花が咲くまで初見月。
山田あとり
「おれもヒナタといっしょに、がっこう行く!」
そう言って駄々をこねたのは幼稚園年中の終わりだったな。
春が来て、桜が咲いて、お隣のヒナタは小学校入学なんだと聞いて、俺も当然一緒だと思った。
だってヒナタと俺はいつも仲良く遊んでた。幼稚園だって一緒に通った。誕生会もまとめてやった。誕生日は十日しか違わないんだ。
ヒナタが三月二十三日、俺が四月二日。
ヒナタは年長で俺は年中だなんて知らなかったよ。違うクラスだなあとしか思ってなかった。だって幼稚園児なんだから。まあ、俺がアホの子だっただけかもしれないけどさ。
「トウマがいないの、ぼくもヤダよ」
俺だけはもう一年幼稚園だと聞いたヒナタがベソかいて、俺はなんだかムッとした。
ヒナタは小っちゃくて優しくていつもニコニコしてて、男子同士だとすぐにナメられる。だから俺がヒナタをかばってはケンカしてた。
自分で頑張らなきゃダメだぞって、うん頑張るよって、言ってたのに。なんだよ、頑張らないのかよ。
「おれがいなくたって、がんばんなきゃダメだ!」
前言を翻した俺に一人で小学校に通えと言われ、ヒナタは情けない顔になった。
それから、たぶんヒナタは頑張ったんだ。
一年遅れて俺が小学生になった時、二年生のヒナタはニコニコ笑って学校を案内してくれた。中学の時もそうだった。
高校は――俺の頭がヒナタに追いつかなくて別々だったけど、だからこそ先輩後輩にならずに済んで、お隣さんの幼なじみに戻れたな。学年が違うのなんか、どうでもよくなった。しばらくは。
そう。しばらくすると大学受験なんてもんがやって来た。俺は高二だけどヒナタは受験生なんだ。
ヒナタは本当に頑張ってるんだ。
ちゃんとやりたいことがあって、勉強したいことがあって。
まず、勉強したい、てだけでスゴくね? 俺はなるべくしたくないんだけど。
でもヒナタが頑張るって言うんだったら、俺は邪魔なんかしない。
遊びに誘うのは控え、ヒナタの部屋に入り浸るのもやめ、年末からは会うのも遠慮した。風邪うつしたりしたらヤバイからな。
「合格するまで会わねえぞ」
そう申し渡したら、ヒナタは微妙な顔だった。
「……浪人したら、どうするんだよ」
そんなことにはならないって思ったけど俺は笑ってみせた。
「それもいいな。初めて同じ学年じゃん」
「うわ、自分は現役で受かる気満々」
やっぱり柔らかく笑いながら、ヒナタの目は真っ直ぐだった。
ヒナタ、強いな。
俺はそう思う。
相変わらず優しいには優しいんだけど、やるべきことに立ち向かって行けるのは、強いからなんだ。
ケンカなんかできなくたってヒナタは強い。俺が守らなくったって、ヒナタは大丈夫だ。
たぶん、前からそうだったんだよな。
ありがとな、俺にいいカッコさせててくれて。俺はヒナタがいなきゃダメだからさあ。
会わないなんて言ったけど、早く会いたいよ。まだ今年になってから顔を見てない。隣に住んでるのに。
あれから椿が咲いて、水仙が咲いて、梅も、よく匂う
でも咲いてほしいのは、桜なんだ。
サクラサク。
その報せを、俺は待ってる。
そして言ってやる。
「明けましておめでとう」
今年初めの挨拶だから、それで正解だと思うんだ。きっとヒナタは大笑いする。いつものように、優しい顔で。
***
僕の隣人で幼なじみのトウマはちょっと面倒くさい。どう面倒かというと、なんだか彼氏っぽいんだ。
身体が大きくて少し強面で、小さい頃から僕を守ってケンカするのも厭わない。
かと思うと、一人で頑張れって励ましてきたり、大学合格するまで会わないって言い出したり。
それってもう完全に彼氏の言いぐさ。別に僕らはそういうんじゃないんだけどね。
僕からすると、トウマは懐いた大型犬みたいなもん。
高三の僕はもう授業がない。基本的に家で勉強してるけど、トウマは毎日登校だ。その時いつもトウマは僕の部屋の窓を見上げていく。朝も帰りも、心配そうに。つまんなそうに。
悪いけど、ハスキーがクゥーンって鳴きながら尻尾垂れてる絵が脳裏をよぎる。面白くてなごむよ。ありがとうトウマ。
僕らの誕生日は、たったの十日しか違わない。なのに僕は一学年先輩だ。早生まれってなかなか大変。でも、遅生まれ(?)だって悲しかったろう。毎年、毎年、僕に置いていかれて。
制度としてどこかに線を引かなきゃいけないのはわかってる。
その線が、僕らの間に引かれただけだ。僕らはそうして分かたれた。
だから僕は頑張った。トウマがいなくても大丈夫だよって笑えるように。トウマの先輩として恥ずかしくないように。そして次の年に同じ場所に来るトウマにアドバイスできるように。だってトウマはちょっと抜けた所があるから。
ありがとうトウマ。トウマがいたから頑張れたんだ。でなきゃ僕、わりと駄目なんだよなあ。
さてさて、ここに一通の合格通知がある。
第一志望は、まだ結果待ち。滑り止めという言い方は不遜ながら、これをもって受験終了をトウマに宣言したら嘘ついたことになるのかな。合格したのは本当なんだけど。
いや、試験そのものは終わったんだから、もういいよね? 僕だってトウマに会いたいよ。
だから僕は帰宅するトウマを待った。窓から外を窺って。そして急いで外に出る。
僕を見つけたトウマの顔が輝いた。その様子が盛大に尻尾を振る大型犬そのもので、僕は吹き出しかけた。
「おかえり、トウマ」
「ようヒナタ、明けましておめでとう!」
とうに過ぎた正月の挨拶をされて大笑いした。するとトウマは何故か満足げにする。
「そこは合格おめでとうじゃないの?」
「合格したか」
受験したのは僕なのに、トウマが自慢そうなのはおかしいだろ。そういうところが後方彼氏ヅラだと思うんだよね。
「合格するまで会わないって言われたし。一応ね」
「一応って」
「合格したの滑り止め。本命の発表はまだ」
「は? ヒナタのバカ! もう知らない!」
「いやメイちゃんムーブやめて?」
僕たちは視線を合わせてゲラゲラ笑った。久しぶりで嬉しくて、沸点が低くなっているらしい。互いの顔を見るだけで楽しくなる。トウマも晴れやかに笑ってくれた。
「まあいいや。春が来たな」
「それ、彼女ができたみたいに聞こえるよ」
「できたの?」
「相手いないし。てか受験中に告る奴いる?」
「うちのヒナタはそんな子じゃない」
「オカンか」
そういう意味の春は、二人ともまだだ。でも違うサクラは咲いたからいいんじゃないかな。
「じゃあ俺と遊ぼうぜ。やった、やっとヒナタと遊べる。おまえ大学行っても彼女作んなくていいよ。知らない女に取られんの腹立つや」
「トウマ、今度はそっちが受験生だからね。忘れんなよ?」
「げ」
「ま、とりあえず遊ぼう。しばらくはいいよな」
僕も口にはしないけど、トウマと一緒にいたいんだ。言わないけど、トウマが待ってるから頑張ったんだ。そこにいてくれると嬉しいんだ。
だから今度は僕だって待つよ。なんなら経験を活かして相談に乗るよ。受験直前には会うのも控えるさ、トウマがやってくれたみたいに。
来年も、二人で頑張ろう。
そうしよう。サクラサクまで。
花が咲くまで初見月。 山田あとり @yamadatori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
うるさくてごめん/山田あとり
★54 エッセイ・ノンフィクション 完結済 22話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます