第六章 夢をとるのか?明日をとるのか?

“ヴォーーーン”


 美馬モーターランドにて一台のマシンの音が響き渡る。

 復活を決めて、モトクロスマシンを購入した俺は、早速レースに向けて練習をはじめた。

 モトクロスを一度引退してから、約十年経ち驚くことばかりであった。

 レースマシンなのに、バッテリーが搭載されエンジン掛けるのもボタン一つ、そしてセッティングも携帯電話で操作することが可能になっていた。

 しかも、走行データも見ることができ、どこのコーナーでアクセルワークできてないなど・・・

 この十年でかなり進化していた。

 久しぶりのモトクロス・・・

 ライディングは、かなり劣っていた。

 が、やはりモトクロスは楽しかった。


 レースに向けて三ヶ月ほど経ったころ、現役時代の感覚が戻ってきて、これなら全日本モトクロス選手権に出場し、国際A級ライセンス取得できると思った矢先、一つ問題が発生した。

 そう、俺はもう三十歳を越えていて、現役を引退してから生活習慣はめちゃくちゃで、運動の“う”の字もしてない・・・

 そう、体力が全くないのであった。

 国際B級クラスのレースは、周回数20分+1周でおこなわれ、今のままだと、10分と体力がもたない。

 そして、ライディングのテクニックはあっても気持ちだけ先走りし身体がついてこない。

 更に、時代は携帯電話の時代で、またモトクロスを復活できると思ってなかった俺は、目を大事にしていなくて、動体視力がかなり落ち、一瞬の判断がかなり鈍っていた。

 このままでは、怪我をするリスクがあり、レース活動だけをするのなら真面目に一年特訓できれば問題ないのだが、俺はメインの仕事もあるし、“明日のこと”を考えてしまう歳にもなっていたのだ。

 もし、俺はサラリーマンでモトクロスの為に生きているのなら、この状況でも恐くなくて、バイク乗って死ねるのなら本望だと思う。

 だが、今は生活も安泰し、うまい飯を食べれて女性にも不自由なく生きている俺は、“明日も生きたい”と、気持ちがある。


“安泰の生活をとるのか?夢をとるのか?”


 ある日、美馬モーターランドに練習にきていた俺は、そんなこと考えながら他のライダーが練習走行しているのを眺めていると、国際B級クラスのゼッケンプレートに、01番をつけていたライダーが走行していて、そのライダーは、かなりセンスのいい走りをしていた。

 01番というのは、前年度の地方選手権で一つ前のクラスでチャンピオンになり、ワンランク上のクラスに昇格をして、その地方選手権のワンランク上のクラスでルーキーとして走るため、01番を使用する。

 つまり、そのライダーは前年度、どこかの地方選手権の国内A級クラスでチャンピオンになり今年からその地方の国際B級クラスに出場しているライダーをとなる。

 気になった俺は、そのライダーを目で追っていると、ピンクのツナギを着て、茶髪のポニーテール、いかにも元ヤン風の一人女性が、データを取りながらそのライダーに周回タイムのサインボードを提示していたので、


「あの01番のライダー速いな!」


 俺は、女性に声をかけた。


『ありがとうございます。私の弟です』


 元ヤンにみえるが、愛想よく返事をしてくれ、


『富井のこと知らないってことは、お兄さんはモトクロス最近始めたん?』

「あぁ、昔やっていて最近また始めたんよ。俺は、龍司っていいます。よろしく」


 自己紹介をすると、


『どこかで見たことあると思ったら、まさかモトクロス小説書いた龍司さんですか?』

「あ、はい。恐縮ながら私です」

『マジっすかぁーーー!』

『私、【Goodbye my hero】めっちゃ感動したんですよ』

『しかも、モデルってジミーでしょ?私、よく知っているからジミーのことは残念やけど、彼の話を世に残してくれてよかったと思っています』

「そういうてくれてありがとうございます。嬉しいです」

『私、富井のメカニックをしている、音絵奈です。よろしくです。握手してください』

「よろしくお願いいたします」


 握手をし、挨拶を交わした。


「富井君、01番のゼッケンつけているけど、どこの地方選手権に出場してるの?」

『四国選手権だけど・・・』

「そっか、出身は?」

『徳島やけど、どしたん?』

「ほな、俺と出身が一緒ですね」

『なに?龍司さん!コース上でナンパ?』


 音絵奈は、初対面の俺を警戒し眉間にシワをよせる。


「いやいや、彼のことが気になってね」

「弟さんっていうてたけれど、彼はいくつなの?」

『17の歳ですよ』

「若いね!何処かのチームに所属しているのですか?」

『してないよ!』

「そっか・・・ところで、彼の走りを観て思ったけど、上り坂にあがって行くときと、コーナーの立ち上がり少しマシンが跳ねているやろ?」

「彼は、サスペンションのスプリングは何いれてるの?」


 同じ出身で、なにかを感じた俺はアドバイスをすることにした。


『え!龍司さん、分かったの?ソフトスプリングいれてる』

『セッティングがどうしてもあわなくて・・・』

「やっぱりな・・・」

「今日、標準のスプリング持ってる?」

『あるけど・・・』

「じゃあ、一回標準のスプリングに交換して、少し固めにセッティングしてみ」

『富井、体重軽いから硬くすると今以上に跳ねるし他のセクションも走りにくくならない?』

「と、思うやろ?今日は練習だろ?だまされたと思って一回テストやってみい」


 アドバイスをしているうちに、富井が練習を切り上げて、パドックにもどる。


『富井、この人はあの【Goodbye my hero】を書いた龍司さん』

「どうも、龍司です。富井君速いね」


 富井に自己紹介をすると、


『富井です。ありがとうございます。映画最高でした』

「ありがとうございます。そういうてくれて嬉しいです」


 これが、富井との出会いである。


『龍司さんが、コーナーの立ち上がりの跳ねるのを気づいてくれたよ』

『え!観ていて分かったんですか?』


 富井はビックリしていた。


「まぁね!ほなけん、音絵奈ちゃんにいうたけど、だまされたと思ってサスペンションのスプリングを標準に戻して、固めのセッティングにやってみい」

『やってみます・・・』


 初対面で、しかも小説を書いただけのただのおっさんのアドバイスに、いまいち納得をしていない富井と音絵奈は二人でスプリングの交換の作業を始めた。


「あっ!後、リアのスプロケット(ギヤ比)を一丁大きいのにもやってみ」

『それだと、ここのコースはハイスピードだから、コーナーの立ち上がりで失速するのでは?』


 俺のアドバイスに、富井は首をかしげる。


「かもな、けど今日は、練習やから試したらええやん」


 俺は、笑いながら言う。

 作業が終わり、富井は準備をして走りだした。


「音絵奈ちゃん、タイム計るの忘れずに」

『分かってますよ』


 ウォーミングアップが終わり、富井は全力で走る。


『あれ、全然ふらついてない・・・』

「だろ?」

『なんで?』


 音絵奈は、不思議そうにしている。


「モトクロスのマシンってのは、ノーマルでも全日本モトクロス選手権の国際B級の予選を通過できるようにと、初心者のライダーでも乗れるように開発されている」

「だから、なにもしなくてもライディングできるから、微調整するだけでいいよな」

「ここのコースは、土が硬いからサスペンションを柔らかくしたい気持ちはあるけれど、富井君レベルになると逆に堅くセッティングする方が、マシンは安定するんだよ」

『なるほどね・・・』


 そして、1周目。


「何秒でた?」

『うそぉ!ベストタイムより、3秒速い』

「やったな」


 富井は、いきなり自己ベストタイムを更新したのであった。

 それからも、富井は1~2秒の誤差はあるがベストタイムに近いタイムで周回を重ね、パドックにもどる。

 すると富井が、


『コーナーのふらつきはなくなったけど、ギヤ操作が忙しくて乗りにくい!』

『タイム落ちてないか?』


 マシン操作に苦戦した彼は、息を切らしながら言う。


『え!そうなの?けど、3秒も速く自己ベストタイムを更新してるよ。しかも1周目に』


 音絵奈は、ニコニコしながらいうと、


『嘘だろ?全然乗れてなかったんだぜ・・・』

「ギヤチェンジ、苦戦したやろ?次は、一つ上のギヤで走ってみるといいよ」

『それだと、加速が遅くなるのでわ?』

「なるよ!」

『なるんかい!』


 富井は、笑いながらつっこんでくる。


「ま、色々試すといいよ」

『分かりました』


 休憩しながら雑談をし、更に俺はライディングについても、少しアドバイスをした。


「ベストラインは、一本かも知れないけれど試しにコースを広く使って練習するのもいいよ」

「後、腕上がりはする?」

『はい、めっちゃします』

「俺が見る限りに、肩に力入ってるよ。バイクは下半身で乗る物やから上半身は力抜いて、下半身でマシンを扱う感じで乗るといいよ」

「コーナー曲がってるとき、結構足が地面についてるやろ?あれ気をつけた方がいいよ、地面に引っかけて足痛めるから、もう少し思い切って足をまっすぐに伸ばす意識ね」

『意識してみます・・・』


 次の練習走行に向けてマシン点検をし、休憩を終えた富井は準備をして再び走りだしたのであった。

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