挿話 つきまとうもの

 アレアと別れ、シェルリを担いだベルレは人目を避けて森の中に入っていった。

 十分に奥まで分け入る。

 途中、魔獣の死体が折り重なって見えたが全く意に介さず進む。

 ギシギシと魔木だか魔草だかの音がしたが、近付いて来ることはなかった。


 灌木の陰に担いだシェルリを下ろし、張り出した木の根を枕にして剣も寝かせる。


 しばらくすると、置かれた剣がひょい、とひとりでに立ち上がった。


 その場でくるりと一回転し、消える。

 ――いや、目にも止まらぬ速さで上空へと飛び去った。


 剣を見送ったベルレは足元のシェルリの体にかがみ込み、その顔を検めた。

 歯を食いしばり、目蓋は固く閉じられている。

 苦悶に歪んだまま息絶えたその顔を撫でながら、ベルレは呟いた。


「死ねたか。


 真に労う声音だった。


「さて、死体をどうしたものか……埋めるといってもな」

「ぎゃっ!」


 食い気味に発せられた間の抜けた鳴き声に、ベルレはあたりを見回した。

 ガサガサと灌木が動く。

 葉の陰からにゅっと緑色の長細い鼻先が突き出される。


 微妙に間抜けなトカゲの顔だった。


 そのトカゲ面はヘコヘコと上目遣いに卑屈な様子で葉をかき分けながら現れる。

 頭部には後方にすんなりと伸びる金色の角が左右に一本づつ。四肢は太く、全身は透明感のある緑色の鱗に覆われている。背には一組の皮膜の翼があった。


 特徴はドラゴンなのだが、ずんぐりとして羊ほどの大きさしかない。


「お前……あいかわらずこいつを付け狙ってるのか」


 ベルレは見覚えのあるその姿に呆れた。

 緑のドラゴンは頭部を低くし、媚びるような懇願するような目でベルレを見上げる。


 ドラゴンの生態はよく判っていない。

 魔物の発生とは系譜が違うことだけは判っているが、動物とも違う。

 一説には異界から渡って来たともいわれている。


 ドラゴン達は何も語らない。

 彼らは総じて気位が高く、気難しい。――要するに性格が悪い。

 が、目の前の小型のドラゴンはそんな種族とは思えないほどの腰の低さである。


 ベルレは大きく溜息をつくと、足元のシェルリの骸を掴み上げ、ドラゴンへと投げやった。


「ぎゃっ!!」


 喜色満面でドラゴンはがっちりと骸の胴に食らいつく。

 トカゲよりヘビが如しの速さだった。

 そのまま素早く藪の中へと引き摺り込む。


 ……ほどなくしてゴリッ、ボリッ、と何かを噛み砕く音が断続的に聞こえてきた。

 加えて啜るような水音、舌が鳴る音。


「残すなよ……ってそんなことはしねえか」


 ベルレはまた嘆息し、その場を去る。


 さて、どうやってアレアを誤魔化そうかと考えながら。



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