2話 魔力量を知る
剣術と魔術を習うときに使う広場だってさ、と同じ部屋の海の領地からきた金髪が歩きながら教えてくれた。
剣魔場は寮から学舎を通りすぎた先にあって、俺たちはかなり遠く感じ、だんだんと早足になった。
しかも少し小高い土手で囲ってあるので、登って降りなければならなかった。
なんとか1時限目の始業ベルが鳴る前にたどり着き、1年生の群れの中で俺は、海の金髪の横にボーッと立っていた。……働かず、学びもしない、こんな時間。どうするのか分からない。
1時限目のベルが鳴り始める。
その音に合わせるように、目の前の土手に緑のような黒いものが揺れているなあと思っていると、長すぎるローブを引きずる女性……がゆっくりと姿を現わし土手のうえに立った。
緑黒髪の長ローブはその土手から俺たちを眺めまわしたあと、生徒たちの真ん中あたりに立つ……努力をしているようだ。
何度も頭をふってはジリジリと足を左右に移動させる、という行為を繰りかえしているから。
そしてやっと納得したのか緑黒長ローブは、その[真ん中]にかがんで片手をつき、もう1つの手を喉もとに当ててなにかをつぶやいた。
「みなさあん、おはよーう」
地面から、声が響く。
これはよく、アナスタシア独立院の院長さまや海の領主さまがやっていた[拡声術]だ。
術者が範囲を決めて術をかけると、その部分にだけ声が響いてくる。
遠く、大勢に話しかけるときに使われる。
長ローブが勢い良く、すっくと立つのが見えた。
地面からは引きつづき……なんだかキャッキャというような軽い音を感じる。
「魔術の1時限目ぇ、教えるのはワタクシー、カミーユ・ウィショーでっす!」
カミーユ、と言うところでバッと両手をふりあげ、顔を上に向けた。
しばしの沈黙のあと、拳を作りながら腰のあたりに手を戻し、うんうんうんと頷いている。「キマッター!」と言う小声のようなものが下から、それなりの音で聞こえてくる。
……。
声の高さと話しかたから、やはり女性だろうと結論を出した。
この国では[腰まで髪がある男性]をたまに見かける。
初めて見たそんな旅行客が、ふらりとアナスタシア独立院に立ち寄ったときの衝撃。
それ以来、俺は腰まで髪を伸ばした人には、すぐには近寄らないし判断したくないと思っている。
緑黒の髪をした長ローブ先生は言った。
「さて君たちー。入学後の初の授業はあ、どの学園でもまずは魔術! 主題はぁ[魔力量を知る]でーす。これが、これからの君たちの重要で大切な指針となりまあす。……では、始めまっしょーう」
……なんか、軽ーい人だな。
*****
魔術を教える長ローブ先生は土手の上からは降りずに、その下の剣魔場にいる1年生たちの左端にあたる場所へと歩いていくと、ふりかえった。
「ワタクシ達の身体の中には魔力がある! けれどぉ、その魔力の量を、1人ひとりがどれくらい持っているのか、を正確に知るすべは残念ながーら、ワタクシたちにはありまっせえん」
そう言って、もといた場所へと引きかえすように、ゆっくり歩き始め、話しつづける。
「ワタクシたちはた〜だ、自分の身体の中に魔力を感じるぅ、と言うことしか出来ないのでーす。……さて」
真ん中にたどり着くと俺たちのほうへ向き直り、右手を出す。
「1番前の」
長ローブ先生が頷く。
「そーう、眼鏡のきみぃ。きみは自分の魔力を感じていますかあ?」
尋ねたあと、また頷く。
「そうだねぇ、ありがとう。……そう! 君たち全員そうでしょうが、今、自分の身体の中に『これが魔力だあっ』と感じている者はいないはずでーっす」
今度は右側へと身体の向きを変え、大きく足を出す。
大げさに両手も頭も忙しく動いていて、なんだかじっと見て聞いてしまう。
「ワタクシたちの魔力は〜、およそ4歳になる年の少っし前までに量がハマる、あるいは決まると言われていまあす。そしてぇ今の君たちは身体のあっちこっちに、その魔力が漂っている、という状態なのでーす!」
バッサバッサと手を大きくふって羽ばたいている。
……いや、アレは漂っている、と伝えている、のか?
「この漂っている魔力を、身体の中心に集め〜る。集める想像をするう。そして感じるう。それが、まず君たちがやることになりまーす。では」
右端に着いたとたんにクルッと身体を生徒たちに向け、それとともに左手をサーッと伸ばし出す。
「きみ! そう黒いリボンの。うん。……このぉ集めた魔りょーく、きみなら、どうしたあい?」
しばらくの沈黙のあと、かえってきた答えが嬉しかったのか何度も頷き始め、指をパチンと鳴らした。
そのうえ、鳴らしたあとの人差し指をリボンの子に向けている。
「そう! ありがっとーう。……固めておきたくなっちゃうよねえ! アハハッ」
長ローブ先生がまた「指パチンかっ! キマッテルわあ」と、つぶやいている……んだろうが、それなりに聞こえていて……。
なんか、すごく聞きたくない。
「魔力を身体の中心に集めたあと〜。ワタクシたちは、身体の中に箱ッ、または筒ッ、のようなものを想像しまあす」
箱と筒のところで、いちいち手を何度も四角の形に行き来させる。
「そしてぇ、その中に魔力をイッパイになるまで入れてぇ、蓋をするのでーす」
ここまで言うと長ローブ先生は口を閉じ、両手をうしろへと組み、土手の上から生徒たちを見まわした。
「では、本日の課題。[魔力を箱に入れる]をやってみましょーう!」
────やれる気がしない。
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