです。つまり、その文章を読むことで、読者に催眠を施し、マインド・コントロールの行動をすり込むのです。文章(言葉や文字の見た目や印象やリズムetc)によって、催眠に誘うのです。催眠術(つまりマインド・コントロール)が言葉なりの脳へのシグナルで行われるというのなら、映像(文字)でも音声(声)でも可能なのです。この技術は、映画、テレビなどの映像やラジオ、音楽などの音声にも利用し、応用することができます。いや寧ろこのサブリミナル文書は、小説より映画やテレビなどのメディアの方がずっと簡単にマインド・コントロールを施すことが可能だというのはいうまでもないことでしょう。このことはCMに利用しようと大企業なども研究中です。また、アメリカ、ロシア、中国などの大国も政治的、軍事的に使用しようと開発に力をいれています」


○アルチンボルドの「夏」。

 Tレックスの、“テレグラム・サム”。

私のN(男の声)「この小説=シナリオは、あなたの人生にどのような影響を及ぼすでしょうか? 果して、あなたは人生の扉を開くことができるでしょうか? さあ、心してこの映画を楽しんでもらうことにしましょう。レッツ・ショウ・タイム!」


○アルチンボルドの「秋」。

 その絵が、微妙に変わり、花の中に「この事件の犯人は、○○(マルマル)だ(実際は名前を書いている)etc」という文字が形成される。ごくさりげなく、素早く。わからないように・・・。

 この絵の中に、1/24分秒に一コマ「この事件の犯人は、○○だetc」という映像(文字)と音声(声)を挿入。効果的な場所と数を・・・。


○アルチンボルドの「冬」。

私のN(男の声)「あなたは、私の述べるところの否定の証明(ないことの証明)をしなければなりません。ないことを証明することはもっとも難しい、といいますから・・・。そして、ゴーガンの畢生の大作と同じで、人間のアイデンティティーに関することなのですから・・・。すなわち、“われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか”と同じテーマです」

 この絵の中にも、ある提案の隠し文字を忍ばせ、1/24分秒に一コマ、その提案のサブリミナル・メッセージの映像(文字)と音声(声)を数箇所、挿入する。


○ロサンゼルス。雨の日の早朝。ピンクの帽子を追いかけて、若い女性が道路へ飛び出す。猛スピードの金色のリンカーン・コンチネンタルが彼女をはね飛ばす。真っ赤な傘が道路を転がって行く。運転手と助手席の男が出てきて、倒れている女性の顔を覗き込む。

助手席の男がその女性の脈を取り、運転手を見て首を振る。一人の目撃者が身動きもせずに立っている。


○ニューヨーク。マンハッタン。ヘリコプターで真上から撮っている。ビルの屋上と道路の上の車などが幾何学的に見える。


○ニューヨーク。近代美術館。

 人でごった返している。

 通りを横切り、男が入いっていく。少しして、女が続く。


○私のN(ボイス・オーバー)「私の名前は平田一郎。心理学者、精神分析医である。専門は、行動心理学、マインド・コントロール(催眠)だ。現代科学は、マインド・コントロールによって人間にどんなことでも行なわせることができる。ある人間に自殺や殺人を行なわすには、RHIC(電波による脳内催眠)=EDOM(電子による記憶抹消)という技術を使う。まずRHICによってあるキー・ワードで常に催眠状態になる訓練をする。その状態で殺人なり自殺なりのお好みの行動をプログラムし、EDOMで記憶の抹消を行なう。それでマリオネットが完成する。そして、このプログラムはその人間が生きている限り有効である」


○ニューヨーク。近代美術館。平田一郎、ピカソやダリの絵を見て廻っている。


○私のN(ボイス・オーバー)「昔は盗みや殺人などの潜在意識にないことや潜在意識に抑圧されることは命令があっても行なわないと言われていた。しかし、現代科学では潜在意識そのものを薬物によって消したり歪めたりすることができるし、脳の特定の部分に電気シグナルを送れば、どんな感情でも引き起こすことができるのだ」


○近代美術館。ピカソの「鏡の中の女」の前。一郎、間宮由美と視線が合う。甘くやさしい顔立ちの女性である。一郎、気になるが視線を外す。


○私のN(ボイス・オーバー)「ずっと前に立ち会った実験であるが、ある男をピストルで自殺するようプログラムしたことがある。その男は、キー・ワードを聞くや否やピストルをこめかみに当てて何度も引き金をひいたのだ」


○近代美術館。一郎、由美のところへ行く。

一郎「ご一緒してかまいませんか?」

由美「喜んで! どこかでお会いしましたかしら?」

一郎「いいえ。初めてお目にかかると思いますが・・・」


○私のN(ボイス・オーバー)「現代の我々は科学とマス・メディアが発達した仮想現実(バーチャル・リアリティー)の世界に住んでいる。この物語は、そんな世界の住人であるあなたへのメッセージなのだ」


○一郎、由美と一緒に絵を見て廻る。二人、親密になっていく。


○マンハッタンのフランス料理店。小ぢんまりして静かな店である。シャンソンが流れている。一郎と由美の前のテーブルには、エスカルゴが載った皿がある。

由美「(エスカルゴを、フォークで一口食べ)まあ、美味しい。エスカルゴがこんなに美味しいなんて思わなかったわ」

一郎「ここの店のは、ニンニクとバターをたっぷり詰めているから美味しいだろう。ブルターニュー風だよ。(由美の顔に目を遣り)どう、ぼくの提案、考えてくれた?」

由美「ロサンゼルスへ行くってこと? ご迷惑じゃないかしら?」

一郎「昨日、電話で話したんだけど、オッペンハイマー教授も歓迎するってさ。二人居候になるわけだけど。教授はもともとお祭り男だからね。にぎやかなのが好きなんだ」

由美「それじゃ、喜んで、お邪魔させていただくわ」


○ケネディ国際空港を離陸するジャンボ・ジェット機。機内、並んで座席に着いている一郎、由美の顔が見える。

一郎「(由美の携帯電話に目を遣って)“テレフォン”という映画を知っているかい?」

由美「たしか、“ロバート・フロスト”の詩を聞くと破壊活動を始めるというスパイ映画でしょう? 催眠をプログラムされていて」

一郎「映画オタクだね」

由美「それが何か?」

一郎「ぼくだったら、“フロスト”より“シェリー”か“イエーツ” を使うと思ってね」

由美「それで“ボム”ね」

一郎「それで“ボム!”だ」

由美「ちょっぴり、あなたの電話にでるのが恐いわ」

一郎「マインド・コントロールというと昔のオウム事件で有名になったけど、このストーリーはもはやSFじゃないよ。今はスマホの時代だからね」


○同、機内。

 一郎、ゆったり座席にすわり、ノート・パソコンの原稿を書いている。

一郎「たとえば、これを小説としてみよう」

由美「エッ」

一郎「ぼくは、いま小説を書いているんだ」

由美「なんなの?」

一郎「この小説で、ぼくは重箱をつつくような細かいことを話すかもかもしれないし、説明するかもしれない」

由美「つまり、何か難しい学問上の説明をしたいわけね。それで、地の文より会話で済まそうとする。簡単だから・・・」

一郎「きみは、バカみたいに頭がいいね」

一郎「もう説明されているもの」

一郎「そして、これは小説というより記録だから、ぼくには感情移入させないように書く。だから、ぼくは目立たないような人間でなければならない。つまり、ステレオ・タイプで平凡でどこにでもいるーきみの隣にいる人間―のようにね」

由美「つまり、ネットのような匿名性をもたせなければならないのね。あなたは、スパイなの?」

一郎「だから、本名で書けないんだ」

由美「なるほど」

一郎「しかし、神のような万能の力を持たさないといけないから、読者はぼくに嫌悪感を抱くかもしれない」

由美「神の視点で書くってわけ? イヤな役回りね。これが本なら、題名は何なの?」

一郎「『予告された殺人の記録』っていうんだよ」

由美「ガルシア・マルケスね。ノーベル賞作家の?」

一郎「学もあるんだね。きみの人物像に厚みを持たせなけりゃ」

由美「何を飲んでいるの?」

一郎「日本酒さ。“越の寒梅”か“久保田”の大吟醸?」

由美「いや、スコッチよ」

一郎「どうして?」

由美「推理よ。ウソ。キャビン・アテンダントの手元を見ていたの」

一郎「いい探偵になれるよ。この小説には探偵が必要なんだ」

一郎「もちろん、何でも知っているぼくがシャーロック・ホームズで、きみがワトスン博士だけどね」

由美「それには異議を唱えます。“私”の一人称で書くなら、ワトスン博士はあなただわ。私がシャーロック・ホームズよ」

一郎「だから、一人称で書くけど神の視点で書くといっただろう」

由美「そういう意味?」

一郎「次に、ぼくときみはキスをするんだ」

由美「はい、神さま」


○機内。カリフォルニア上空。晴れている。

 一郎、寛いで本を読んでいる。

由美「何の本なの?」

一郎「量子論の本さ」

由美「量子論って、物理学の?」

一郎「この考えを発展させれば“多元宇宙”とか“パラレル・ワールド”の考えにつながる。丨自分が無限に存在して、無限の世界で生きている。そこには時間という概念は通用しない丨。夢があっていいじゃないか」

由美「SFの話としか思えないわ」

一郎「その世界は理論的には存在している。だから現実にも存在している。わかる?」

由美「神の理論ね」


○ロサンゼルス。国際空港。人、人、人ばかりである。J・B・オコーネル、一郎を見つけ、やって来る。二人抱き合う。(一郎、由美、二人だけのときは日本語で第三者がいるときは英語で話す。)

J・B「久しぶり、元気そうだね?」

一郎「きみの方こそ」

J・B「こちらの美人を紹介しろよ」

一郎「そうそう。こちらがJ・B、ぼくの留学時代からの悪友で探偵さんだ。そして、こちらが由美。休暇で友達のところへ遊びに来ている」

J・B、由美、握手して、「よろしく」


○同、空港。J・B、一郎と由美を自分の車まで案内して乗せ、出発する。


○市内。車の中。一郎、由美、後部座席に治まっている。

一郎「ぼくに、なにか話があるとか?」

J・B「その話は後にしよう。その前にパーティーの買い出しだ」


○スーパー・マーケットの駐車場。J・Bの車が入って来る。


○スーパー・マーケット店内。店内には大きな画面のテレビがところどころにあり、BGMが流れている。

一郎「好み背でもサブリミナル・パーセプションという方法が使われているんだよ。あのテレビの映像と音楽で流れている」

由美「サブリミナル効果って、映画のポップコーンの話で有名でしょう。二十四分の一秒にひとコマ、ポップコーンのフィルムをいれたところ、映画館のポップコーンの売り上げが二倍に増えたっていう」

一郎「つまり、その広告は人間の耳目にはうつらないが、潜在意識はちゃんと捕らえているって言うわけさ」


○同、店内。一郎がショッピング・カートを押し、J・Bと由美が買物を入れていく。

一郎「“刑事コロンボ”の“意識の下の映像”というのに、このトリックが用いられている。犯人は被害者に塩からいキャビアを食べさせ、サブリミナルの映画を観せる。そして、被害者が外へ出て来るところを待ち構えてズドンというわけさ。偶然泥棒と出会って殺されたという状況だ」

由美「フィルムに、水を飲んでいるカットを入れたのね」

一郎「現代の科学ではサブリミナル・メッセージは、効果がないといわれている。しかし、実際脳にどのような、影響を与えるかは証明されていない。効果がないという根拠は、あるテレビ局に協力してもらって、番組の中で1/24秒に1コマ、『このテレビ局に電話をしてください』というサブリミナルのコマーシャルを何回も流したけど、電話は一本もなかったというものと、ポップコーンの実験は一九五七年アメリカの広告マンのヴィカリーが行ったものなんだけど、後にウソだと告白しているという二つの点なんだ。この二つをもって、その証拠だと断言しているけど、どちらも本当に効果があるかないかの証明にはなっていないだろう?」

由美「おっしゃるとおりだわ。でも、“刑事コロンボ”だなんて、一郎さんも相当な映画オタクね」


※注.サブリミナルCMは、まったくサブリミナル(ヒプナティズム)文書と関係ないことは断言しておく。


○同、店内、カートは品物で一杯になっている。三人、レジへ向かう。母親に手を繋がれた小さな女の子が振り返ってジッと一郎を観ている。一郎、小さく手を振る。少女、ニッコリ笑う。

由美「女性にもてるのネ」

一郎「十年後の美人にね」


○同、店内、突如、黒の覆面の男が二人出現する。ひとりはショット・ガンを、ひとりはピストルを携えている。

覆面A「(レジのチェッカーに銃を向け)金を出せ!」

 J・B、反射的に胸のホルスターから拳銃を抜こうとする。バーンとショット・ガンが火を噴き、J・Bが吹き飛ぶ。即死である。

覆面A「馬鹿野郎、射ちやがって! これで俺たちは人殺しだ」

覆面B「仕方ないだろう。あいつは銃を持っていた」

強盗、金を取ろうとレジでまごまごしている。


○スーパー・マーケット。店の前へ、パトカーが何台も横づけになる。警官が飛び出して来て、車を盾にして銃を構える。スワットもライフルを構えている。

警部「(スピーカーで)犯人たちに告ぐ! お前たちは包囲されている。大人しく武器を捨てて出て来なさい」

 覆面B、パトカーに向かってショット・ガンを二発射つ。ボンネットが吹き飛ぶ。警官、首を竦める。


○同、店内。レジ。覆面A、チェッカーの女性を羽交締めにして、こめかみに銃を当てる。

覆面A「(女性を外へ見えるように前面に押し出し)一歩でも近づけば、この女の命はないぞ!」


○同、店内。犯人の近くの床の上。商品棚の陰で、一郎、由美を庇って、床に伏せている。オコーネルのグロッグに手を伸ばして取る。

一郎「かなりマズい状況だナ」

由美「(小声で)危ないことはしないで!」


○同、店内。ドアの付近。

覆面B「ヘリを用意しろ(包囲網に、一発射ち込む)」

 パトカーのガラスが粉々になる。

 緊張のあまりチェッカー、気絶し、ズルズルと沈む。(その隙に)数人の狙撃手が、ライフルで二人を射つ。二人、床に倒れる。警官隊、店内に突入する。一郎、銃を手放し、床に大の字のまま何も持っていないことを示す。


○ビバリー・ヒルズ(ベル・ユア地区)。オッペンハイマー邸。教授、一郎、由美、庭のテラスでディナーを楽しんでいる。

教授「本当に由美が来てくれて嬉しいよ。まるで娘が戻って来たようだ」

一郎「教授は、娘さんがヨーロッパへ嫁に行って寂しいんだ」

由美「私も感激です。こんなに歓迎していただいて」

 由美、フォアグラのステーキを一片口に入れて食べる。

由美「美味しい。ルイザおばさんの作る料理って最高だわ」

 オープンのキッチンで、太った黒人のルイザおばさんが、サンバのリズムでひとり踊っている。みんなが自分を見ているのに気づき、笑って手を振る。根っからの陽気な女性である。

一郎「教授はグルメだからね。いつも王様の料理を食べているんだよ。学者じゃなく、料理店のオーナーにでもなれば、よかったんだ」

教授「(真顔で)一郎、J・Bのことは残念だったね。しかもきみの周りでは不幸が重なってしまった」

由美「他に誰か亡くなった人があるの?」

教授「この前、一郎の助手が自殺したんだ。毒の杯を呷ってね。黒崎徹って云ったかナ?」

一郎「ぼくが留守をしている間の出来事なんだ。借金をしていたのは知っていたんだけど」

由美「何と言っていいか、自分を責めないで」

一郎「ありがとう。でも、人間なんて弱いものだね」


○隣の吉岡家。十七歳の紀子の部屋。

 紀子は耳が不自由なので、手話と言葉で話をしている。

一郎「パパとママは?」

紀子「お金、を、借りに、行くって。一週間、の、うちに、お金を、集めないと、お店が、潰れちゃうの」

一郎「大丈夫さ。きっとお金を貸してくれるよ」

 一郎、紀子の手を握る。

一郎「お金と宝石を持ち逃げした人は捕ったの?」

 紀子、首を振る。

一郎「気を落とすんじゃないよ」

 一郎、紀子と別れて部屋の外へ出る。

由美「吉岡さんも大変ね。信じ切っていた支配人がお金と宝石と一緒に消えたんだもの。ロサンゼルスでもかなり大きい宝石店なんでしょう」

一郎「ああ。でも、ぼくが絶対潰させはしないさ」


○オッペンハイマー家の地下の射撃場。一郎と由美が拳銃をうっている。後ろのガラス・ケースの中には、プラウティー・ファウラー銃、テーザー銃、ショット・ガンなど様々な銃が収められている。

一郎「きみの家族のことを聞きたいな」

由美「私が八つの時に、両親が交通事故で亡くなって、それからは、姉の手一つで育てられたの」

一郎「・・・」

由美「父と母が死んだとき姉はまだ高校生だった。それから姉は私の保護者になったの。普通の母親顔負けぐらいよくしてくれた。いくら感謝しても感謝しきれないわ」

一郎「いいお姉さんなんだ。いまお姉さんは?」

由美「(寂しそうに)私が二十歳になった時、お嫁にいったわ。とても奇麗だった。だから、いま、私はひとりぼっち」


○隣のチャップマン家の前の道路。並木道の広い道路である。車は通っていない。

 チャップマン家の通りを隔てて道路端に黒いバンが停まっている。

 一郎、由美が渡っている。

一郎「きっとあれはFBIの車だ」

由美「FBI? なんでまた?」

一郎「最近、トーマスは新型コンピューターを開発したという噂だ。それを狙って産業スパイが暗躍しているらしい。中国やアラブ諸国も手に入れようと躍起になっているそうだよ。教授から訊いた話だけどね」

由美「FBIとかCIAとか。テレビや映画の中でだけの話と思っていたわ」

一郎「今は、何でもありの時代だよ。物静かな隣人が殺人鬼やテロリストだったりする。きみは、ぼくのことをどれだけ知っている?」

由美「(笑顔で)あなたは殺人鬼なの?」

一郎「マッド・サイエンチストさ。世界征服を企むね」

由美「(笑顔で)普通の人じゃないと思ったわ」

一郎「CIAやFSBを出し抜いてね。スパイ映画だと、彼らは間抜けな役回りを演じることになる(笑い)」

由美「現実でも、おかしくないわ」


○チャップマン家。広い庭を持つ大豪邸である。

由美「チャップマンさんは、コンピューター会社の社長なんでしょう?」

一郎「トーマス自身も、ITの技術者であり、科学者だ。この業界の人間のほとんどがそうなんだけど、まだ若く三十ちょっと過ぎだよ」

由美「まさにアメリカン・ドリームね」


○同、チャップマン家。

 一郎、由美、執事に案内を請う。

 芝生の上、秘書のピーター・レッドフォードがドイツ・シェパードを訓練している。ピーターがドイツ語の水泳用語をいうたびに、ドイツ・シェパードは伏ったり、走ったりしている。

一郎「トーマスが飼っている犬はちょうど十二匹いるんで、キリストの十二使徒の名前を付けているそうだ。トーマスもユーモアのセンスがあるね。ピーターかもしれないけどね」

由美「“ユダ”っていう犬もいるの?」

一郎「裏切りの後の“マッテヤ”という名に変えているそうだ」

 トーマス、犬の訓練を見守っていたが、二人に気づくとやって来て、暖かく握手する。


○同、チャップマン家。庭の温室内。

 中は、いくつもの部屋に区切られており、その部屋々々はオート・マチックで温度、湿度、日照時間などをコンピューターが管理している。

 数多くのカトレアの鉢が見える。

トーマス「それじゃ、私の“娘”たちを見てやってください」

 トーマス、真っ赤な花を指差す。

トーマス「これは、何という花かわかりますか?」

由美「美しい花ですね」

一郎「真っ赤な花ということからみて“ミヤ”じゃありませんか」

トーマス「よく御存知ですね」

一郎「きのう、カトレアの本を買って来て、一夜づけで勉強したんです」

トーマス「それでは、この花はどうですか?」

一郎「さあ、この花は本に出ていませんでした」

トーマス「わかりませんか? これは“インター・メディア”というんです」

由美「こんなに奇麗な花なら品評会に出しても優勝するんじゃないですか」

トーマス「ありがとうございます」

由美「でも、花作りなんて素敵な趣味ね」

トーマス「趣味以上ですよ。女性より美しいと思っています」

由美「私よりも?」

 三人、笑う。


○同、チャップマン家の庭。一郎、由美、トーマス、散歩している。もう、ピーターと犬の姿はない。

 トーマス、携帯電話がかかって来て出る。

トーマス「(電話に向かって)ああ、わかったすぐ行く。(電話を切り)急用ができました。なんでも、私のオフィスに忍び込んだものがいるらしいんです。私はこれで失礼しますが、ゆっくりしていってください」

 トーマス、急ぎ足で屋敷の方へ戻る。


○同、チャップマン家の庭。一郎、由美の二人、暫く散策して、別の温室に入る。

 奥から、争うような声が聞こえてくる。一郎、由美の口に指を当てて、声を立てないように目で合図する。

 二人、そっと奥を覗き込む。

トーマス「そのことだったら、あの時話がついているだろう」

ピーター「ぼくも不動産業を遣るんで資金がいるんです。金はいくらあっても足りません」

トーマス「しかし、あの交通事故は、きみも共犯だ」

ピーター「運転していたのはあなたです。しかも、死体遺棄だ」

トーマス「しかし、何も目撃者まで殺さなくても」

ピーター「(口に指を当て)シッ、そのことは言ってはいけません。あれは、あなたを守るためのやむを得ない仕儀だったのです」

トーマス「きみはメフィストフェレスだよ。あの時、自首しておけばよかった(頭をかかえる)」

ピーター「金額のことは後ほど話をしましょう」


○同、温室内。

 一郎、由美、トーマスとピーターが出ていくのを遣り過ごす。トーマス、ピーター、庭の向こうに消える。一郎、由美、立ち上がり、カトレアの棚の影から姿を現わす。

由美「(呆然自失という体で)あの二人は人を殺しているのね」

一郎「しかも二人ね。(由美の目を覗いて)このことは当分秘密にしておこう。いいね」

由美「わかったわ」


○オッペンハイマーの家の二階の寝室。由美、丈の短いナイト・ガウン姿である。背中に派手な浮世絵の刺繍がある。歌麿である。実に色っぽい。一郎、由美にやさしくキスをし、楽しいセックスをする。すべてが終わり、一郎、窓際へ行って外を見る。机の引き出しを開け、双眼鏡を取り出す。

由美「一体、何が見えるの?」

 由美、双眼鏡をひったくると目に当てる。

一郎「チャップマン家の二階の明かりがついている部屋を覗いてごらん」

 メイビルが全裸でヨガをやっている。いろいろポーズを変える。エロチックな眺めである。

由美「エッチね。でもおかしいわ。他に誰かいるみたい。今夜、屋敷にいるのはメイビルひとりって聞いていたけど」

一郎「ちょっと、貸してごらん」

 一郎、双眼鏡でジッとメイビルの部屋を覗き込む。

一郎「えーと、『ちょっと待って、時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり楽しみましょうよ』とか言っているな。相手は見えないけど」

由美「お得意のリップ・リーディングね。相手は誰なの?」

一郎「さあ、浮気相手のひとりだろう。ロスの名士のひとりだね」

由美「(庇うように)きっと、メイビルもさみしいのよ」

一郎「まだ何か言っている。『もうトーマスを愛していないわ。だけど彼は大金持ち、私は贅沢が大好きなの。本当はトーマスが死んでくれればいいんだけど』」

由美「すごいことを言っているのね」


○市内。真っ赤なポルシェが走っている。

 運転しているのは一郎で、助手席には由美がいる。

由美「メイビルが浮気していたなんて信じられないわ。あんなに貞淑そうな妻なのに」

一郎「シリコンバレーで成功した人間のほとんどが仕事中毒だ。だから妻が浮気する。離婚する人間が多いのもそのためだよ」

由美「でも、人は見かけによらないものね」

一郎「いまは、自分さえ信じられない時代だよ。たぶんね。それなのに、他人のことまでわかるはずないよ」

由美「(手の新聞を閉じ)悲しい時代ね」


○オコーネル&ボウイ探偵事務所。大通りに面した雑居ビルの二Fにある。小ぎれいな事務所である。

 一郎、由美、ソファに座っている。J・Bの相棒のロバート・ボウイが応対している。銀髪の温和な感じの男である。

ロバート「J・Bが一郎さんになにを話したかったのかわかりません。一郎さんにいわれていろいろ調べてみたんですが、私たちは自分が依頼されたことを話し合ったことはないのです。依頼人の秘密厳守ということは、私たちのポリシーでしたから。たとえ、それがパートナーでもね」

一郎「しかし、今回敢えてぼくに何か伝えようとした」

ロバート「エエ、それが私には不思議でならないんです。J・Bは、そういう倫理には厳しい奴でしたから」

一郎「ぼくの身近の人間のこととか?」

ロバート「(首を傾げ)さあ。しかし、最近トーマス・チャップマンのことを調べていたようです。J・Bは口にしませんでしたが。一緒のオフィスにいるのですから、それぐらいはわかります」

一郎「交通事故のことを何か話していなかった?」

ロバート「聞いたことはありません」

一郎「J・Bならたとえ、隣人が殺人者だとしても秘密は守るだろうな。それだったら何だろう?」

ロバート「依頼人のこととか?」

一郎「エッ?」

ロバート「いいえ。根拠はありません。ただ思いついただけです」

一郎「そうか。その可能性もあるな。それに被害者がぼくの身近な人間だったのかもしれない」


○オッペンハイマー家。二階の寝室。

 一郎、窓際に立っており、由美、カウチに座っている。真赤なナイト・ガウンが白い肌にあって色気を感じさせる。甘いキスをする。ベッド・サイドのオーディオから、甘い愛の歌が、流れている。

“だれもがいつか誰かを愛する。だれもが必ず恋に落ちる”

由美「(リズムを口遊みながら)この歌、なんていう曲なの? 気に入っちゃった」

一郎「なんて言ったっけ? よく耳にするんだけど」

由美「“だれもが必ず恋に落ちる”か。たしかに真実ね」

一郎「フロイトが性愛を人間の行動の原点に位置づけたのは成功だったね。人間はセックスによって動いているんだから」

由美「情緒がないわ。恋とか言ってよ」

一郎「確かにそうだ。女性の前では、その方が受けがいい。恋には年齢や地位、身分、男女の差なんて関係なく落ちるもんだ。世界のあらゆる文学が、それを語っている」

由美「“秘密の恋は、背徳の臭いと蜜の味がする”」

一郎「なんだい? それ?」

由美「忘れちゃったけど、だれか詩人の言葉よ」


○オッペンハイマー家の離れのトレーニング室。大きな木の向こうにスタンフォード家の屋敷が見える。

 一郎、空手の練習をしている。

 由美、レオタードで自転車のマシンに乗って汗を流している。

由美「ボウイさんも元警官なの?」

一郎「なぜ?」

由美「オコーネルさんの葬儀のとき、警察の人たちと親しそうに話をしていたもの」

一郎「ロバートはJ・Bの同僚だったんだ」

由美「どうして警察をやめたの」

一郎「あまり話したがらないんだけど、どうやら子供を撃っちゃったらしい」

由美「まあ。(話題を変えて)オコーネルさんも、警察をやめて、危険から足を洗ったと思ったでしょうにね。それが、あんなことになっちゃって」

一郎「自分がいま本当に死ぬなんて思う人間はひとりもいない。身近で死をみている警官でさえね。きみだってそうだろう?」

由美「自分がいま死ぬなんてことは考えられないわ」

一郎「毎日、残酷な殺人が起きている。でも、だれも自分が加害者や被害者にはならないと思っている。こんなにも犯罪が増加しているのにね。自分が特別な人間だと考えているんだ」

由美「それとも、別世界に住んでいると信じているのネ」


○オッペンハイマー家。一階の居間。壁には、ドガの“踊り子”が掛かっている。

 一郎、由美、教授が寛いでいる。オープン・キッチンで、ルイザおばさんが、太った体をリズミカルに動かしているのが見える。

一郎「今朝、テレビで悲惨な海の事故のニュースをやっていたよ」

由美「どんな?」

一郎「一家で、クルージングを楽しんでいたらしい。そのとき、六歳の長男が誤って海へ落ちた。それで、両親が飛び込んだが、姿が見えなくなった。八歳の長女は自分でボートを操縦して陸へ辿りついたんだ。一緒にいた次男は無事だった」

教授「突然、パパとママと弟がこの世からいなくなったわけだ。死んだなんて実感は沸かないだろうね」

一郎「死体が発見されれば感じるだろうけど、行方不明のままなら諦めきれないんじゃないかな?」

由美「その少女もその数分前まで、そんなことは夢にも思わなかったでしょうね」

教授「人間は自分や家族が死ぬなんて思わないのさ。いや、頭の中ではありえないことじゃないと思っても、なるべく避けようとするんだ。いわゆる逃避というやつだね。目を瞑っちゃうのさ」

由美「一郎さんも、前にそんなことを行っていましたわ。心理学者の見解はそういうことになるんですね」

教授「人間の心は不思議なものなんだ」


○チャップマン家。夜。パーティーが催され各界の名士や有名人が集まっている。一郎、由美、オッペンハイマー教授、正装している。執事がドアを開け招じ入れる。ホストであるトーマス、メイビル夫妻が歓迎し、挨拶に立つ。

トーマス「(教授、一郎、由美と順番に握手しながら)よくおいでくださいました。ゆっくりお寛ぎください」

 主役はメイビルで、笑顔を振り撒きながら名士たちの間を泳ぎ回っている。金髪が真赤なイブニングドレスに映えて美しい。注目度ナンバー・ワンである。


○同、チャップマン家。大広間。すでに賑わっている。

 一郎、由美と立ち話をしている。一郎、シャンパンを両手で持ち、由美、キャビアのカナッペを頬張っている。

一郎「ぼくたち田舎者にみえないかな?」

由美「全然。(少し声を顰めて)ところで、この中にメイビルの浮気相手がいるのかしら?」

一郎「全然顔は見えなかったからね。でも、何食わぬ顔をしていると思う」

由美「メイビルったら昨夜恐ろしい夢を見たんですって。お風呂に入っていたら、水が血の色に変わったらしいの。なんだか、暗示的でしょう?」

一郎「ミステリーの読み過ぎだよ。それは妊娠への恐怖を表わしているんだ」

由美「さすが心理学者ね」


○同、チャップマン家の居間。

 オッペンハイマー教授がカードに興じている。


○同、夜。吉岡夫妻がテラスで寄り添って相談している。


○同、大広間。

 メイビルと一郎が立ち話をしている。

一郎「(ボーイからフローズン・ダイキリを貰って)エエ、ぼくは酒は飲みますが、煙草はやりません」

メイビル「私と一緒ね。(コケティッシュな笑顔を浮かべて)同じ者同志、一緒に踊らない?」

一郎「ええ、喜んで! (メイビルの腰に手を回しエスコートする)」

 二人、スローなタンゴで踊り始める。

メイビル「女を抱くみたいにやさしくね」

一郎「いい匂いがして、女というより、まるで花を抱いているみたいだ」

メイビル「私は何の花?」

一郎「華やかなバラ? 清楚なユリ? 美しいカトレア? というより、蠱惑的な牡丹かな?」

メイビル「牡丹?」

一郎「中国王朝の国花で、花言葉は“富貴”です。ゴージャスであなたにピッタリだ。唐の時代には、“花王”と呼ばれていました」

メイビル「花の王様ね。トーマスもそう言ってくれるとありがたいんだけど・・・。彼は仕事が恋人なのよ」

一郎「なんとなくわかる気がします」

メイビル「トーマスは私よりも仕事が大事。私は車かなにかのように彼の持ち物でしかないの。私も生身の女よ。ほうっておかれたら寂しくて仕方がないわ。わかってもらえるかしら(一郎にピッタリ体をくっつける)」

一郎「ぼくも心理学者ですから」

メイビル「いや、そんなお医者さんみたいな言い方」

一郎「(溜め息を吐き)トーマスもスタンフォード症候群かもしれませんね」

メイビル「なに、それ?」

一郎「妻や子供よりもコンピューターを愛するようになる病気ですよ」

メイビル「そうかもしれないわ」

一郎「メイビル、あなたはとても魅力的ですよ。男ならだれでもお相手をしたいと思うでしょう」

メイビル「あなたも? 思ってくれるの?」

一郎「(一瞬、躊躇し)勿論ですよ」

メイビル「うふっ、ありがとう。お世辞でもとても嬉しい」


○チャップマン家の庭。

 PM八・〇〇花火が散発的に打ち上げられている。


○同、遊戯室。

 ピーターが銀行の支店長とビリヤードをしている。


○同、二階の客室の一室。

 由美、酔っぱらいのスタンフォード夫人を介抱している。六十過ぎの、金髪で痩せた女性である。

スタンフォード夫人「いま何時なの?」

由美「(夫人の腕時計を示し)八時三〇分ですわ」

夫人「そう。それじゃ、もう少し眠れるわね。おやすみなさい」

 由美、ベッドの側の椅子に座っている。


○同、地下射撃場。

 一郎、射撃大会に出場。壁の時計は八時二〇分を指している。吉岡紀子が応援している。

紀子「おにい・ちゃん、がん・ばっ・て!」

一郎「きみのために優勝するよ」

 一郎、続けて二発外す。プレッシャーには弱そうである。一郎、天を仰ぐ。


○同、大広間。

 トーマス、そっと抜け出し、離れに仕事をしに行く。メイビル、横目でそれを見ている。軽蔑の表情が浮かぶ。


○同、庭。

 花火が打ち上げられている。


○同、地下射撃場。

 一郎、紀子、それに由美が加わっている。

一郎「きみの射撃の腕はたいしたもんだな。女性の部で優勝するなんて、ぼくなんて、ビリから三番目だ」

由美「まぐれよ」


○同、大広間。

 スローな曲に合わせて、オッペンハイマー教授とメイビルが踊っている。由美それをカメラで撮っている。

由美「これは、お父さんの形見の古い一眼レフのカメラなの」

 その向こうの壁にルノアールの『ブージヴァルの舞踏会』が掛かっている。

由美「あの絵は、世界でも指折りの贋作なんだって。さっき美術評論家の人が話しているのを聞いたの」

一郎「本物かもしれないよ」

由美「本物はボストン美術館にあるんでしょう?」

一郎「レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザ』は世界で百点以上あるそうだよ。どれが本物かしれたものじゃない」

由美「それはそうだけど・・・」

一郎「著名な鑑定家がそう言うからかい? 権威があるから。実際目にみえるもの耳に聞こえることが真実だとは限らないさ」


○チャップマン家のバンガロー風の離れ。トーマスの研究室。トーマスが机の前の椅子に座わり、頭から血を流して死んでいる。机の上の右手には拳銃が握られており、机の横のバケツの水の中には電気スタンドが漬かっている。机の端には、中国のキー・ホルダーが附いた鍵が載って、机の上には白い花弁が散っている。バーベナ(美女桜)の花のようだ。少し季節外れの感じがする。ダイイング・メッセージか?


○同、離れ。(PM九:〇〇)

 由美、紀子がやって来る。由美、手にサンドウィッチの乗っているお盆を持っている。

由美「(懐中電燈で顔を見せ)女中にもって来させればいいと言っていたけど、わたしが来たわ」

紀子「やさ・しい」


○同、離れ。(PM九:〇三)

紀子、ドアをガチャガチャいわせるが、鍵がかかっていて開かない。

由美「(大声で)チャップマンさん! 女中(メイド)が来ましたよ」

 反応なし。

由美「(大声で)チャップマンさん、いらっしゃらないの。(紀子へ)おかしいわね。電気も切れているし」

 由美、横に周りカーテンの隙間から中を覗く。古いカメラのフラッシュを焚く。

由美「(紀子の肩をつかみ、顔を見せ)どうも、様子がおかしいわ。病気かもしれない。みんなを呼んで来て」

紀子「(心配そうに)ひとり・で・大丈夫?」

由美「私は平気よ」

 紀子、屋敷の方へ引き返す。


○同、離れ。(PM九:一五)

 一郎、由美、オッペンハイマー教授、紀子、メイビルが集まって、薄暗い中を覗いている。由美がカーテンの隙間から、カメラでストロボを焚いている。トーマスの死体の輪郭が浮かび上がる。


○同、離れ

教授「一郎、中へ入って鍵を開けてくれ!」

 一郎、石でドアの横の窓ガラスを割り、クレセント錠を外して、窓から中へ侵入する。非常ベルが屋敷中に響きわたる。ドアの鍵を中から開けて、みんなを招じ入れる。月明かりで、ボンヤリと見渡たせる。スイッチを押しても、部屋の電燈は切れたままである。

一郎「(トーマスの脈を取り)死んでいる」

 メイビル、気絶する。

教授「その机の鍵はこの離れの鍵なのかい?」

一郎「試してみましょう」

由美「ちょっとそのキー・ホルダーを見せて」

 由美、一郎からハンカチで摑んだキー・ホルダーを受け取り、マジマジと見る。

由美「やっぱり、このキー・ホルダーは、私がチャップマンさんにプレゼントしたものだわ。リトル・トウキョウで見つけたの」

 鍵をドアの鍵穴に突っ込んで回す。カチッと音がして、鍵が開く。

教授「こんな大変な時に、一体ピーターはどこへ行ったんだ?」


○同、チャップマン邸。庭にパトカーが何台も停まり、赤と青の光を投げ掛けている。警官の一隊が屋敷内や庭を捜索している。温室の中、夏咲きのカトレアが美しさを競っている。ピーター・レッドフォードが倒れている。胸を二発射たれていて、右手に黄色の花弁に赤色リップのカトレアをしっかりと握り締めている。花の名前はレリオカトレア・アムーバ・グロー“マグニフィセント(まったくすばらしい。非常に堂々とした)”である。そのすぐ傍には白色の花弁でリップの喉に黄色の目があるカトレアが落ちている。アイリン・ウイルソン“ジョージ・ケネディ”である。


○オッペンハイマー家の庭のプール・サイド。

一郎と由美、水着姿で寛いでいる。

由美「担当のハミル警部とは、知り合いなの?」

一郎「前に一度、一緒に仕事をしたことがあるんだ。オッペンハイマー教授はロス警察の顧問なんだよ。プロファイリングのね」

由美「警察は、この事件をどう考えているの?」

一郎「トーマスがピーターを射殺して、自殺したと発表するようだよ。動機は、お決まりの金と女のトラブルさ」

由美「メイビルの浮気相手って、ピーターさんだったの?」

一郎「その中の一人さ」

由美「あの交通事故のことは?」

一郎「一応、ハミル警部の耳に入れておいたよ。でも、もうこれ以上のゴタゴタは嫌だろう」

由美「私もそう思うわ」


○同、プール・サイド。

 一郎の想像、離れ。(イメージ)

 由美、紀子がドアをガチャガチャいわせているが開かない。窓を見て回るが全て鍵がかかっている。トーマスの自殺死体。

一郎「あの離れは完全な密室だったし、起きたことはハッキリしている。窓はすべて内側からクレセント錠が掛かっていた」


○同、プール・サイド。

 一郎の回想。離れ。(イメージ)。

 机の上に鍵があるのを確認する。机の上には白い花びらが散っている。

一郎「ドアの鍵はちゃんと机の上にあった。あの鍵は電子キーで、この世に一本しかないんだ。それから、机の上に散っていた花弁はバーベナの花で、バーベナの花言葉は“私のために祈ってください”。つまり、ピーターを殺して自殺する自分のために祈ってくださいとも解釈できる」

由美「そんな意味があるの?」


○同、プール・サイド。

 一郎の想像。温室。(イメージ)。

 ピーターが握っていた“マグニフィセント”のアップ。

一郎「しかし、ぼくはピーターが掴んでいたカトレアの花が気になって仕方がないんだ」

由美「“マグニフィセント”ね」


○同、プール・サイド。

 一郎の想像。温室.(イメージ)。

 瀕死のピーターが白いカトレアの花を摑むが、やめて黄色いカトレアを取る。

一郎「ピーターは、一度“ジョージ・ケネディ”を掴み取って捨てて“マグニフィセント”を選んだんだ。まさにこれはピーターのダイイング・メッセージと考えていいだろう?」

由美「どういう意味があるの? カトレアの花言葉って?」

一郎「カトレアの花言葉は“最高の女性”だよ」

由美「メイビルのことを指しているの?」

一郎「(首を振り)さあ、それはわからない。でも、どうして“ジョージ・ケネディ”ではなくて“マグニフィセント”でないと駄目なんだ?」


○オッペンハイマー家の二階の寝室。一郎、由美、カウチとソファに座って寛いでいる。

一郎「ピーターとトーマスの死亡推定時刻はだいたい八時から九時の間だそうだよ。ピーターは至近距離から二発撃たれていて、どこかにぶつけたのか腕時計が毀れて止まっていた」


○同、寝室。

 一郎の想像。(イメージ)

 ピーターが射たれ、倒れた拍子に棚に腕時計をぶつけガラスが割れる。八時三十一分十七秒を示している。

一郎「その針は、八時三十一分十七秒で止まっていた。たぶん、それからまもなくトーマスも自分の人生に幕をひいたんだろう」

由美「花火を打ち上げていたので銃声は聞こえなかったのね。みんなのアリバイはどうなっているの?」

一郎「アルコールもだいぶ入っていたし、ああいう雰囲気だから、ハッキリしていない。何十人からの人間がいたからね」

由美「夢の中にいたような気がするわ」

一郎「でも、ぼくは八時三十分には射撃大会に出ていたからアリバイがあるよ。紀子ちゃんが証人だ」

由美「わたしだって、八時半頃にはスタンフォード夫人の介抱をしていたからアリバイはあるわ」


○同、寝室。

 一郎の想像。(イメージ)

 トーマスが、パーティーをそっと抜け出す。

メイビル、横目でそれを見ている。壁の時計は、八時十五分を指している。

一郎「トーマスがきみにサンドイッチを頼んで、離れに出掛けたのが八時十五分だ」

由美「九時にサンドイッチを届けさせてくれるように頼まれたの。離れで仕事をしているからって。それが八時十分頃のことよ。女中(メイド)に任せれば、いいといわれたんだけど、わたしが持って行ったの」

一郎「だれかに早く死体を発見させたかったんだな」


○同、寝室。

 一郎の想像。(イメージ)。

 ピーター、携帯電話に出る。笑顔が見える。そして庭に出て行く。時間は八時二〇分。

一郎「ピーターが、電話を受けていたのが八時二〇分頃のことだ。何人かの客が目撃している。だれからの電話かわからないが、嬉しそうな様子だったそうだよ」

由美「お金をアップするとかいって、誘き出させられたのね」

一郎「すべて辻褄があっている。何も問題はない」


○オッペンハイマー家。一階、居間。(夕方)

 教授、一郎、由美、ルイザおばさんが作ったフォアグラとトリュフのサンドイッチを食べている。テレビでは昔のホラー番組『ショック・シアター』をやっている。月が出てロン・チェイニーの顔が毛むくじゃらになり、狼男に変身する有名なオープニングシーンである。サンドイッチの皿の横には、「広告とサブリミナル・パーゼプション」という題名の本が載っている。

教授「マス・メディアはこぞってサブリミナル効果には否定的な見解を示しているよ」

由美「広告主や広告会社などのマス・メディアは、サブリミナル効果が、実証されて欲しくないんですね。有罪になれば何百、何千万ドルの損失を被りますし、社会的地位も失墜しますから」

一郎「CMは、最近はもっと巧妙にあくどくなっているよ」

由美「どんな風に?」

一郎「購買欲を掻き立てる為に、あらゆるテクニックを使っている。視覚や聴覚はもちろん五感すべてに訴えるテクノロジーを使ってね。人を一種のトランス(催眠)状態にさせるんだ」

教授「世の中、便利になるのも考えものだ。昔はスマホやSNS・ツイッター・フェイス・ブックなんかなかった」

由美「(笑顔で)一郎さんみたいなことを言ってる」


○オッペンハイマー家。居間。

 オッペンハイマー教授、一郎、由美、スタンフォード夫人、テーブルを囲んで麻雀をしている。ロジャー・スタンフォード、隣のソファで寛いでいる。彼は七十歳を越えているが矍鑠としており、ガッしりしていた。空軍の将軍だった退役軍人である。

ロジャー「由美さん、この前のパーティーではどうもすみませんでした。こいつがお世話になってしまって。ベス、もう酒なんか飲むんじゃないよ。後で二日酔いで苦しむのは、お前なんだよ」

エリザベス「(夫をチラッと見て)ハイ、ハイわかりました。そんなに云わなくても(話題を変えようと)あんな静かな夜に、あんな恐ろしいことが起こるなんて、信じられないわ」

ロジャー「もう終わったことだ」

エリザベス「これで、メイビルも大金持ちね。IT産業は花盛りだもの」

ロジャー「やめなさい。死者を冒瀆することは」

エリザベス「ハイ、ハイ」

オッペンハイマー教授「いまの時代はパソコンがなければ一日だってやっていけないからね」

ロジャー「軍の防衛システムもすべてコンピューター任せだ。昔の古きよき時代がなつかしいよ」

一郎「軍需産業も、ハイテク商品のオンパレードです」

教授「(由美の前に山のように積まれた棒に目を遣って)それにしても、由美、きみは勝負師だね。さっきから、一人勝ちだ」

由美「(教授の捨て牌を見て)それ当たり。ロン」

 由美、手元の牌を倒す。

教授「また、負けた」

由美「でも、いかさまはしていませんわ」

 由美が自分のスーアンコー(四暗刻)を裏返し、また表に戻すとリュウイーソー(緑一色)に変わっている。

由美「わたし、マジックが趣味なの」


○同、オッペンハイマー家。居間。

 今度は一郎、由美、教授、ロジャー・スタンフォードが牌を囲んでいる。スタンフォード夫人、編み物をしている。

一郎「それじゃ、ぼくもマジックをご披露しようか? ねえ、由美、きみはぼくの推理力がどれぐらいあるか知りたくないかい?」

教授「私もききたいな」

一郎「あの壁にかかっている絵の作者の人となりについて当ててみようか?」

由美「面白いわ。やってみせて。あれは、教授に頼まれて、今日手に入れて来たものなの」

一郎「では、ご要望に答えまして。作者は二十三、四歳の独身女性。長身でプロポーションのいいグラマーな女性じゃないかな? 瞳はブルーで、プラチナブロンド、職業は幼稚園の先生か何か、小さな子供を相手にしている。趣味はドライブと絵を画くこと。好きな画家はモネ。ざっと、こんなところかな」

由美「(当っているので声もでない)ピッタリだわ。でも、どうして?」

一郎「ただ見るだけではなく、観察することが大切なのさ」

 その絵は、鏡の前の全裸の女性を描いたものである。滑らかな曲線と淡い色調が女性のやさしさと美しさを表現している。

由美「プロファイリングね。絵の右下に、リンダ・ワイズマイヤーというサインがしてあるわ。あなたは、リンダがわたしの友達だと知っているわね。でも、あなたにはリンダのことを、あまり話していない気がするんだけど」

一郎「ほとんど教えてもらっていない」

由美「そうか。あなたは、鏡の女性がリンダだと推理したんだわ。それで容貌のことは説明できるでしょう。独身だということは、左手の薬指にエンゲージリングを嵌めてないから。それに絵の中に絵本とかが画かれているから職業が幼稚園の先生になるわけよ。だって独身の女性なんだから絵本なんかもっているのはおかしいでしょう」

一郎「印象派のタッチで描かれている。だから、モネが好きか」

由美「シャーロック・ホームズ顔負けの推理だわ」

教授「(ニッコリして)のぶ、いや、一郎はIQ二〇〇を越えている天才だけど、大詐欺師になれるほど嘘が上手だからね。全部信じちゃいけないよ」

一郎「(笑顔を返しながら)教授ひどいですよ。教え子をそんな風にいうなんて」

教授「それなら、私も少しプロファイルしてみようか。彼女は、たぶん身長一七六、バスト九八、ウエスト五九、ヒップ九六センチという体型の女性だろう。しかもニューヨーク州立大学心理学科を出ている才媛でもある」

由美「まいっちゃうわ。もしかして、教え子なの?」

教授「(プレイボーイ誌を由美に渡し)ほら、この雑誌にリンダが載っている」

由美「なんだ、そうだったの。リンダから雑誌のモデルに前になったってことは聞いていたけど・・・。“プレイボーイ”だったのね。凄いわ」

ロジャー「(雑誌をペラペラ捲りながら)確かに一郎くんが推理したことが一から十まででている」

エリザベス「(ヌード写真を目にして)まあいやらしい」

教授「これで一郎の手品がわかっただろう。一郎は、リンダの履歴を、もっともらしく喋っただけだ」

由美「(頬を膨らませ)一郎さん、ずるいわよ」

一郎「でもちゃんと合っていただろう。シャーロック・ホームズの推理も似たようなものさ」

由美「ぜんぜん違うわ。記憶力がすごいだけじゃないの」

教授「(笑いを含みながら)一郎も由美も、そんなにむきにならずに、この中国のゲームを楽しもうじゃないか」


○オッペンハイマー家。一階、居間。

 教授、一郎、由美、朝食後のコーヒー・タイムを楽しんでいる。ルイザおばさん、キッチンで音楽に合わせて体を動かしている。

 テレビで吉岡宝石店の横領事件の続報をやっている。NBCである。

ニュース・キャスター「昨日、午後六時過ぎ、サンタ・クルーズの山中で、吉岡宝石店支配人ジョニー・ウー氏(五二歳)の死体が発見されました。(真面目そうな中国人の顔写真のアップ。ジョニー・ウー氏(52)とのテロップが出る)ウー氏には同宝石店の現金・宝石合わせて一千万ドルを横領、持ち逃げした容疑が掛かっており、警察が行方を捜していました。ウー氏は後ろから頭を射たれており、仲間割れかギャングによる犯行とみられています。殺されたウー氏はなにも所持しておらず、警察は消えた現金と宝石の行方を追っています」

教授「死体が見つかっただけでも幸運だ。アメリカじゃ、毎年何万人もの行方不明者が出ているからね。もちろん、自分から姿を消した者、事故に遭った者、殺人事件に巻き込まれた者、と、選り取り見取りだけどね」

一郎「(チャイを飲みながら)これで、吉岡さんの元へお金が戻って来る可能性は低くなりましたね。マフィアが絡んでくるとなおさらだ」

由美「ホープ・ダイヤモンドでも扱ったんじゃないかと疑いたくなるわ」

一郎「ホープ・ダイヤモンドって?」

由美「不幸を呼ぶといわれるブルーのダイヤモンドのことよ。ルイ十四世から様々な人の手に渡っていったんだけど、それを手にした人が、次から次に死んだり、破産したりしているの」

一郎「よく知っているね」

由美「女は誰でも宝石のことには詳しいものなのよ」

一郎「でも、きみがいっぱいダイヤのペンダントや指輪をつけて澄ましている姿は似合わないよ」

由美「それは褒め言葉なの?(笑)」

一郎「もちろんさ」

由美「それはそうと紀子ちゃん、白いセーターを編んでいるそうよ。冬までにお兄ちゃんにプレゼントしたいんだって。可憐でしょう」

一郎「どうにかしなければいけないナ」


○ロサンゼルス市内。

 ダウンタウンに向かう真っ赤なポルシェの中。人や車が通り過ぎる。一郎が運転し、由美が助手席にいる。

一郎「ハミル警部が、トーマスのピーター殺しの動機をもうひとつ発見したよ」

由美「何?」

一郎「どうもピーターは、トーマスが発明した新型コンピューターのマイクロ・フィルムを盗んで売ろうとしていたらしいんだ。幼児でも使えるっていうのがキャッチ・フレーズだ」

由美「いまどき、マイクロ・フィルム?」

一郎「アナログのものほど盗むのが難しいものなんだ」

由美「それはもう買手に渡ったの?」

一郎「さあ。わからない。でも、警察が人海戦術でチャップマン邸を捜索したけど、何も出て来なかったらしい」


○アップルハウスという店の前。

 ポルシェが目的の建物の前に着く。

 店の前ではJ・B・オコーネルの友人のトミー・ブラウンが待っている。長身でメガネがよく似合っている。

一郎「(握手をしながら)久しぶり。面倒なことを頼んだね」

トミー「どうってことないさ。J・Bのためだ」

 由美を車に残して、二人は店内に踏み込む。

黒人A「白人(ホワイト)や日本人(イエロー)は、立ち入り禁止だぜ!」

トミー「レジー・ジョンソンに会いたいんだが」

黒人B「そんな男は知らねえな」


○同、店内。

 由美が、店内に入ってくる。黒人Cが羽交い締めにする。

由美「キャー! いや、やめて」

一郎「彼女から、汚い手を放せ」

 一郎はバッグからマック10サブ・マシンガンを、トミーは胸のホルスターからグレッグを取り出す。

 店にいるみんなも、それぞれ銃を取り出す。殺気立った雰囲気だ。

黒人C「やれるもんか! 日本人は口だけだ」

レジー「みんな、やめろ! (黒人すべて言いつけに従う)俺がジョンソンだが、何か用か?」

トミー「俺はトミー・ブラウン、こっちがイチロー・ヒラタだ。J・Bが死んだことはもう知っているだろう」

レジー「(一郎の方を向いて)あんたが博士か? あんたの話はよくJ・Bから聞かされたよ。こいつらの無礼は許してやってくれ」

一郎「J・Bは、ぼくに教えたいことがあったんだ。その前に死んでしまった」

トミー「あんたなら、何か知っているんじゃないか?」

レジー「J・Bの魂のために・・・」

 レジー、十字を切る。

レジー「ひとつだけ思い当たることがある。それは、何か交通事故に関する事件じゃないか?」

一郎「交通事故?」

レジー「そう何か轢き逃げの話のようだったな。それを博士に話さなければならないといっていたんだ。知っているのは、それだけだ」

一郎「でも、どうしてぼくなんだ」

レジー「(両手を広げて)さあね。あいつは口が固い男だった」


○ロサンゼルス市街。真っ赤なポルシェの中。

 由美が運転し、一郎が助手席にいる。

由美「ピーターさんから新型コンピューターの設計図を買おうとしていたのは、日本の大手のIT企業みたいよ。今朝、オッペンハイマー教授が言っていたわ。もっとも何人かがピーターさんへアプローチしていたそうだけど」

一郎「教授はFBIにも有力な識り合いがいるんだよ」

由美「トーマスさんの設計図は人手に渡ったのかしら?」

一郎「さあ? ぼくの勘では、まだピーターがどこかへ隠し持っている気がするな」

 外は、アスファルトが焼けており、あまり人通りもない。

由美「(車を止め、買い物のカートを押している老婦人を渡らせてやりながら)トーマスさんがピーターさんを殺して自殺した。その直接のきっかけになったのが、この盗難事件だとしたら、こちらも解決しなければ、納得できないわ」

一郎「メイビルもそう言っていたよ」

 老婦人が通りを渡りきって御辞儀をする。

由美「(車を発進させながら)メイビルはその設計図を取り戻してほしいのよ。いくらになるか想像できないけど、大金が転がり込むから。メイビルは望みどおりに大金持ちになったわね。うまくいきすぎじゃない」

一郎「メイビルとだれかが共謀して二人を殺したと?」

由美「そんなこと言っていないわ。人生にはうまくいく人とうまくいかない人がいるってこと。不公平だわ」

一郎「世の中、そんなものだろう。もしこれが小説なら、たぶんそんな展開になるな。そして、容疑者はもっとも意外な人物。たとえば、オッペンハイマー教授だ」

由美「(驚いて)一郎さん! 教授のことをそんな風に思っていたの?」

一郎「冗談だよ。アメリカ人のね。アメリカン・ジョーク。日本人のきみが聞いたら不謹慎に思うかもしれないけど。ここは、自由の国、アメリカなんだ」

由美「(微笑みながら)あなたは日本人じゃないの?」

一郎「ぼくは父がロシア人で母がスウェーデン人なんだ」

由美「北欧の人なの? わたしには典型的な東洋人に見えるけど」

一郎「(ニヤリと笑って)人を外見で判断するもんじゃないよ」


○チャップマン家の裏の通り。陽は傾いている。

由美「(木陰に止めてある黒っぽい車に目を遣って)あの二人なにをやってんのかナ?」

一郎「恋でも語っているんじゃないか」

由美「どちらも男だったわ」

一郎「あり得るだろう?」

由美「なんだかチャップマンさんの家を伺っていたみたい」


○チャップマン家の犬舎の中。“マッテヤ”と札がある。

 檻の前に、一郎と由美が立っている。一郎、麻酔銃でドイツ・シェパードを射つ。一郎、眠っている“マッテヤ”の首輪を調べる。

果してトーマスのマイクロ・フィルムが隠されている。

一郎「やっぱりね。もしピーターが何かを隠すとすると、ここしかないと思ったんだ」

由美「”裏切り者”というわけね」


○オッペンハイマー家の二階の寝室。

 一郎、由美、濃厚なセックスをしている。


○同、寝室。

 一郎、由美、疲れて眠る。

 一郎、カタッと言う音で目醒める。懐中電燈の光が這い、マスクを被った二人組が家探ししている。一郎、由美をベッドの向こうの床に落し、泥棒の一人の首筋に手刀、もう一方の胸に後ろ回し蹴りを繰り出す。一郎、一発パンチを喰らう。拳銃が暴発して窓ガラスを割る。電子警報装置のベルが屋敷中に響き渡る。侵入者は脱兎のごとく逃げだす。オッペンハイマー教授がナイト・ガウン姿で、手にショット・ガンをもって駆けつける。

教授「大丈夫かい?」


○サンタ・モニカの海岸。

 一郎、浜辺に寝そべり、太陽の光を楽しんでいる。老若男女、海水浴客が多い。隣で男の子と小さな女の子が言い争っている。

妹「そのアイスクリーム、一口ちょうだい」

兄「駄目だよ。ジェーン、お前はさっきクレープを食べただろう。これはぼくのだ」

妹「お兄ちゃんのケチ! お兄ちゃんは妹にやさしくしなければいけないのよ」

 由美が両手にソフトクリームを持って帰ってくる。

由美「(右手のソフトクリームを一郎に渡しながら)お待たせ! はい、どうぞ」

一郎「ありがとう」

 由美、小さな兄妹のところへ行く。

由美「(笑顔で)これをあげるから、喧嘩なんかしないで」

兄「でも!」

由美「でも、なに? 人の親切を無にするものじゃないわ。わかるでしょう?(笑う)」

妹「(ソフトクリームを受け取り渾身の笑顔をみせ)ありがとう」


○同、サンタ・モニカの海岸。

 夕日を浴びながら、大胆な水着姿で由美が寝そべっている。

 由美、夢を見ている。丨トーマスとピーターの人形が血を吹きだし、由美にかかる丨由美、がばっと体を起こし、目醒める。


○ロサンゼルス。ビバリー・ヒルズ。

 一郎、由美を真赤なポルシェに乗せてドライブしている。ダッシュ・ボードの上にテディベア。夏の日差しが眩しい。

由美「昨日の人達は、トーマスさんのマイクロ・フィルムが目的だったのかしら?」

一郎「たぶんね」

 背後に黒いトランザムが近づいて来る。一郎がスピードを落し、右に寄り、手で先に行くよう合図する。トランザム、ポルシェを追い越し、行く手を遮るように止まる。

一郎「(窓から首を出して)危ないじゃないか!」

 トランザムから二人の白人が降りる。手にウジ自動小銃とスミス&ウエッソンを持っている。一郎、ギアをバックに入れアクセルを踏む。急ハンドルを切ると、半回転して向きを変える。

一郎「しっかり掴っていろよ。ぶっ飛ばすぞ!」

 一郎、アクセルを力一杯踏む。ポルシェが弾丸のように飛び出す。バック・ミラーに、黒いトランザムの姿が映っている。

一郎「(バック・ミラーで後ろを見て)そのテディベアはきみが持ち込んだの?」

由美「いいえ。教授が買ったんじゃない?」

一郎「違う。早く捨てて!」

由美「(後ろへ振り向いてぬいぐるみをつかみ外へ放り出す)ごめんなさい」

 テディベア道路の上で白い煙を吐き出している。

由美「爆弾なの?」

一郎「催眠ガスだ。たぶん盗聴器も」


○市内の道路。

二つの車、ビバリー・ドライブを右に曲がり、サンセット大通りを西へ向う。

一郎「由美、携帯電話で、ロス市警のハミル警部に救援を頼んでくれ。もし、いなかったらマーフィー警部補だ」

由美「やってみる」

 白人B、トランザムの助手席から体を乗り出し、ウジを射つ。弾丸が対向車のフロントガラスに穴を開け、その車は別の車へぶつかり、玉突きになる。白人B、ウジを射ちまくっている。ポルシェの後部のガラスが割れる。二人首を竦める。


○市内の道路。

 後ろの細い道からサイレンと共に白バイが現われ、二つの車を追ってくる。人々の罵る声と車の衝突する音が聞こえる。白バイは、飛び出してきた車と接触し、洋服店のショー・ウインドウに飛び込む。

一郎「ちくしょう!」

由美「市警がスワットを乗せて、ヘリコプターで来てくれるって」


○市内の道路。

 サンセット通りとパシフィック・コーストハイウェイの交差点でハンドルを右に切る。左側に青い太平洋、右手に白い砂浜が見える。前方から大型のタンクローリーが対向車線を越えてやって来る。ポルシェ、危ういところで難を逃れて、支線の道路に入る。トランザムも続く。

一郎「(大声で)あれは、日本の車か?」

由美「たぶん!」

 数マイルも行かないうちに、三方が車の山に囲まれた廃車場へ出る。ポルシェとトランザム、二〇メートルほど離れて止まる。


○同、廃車場。

 一郎、由美、車から出て、車の影に隠れる。手には拳銃をもっている。

一郎「何が望みだ」

白人A「あんたが持っているコンピューターの設計図だ。レッドフォードに、もう金を払っているんだ。それを我々に返してくれないか。あんた等には手出ししない」

 一郎、左手にマイクロ・フィルム、右手にライターを持って立ち上がる。

一郎「(大声で)もし一歩でも近づいてみろ! 燃やしてしまうぞ!」

白人B「やめろ! (ウジをぶっぱなす)」

 バババッと弾丸が一郎たちの後ろの廃車の山へ当る。一郎、マイクロ・フィルムに火を付ける。フィルムが燃え上がる。白人の二人、慌てて飛び出す。一郎、拳銃を四発撃つ。すべて外れである。

由美「(あきれて)下手ね」


○同、廃車場。風が強くなっている。

一郎「(大声で)空を見ろ! あのヘリコプターはロス市警のものだ。スワットの隊員が乗っているぞ」

白人B「ちくしょう!」

 二人組、トランザムに乗り込み発車させる。由美、(渡された)拳銃を二発撃つ。一発がタイヤに当たり、車はスクラップにぶつかって止まる。

ヘリコプター「(スピーカーで)武器を捨てて、車から出ろ! さもなければ射殺する」

 一郎、ヘリコプターから降り立ったマーフィー警部補と握手する。トランザムの前で、犯人達が両手を車につかされ、拘束されている。スワットの隊員がライフルを向けている。警官が、上着を脱がすと、犯人の一人は、胸に包帯を巻いている。


○ロサンゼルス。劇場。

 建物内は厳粛で華やかな空気で満たされている。着飾った男女が席を占めオペラ『タメルラーノ』を観劇している。正装した一郎と由美が二階のボックス席にいる。

一郎「あいつらはプロだったよ。なんでも中国が関係しているらしい」

由美「(オペラ・グラスを覗き込みながら)殺人については?」

一郎「全然、関知していないと否定しているらしい。コンピューターの設計図の窃盗容疑に関しては認めているけど。ピーターの口座に入金する準備はできていたらしい」

由美「たぶん、それは正しいと思う。もし二人を殺した犯人なら目的を達しているから、わたしたちを襲ったりしないはずよ」

一郎「たぶんね。ハミル警部も、そうみている」

由美「でも、あのマイクロ・フィルム、おしかったわね。もう少しというところで燃えてしまって。何千万・何百万ドルか知らないけど、灰になったわ」

一郎「運命さ。メイビルには、悪かったけど」

由美「(一郎の顔を見て)そう、運命ね」


○同、劇場。休憩時間。

 由美、ハンサムな男性と楽しそうに話しているメイビルに気づく。

由美「(一郎の袖を引きながら)あれはメイビルだわ。夫が亡くなったばかりなのに、デートなんかして! どういうつもりなのかしら?」

一郎「自分には疚しいところなんかひとつもないということをアピールしたいのかもしれないな。それとも、悲劇のヒロインを演じているのかもしれない。たとえば、大金持ちの夫が自殺なんかしたら、いくら潔白でも妻が遺産のために殺したんじゃないかと世間の人間はすぐ噂するだろう」

由美「人の口に戸は立てられないと言うものね」

一郎「ぼくはメイビルを別の角度から捕らえているんだ。もっと思慮深い女性だとね」

由美「それはわかる気がする。メイビルはもっと頭のいい人よ。自分の気持ちに忠実なだけかもしれない」

一郎「世間が望んでいるのは、グラマーで少しお馬鹿さんの美人だ。男みたいにバリバリ仕事をこなすインテリ女だとコンプレックスを感じちゃうだろう?」

由美「女性蔑視の考えかたよ」

一郎「イメージだ。そのほうが安心するんだ。みんな、メイビルがトーマスとピーターの二人を殺した犯人であってほしいと望んでいるんだ。大金持ちの夫人とハンサムな愛人を始末したという構図だ。反対にトラブルの縺つれからトーマスがピーターを殺して自殺する。というのでも許せる。この場合、メイビルは心を痛める未亡人という設定だ」

由美「どちらだとしても注目の的よね」

一郎「メイビルもそれを知っている。だから派手な演出をしているんじゃないかな。オッペンハイマー教授が、今朝そんなことを言っていたよ」

由美「あなたは、どう思っているの?」

一郎「たぶん、きみと同じことを思っている」

 一郎のオペラ・グラスの中で、メイビルが嫣然と頬笑んでいる。


○同、劇場。休憩時間。

 活気があり、ざわついている。

由美「あの男性はトム・ギャビンね。若手の俳優の。彼がこの前のメイビルの浮気相手かしら?」

一郎「そうであっても不思議はないね。男なんて星の数ほどいるから」

由美「いやね、そんないいかた」

一郎「メイビルも世間に反抗しているんだ」

 ブザーがなり、照明が暗くなる。


○オッペンハイマー家。二階の寝室。

 一郎、ソファに座り、由美、ロッキングチェアで寛いでいる。

 テーブルの上に、『サイエンス』が載っている。表紙はダリの“記憶の固執”で今回の題名は“記憶”である。

由美「あなたの研究に興味があって、記憶って曖昧なものなのね」

一郎「人間は忘れることができるから生きていけるんだ」

由美「マインド・コントロールで、記憶の操作もできるって書いていたわ」

一郎「ストーリーを組み込むだけだよ。実際に経験したことと、偽の経験とではどこが違う。脳の中でイメージを結ぶだけだろう。本物も贋作も区別なんてつきはしないよ」

由美「あのブージヴァルの舞踏会と同じなのね」

一郎「人間には自分を守ろうとする本能があるから積極的に受け入れようとする。辻褄が合わないものでも勘違いとして処理されるだろう」

由美「手足を切断された人がまだそこに手足があるように感じる。いわば幻覚肢ね。それと同じわけ?」

一郎「幻覚か。いい表現だね」


○吉岡家。紀子の部屋。

 一郎、紀子の一千万ドルの小切手を渡す。

紀子「本当に。お兄ちゃん。いいの?」

一郎「おじいちゃんの遺産が入ったんだ。自由に使ってくれればいい。誕生日のプレゼントだ」

紀子「貰う、わけには、いかないから、暫く。お借り、します。ありがとう。お兄ちゃん、パパと、ママに、報告して、来ます」

一郎「返さなくていいよ」

 紀子、涙で濡れた顔で、一郎の頬に軽くキスをする。そして、小走りで出て行く。


○同、紀子の部屋。

由美「(一郎へ悪戯っぽい視線を送り)本当はおじいさんなんていないんでしょう」

一郎「参ったな」

由美「あのマイクロ・フィルムをお金に替えたのね?」

一郎「それじゃ、ぼくが泥棒ってことじゃないか。神に誓って、ぼくは嘘なんか吐いてない」

由美「でも、なぜ煙草も吸わないあなたがライターをもっていたの?」

一郎「あれはJ・Bのだよ」

由美「そうかしら? まあ、疑がわしいけど、そういうことにしてあげるわ」


○オッペンハイマー家。一階の居間。

由美「この事件の犯人がわかったというけど、一体だれなの? トーマスさんじゃないの?」

 ちょっと沈黙が支配する。

一郎「(言い難そうに)由美、きみだよ。きみがその手でトーマスとピーターの二人を殺したんだ」

由美「気でも狂ったの? なぜ私が二人を殺さなければならないの? 初対面なのに」

一郎「きみにはお姉さんがいるね。結婚して姓は変わっているけど。そのお姉さんがこの三月、このロサンゼルスで行方不明になった。彼女がトーマスとピーターが轢き殺した被害者で、彼らは死体を何処かへ隠した。それをきみは突き止め復讐したんだ。もっとも調査したのはJ・Bだけれども」

由美「・・・」

一郎「きみはまずピーターを携帯電話で呼び出し射殺した。そして、プラウティー・ファウラー銃(別名ノック・アウト銃。ゴムが飛び出す)でトーマスを気絶させ、自殺に見せ掛け殺す。その後、同じキー・ホルダーに別の鍵をつけたものを机の上へ置いて、本物の鍵で離れをロックしたんだ。キー・ホルダーさえ同じなら本物の鍵も偽物の鍵も区別できないだろう」

由美「贋作の絵と同じというわけね」

一郎「あの時、そのキー・ホルダーに見覚えがあるといって、手に取ったとき、偽の鍵を本物と摩り替えたんだ。きみ、お得意のマジックでね。まさに手品だ」

由美「わたしにはアリバイがあるわ。八時三〇分には、スタンフォード夫人を介抱していたもの」

一郎「(両手を広ろげ)酔っぱらいが証人になる? きみが時計を細工したんだ」

由美「参ったわ」


○同、一階の居間。

由美「どうしてわたしが犯人だと?」

一郎「ピーターが摑んでいた“マグニフィセント”だよ。あのピーターのダイイング・メッセージが、きみを指し示しているんだ。それにきみの見た夢のこともある」

由美「あの花が、私を? それに、夢って?」

一郎「あの“ジョージ・ケネディ”も“マグニフィセント”も、単語の意味やアルファベットの並びとは、全然関係なかったんだ。ただ、問題はカトレアの花の色だ。つまり“ジョージ・ケネディ”は、白色。“マグニフィセント”は、黄色だ。そして、カトレアの花言葉は“最高の女性”。だから、“マグニフィセント”は“東洋人の女性”つまり、“日本人の女性”を表わしているんだ」

由美「気づかなかったわ。夢ってのは?」

一郎「人形がだれか特定の人に似ている夢は、その人に憎しみを抱いていることを表わしているんだ。服に血がつくというのは、罪悪感に悩まされていることを表現している。つまり、きみの潜在意識は、罪を告白しているんだよ」

由美「さすが心理学者。頭いいのね」


○同、一階の居間。

 由美、テーブルの裏のポケットからダブル・デリンジャーを取りだし、一郎の方へ向ける。掌にすっぽり収まるような小さな銃で、強盗が入ったときのために隠しているのだ。

一郎「ぼくを殺すつもりかい? もし、それで、きみの魂が救われるならぼくを撃てばいい。警察も、銃が暴発したといえば信じるだろう」

由美「私に、そんなことができると思うの? そんなことをすれば、本当に地獄に落ちるわ。私はこれから自殺するのよ」

 由美、ダブル・デリンジャーを自分の頭に当てる。

一郎「待てよ。そんなことをすれば真犯人が喜ぶだけだ」

由美「真犯人?」

一郎「そう。真犯人がきみにマインド・コントロールを施し、ピーターとトーマスを暗殺させたんだ。嘘じゃない。言葉だけで、信じてもらうしかないけど」

由美「真犯人って誰なの?」

 由美、動揺する。

由美「もしかして、オッペンハイマー教授?」

一郎「まさか? ちがう。ミステリーの読みすぎだよ」

 一郎、苦悩の表情を浮かべる。

一郎「実行犯は黒崎徹で、命令した人物は知らない方がいい。後はぼくに任せてほしい」

 由美、ダブル・デリンジャーをもった手を下す。

由美「そうね。すべてあなたにお任せするわ」


○同、居間。

 一郎、由美に軽くキスする。

一郎「これからの運命は二人で決めよう。ここはお城で、ボクたちは王様だよ。ぼくたちはなんでも決めることができるんだ」

由美「それは、何かの映画のセリフ?」

一郎「たぶん、ハッピー・エンドにすることも、悲劇で幕を閉じることも思いのままさ」

由美「ポジティブな人なのね」


○同、居間。

 由美、一郎を真剣な目差しで視る。

由美「一郎さん、ひとつ訊いていい?」

一郎「なに?」

由美「本当は、一郎さんの名前、“高原伸安”っていうんじゃないの。平田一郎というのは仮の名で」

一郎「どうして? テレビとかスパイ映画の観すぎだよ」

由美「教授が、のぶと言いかけて一郎と言い直したことがあったし、わたしの元に届いた探偵の報告書には隣人として高原伸安の名前があったもの」

一郎「黒崎徹が与えた偽の記憶だね。本名なんてどういう意味があるんだい。ぼくは、ぼくだよ」

由美「そして、わたしは、わたしね」

一郎「そうだよ」

 由美、一郎と熱く激しいキスをする。


○同、オッペンハイマー家の一階の居間。

 一郎が、ダブル・デリンジャーの弾を空砲から実弾へ戻している。

教授「(入口からヒョイと顔を覗けて)一郎、きみが臆病だということを由美に黙っていてやってもいいよ。だから、日本の美味しい寿司の店に連れて行ってくれないか」

一郎「(笑顔で)もちろん喜んでお伴します」

 オッペンハイマー教授、やさしく笑っている。


○エッシャーの「滝」。

私のN(女の声)「ここで信じて貰えないことを百も承知で言いますが、この事件の真犯人は、この映画を観ているあなた自身なのです。あなたは、絶対自分ではないというでしょう。(勿論それは当然です。あなたは、それを知っているのだから・・・。)しかし、果してそう言いきれるでしょうか? ある時、ある国、ある場所で、私たちはマインド・コントロールの実験をしていました。(仮にそれを“プロジェクト・アリス”と呼んでおくことにしましょう。)その被験者に選ばれたのがあなただったのです。アトランダムで。その頃、あなたの恋人が(ロサンゼルスで)行方不明になりました。あなたは黒崎徹に頼んで、恋人の行方を追いました。彼はJ・B・オコーネルに依頼してその恋人を捜索しました。(そして、J・Bはこの事件の真相を突き止めたのです。)チャップマンの車に轢かれたのがあなたの恋人だったのです。そこで、黒崎徹はあなたに頼まれ、マインド・コントロールで間宮由美を暗殺者に仕立て上げたというわけです。(あなたは命令するだけで、実行するのは黒崎徹でした。)彼は金のためならなんでもする男なのです。報酬は、宝くじに当たったとしてあなたに支払われるお金です」


○レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」。

私のN(男の声)「後の話ですが、私は、あなたにすべてを打ち明け、あなたの罪を糾弾した。あなたは、(もし自分を許せないならすぐに殺せばいい。さもなければ)もとの生活に戻してほしいと縋るように頼んだ。私と出会わなければこんなことにはならなかったと・・・。この言葉は私の胸に突き刺さった。(だから)私はあなたの記憶を操作し、あるプログラムを施した後、日常生活に戻したのだ。しかし私は忘れていた。私たちがいる限り、あなたは枕を高くして眠れないことを。ある日、私がドーベルマン(私のペットです)にすわれと命令すると、私に襲いかかってきた。そして、チームのメンバーの加藤順子の車には爆弾が仕掛けられていた。私たちは、怪我はしましたが、危機一髪で助かったのだ。私たちはそのとき、はじめてこのシナリオの全貌を悟ったのだ。すべては、黒崎徹が用意していたである。死後に、人を殺すトリックだ。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』と同じように・・・」


○ミケランジェロの「最後の審判」。

私のN(女の声)「何かあったときのあなたへのアプローチの方法が『予告された殺人の記録 高原伸安』というキー・ワードなのです。このキー・ワードとCMによって、あなたを私が準備したメディアへ誘うようにプログラムしておいたのです。この題名の本、映画を読んだり観たりするようにです。それで、殺人事件のことを明かにし、あなたの罪を告発し、判決を下そうというのです。あなたは、その記憶が消去されているので、自分がその犯人であることも知らないのですから・・・。しかし、敢えて言うなら、この事件の犯人は、この映画を観る。あなたは、この映画を観ている。それは、否定できないでしょう。ゆえに、あなたは、この事件の犯人なのだ。これは三段論法です。聞きたくないかもしれませんが、もちろん(これまでの私の言論から推理できるように)あなたには自殺のマインド・コントロールを施してあります。だから、私に言うことに逆らったら死ぬことになります。いま、私たちはあなたをどうしようかと迷っています。私たちを殺そうとした罪に対してです。(しかし、キリストの教えに従い、あなたのことは許すかもしれません! だから)私は、“もし、助かりたいなら、高原伸安の名のもとに出す作品を観たり、読んだりしろ”と言っておきます! この自殺のマインド・コントロールのプログラムを解除するキー・ワードが隠されているからです。(しかし、反対の場合は、そのキー・ワードで、“ボム!”です)我が神キリストは言っています。“信じる者は救われる”と・・・。加藤順子の言葉を借りれば、『病気になって治療するより事前にワクチンを投与する方が望ましい』。もちろん、この『予告された殺人の記録』という題名は、ガルシア・マルケスの小説から貰ったのです」


○ジャスパー・ジョーンズの「False Start」の現代アート。

私のN(女の声)「この小説は、どんなに具体的に述べても、あなたには私のいうことが噓か真かわからない。だから、テキストとしてこの小説を書いたといえよう。この『予告された殺人の記録』は、すべてのサブリミナル(ヒプナティズム)文書のプロトコルなのだ。これは、プロトタイプなので、とても複雑で難しく、一冊書くのにとても時間がかかる。そういう理由で、全部または一部が使い回されることも多い。ゆえに、私たちはいつも現在のような状況に陥ったとき、簡単に繰り返し使用できるこの作品を用意している。だから、この物語の登場人物は個性がない。トリックがトリックなので、すべての人に当てはまらなければならず、匿名性を持たさなければならないから、すべてステレオ・タイプなのだ。だから、ミステリーやSFというより哲学の書、数学の書といっていい。哲学の書、数学の書といったのは、そういう理由もあるからかもしれない」


○ニューヨーク。近代美術館。

 人でごったがえしている。

 通りを横切り、男が入っていく。少しして、女が続く。


○ニューヨーク。近代美術館。平田一郎、ピカソやダリの絵を見て廻っている。


○近代美術館。ピカソの「鏡の中の女」の前。一郎、間宮由美と視線が合う。甘いやさしい顔立ちの女性である。一郎、気になるが視線を外す。


○近代美術館。ダリの「記憶の固執」があるフロア。一郎、由美とまた視線が合う。由美ニッコリ笑う。


○近代美術館。一郎、由美のところへ行く。

一郎「ご一緒してかまいませんか?」

由美「喜んで! どこかでお会いしましたかしら?」

一郎「いいえ。始めてお目にかかると思いますが・・・」


○エッシャーの「天国と地獄」。

私のN(男の声)「私はこの映画の中で、“この事件の犯人は、この映画を観る。あなたは、この映画を観ている。だから、あなたは、この事件の犯人なのだ”という三段論法を使った。しかし、もうあなたには、もうそんなことは関係ない。なぜなら、もうあなたはこの映画を観てしまったからだ。この映画はサブリミナル文書なのだから・・・。犯人であろうがなかろうが、もうあなたは私の催眠術(マインド・コントロール)に掛かっている。すでにあなたには自殺のプログラムがほどこされているのだ。だから、私はこの映画の中で言ったことと同じことを繰り返すだけだ。私の次の作品(もちろん、後とは限らない)を楽しんでくれれば、助かると・・・。その作品の中にマインド・コントロールを解除するキー・ワードを挿入しておく。そう宣言しておく!」


○黒田清輝の「心」「技」「体」の屏風絵。

私のN(女の声) (場面がクロス・オーバーする) 「自殺といっても色々あります。例えば、無意識にプラットホームで電車に飛び込んだり、車の運転中に急ハンドルを切って、衝突したりの一見事故に見えるものも入ります。(それに誰か見ず知らずの人間に突き落とされたり、車が突っ込んできたりすることも含みます。)問題は、あなたがすぐに死に神に召されるかどうかの、その一点なのです」


○アルチンボルドの「秋」。

私のN(男の声)「この物語の冒頭のアルチンボルドの「秋」の絵の中に“この事件の犯人は間宮由美だ。真犯人はあなただ!”という文字を忍ばせ、1/24秒に一コマだけ“この事件の犯人は間宮由美だ。真犯人はあなただ!”という映像と音声etcを数箇所に挿入しておいた。(それぞれ、その部分をスローでアップしてみせる。ちゃんとそこに存在していることを強調するために。)この犯人を最初に教えるというトリックは画期的で新しいものだろう? (もう一度、その映像と音声を普通に再生してみせる。)現在はデジタルで密度が高いのに、なぜ1/24秒に一コマかというと、昔の映画は24コマで1秒を構成していたからと、昔の“テレビ・ドラマの『刑事コロンボ”シリーズの“意識の下の映像”に敬意を表して。この時代が時代だから・・・」


○中村正義の「源平合戦絵巻」の壮大な絵。

私のN(女の声)「ここに、もうひとつの三段論法があります。“①小説の地の文は正しい。②『予告された・・・』の小説(シナリオ)は、地の文でこの事件の犯人は、読者(あなた)だと書いている。③ゆえに、あなたは、この事件の犯人なのだ”という答になります。この三段論法は、小学生でもわかる簡単な論理です。

だから、もしそれがちがうというなら、あなたはそれを証明しなければなりません。

もちろん、私のいうあなたと、読者のあなたがちがうという証明です。あなたには、それができるでしょうか? 

たぶん、私は三つの質問と答で、あなたの証明をことごとく否定できるでしょう。たとえばのお話です。

1.たとえば、あなた「私は、指一本動かせない重度の障碍者である。だから、私は犯人ではない」

 わたし「あなたは、だれかとコミュニケーションをとってこの本を読んでいる。だからあなたの主張は通らない。その相談相手が黒崎徹かもしれない」

2.たとえば、あなた「ぼくは、小学生だからちがうよ」

 わたし「きみは、黒崎徹のお兄さんに頼んだ。そして、この本を読むことができる知能(知性)がある。だから、否定はできない」

3.たとえば、あなた「私は犯人でないことを知っている」

 わたし「あなたは、自分が思っている人間ではない。すべてウソでニセモノなのだ。記憶も認識も。究極のところ、あなたはいまベッドの上でリアルな夢を見ているのかもしれない(マインド・コントロールの実験を受けている最中かも)」

 このように、99パーセント以上のすべての反論を封じることができるでしょう。現代科学というテクノロジーで作られた魔法の杖を持ってすれば・・・。

あなたは、これがミステリーなら、作者は読者に“自分がこの事件の犯人だ!”ということを納得させなければならないというでしょう。だから、私は、曲がりなりにも“あなたがこの事件の犯人だ!”ということを示しました。だから、今度はあなたが反論し、私の言うことが間違いだと証明しなければなりません。私がボールを投げたのだから、ボールをいま持っているのはあなたなのです。だから、あなたはそのボールを投げ返さなければなりません。それは当然でしょう。今度は、あなたがそのことを証明する番なのです。だれに証明義務があるか、それはあなたなのです。ハムレットではありませんが、それが問題です」


○アルチンボルドの「冬」。

私のN(女の声)「冒頭のアルチンボルドの「冬」の絵の中に“次の高原伸安の作品を鑑賞(観たり読んだり)すれば助かる。拒否すれば死ぬ”という映像(文字)と音声(声)を24コマに1コマ、散りばめておきました。救済のヒントとして・・・。この物語には二つの別の結末がある。一つはあなたが助かり生き抜くというハッピー・エンドです。もう一つは、あなたが死んで悲しく幕が閉じるというものです。そう、そのどちらかをあなたは選ばなければならないのです」

 その映像と音声を普通にスローで再生してみせる。

私のN(男の声)「あなたには、何を言っても、私のいうことが信じられないだろう。だから、こんなプロトコルの小説をあなたに読ませたのだ。これは、嘘か真か? ホラー小説かミステリーか? 信じるか信じないかは、あなた次第だ!」

私のN(女の声)「あなたは、きっと心の中で思っているはずです。本当に、私たちが私の言うゲームのような方法をとったのだろうか、と? もしかしたら、“テレフォン”と同じ方法を取ったのではないだろうか、と? さあ、あなたのスマホ(携帯電話)がなっています。果して、あなたはそのスマホにでることができるでしょうか?」』


○ハリウッド。

 サトーとアリス、作品から目をタカハラとミカコへ向ける。

 窓から俯瞰されるハリウッドの街が夕焼けの光を受けて美しい。

ミカコ「さて、わたしたちのアイデアを提案します。まず、このシナリオをメディアに流します。それは、最初は、活字という形を取ります。そして、広告を出して、大々的に宣伝します。次に、このシナリオをもとに、映画を作ります。しかし、このシナリオのサブリミナルの部分は全て削除します」

アリス「そういうことね」

ミカコ「サブリミナルは一切使いません。使用しても使用しなくても観客には認識できないのですから・・・。そのこと自体が大トリックでしょう。一種のマジックです」

タカハラ「そうすることで、この映画は違法でも脱法でもない普通の映画になります。しかし、観客はみんな、サブリミナルを使用していると思っている」

サトー「つまり、まったく合法的な映画だということですね。観客は、そう信じていないけど・・・」

ミカコ「だから、そのことで、自殺する人間はいません」

タカハラ「つまり、他の作品を観なくても死にません。読まなくても同じです」

アリス「なるほど」

タカハラ「しかし、これは、世界のどこかで起こった実話です。それを信じるかどうかは、あなた次第なのです」

ミカコ「目の前にあるものが、夢か現実かはだれもわかりません」

 ミカコ、艶然とした笑顔を向ける。


○東京の超高層ビルのホテルの一室。窓からは、夜の光の海が見えている。超高層ビルが織りなす幾何学模様も美しい。まるで、夢の中の世界にいるようである。高原伸安が、テーブルのラップトップパソコンのキー・ボードを打っている。

そのパソコンのディスプレイ。文字が浮かび上がっている。

指令書

“このプロジェクトでは、本当にサブリミナル(ヒプナティズム)文書などのマインド・コントロールの技術を、ふんだんに使う。この小説に実際に使わないと書いてあれば、だれも実際にそれを使用するとは考えないし、使ったとしても信じないからだ。また、これら映画関係者にもマインド・コントロールを施しておく。最後に、高原伸安&森田美可子というサイン”


○伊藤若冲の「雪中雄鶏図」の絵。

私のN(女の声)「ネットでいろいろ調べたり、きいたり、話したりするのもいいですが、相手が私の仲間である可能性もあることをお忘れなく。ネットの向こうには誰がいるかわかりません。笑顔の仮面を被った悪魔がいるかもしれません。返ってきた返事が殺人のキー・ワードだったらビックリするでしょう。それでも、あなたは笑っていられるでしょうか? そのテーマは、タヒチの原住民を描いたゴーガンの畢生の大作と同じです。つまり、人類が追い求める永遠の謎、“我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか”という最大のアイデンティティーなのです。その真の意味は、あなたが考えてください」


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予告された殺人の記録(シナリオ ハリウッド編) 高原伸安 @nmbu

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