3話 クリス……(下の名は知らない)


 トン! 


「あ、ごめん、ウィル!」

 うしろから肩にぶつかってきたそいつは、謝ったあとに1〜3年の学舎から、向かいにある職員棟へ走って行く。


 確か……同じ寮の部屋に住む、[海の領地]から来た金髪だな。うん。


「あの少年はディラン。いいですか、ディラン・モーズレーくんです」


 右横を見ると、橙色オレンジの髪がいる。クリスだ。


「ん?」


「はああああ。ウィル、ウィリアム・ヒューズくん。学園に入ってもうすぐ1ヶ月。いい加減、誰かの名前を呼んでも良いのではないでしょうか?」


 クリスが睨んでくる。

「よろしいですか? あなたが名前を覚えていないことは、1年花クラスの全員が知っているんです。そして、なぜかは分かりませんが、わたしは[ウィルくんに名前を覚えさせる係]に任命されたわけなんですよ」


 もう1度ため息をついてクリスは、まだ学舎の中庭を走っている海の金髪の方を見つめた。



 学園生活って、意外と大変なんだな。


 アナスタシア独立院では、大人がほとんど先に理解してくれてたんだなあ。

 俺より小さい子たちは、最低限の会話のほうがいろいろ進められたしなぁ。

 考えたこともなかったけれど、甘やかされていたんだなあと、今なら思う。


 そしてこの[大変]という言葉で、2日ほど前の出来事を俺は思い出してしまった。



 *****



 自習時間の、夜19時。

 ここは、職員棟にある研究室の1室。……緑黒髪で長すぎるローブを着た魔術の先生の。


[魔力量を知る]

 俺は、あれから3週間経っても、ただ1人、それを知ることが出来ないでいた。


「ふーーぬ。どーすべきなのかあ」


 魔力が。身体の中にあるのか、さっぱり分からない。

 箱を。一体、どうすればいいのか、まったく分からない。


 俺の分からないが、長ローブ先生には分からないらしい。



「カミーユ先生、いらっしゃいますか?」

 扉をたたく音のあと、女の人の声が聞こえた。


「はあい、開いてるよーう」


 カチャッと扉を開けて入ってきたのは、橙色の髪の少女だった。


「こんばんは、カミーユ先生、ウィルくん」


 軽く膝を曲げる挨拶をしている。

 これは、貴族では当たり前で、でも簡易な挨拶だと言っていた。

 王立学園で習うのは、この挨拶だと聞いたから、エイブリンは誰かにしたことあるのかな? 


 一応俺も、習った簡易の挨拶をかえす。

 えー……少し顎を引く。

 あ、立つの忘れた。


 礼儀を教えてくれる先生は、やり慣れたら勝手に身体が動くって言ってたから、今のところ無視する。礼儀を習いたての頃は、こういうことは大目に見ること、とも言われているから安心する。


「うん。クリスくん、来たねえ。あのねえ、ワタクシ相談があるのよーう。ホラ、きみって魔力量を知る授業、その日に速攻で、できたじゃなあい? ウィルくんにその感じを教えてくれないかなあって」


「そうですね……」

 橙色が俺の方を向いた。

 そのあと部屋を見まわして、サッと手近にあった細長い透明の筒を取り、俺の目の前に置いた。


「これをよく見てください」

 筒にはフタがあって、1度そのフタだけを外して何度かクルッと筒をまわし見せてくる。

 それから彼女は、カパカパと筒にフタをしたり外したりし始めた。


「わたしを見ない、ウィルくん。この筒を、しっかり見て覚えてください」


 5分くらい、目を逸らさせてもらえなかった……。



「では金色の光の粒を覚えてますか? 目をつむって、身体の中にあれを探してください」



 金色の光……入学の儀で、光ってた粒かなあ。

 ──ん? あ、あー。あれだあ。


[金色の光]

 すごく分かりやすい。見えるなあ。


「見えましたか?」

 うんうんと橙色が立っていたほうに顔を向けて、目を閉じたまま頷く。


「では、それを身体中からお腹のおへそのあたりへ、集めてください」


 なるほど。

 うん、集めた。


「ここから、先ほどの特訓の成果を見せてください。フタの開いた透明な筒を覚えていますか? それが目をつむっていても見えますか? 見えたなら、それをお腹へ移動させてください」


 ……あ、あー。目の前にあるよー、さっきの筒。それをお腹ね。


 やれたと頷く。


「では、その筒の中に、おへそに集めていた金色の光の粒をすべて入れてください」


 うん。

「さて、目の前にフタは出ますか? 」

 うん。

「それを筒まで持っていって……フタをしてください。……出来たら目をあけましょう」



 感動だあ。

「クリス……ありがとう。出来た」

 嬉しくて、お礼を言った。


「ひゃーー! 2人で笑い合うの、やめてええ」

 左から、長ローブ先生が叫ぶ。

「まぶしいのよ、2人とも……クリスくん、助かったわあ。でもぉ今のやり方、すんごい聞いたことなあい」


 長ローブ先生がボソッと文句っぽいのとお礼みたいのを同時に言っている。


「学園のやり方ではできないようでしたので。……兄が、ウィルくんと全く同じ状況だったんです。でも兄は克服し、そのときにやり方を教わっていました」


 クリスが、にこりと笑った。


「現実重視者には、見たもの、聞いたもの、触ったもの、でしか思い浮かべられないのだろうと言ってました。だから想像するとか感じようとか、抽象的に言われても俺には分からなかったんだよって、兄は言ってました!」



 ちゅう、しょう……ってなんだ。


「兄上がなにを言ってるのかサッパリ分かりませんでしたが、目で見たものなら大丈夫なのかな、と考えました」


「な、なるほどねえ」

 長ローブ先生が、熱く兄上を語って寄ってくるクリスを避けながら答える。


「いやあ、クリスくぅん。今回はワタクシ、とっても勉強になったわあ。本当にありがと〜う。あ、兄上のジュードくんにもよろしくねえ」


「はい! では失礼します」

 また、簡易の挨拶をして、クリスは出て行った。



 *****



「……クリス」

「はい」

「クリス」

「はい」

「えっ! 誰か、名前、呼んだ」



 俺は、さっきクリスが[誰かの名前を呼べ]と言ったことを言っただけなのに、反応が変じゃないかと抗議してみる。


「はあん? 驚きですね。……人を剣で刺したいという気持ちが初めて湧きました。ところで、あなたはわたしの名を、クラスで何度か呼んでます。だから今ここで呼ぶのは、別の誰かでお願いします」





 ──なんか、こわっ──

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