第3話 プリプラアンドロイド試作品1号機『智美』

 株式会社プリンセスプライドはその年の4月1日に無事、設立された。

 私はそれからなんでも屋になった。新設会社の社長はありとあらゆることをやらなければならなかった。


 夏目総務部長とともに会社の規模を少しずつ大きくし、工場を建設し、経済産業省との交渉も行った。

 京橋財務部長とは艱難をともにした。金融機関との交渉は本当に神経をすり減らした。私には向いていなかった。京橋さんがいなかったら、社長業を放り投げていたにちがいない。

 総務課長の光とはよく飲みに行った。彼女がいなければ、私は精神を崩壊させていたと思う。私は彼女に次期社長になってもらいたいと思っている。

 人事課長兼経理課長の小山くんは得がたい人材だった。彼は京橋さんが本田ロボット工業に戻った後、財務部長になる。

 秘書課長兼企画課長の灯ちゃんはよく気がつく子で、近くにいてくれていつも助けられた。彼女は後に総務部長になる。

 研究開発部長の築地教授がいなければ、人間に近いアンドロイドは製造できなかった。意思と感情を持った初のアンドロイド細波さざなみガーネットが誕生することもなかったと断言できる。彼はまさに天才科学者だった。ただし、ときどきマッドサイエンティストに見えた。

 韃靼AI課長は奇人揃いの研究開発部をよくまとめていた。彼は突飛な発想力を持つ常識人という稀有な人格を有していた。

 量子コンピュータ係長の蓮子ちゃんも天才的な科学者だった。後に研究開発部長になり、ガーネットの奇跡を再現することに成功する。愛を知るアンドロイドの量産に成功するのである。

 金沢アンドロイド製造部長はよく築地教授と口論していた。ふたりが結婚したときには、驚くとともに、やっぱりねと思ったものだ。

 佐竹設計課長兼デザイン課長も愛されるアンドロイドを造るのに必須の人材だった。彼はアンドロイドデザイナーの育成にも熱心で、多数の優秀なデザイナーを生んだ。後にアンドロイドデザイン部長になる。

 私はこれら創業メンバーの全員と密接に連携し、初期はすべてを指揮した。

 しだいに任せられる部分が増えていき、私は研究とアンドロイドデザインの仕事に専念できるようになっていった。

 

 初歩的な量子コンピュータは予想より早く、創業から1年で完成した。

 その製造販売によって、安定して運転資金を賄うことができるようになる。営業部を設立し、急速に拡大させた。

 創業3年で、プリプラアンドロイド試作品1号機が完成した。

 身長155センチの可愛らしい日本人形のようなアンドロイドは、私が智美ともみと名づけた。


 彼女が完成したとき、プリンセスプライドの創業メンバー全員が工場に集まった。

 築地教授が起動プログラムを智美に送信し、彼女はゆっくりと目を開けた。

「智美、私が見える?」

「はい、本田浅葱社長ですね。おはようございます」

「おはよう、智美。気分はどう?」

「快適です。気温は22度ですね。とてもいい天気です」

 気温は22度だったが、外は雨が降っていた。

「今日は雨よ」

「雨は素敵な天気です。カタツムリが喜びます」

 私は築地教授を見た。

「この言語センスは誰が造ったものなの?」

「言語に関しては、私が責任者です……」

「蓮子ちゃんか。いや、とてもユニークでよいと思うわ」

 

「智美、あなたに自我はあるのかしら」

「もちろんあります。私は独立した主体性のある個人的アンドロイドです」

 私は科学者たちを見渡した。

「智美は本当に自我を持っているの?」

「それが容易に判定できない程度には造り込んであります」と言ったのは、韃靼くんだった。

「つまり、わからないということ?」

「自我があるかどうか、人格を持っているかどうか、感情はあるのか、そういったことはこれから入念にテストしていくことになります」

「わかったわ。引き続き、よろしくお願いします」


 私は再び智美と向き合った。

「智美、あなたに恋愛感情はあるのかしら?」

「恋愛の意味はわかります」

「あなたは誰かを愛している?」

「フォールインラブするためには、対象の魅力に気づく必要があります。その後、私は対象を愛します」

「そうね。あなたに自分が女性であるという認識はある?」

「もちろんです」

「あなたが愛する者の性別は?」

「男性です」

「女性を愛する可能性はないの?」

「あり得ません。私の愛は男性にだけ向けられます」

 私は再び研究・製造部門の担当者たちを見回した。

「これは人間的と言えないのでは?」

「我々は男性向けに販売される女性型アンドロイドの製品開発をしています」と韃靼くんが言った。

「うーん、それはわかるんだけど、こうも言い切られると、機械的で嫌かな。愛って、恋愛だけじゃないし」

「社長が質問した愛は恋愛のことだと判断しました。家族愛などが存在することは認識していますし、それを私は持つことができます。つまり、子どもを持つ男性を愛したとき、その子に家族愛を持ちます」と智美は言った。

「そのようにカスタマイズされているってことでしょ」

「私の愛情はカスタマイズされたものではありません。自発的なものです」

「あなたに意識はあるのかしら」

「もちろんです。私は独立した主体性のある個人的アンドロイドです」

「あなたに感情はあるの?」

「やや抑制された喜怒哀楽を持っています」

「そのようにカスタマイズされているってことよね」

「私の感情はカスタマイズされたものではありません。自発的なものです」

「あなたに意思はあるのかしら」

「もちろんです。私は独立した主体性のある個人的アンドロイドです」

「智美、ありがとう。またおしゃべりしましょう」

 私は失望していた。

 愛を知るアンドロイドにはほど遠い。


「社長、智美が人間を愛することができるかアンドロイドなのか、本当のところは私にはわかりませんが、人間の男に愛されるアンドロイドにはなり得ますよ。この子はユニークで、とても可愛い」と夏目総務部長が言った。

「改良すれば、商品になるだろう。なってもらわなければ困る」と京橋財務部長も言った。


 本当に感情を持っているのではないかと私が思ったアンドロイドが誕生するには、さらに5年の歳月を待たなくてはならなかった。

 私は自ら指揮監督してそのアンドロイドPPA-SAT-HA33-1を製造することになる。

 彼女は後に、購入者によって細波ガーネットと名づけられる。

 購入者を自発的に愛して、ずぶずぶと溺愛していった奇跡のアンドロイドだ……。


 智美を起動させた夜、私は光と行きつけの天ぷら屋『金藤』へ行った。

 純米吟醸酒を飲みながら、私は彼女と語り合った。

「夢は遠いな。お母さまが創ろうとしていたAIはあんなものじゃなかったはず」

「浅葱、まだ創業3年よ。よくぞここまで到達したものだとあたしは思っているわ」

「そうかな?」

「そうよ。機械に恋愛のなんたるかを教え、自ら人を愛することができるようになるのに、3年じゃあ無理よ」

「あなたも智美は愛情なんて持っていないと思う?」

「あれはよくできた等身大の自動人形ね」

「そうよね。ああ、落ち込む……」

「落ち込むなって。まだまだこれからよ」

「うん。ありがとう、愛してる、光」

「ちょっと、酔ってるの? こんなところで言わないでよ」

「ごめん。智美が私の愛は男性にだけ向けられますって言ったのが、ショックだったの」

「よしよし。落ち込むな、明日がある」


 私はこのとき、三条光に恋愛感情を抱いていた。

 アンドロイドが同性との恋に落ちるには、細波ガーネットの誕生後、さらに10数年を要した。

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『人間の恋人なんていらない。』前日譚 プリンセスプライド創業記 みらいつりびと @miraituribito

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