あの骨董品屋は
一日経った後でも何が何だか分からなかった。まあ、誰でもそうなるだろう。
昨日の夜は有り得ない程に濃い時間だったからな。謎の怪物に襲われて死ぬかと思ったら、何故か突然骨董品屋で買った刀が現れて、それで特撮ものの如き変身で怪物を圧倒……うん、とても現実とは思えない。
でも、これが夢ではないということもまた事実の一つだ。昨日天井にはりつけていた筈の刀が腰にあったのは、あれが現実で起きたと裏付ける決定的な証拠だった。それでも疑いたくはなる内容だが、脳に刷り込まれた情報は鮮明で案外抵抗なく受け入れてしまう。
少しずつ、冷静に思考しよう。
まず、あの怪物は何だったのだろう。俺が知る限りあんな生物は見たことがなかった。けどどこか既視感があってその引っかかりについて調べてみたところある未確認生物の存在が候補に上がった。
それが、モスマンである。
モスマンは、アメリカで目撃されたUMAだ。体長が2メートルで、背中に翼を持ち、目が赤く光っているという特徴で噂では宇宙人のペットなんて言われている。
そんなモスマンに、非常に酷似していたのだ。もっとも、奴には翼もなければ目も赤一色というより黒の中に赤が潜んでいる感じでちょっと違う。
果たしてこれらに関係があるのだろうか。妄想を膨らませてみると、モスマンとあの怪物は親戚か何かであれもまだ目撃されてないUMAだったり……は、ないか。
あんなに堂々と住宅街にいて誰にも見つからないわけが無い。
そこでふと疑問が増える。
そういえば、あの時ヤケに周りが静かだった。一軒も電気がついていなかったというのもおかしい。あれはまるで、同じ見た目をした別世界にでも迷い込んだようだった。
この比喩は案外あっているんじゃないかと思う。神隠し、なんて話はよく聞くし、あの怪物が死んで解放されたことからも怪物が作り上げた別空間とすれば納得がいく。
きっとあの透明な壁は現実世界とあの場所を区切る仕切りだったのだ。
……もしこれが本当ならば、何故俺はあの場所に紛れ込んでしまったのかという疑問が出てくる。が、答えはもうすでにでているようなものだ。
あの他とは明らかに逸脱した刀。雪を象った如き刀身に、高校生が片手で軽々と持てる程の重量に加えて生物の肉を容易く断ち切る切れ味。
こいつが俺を別空間に誘い込んだんじゃないか。
この根拠は三つある。一つは、タイミング。俺が刀を買い取った次の日という関係性しかなさそうな事実は無視できるものではない。
二つ目は、知らぬ間に手に握られていたこと。あんなの、この刀が普通のものじゃないですよと大々的に公言しているようなものだ。一応現実世界へ帰ってきた後でも刀を呼び出せるか試してみたが、普通にできた。厳重にテープでぐるぐる巻きにしても、部屋の中に閉じ込めても来いと念じれば握っている。
目の当たりにしたときは本当にわけがわからなくて発狂しそうだった。しないけど。
最後は、死にそうになった直後に起こった俺の変化だ。変身、とでも言えばいいのだろうか。見たことも着たこともない袴を纏って俺はなんちゃってヒーロームーブをしていた。あれは自分でもどうかしていたと思う。
白い炎を纏った時、すっと頭に流れ込んできた情報があった。イメージを具現化するなら、攻略本の武器情報とゲームの操作方法を一瞬で暗記した感じ。
だからか、俺はあの怪物相手に善戦……というか圧倒出来た。普通なら、戦うなんてしないしそもそも怖くて逃げに徹するだろうけどどうかしていたのだ。全能感といい、刀に脳内麻薬でも出されているのだろうか。あながちありそうで怖い。
てか、ちょっと脱線するけど『虚炎』ってなんだよ。聞いたことねぇよ。字面がなんだか中二病臭くてぐががががががが。
なまじまだ情報が残ってるせいで羞恥心が昂っていく。確かにあの場面では使わなきゃいけなかったのかもしれないけど……声に出すって発動条件はどうにかしてくれよ……!!
加えて、こんなネーミングセンスの技が複数存在するという事実。使ったことは無いが情報としてあるのはどれも凶悪なものだ。虚炎も全てを焼き尽くし存在を書き換えるという凶悪極まりないものだが……これでもまだ優しい方だというのが衝撃だ。
兎に角、このよく分からん機能が備え付けられた刀は十中八九関係している。だとすれば、俺が今やるべき行動は一つだろう。
「…………ああよかった、ちゃんとある。この手の話じゃ、店が消えるなんてざらだからな。まあ現実でそんなこと起こるわけないんだけども」
またやってきた骨董品屋。相も変わらず雑木林の奥でひっそりと建っていた。もう二度と行くもんかと誓った矢先に訪れる羽目になるとは思いもしなかったが、この刀を返品するのだから我慢だ。
店の中に入り辺りを見渡す。
雰囲気も、並んでいる商品も全く変化がない。二日しか経っていないのだから当たり前のことなのだが、どうにも気にしてしまう。
にしても、店員はいないな。裏にでもいるのだろうか。
そう思い、裏口へ続くであろう場所を覗き込む。
「まァた会いましたねェ。お客さァん」
「うおわっ!?」
背後から聞こえてきたねっとりとした声に体をびくつかせる。ああ……二度目だ。また脅かされたと。言葉にし難い敗北感と苛つきを覚えた。
「う、後ろに突然現れないでください! 心臓に悪いですから……」
「あァ、それはァ失敬失敬ィ。ワタシはどうにもォ、人が感情を露わにする様というのがとても好きでしてェ……それでェ、今回はどのようなご用件でェ?」
俺は間髪入れずに手にした黒い箱を店員の胸元へ押し付ける。店員は表情を変えず───というか髪で口元しか見えないのだが───俺に訊く。
「うちの商品がァ、どうかしましたかァ?」
「……これ、返品したいんですけど、出来ますかね?」
「あー、返品ですかァ。申し訳ないのですがァ、ウチィはそういうのやってないんですよねェ」
「そうですか……。では、一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょうゥ?」
なるべく相手を刺激しない様に猫なで声を意識してから口を開く。
「この刀って、なんか、曰く付きだとかそういうのってあったりします?」
「ふゥむ。そういった話は聞きませんねェ。何かァ、あったんですかァ?」
……わざらしく顎に手を当てる店員を見ているとどうにも胡散臭い。俺は店員さんのことを全然知らないが、それでもキャラ的に意味ありげなのだ。普段生きていてこんな人会ったことがない。どうにも人間らしさというものが欠けているように思えた。
ただまあ、だからといって俺は問い詰めるなんて暴挙に出たりしない。彼の口からめぼしい情報は得られない以上、長居するつもりはないし大人しく他をあたろう。
「そうですか……。ああ、大丈夫です。……うん、多分大丈夫です。神社にでもいったら何とかしてくれるでしょう多分。はははっ」
「はぁ」と、深い溜息が漏れてしまう。どうして俺がこんな目に合わなきゃいけなかったんだと目の前の男に問い詰めたいが、もしかしたら彼も何も知らないのかもしれないという『もしも』が俺の気持ちを鈍らせる。行き場のない感情はずっと心の中を掻き乱し、靄を作り出していた。
「今日はこのことを訊く為だけに来ました。財布も何も持っていないので何も買えません。すみません」
「それでは」と踵を返す。直後だった。
「一応ゥ、言っておきますけどォ、異世界に行ったとか怪物に襲われたって場合はァ、神社に行っても無駄だと思いますよォ?」
「────っ」
俺は店員に力強く殴りかかった。
虚炎刀が嘶く時 おけかぼす @okkabosu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。虚炎刀が嘶く時の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます