⑤《完》
カヌレのカメラを借りて無事偽王国のプロモーション撮影を終えたビターはメルトたちのいるシアタールームへ合流した。
(お、いたいた)
一番後ろの端の方にいるメルトを見つけ、空いてるメルトの左隣へどっかと腰かける。
「ふい~とりあえず撮れた。俺の番まだだよな。今何番目?」
「ツブツブのとこ」
「ツブツブ? あーアラザン国の姫か。ちっちゃいもんな」
「ちなみにその前のトップバッターがツノツノ」
ツノツノ……たぶんホイップ国の姫のことだろう。
「じゃあまだ二番目かよ。チクショー四、五番目くらい狙ってきたのに」
「ちなみに私は最後にされたわ。『メルト様は私たちより後がいいですわよね。なにせデコレート“王国”ですからぁ~』ですってよ」
はっ、とメルトは姫たちの物真似をしながらせせら笑う。絶妙に特徴を掴んでいて上手くて笑えた。
「……にしてもどこの国も自分自慢だらけだな。自分ばっか映して国民や国の様子なんてちょろり~んとおまけ程度だし」
ホイップ国のは見てないが、見始めたアラザン国、テンパリング国と続き、現在はマジパン国の映像が流れているが、どの国も共通して姫の私生活ばかりが撮られている。
優雅にアフタヌーンティーを嗜むアラザン姫、編集の仕方が凝りに凝っているテンパリング姫、効果音がやたら多いマジパン姫と、とにかく自分を良く魅せることに必死の内容だった。
「次は私の番ダネ~」
だからグラニュー島王女が国民や島の様子を主に撮っているだけで感動してしまった。
『(う、すごい正統派な内容……!)』
この場にいる全員がそう思っただろう。
案の定先に公開した姫たちは苦い顔をしていた。
「王女の私より楽しそうな国民を映したかったノサ。グラニュー島、皆ユカイな島だよ~」
にっこり快活な笑みを浮かべるグラニュー島の王女。まともなヤツもいるんだなと姫という概念に少しばかりプラス要素が追加された。
しかしグラニュー島の映像の出来があまりにも良くてメルトとビターの二人は固まっていた。
グラニュー島の映像が終了した。
残す国はデコレート王国とトッピング王国だけとなった。
「(ビビビビ、ビター)」
涙目のメルトが隣に座るビターを見上げ小さい声で話す。
「(どうしよう。私、皆みたいにあんな良い内容じゃないよ)」
腕を掴んでくる手汗がヤバかった。
平気そうに見てると思いきやヤバすぎて真顔になってたようだ。
「(だ、大丈夫だろ。たしかに前のグラニュー島のやつは凄かったし俺もジーンとしたけど、あとの国はエゴばっかで内容的に酷かっただろ」
「(あんた分かってないわね。たしかに内容は内容だけど全員かなり気合い入ってたわよ。ツノツノのハイソな音響BGM、ツブツブのきらびやか演出、テンパの難易度MAXの編集技術、マジパンのキャッチーな効果音。奴ら自分の武器を理解してる。どうしよう私編集なんてなんもしてない。クソよクソ)」
「(そんな自分を卑下するなって。しょうがねぇな俺がトリやって最悪の余韻で上塗りしてやるから先流してこい。俺なんてやっつけで撮ったからクソ・オブ・クソだぜ)」
「ビター……ありがとう!」
親指を立てるビターにメルトは感謝を伝えると姫たちに「私が先にお披露目するわ!」と映像を流しにいった。
(メルト……頑張れ。尻拭いは俺に任せろ)
シアターにメルトの撮った映像が流れ出した。
「え?」
画面に映ったのは見慣れた顔。
デコレート城のテラスでヨダレを垂らして昼寝するビターの顔だった。
「お、お前まさか」
メルトはそっぽを向いて吹けもしない口笛を吹いていた。
そうだあの日……!
ビターは急に走馬灯のように数日前のデコレート城でのやりとりを思い出した。
『ビターこっち向いて』
あの日、なぜかメルトは片手にカメラを構えていた。
『はいチーズ』
『チーズってそれ写真撮る時の合図だろ。それ形状的に録画するタイプのカメラじゃね? 知らんけど』
『えーこれが私の専属パティシエでーす。リーゼントでヤンキーだけど作るスイーツも地味めでーす』
『ほぼ貶しだろ……てかなんで録画撮影? 何かに使うのか』
『うふふーヒミツ』
これかあああ!!
目の前の巨大スクリーンに映された鼻をほじるビターの姿に各国の姫たちは青褪めた顔で硬直していた。ビターも硬直していた。
「やだなにあの男」
「不潔……」
「凶悪な顔、かたぎじゃないわ」
「お下劣ですわ」
もはや公開処刑だった。
脂汗をぽたぽた抽出するビターにメルトは「顔から変な汁出てるわよ」と呑気に鼻をほじっている。
「おま……! 使うならもっとマシなところ使えよ! もっと良い映りに心がけたわ!」
「どうせ映るったってここにいるあんたとあの映像のあんたが同じヤツだって分からないでしょ。あれはあんたと別の人間なの。だから向けられる誹謗中傷も他人同然。痛くも痒くもないでしょ」
「どう考えても同一人物だろ!! 俺のメンタルがボロボロだよ!」
その後も罵詈雑言を浴びせられ、ビターのプライドと心が擦りきれそうになった時、スクリーンの映像が変わった。
「え、またか!?」
「な、なに?」
場面が変わり画面はビターからお城の映像になる。
よく見知った城……デコレート城だった。
「……? ……!」
しかしメルト本人も撮った記憶がないらしく、しばらくぼんやり思案した後はっと目をかっ開いた。
「これって、前撮った録画が残ってたんだわ!」
メルトが椅子から立ち上がって叫ぶ。
「は? 前の録画?」
「今撮った分の尺が終わるとカメラは自動的に前回撮った録画を流すのよ」
「じゃあ前回のお前の前に撮ったヤツの録画が残ってたのか。ていうかメルトの私物じゃなかったのか」
「パパがカメラみたいな高価アイテムは私にはまだ早いってお城にあるのを貸してくれたの」
なるほど。あの国王にしてはしっかりしてるとこあるじゃん、なんて感心。
「ラッキーじゃん。ちょうどデコレート城映ってるし、これ使って紹介出来るだろ」
しかし画面のデコレート城はいつものデコレート城と違った。
なんというか……お城が全体的に緑だった。
壁に屋根も緑色の何かに埋め尽くされている。
よく見るとそれは緑色の虫だった。
『ギャアアアア!!』
今度は姫たちが一斉に立ち上がった。
「これは……二年前にデコレート王国で大量発生したカメムシが城まで侵食して大騒ぎになった時の記録だわ!」
「二年前って俺がお前に会う前か! どうしたらこんな虫が集るんだよ!」
「なにこれ気持ち悪い!!」
「虫がたかるなんて不潔ですわ!」
ホイップ姫とアラザン姫が鼻をつまみ叫ぶ。
画面の中も画面の外も地獄絵図だった。
しかしその緑色の画面内のデコレート城内の廊下にて、一人勇猛果敢にカメムシ軍に向かって俊敏に殺虫スプレーを振り撒く男の姿があった。
カヌレだった。
(あいつ教育係から害虫駆除までなんでもやるな)
これには姫たちも賛同らしく、
「あの執事の方素敵ね。あのカメムシの大群に一人で……勇ましいわ」
「格好良い……」
「あら? でも、あの凛々しい眉毛、どこかで見たような」
「トッピング王国の執事に似ていなくて?」
ぎく。
『うわああぁぁぁ』
ピンチと思ったがタイムリーに画面のカヌレが顔面にカメムシロップを浴びてくれたため真実は隠された。
ほっと胸を撫で下ろすも束の間。
この録画映像で流れは完全にメルトに不利な状況に変わってしまった。
敵わないと思っていた大御所ライバルのボロにここぞとばかりに姫たちは舌舐めずり。目を爛々と光らせる。
「驚きましたわ。まさか天下のデコレート王国がカメムシまみれだなんて!」
「これじゃデコレート産のスイーツは安心して食べられないわね。うっかりカメムシが入ってるかもしれないもの!」
「今日持ってきたケーキにも入ってたのかしら……怖いわ……」
「ていうかメルト姫からも微かにパクチーの香りが……カメムシ?」
オーホッホッホッホ!
まさに鬼の首をとったような勝利の高笑いだった。
「笑うなー!!」
「むあッ!?」
メルトはぶちギレ高笑いするマジパン姫の頬っぺたをムニムニ揉む。
「マジパンみたいな顔しやがって!」
むにむにむにむに!
「むあーっ! 親にもこねられたことないのにぃぃ」
「ちょっとメルト姫! マジパン姫を離しなさい。力わざは卑怯よ!」
「お、おいメルトこればかりはツノ女の言う通りだぞ。暴力はまずいって……あ、ほら見て! 俺の、トッピング王国の映像始まったぞ!」
『えー今からトッピング王国に由緒伝わるダンス“パッピンス音頭”を披露します』
ドンドコドン。
パラリ~ラパラリ~ラ……
金髪ロールを振り乱し踊る姫と妙にダンディーで良い声のナレーションが流れていたがもはや誰も見ていなかった。
プリンセス大乱闘が始まっていた。
「ねぇ! ほら見て! パッピンス音頭ステキでしょ! ね、皆! 一生懸命踊ったからご覧になってーッ!!」
ガン無視だった。
「まったく! せっかくお茶会で仲良くなってあげようと思ったのに、あなたみたいなお姫様はこれから先お友達なんてずっとできないでしょうね」
ぴく。
アラザン姫のその言葉にビターの肩がはねた。
「そうよそうよ!」
アラザン姫の言葉を皮切りにホイップ、テンパリング、マジパン国と他の姫たちもメルトに対して攻撃的な言葉を続ける。
「今日初めてお会いしたけれどがっかりでしたわ」
「無礼だし乱暴、おまけに食いしん坊なんて……育ちが悪いの……?」
「自分が王国出身だからってデコレート王国の名を盾に調子にのりすぎでなくて!?」
「あんたなんかデコレート王国の皆に嫌われてるに違いないわ!」
ブチッ。
ビターの血管が切れた。
「テメエエエエェッ!! それは言っちゃいけねーだろーがッ!」
「ひいーっ!!」
怒りに吼えるビターに姫たちは震えた。
「メルトだって頑張ってるんだよ! 今日だって今までズル休みばかりしてたけどダルい眠ぃ言いながら頑張って来たんだぞ!! そんな気も知らずお前らよってたかってぇぇェ!!」
「ちょ、ビター、落ち着きなさいよ。私座ってただけでそんな頑張ってない」
メルトの声と被さるようにバタン! とシアターのドアが勢い良く開く。
「メルト様を侮辱するなーー!!」
「貴方たちにメルト様の何が分かるんですか!」
カヌレとフィナンシェまで雪崩れ込んできた。
「私だってメルト様にはもっとしっかりしてほしいですよ! 仮病の内容考えるのに毎回徹夜で頭を痛めてるか……でもですね! 遅れながらも出席する勇気を出したメルト様にどれ程の決意があったか貴方たちは分からないのですかぁぁ!!」
「あまりメルト様に意地悪するとぱくっと食べちゃいますよ。自分ロバなんで」
むあーん。
歯茎をむき出しに威嚇するフィナンシェを目の前に、
「や、やっぱりロバじゃん……」
テンパリング姫が気絶した。
「姫ぇぇぇ」
騒音を聞きつけシアター前で待機していた執事たちのうち、自国の姫の気絶を見てテンパリング執事はこれ以上ないくらいテンパりまくった。
「わっ」
「あ」
テンパったついでに近くにいたカヌレの眼鏡を引っ張った。眼鏡と共に鼻と髭まで地面に落ちた。
「あ! やっぱりデコレート城でカメムシと戦ってた執事だわ!」
「しまったバレてしまった(ダジャレ)!」
「何やってんだ! 早く拾え、ほら」
ビターが拾った眼鏡を差し出すも、慌てたカヌレは間違えて目の前の金髪ロールを引っ張っぱった。
はら……
金髪ロールが地面に落ちる。
突然のリーゼントが現れた!
『ギャアアアアア!!』
「ギャアアアアア!?」
姫と執事とその他諸々の悲鳴で包まれる中、画面ではパッピンス音頭を踊るビターの映像がいつまでも静かに流れていた。
***
「出禁ですって」
あの騒動が嘘のように静かな帰り道だった。
横一列で夕日の沈む中四人はとぼとぼと背中を丸めデコレート城へ歩いていく。
「ちょうどよかったじゃねーか。もう二度と呼ばれないから欠席の理由考える手間も省けたし」
「うぅぅ、どうしてこんなことに……」
「カヌレさんどうどう」
「ま、すっきりしたけどね」
メルトがあっけからんとした表情で言った。
平気な顔をしているがメルトにとって間違いなく大変な一日だっただろう。
「……今日は奮発してお前の好きなスイーツ買っていいぞ」
「え!? いいの!! やったー!」
スイーツという言葉を聞いてメルトは目を輝かせた。
単純で食いしん坊な姫の反応を見てビターたちは笑った。
スイーツ・トリップ~やっぱりオカシなティーパーティー!?~ 秋月流弥 @akidukiryuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます