第6話 甘い蜜に誘われて(ホラー)
子供の頃の話だ。
ツツジの蜜吸いってのをやったことはないか?
ツツジの花を根元あたりからちぎって、蜜を吸うってやつ。
学校からの帰り道や公園で、上級生を見て覚えた事はいくつもあるが、その中のひとつだった。それがツツジの花の蜜を吸うこと。俺の地域ではちょうど四月の中頃から終わりくらいがツツジの季節。季節が終わってしばらく経った頃に今度は通学路にツツジがずらりと咲きほこる。
よく同じ小学校の生徒がたむろする小さな公園にも、ツツジが咲いていた。時々何人かでそこに集ったり、見つけた誰かがツツジをぷちっとちぎっては吸う。別にそんなことしなくたって、甘いものくらいは飲める。友達の家に行けば親がジュースを出してくれることもあるし、家に帰れば親が貯蔵してるお菓子くらいはある。古いけど駄菓子屋だってあったから、何も無いことはない。だけど、通学路で、あるいは公園で、友達や上級生とこっそりつまむツツジは何か別のものなのだ。
それにこんな行動、やめろと誰かに言われなくても自然とやめていくものだ。いつのまにか子供の頃にやっていた思い出のひとつになっていく。そうして、子供じみた行動から卒業したくらいに、新たな小学生たちが真似して続いていく。そんなものだ。
他の奴にも聞いたことあるけど、「自分はやった事ないけどよくやってた奴がいる」とか、「上級生がやってた」とか、ちょいちょい聞いてる。だからこれ、意外に全国区なんじゃねぇかと思ってる。
まあそういうわけで、ツツジの蜜吸いっていうのはけっこうメジャーな行動だと思うわけよ。
だけど俺たちの地区の小学生は、一カ所だけ敬遠している場所があった。それが、通学路の片隅にぽつんと咲いていたツツジだった。
見た目は普通のツツジだよ。
わさっと茂みがあって、そこに派手なピンク色の花がついてる。
そこは遊具も何もない広場だった。金網があって、休日になると誰かが野球の練習をしてるようなところ。その片隅に、広場から追い出されたように小さな三角の土地があって。そこにぽつんとあったんだ。小学生でもすぐに手が届く場所だぜ。
なんでか知らないけど、そこだけは誰も手をつけようとしなかった。
いま思うと、本能みたいなもんだったんだろうな。
で、なんでそこに近づかないかっていうと、……実際のところはよくわからない。
死体が埋まってるみたいな眉唾ものの噂から、犬の糞がよく落ちてるとか、あそこはボールがよく飛んでくるから危ないみたいな物理的な理由まで、いろいろあった。でもとにかくみんなそこには近寄らなかった。
どれもこれも信憑性みたいなのに欠けててた。だってそんなに噂がたくさんあったら、どれも本物じゃないだろう。
それで、当時三年生の同じクラスにいたYって奴がな。まあ肝試しというか度胸試しというかで、学校が終わってから行ってみようぜってことになった。実際みんな、本当の事を知りたかったんだと思う。帰り道にそこを通る何人かで連れだって、蜜吸いしに行くことになったんだ。俺は通学路じゃないから、よくやるよなあ、みたいにちょっと冷めた目で見てた。たぶん、他の奴らのほとんどはそう思ってたと思う。まあみんなそれほど深刻じゃなくて、いまでいうと日常の一コマみたいな感じだった。家に帰ったら忘れてたし。
そしたら翌日のことだよ。
Y達は学校に来なかった。
それが、Yと連れだって蜜吸いに行ったやつ、全員だよ。六、七人いたかな。それが全員だ。学校に誰ひとりとして来なかった。
さすがに騒ぎになった。何があったんだろうって。まあ親や先生はいろいろと知ってたのかもしれないけど、肝心の先生もなかなか教室に来なかったし。副担任が来て自習だって言ってたけど、こっちはそれどころじゃなかった。
もしかしてツツジに呪われたんじゃないかって、誰かが言い出した。
「そういえばYたち、あそこのツツジのとこに本当にいたぞ」
「あ、俺も見た」
帰り際に実際に見た奴らがいたんだ。
めちゃくちゃだった。
「ツツジのとこに集ってたから、やっぱり蜜吸いに行ったんだ」
「あいつらが目の色変えたみたいに、ツツジの花吸ってたのを見た」
「違うよ、やっぱり死体に呪われたんだよ」
それこそいろんな噂が立ったよ。あいつらは呪われたんだとか、ツツジの毒にやられたんだとか。知らない女の子が立ってたとか、死体が埋まってたとかまでまぁ色々言われた。でもやっぱり本当のところはわからなかったんだ。どういうわけかな。
そしてそいつらは全員、引っ越したり、話を聞かなくなったりして、いなくなった。
全員がだよ。
おかしいだろ。
俺たちの学校って、だいたいクラス替えは二年単位でやってたんだけど、俺たちのクラスから一気に六人も七人もいなくなったものだから、四年になってからクラス替えをした。それだけだった。誰も何も教えてくれなかった。
大人になってから親に聞いてみたけど、詳しいところはやっぱりわかってなかった。
ただひとつだけ実際にあったことがある。
その日の帰りに何人かが例の場所を見に行ったら、花がひとつもなくなっていたっていうんだ。それだけは事実だった。
小学生がたかだか六、七人集ったっていったって、ツツジの茂みひとつ潰すなんてこと、できるわけない。まだ花が全部散るような季節でもなかったのだし。
だから、いまでも想像してしまうんだ。
あいつらが、ツツジの茂みに集って、狂ったみたいにツツジの花をちぎっては吸うところを。
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