挿話 森の奥にて
「……と、いうわけでシェルリが死んだ」
「まあ!」
とっぷり暮れた夜である。
第三村から遠く離れた森の、更に奥深く。
人も通わぬ鬱蒼とした闇の中で、ベルレのくわえ煙草の火だけが妙に明るい。
ベルレはあれから人目を避け、村を大きく迂回するように北へ移動した。
グラディスと合流するためである。
歩き通しでさすがに疲れ、今は適当な岩に腰を下ろして紫煙を吐いている。
グラディスの足元には人間のパーツが散らばっており、グラディスの両手も大変汚れていたが、ベルレは気にせず続けた。
「しょうがねえから俺は本殿まで迎えに行ってくる。アレアをなんとか誤魔化しておいてくれ。……面倒だな、俺も
往復の行程をざっくり考えてみて、ベルレは溜息をついた。
辺境は馬車が通れる道も限られている。不便だ。
「お止しになってくださいまし。シェルリは
「そういえばこの体も長いか? アレアを送り届けたら一度
ベルレは顔を撫でてみた。
大して変わらないつもりだったが、経年劣化があるのだろうか。本殿に戻ったついでに観察してみようと考え――いや、早く戻らねばアレアに不審がられる。
「それにしても……アレアなのでしょう? まさかシェルリを死なせるなんて! どういう経緯でしたの? ……そう、避難民達を救うために。なんて素晴らしい! アレアにはやはり何かがあるのですね!」
感激のままにグラディスは足下のまだ動く人間を踏みつけた。押し潰された悲鳴が上がる。
自慢の友について語る、ごく普通の娘のように、グラディスは高揚して続けた。
「わたくし、アレアにシェルリと縁を持ち続けてくださいとお願いしましたのよ。シェルリのためにね。でも……本当は、そうしたらわたくしともご縁が続くでしょう? これが下心というものなのですね」
グラディスは秀麗な眉尻を下げ、苦笑した。
グラディスに友と呼べる存在がいるのかどうか、ベルレは知らない。
本殿に仲の良い女官ぐらいはいるだろうし、各地に良好な関係の人物もいるとは思う。
だが肩を並べる友がいるかどうかというと、いないような気がするのである。
仕方のないことではあるが、寂しいことだと思う。
ベルレは答える代わりに大きく煙を吐いた。
薬草の安らぐ香りが広がるが、すぐに足下から立ちのぼる血臭にかき消される。
アレアはほとんど隔離された状況で育ったせいなのか、変わった感性の子供だと思った。
暴力を受けながら育ったわりには大人を怖がる様子がない。むしろ遠慮して気を使っている。
ひねたところがなく、率直で好奇心が強い。グラディスの訓練とやらにも素直に付いていくし、それで順調に習熟しているらしい。
先日風呂場で腕を切断したというのにはさすがに呆れてたしなめたが、けろりとしていたアレアもどうかしている。
あまりおかしな方向には進んで欲しくないが、本人が望んでいるなら止めることでもない。
それに。
グラディスと普通に付き合えているというのは希有なことだと思う。
ベルレは短くなった煙草をそのまま足下に弾いた。
小さな火は血溜まりに沈み、消える。ふっと辺りが闇に沈んだ。
アレアの素性には思い当たるふしがないわけではないが、今のところ興味はない。
ベルレにとってはグラディスと親交を持ち、シェルリの情動を喚起して二人の孤独の慰めになるのなら、それだけで得難い存在だった。
そのためなら魔法の鞄だろうがなんだろうが用意しよう。
何故あそこまで魔法の鞄に執着するのかはよく判らないが……。
思い出して、ふ、と笑う。
他にも色々思いつきがあったようだが、上手く言い表せない様子だった。社会生活に慣れていけばまた面白い発想があるかもしれない。
魔動具制作はベルレにとって気晴らしや暇つぶしではあるが、ただ漫然と作るより使う誰かを想定して作る方が、より手応えがあるのは確かである。
ベルレが二本目の煙草に火を付けると、グラディスは話を元に戻した。
「テイムという技術なのだそうですわ。主に魔獣を家畜のように使役するのだとか」
「昔からあっただろう」
「昔ながらの信義に基づくやり方ではなく、もっと強制的なもののようです」
ベルレはグラディスの足元にちらりと視線を落とした。
生きてはいる。ならばよし。
それよりも。
「お前なんで腰に生首提げてるんだ?」
「あっ、忘れておりましたわ。これはなかなか偉そうにしておりましたので、よい情報が取れるかと思って」
「うっかり殺したのか」
「いいえ。ダリオが献上してきましたの。今雑用を申しつけておりますから、終わったらご褒美をあげなくては」
んっふふ、とグラディスはその美しい顔で陰惨に嗤った。
ベルレはダリオという人物に心当たりがなかったが、そういえばアレアの教材にいいのが見つかったと言っていたから、それだろうと見当をつける。
「でも……シェルリがいないとなると無駄になってしまったかしら。わたくしには死者の頭の中は判りませんわ」
「元々そこまで本腰入れて知りたかったわけじゃないから構わないさ。その足元の連中も、しかるべき輩が働くだろう」
「それもそうですわね」
グラディスは剣帯にくくりつけた女の髪束を切り飛ばすと、そのまま地面に落とした。ドス、鈍く重い音が響く。
剣帯に残った毛髪を払い、両手がひどく汚れていることに気付く。
――シェルリに洗ってもらうつもりでしたのに……。
どうしたものかとグラディスは困った。
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