第2話 創業の11人 

 私は社長室から出ると、企画開発部長のデスクに戻った。

 そして企画課新規事業係の新城灯しんじょうあかりさんと開発課AI係の韃靼黄金だったんこがねくんを呼んだ。

 ふたりとも若手の有望株だ。

「非常に重要で秘密の話があるの」と私が言うと、新城さんは目を輝かせ、韃靼くんは眉をひそめた。


 3人で会議室にこもった。

 社長命令で私が起業する決意をしたことと新会社の目的をふたりに伝えた。

 私の信者みたいな新城さんは「部長について行きます。いや、もう浅葱社長と呼ばせてほしいです」と即答した。

「それは新会社が発足してからにして」


 韃靼くんは眉をもっと深くひそめさせた。

「AIは人間を遥かに超えた演算能力を持っていますが、それだけです。犬猫でも持っている自我、意思、感情を持っていない。演算能力をいくら発展させても、その先に自我の獲得はないと断言できます。部長は自滅への道に足を踏み入れた。付き合っていられません」

「アンドロイドに人間並みのセンサーを付けることができたら、つまり人間の器に高性能AIを搭載したら、その総体が自我を獲得する可能性は充分にあるんじゃないかしら」

「感情には化学物質が深く関与しており、現在の機械的AIではその物質に反応できません。生体脳は工業的には製造できませんし、もしできたとしても、それはもうロボットではなく、人造人間を造ったということになります」

「どのようなアプローチをしてもよいわ。まったく新しいAIを発明しましょう」

「それには莫大な予算がかることが容易に想像できます。新会社にそれが用意できるのですか?」

「できる。と言うか、するわ。金策は社長である私がやります」

「研究家肌の本田部長には向いていないかと」

 そのとおりだった。


 私は会議室から総務部総務課総務係にいる同期、三条光さんじょうひかりに電話した。

 なんでもそつなくこなせる才媛で、私の親友だ。

「いますぐ企画開発部の第1会議室に来て」

「いま大忙しなのよ。後にしてください」

「社長から総務部長に命令してもらってでも来てもらう。それくらい重要な用件なの」

 電話でも伝わるくらい大きなため息が聞こえた。

「いつも強引なんだから……。わかったわ、行きますよ」


 次に財務部長の京橋勉きょうばしつとむさんに連絡した。

 交渉上手で剛腕。本田ロボット工業の支柱のひとりだ。

「いますぐ企画開発部の第1会議室に来てくださいませんか」

「浅葱さん、私は部長だよ。すぐになど動けるわけがない」

「社長から命令してもらってでも来ていただきます。それぐらい緊急で重要な案件です」

「いまから社長と三友銀行へ行くんだが」

「それならだいじょうぶです。社長には社長命令で、私が急ぎ動いている件だと伝えてください。私から言いましょうか?」

「恥ずかしいからやめてくれ。いまから自分で社長におうかがいする。許可が出たら、そちらへ行こう」


 10分後、光と京橋部長が会議に合流した。

 私は新城さんと韃靼くんにした説明をくり返した。

「京橋部長には新会社の財務を担当する取締役になってほしいんです。銀行との取引を私に教えてください」

「ふざけないでくれ。どうして私が一流会社の部長からベンチャー企業に出向しなければならないんだ」

「それはそのベンチャーが社長と私の夢だからです」

 私は瞳にきらきらと星を散りばめて言った。

「夢をかなえるためには、どうしても京橋部長の剛腕が必要なんです」

 彼は憮然としていた。

「私が第3位の株主になってもよいかね?」

「もちろんです。出資に感謝します」


「光には総務を統括してほしいの。会社設立の手続きもお願いするわ。明日から着手してね」

「あたしは山ほど業務をかかえていて、他の仕事をする余地なんて、1ミリもないのよ」

「従来業務は誰かに引き継いで。今日中に本田社長から夏目総務部長に話してもらうから問題ない」

「あたしに拒否権はないんでしょうね」

「ないわ」

 光はまたも大きなため息をついた。


「私はまだ了解したわけじゃない。その新会社は儲かるのかね?」

「儲かります。プリンセスプライドは実用的なアンドロイドではなく、愛玩的なアンドロイドを製造します。つまり、愛を知り、人間を愛し、人間に愛されるパートナーのような存在を造るんです。この分野には先行企業はなく、プリプラアンドロイドは爆発的な売れ行きをするに決まっています。あ、もちろん実用性も兼ね備えた商品を製造しますよ」

「社員数が社長も含めて11人では不可能だ」

「もちろん社員は増やしていきますよ。私のおじいさまは馬鹿じゃない。第2位の株主として、必要な協力はしてくれるはずです。なんと言っても、言いだしっぺはあの人なんですから」

「席は本田ロボット工業に残しておいてもらう。新会社が軌道に乗るまでは協力しよう」

「戻りたくないと思うほど、プリンセスプライドを強大な会社にしてみせますよ」

 私は自信満々のフリをして言った。本当は自信なんてない。不安しかなかった。

 京橋部長は眉につばをつけて、笑ってみせた。

 これからはもっと演技力を磨く必要があるようだ。


「はい」と言って、韃靼くんが挙手をした。

 私は彼に目を向けた。

「本田部長の弱点は京橋部長と三条さんにおぎなってもらえるわけですね。少し安心しました。それで、愛されるアンドロイドを造るために、必要な人材を推薦したいんですが」

「誰?」

「製造部設計課デザイン係の佐竹純さたけじゅんです。僕の同期で、フィギュア原型師というプライベートな顔を持っていて、ワンダーフェスティバルにおいて、絶大な人気を誇っています。ワンフェスのことはご存じですか?」

「アニメキャラクターの人形を展示即売するお祭りよね?」

「その理解で大きくはまちがっていません。しかし佐竹は、オリジナルキャラクターを造って、毎回完売しているんです。要するに、男性に愛される三次元キャラクターを造る天才なんですよ」

「佐竹くんに電話して、ここに呼んで」


 佐竹くんも会議に合流した。

 彼に新会社について説明すると、目を輝かせた。

「会社のお金で等身大のフィギュアを造れるってことですよね。しかも歌って踊れるフィギュアを!」

 彼の声には私を超える熱狂が宿っていた。少し引いた。

「歌って踊れるようにしたいわね……」

「やります。その仕事、やらせてください!」


「研究部からも優秀な人材を引き抜きたいわよね」

「おいおい、きみは本田ロボット工業を骨抜きにする気か?」

「たった11人抜けて倒れるようなら、一部上場企業としては失格ですよ」

「会社には必要なキーマンというものがいる。きみはそれを引き抜こうとしている」

「プリンセスプライドは革命を起こす会社なんですよ。精鋭が必要です」

「研究部からなら、あの人がいいですね」

「やはり彼しかいないわよね」

「築地教授ならやめろ。あいつは金食い虫だ」

 築地智明つきじともあき氏。天才的なAI研究家で、教授とあだ名されている。本田深紅の弟子だ。

 私は教授を呼び出した。電話で用件を伝え、新会社の設立メンバーとして推薦したい人がいれば、一緒に連れてきてほしいと頼んだ。


 築地教授は若い女性をひとり連れてきた。

竜蓮子りゅうれんこくん。今年度に入った新人。非常に柔軟な発想力を持ってる」

「竜です……。なんですか、この怖そうなメンツは……」

「AIとロボット業界に革命を起こすメンバーよ」

「はあ……。わたし、参加したくないです……」

「彼女なしに革命はあり得ない。僕と竜くんとで、できるだけ早く実用的な量子コンピュータを発明する」

 量子コンピュータと聞いて、私と新城さんと韃靼くんは身を乗り出した。

「それ、いつできます?」

「潤沢な予算さえあれば、2年で完成させてみせる」

「潤沢な予算って、いったいいくらくらいいなんだね?」

 築地教授が金額を言うと、京橋さんは目を曇らせた。

 教授は想定する量子コンピュータの性能について説明した。

 現在存在するスーパーコンピュータの数億倍の高速計算能力を有するばかりでなく、ゆらぎのある発想も可能だと言った。

「愛し愛されるアンドロイドの中枢はそれしかないですね。量子コンピュータと高度なセンサーを持つ身体とを組み合わせたら、自我や意識を持つ存在ができるでしょうか?」

「それは」

 教授はいったん言葉を切った。

「やってみないとわからない。動物の自我、意識、意思、感情といったものは、いまだにブラックボックスなんだ」

 

 京橋さんはきびしい表情になった。

 築地教授はつづけて言った。

「感情を本当に持ったアンドロイドを造れる保証はないが、感情表現をするアンドロイドならできる。それは保証する」

「当面はそれでいいわ。自発的に人間を愛するアンドロイドは次の課題としましょう。まずは愛されるアンドロイドを造る。それで新会社はさらなる研究資金を得ることができるでしょう」

「本田部長、高度な動物的センサーの研究家、金沢みどりさんをヘッドハンティングしてほしい」

「ライバル会社の有名な研究員さんね。社長と相談してみるわ」

「彼女と一緒に仕事をしてみたい。きっと刺激的な研究ができるだろう」

「きっと夢が夢でなくなりますね、浅葱社長」

「だから、まだ社長って呼ぶのは早いって、新城さん」


「あたしからの要望。優秀な事務処理能力者がほしいわ」

「誰か推薦して、光」

「人事課の小山徹こやまとおるくん」

 私は小山くんも呼んだ。

 彼は集合しているメンツを見て、すぐに新会社のメンバーとなることを了承した。

「これだけのメンバーが一度に抜けたら、本当に本田ロボット工業は打撃を受けますよ。でもやりましょう。とても面白そうな仕事です。今日から新会社の定款作成に着手してよろしいですか? もちろん、いまの仕事は棚上げ、じゃない誰かにやってもらうことになりますが」

「それについては社長からトップダウンで総務部長と総務課長、人事課長に話してもらう。事後承諾になるかもしれないけれど、光と小山くんはすぐに仕事に着手して」

「定款は会社の目的、組織、業務を定める根本規則ですから、新会社社長の意向を確かめさせてもらう必要があります。本田部長、今日のご予定は?」

「午後6時以降でよければ空けるわ」

「それでけっこうです。定款の叩き台を作成しておきます」

 小山くんの言動を見て、光は明らかに安堵していた。


「政治的な能力や交渉力を持つ人材が必要だ。私だけでは心もとない」

「京橋部長、誰がいいですかね?」

「はあ、本当に本社が倒れてしまいそうだが、夏目総務部長がいい」

 夏目明なつめあきら総務部長は京橋部長と並ぶ剛腕の持ち主だ。

「あはははは、それは新会社にとっては最善の人事ですね」

「私から夏目くんに話しておこう。これで11人のリストはできた。さて、本田社長は了承するかね?」


 小山くんが会議室のパソコンを使って、リストを書面で作成し、すぐにプリントアウトしてくれた。

 

 株式会社プリンセスプライド創業メンバー

 代表取締役社長 本田浅葱

 常務取締役総務部長 夏目明

 常務取締役財務部長 京橋勉

 総務部総務課長 三条光

 総務部人事課長兼財務部経理課長 小山徹

 総務部秘書課長兼企画課長 新城灯

 研究開発部長 築地智明

 研究開発部AI課長 韃靼黄金

 研究開発部AI課量子コンピュータ係長 竜蓮子

 アンドロイド製造部長 金沢みどり

 アンドロイド製造部設計課長兼デザイン課長 佐竹純


 私はそれを社長室に持っていった。

 三友銀行から帰ってきたばかりのおじいさまはそれを見て、腰を抜かした。

「このメンバーをおれから奪うのか? しかも金沢みどりをヘッドハンティングしろと?」 

「新会社設立の条件よ。誰でも希望の人材を10人引き抜いてよいと許可してくれたでしょう? 金沢さんは予定外に挙がってきた名前だけど」

「おまえと夏目くんと京橋くんがいっぺんに抜けたら、我が社が傾く」

「革命を起こすためよ」

「ちくしょう、もってけドロボー」

 おじいさまは叫んだ。


 後日、金沢さんは創業メンバーと会食し、新会社に加入することを快諾した。

「築地教授とご一緒に仕事できるとは光栄ですわ。きっとよいアンドロイドができるでしょうね」と彼女は艶っぽい口調で言った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る