第8話 巨大桜(SF?)
知人に花見に行こうと誘われて、車に乗り込んで海辺の町まで赴くことになった。
「いまじゃもう花見っていうと、あの花見になっちまってるよなあ」
誘った張本人がそんなことを言うので、呆れたような目で運転を続けるしかなかった。海にまだ近づいてすらいないのに、もはや満開ではないのかというようなピンク色が見えてきた。
「うわっ、すげぇ。見てみろって!」
「はいはい。安全運転だから見れないよ」
適当なことを言って流す。前を向いて運転しているが、そのピンク色は鮮やかに視界の片隅を占領する。
桜が落ちてきたのがずいぶんと昔の事のように思える。
花見に向かっている土地は本来、埋め立て地だった。遊園地だったか万博だったかの計画を立て、とにかく多大な税金を投入して、鳴り物入りで企画を進めていた。反対運動もあったものの順調に進んでいたはずの計画は、膨れ上がる建設費と資材不足で遅れに遅れ、おまけに他県で起きた災害がかなりでかくて人材をとられ、表面的には沈静化していたはずの反対運動が再び行われる事態に発展した。
そんな時に、埋め立て地に影が落ちた。奇妙なものがこの国に落ちてきている。そんな情報が駆け巡り、一日かけて避難が行われたあと落ちてきたのは、巨大な樹木だった。
「桜だ」
だれともなく言った。
確かに桜だった。
桜は桜だが、東京ドーム何十個分かはあるだろう埋め立て地のほぼ半分以上を埋め尽くしたバカみたいにでかい桜だった。
あまりに遠近感の狂った桜を理解するのに少し時間が必要だった。
――「なんだっけ、万博だったか遊園地だったか。新しいモニュメント?」
――「いや最初の計画と全然違うから、違うんじゃないか」
――「前に宇宙に持って行った桜の苗が、取り残されて異常進化したんじゃないか」
――「そんな、怪獣映画じゃあるまいし」
――「真相はどうあれ異常進化しているのは確かなんじゃないか」
――「きっとここからダンジョンが発生するはずだ!」
好き勝手に話し合った結果、とにかく調査が行われることになった。
調査の結果、本当に桜の一種ということがわかっただけだった。切り倒そうにもでかすぎて無理。本当の意味での外来種、等とはよくいったもので、しかしあれいらい桜はこの地に根付いてしまった。
「作ってたものもうやむやになったなぁ。あれ、結局どうなったんだ」
「さあなあ」
近づくにつれて、駐車場が多くの車で埋まっていたのが見えた。
「ありゃ。空いてる場所あるか?」
「全部埋まってることはないだろ。最初のうちはともかくな」
最初の一、二年ほどは警戒態勢が敷かれていたものの、それ以降になるとすっかり地元になじんでしまった。中には近くで花見をする者まで出始め、いまとなってはこの始末。
結局、懸念されたようなことは起きずに、ただただバカでかい桜が出現したという事実をみんな受け入れはじめているのである。駐車場に車をとめて近くまで歩くと、多くの人が花見をしていた。いつの間にか屋台やキッチンカーまで出ている。建設できなければ経済がどうのと言っていたのが遠い昔のようだった。
「で、結局なんだと思う、この桜?」
「さあ。でも一つ確かなことはあるぜ」
「なに?」
「日本人は桜があれば、バカ騒ぎをする!」
知人はコンビニの袋を持った手を掲げ、悠々と花見席に歩いていった。
それもそうだ、と思って、ついていった。
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