挿話 ものすごく嫌なこと

 ベルレは裏街道を馬で進んでいた。

 現在の街道が整備される前に使われていた、大昔の道である。

 地形に沿って曲がりくねっている上に今となっては管理もされておらず、通る者もほとんどいないので草木に埋もれ見通しも悪い。しかしベルレが目指す目的地にはこの裏街道の方が近かった。


 馬はグラディスが狩った連中が連れていたのを拝借した。

 糧食や旅道具も一緒に積まれていたのでそれは丁度良かったのだが、神経質な性格のようで見知らぬ人間と見知らぬ土地を単騎行が不安らしく、おっかなびっくりであまり速度が出ない。

 第三村を離れてからもう五日近く過ぎている。


 これは本気で死に戻った方がいいか――ベルレがそう考え始めた時。

 奇妙な魔力の接近に気付いて顔を上げた。


「あ?」


 空から近付いて来る。

 魔鳥、か――?


 夕暮れに鈍く色付き始める空を大きな「歪み」が横切る。

 視覚阻害とはなかなかやる。

 だが魔力や気配は断ち切れていない。


 あえて漏れたままにしているのかもしれないが。


 「歪み」は畳み込まれるように小さくなると、木立の間にそうっと静かに吸い込まれた。

 気配も急激に小さく萎み、代わりに良く知った気配が強くなる。


「は?」


 ベルレは驚愕して馬を飛び下り、木立の方へ向かった。

 木々の向こうから白く細長い姿が現れる。


 憤懣やるかたなしといった、随分と苛立った様子のシェルリだった。


「はぁ?! お前、えっ、どうやって??」

「……あのクソクソクソムカつくトカゲに両脚を駄賃にして乗ってきたんだよ! クソでもドラゴンだな、速かった」


 シェルリは常の落ち着いた印象とはかけ離れた伝法な物言いで吐き捨てた。

 どうやら目を覚ましてからあまり時間が経っていないようだ。地金が出ている。


「両脚?」


 ベルレは視線を下げてシェルリの下半身を見る。

 白い神官服の裾から出る二本の足は健在で、だが何故か素足だった。


「脱いでから切って、そのまま治した。めくったら殴り飛ばすぞ」

「やるかよおっかねえな! というか穿けよ」

「忘れてきたんだよ!」


 シェルリは苛立たしげに足元の何かを蹴り飛ばした。

 「ぎゃっ」という聞き覚えのある、どこか間の抜けた鳴き声が上がる。


 そこには先日シェルリの骸をくれてやったドラゴンがいた。


 ベルレはおおむね経緯を察して脱力した。

 本当にへこたれないドラゴンだ。

 何故かシェルリに付きまとって〈契約〉を所望しているのだが、シェルリは断固として拒否している。どうも絶対に許容できない条件があるらしい。


 それでも未だ殺し合いに発展していないので、ドラゴンの引き際が絶妙なのだろうと思う。

 だが腰は低くとも狡猾だ。

 おそらくずっと監視していたのだろう。

 そして経緯を把握して、シェルリが村に戻ろうとすることを予測。骸を完食した後、大急ぎで剣を追って本殿に辿り着き、出てきたシェルリに騎乗を売り込んだということか。

 そして殴られても蹴られてもの要求は譲らなかった、と。


 ベルレはここまでの強行軍を思い返して嘆息し、煙草を出そうとしてとっくに切らしていたことに気付く。

 再び嘆息し、シェルリにたずねた。


「その運び賃は距離か? それとも積載量?」

「村の近くまでだ」


 ぎゃっ! と不服そうな鳴き声が上がったが、シェルリがドラゴンの角を掴んでガクガクと揺らすとぎゃっ、ぎゃうっ……としぶしぶ承服したような声を出す。

 なんだかんだで意思疎通はできているらしい。


「そうなると、馬をどうするか……」


 気質は扱い難いが体は頑丈である。騎手を決めて運用するならまあまあいい馬だ。魔物に食わせるのは少し勿体ない気がする。


「眠らせて、こいつに持たせて運べばいい」


 また不満そうな鳴き声が上がったが無視された。


「思ったより早く村に戻れそうだ」


 夕闇の中で心細そうに嘶く馬を、ベルレは迎えに戻った。



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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~ 鷹山リョースケ @ryousuk

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