4話 魔力のこと


 午前の授業、2マス目。

 久しぶりの魔術の2時限目。


 今日は魔術講義室。

 1年花クラスの生徒のみ。

 長い机の隣に座るのは、同じ寮の部屋に住む[海の領地]から来た金髪。


「こんにちはあ、みなっさーん」


 半円にかこんである机の群れの対面に立つ、緑のような黒のような髪をした魔術先生。

 彼女は先生用の机の横にいて、斜めに段々とあがっている群れに向かって、腕を大きくふりふりあいさつをした。


「さあ、そろそろ身体のなかの魔力量の箱を、気にせずに生活できるようになってきたかなあ? ……うんうん。ではあ、今日の授業を始めまっしょーう!」


 そう言って、うしろの黒板に文字を書く。

「主題は[魔力を感じる]でーす」


 カツカツと書いた[魔力を感じる]という文字を指さし、こちらを向く。


「魔力。これを使うにはぁ、ふた〜つ、しなければならないことがありまあす。1つは術を唱えることぉ。そしてもうひとつはー、魔力を体内で動かすことぉ」



「さて。本日はみなさんの目の前にあ〜るぅ、[灯光石とうこうせき]! を光らせぇ、そして消すことが課題となりまあす」


 机の上に、アナスタシア独立院の壁に何個も付いていた、上下が少しとがった透明の石がある。

 こんなに近くにあることはないのでジッと見ていると、なんとなくたくさんの色が石の奥でチラチラしている気がする。


「ワタクシたちが魔力を使うとき。まずは魔力を両の手の平に集めまあす。んー。箱のなかにある魔力を〜、手のひらに持ってくる、という感じ、かなあ」


 長ローブ先生の顔が俺を見ている、気がする。

 一応、頷いてみる。分かった、と思う。


「持ってきたと分かったら、灯光石に両手をかざしまっしょーう。そしてぇ、あかりがついたところを想像してえ……うー、ついたところを見ている感じぃ、かなあ? 」


 頷く。

 俺は灯光石を見ながら手をかざしてるから、長ローブ先生を見てないけど。念のため。


「では口術こうじゅつで伝えます。ワタクシが伝えたら、同じく唱えるように」


「《灯光とうこう》」

 長ローブ先生がいるほうから金の粒が走ってくるのが目の端に届く。

 それは喉もとまでせり上がってきて、暖かく光った。


 それぞれの生徒たちが、口々に術を唱えはじめる。


《灯光》


 ボゥ……ッ。


 びっくりした。光った。

 隣から、海の金髪の声がした。


「ウィル! 凄いじゃないか。魔力量の箱ってなに? って聞かれたときには心配したけど、ヤッタな!」


 見ると、海金がこちらを向いている。ふと彼の机に目をやると、しっかり灯光石は光っていた。


「ありがとう。きみ、光ってる」

「ああ、僕は少し領地で習っていたから」なんとなく言いにくそうな声だ。


 海金は、俺が1時限目の課題で困っているときに、一緒に長ローブ先生のところに行ってみようと言ってくれた優しいヤツだ。


 でも、あんまり寮の部屋にはいなくて、他ではそこまで話したことがなかった。



 周りを見わたすと、灯光石はすべて光っていた。


「アハハッ! やりましたねぇみなさ〜ん」

 満足そうな声が、講義室のなかで響く。


「では、同じようにして。次は灯光石を消す。イメージですよぅ、しっかり見えてますかぁ?」


 頷いておく。


「口術で伝えますよぉ? 同じく唱えましょーう」


「《消灯》」

 また、長ローブ先生から金の粒が走ってきた。喉もとで光る。


《消灯》


 ……フッ。


 消えた。良かった、できた。


 顔をあげると、なぜか周りが見てる気がする。

 ……なんだろう。今回はちゃんとやれたんだけど。

 なんとなくムッとした。



 *****



 午前の授業、3マス目。

 魔術の3時限目が始まった。


「さあて。引きつづきの魔術の授業となりまあす」


 2マス目と同じ講義室で、緑黒髪の長すぎるローブを引きずる先生は、先生用の机の端に腰かけた。


「今回は、とてもとてぇも重要なことを学びまーす。しっかりと、聞いてくださいねぇ」

 長ローブ先生は、声に少し真剣な感じを付けて言った。



「魔術2時限目に。君たちは術を唱えー、灯光石をともし、消しましたあ。その前に。魔力を体内で動かしましたねえ。覚えていますかあ?」


 手をあごに当て、講義室を見まわす。そして、

「はい、左から3番目の端にいるきみ〜。そう、きみだよお」

 と、あごに当てていた手で男の子を指名した。


「はい、カミーユ先生」

「うん。魔力をどこからどこへ動かしたか、言えるかなあ?」

「……魔力を入れた身体のなかの箱から、自分の両手へ、動かしました」

 顔を天井に向け、思い出すような声で答えている。

「そうだねぇうん。ありがとう」


 長ローブ先生が、腰かけていた机からはなれ、床から1段あがった壇上を、話しながらゆっくり行ったり来たりする。



「ワタクシ達が魔力を使うときぃ。まず、魔力を両手まで移動させる。術を完成させたところを想像する。そして術を唱える。すると両手から魔力が出て、術がかかる。……これが魔力を使う工程になりまあす」


 ふと話すことをやめ、まるで生徒たち1人ずつを見るかのように顔が動く。

 そしてまた机に軽く腰をかけて口をひらく。


「魔力が出る。ここがとても重要です。先ほどみなさんが初めてかけた[灯光術]という術。あれは初級の魔術です。初級の魔術は、身体から出る魔力量がわずかです。わずかですが、魔力を入れた箱のなかの量はその[わずか]分だけ減っています」


 親指と人差し指を近づけて、[わずか分]を表現している。


「この、魔力が減った、という感覚を忘れてはいけません。術は魔力量と繋がっています。術が高度になるほど、魔力量は多く消費されるのです」


 長ローブ先生は出していた左手を、腰かけている片足の腿あたりにおろし、両手を組んだ。

「もしも。術で使う魔力の量が、君たちの身体のなかにある魔力量よりも多かった場合……あるいは立てつづけに術を使った場合……」


 言葉を止め、長ローブ先生がピリッとした雰囲気で生徒たちを見つめていく。



「箱の中身は無くなり、死にます」



 そう言ったあと、パァンッ!! と唐突に手を叩いた。

 誰もが肩を揺らし音に驚くとともに、長ローブ先生の話にゾッとした。


 先生は両手を広げる。



「そう、自分の魔力量を使い切れば、ワタクシたちは死にます。だから忘れないでください。術を習ったら、魔力量がどのくらい減ったか、を常に確認することを」

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桃色騎士が知る世界 嘉那きくや @kikuya_kana

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