第七章 プロデュース
富井は、苦戦しながらも周回を重ねていく。
走り出してから15分が経過したころ・・・
『この周回、めっちゃ音に勢いがないな、タイムアタック諦めたのかな』
「そうとは限らんよ」
音絵奈は、またも俺の発言を不思議そうにしている。
コントロールラインを通過・・・
「どう?」
『なんで?今日の自己ベストタイムから更に2秒速くなっている!』
「まぁ、富井君が戻ってから説明するわ」
富井がテストを終え、パドックに戻る。
『龍司さん!こつが分かりました』
『タイムはどう?』
富井は、納得しながら言う。
『更に、2秒更新したよ!』
逆に音絵奈は、まだ不思議そうな顔をしながらタイム表をみせる。
『龍司さん、高いギヤで走ることによって回転を落としたらいけないから常にアクセルを開けてないといけない』
『だから、コーナーもスムーズに曲がるためには走行ラインも変えないといけないし、サスペンションを堅くしたことによってコーナー手前の凸凹もマシンが安定して速いスピードで突っ込んでいけるから立ち上がりで失速しないんですね』
「そういうことよ」
すると音絵奈は、
『じゃあなに?今までより、マシンからピーキーな音が出てなかったのはそういうことだったんやね』
二人は、納得をして、
『初対面の僕に、アドバイスをいただきありがとうございます』
「タイムUPして教えたかいがあるわ」
こうして、日が暮れて練習走行が終わったのであった。
片付けも終わり、富井のことが気になった俺は、少し時間をもらって話をすることにした。
「ところで、富井君は全日本モトクロス選手権には出場してないん?」
『近くの出場できる大会だけエントリーしています』
「フル参戦は、しないの?」
『遠征費がなくて・・・』
「そっか、ちなみに全日本モトクロス選手権に出場したとき、予選は通過できた?」
『名阪は、通過できたけど後は、予選落ちです』
モトクロスは、国際A級クラスが最高峰クラスで国際B級クラスは、野球でいうと甲子園である。
このクラスは、出場者の年齢も幅広く、一番台数の多いクラスで全日本モトクロス選手権の各大会の平均エントリー台数は90台!
そして、決勝に進められるのは、予選を通過した30名のライダー。
90台エントリーなら、一組30台ずつ振り分けられて、周回数10分+1周で予選が行われる。
予選を通過するためには上位、十位以内に入らないといけないため、意外と国際B級クラスの予選は熱いレースが観られる。
10分+1周とは、周回数でいうと約5周ぐらいなので、スタートに出遅れたり、一度転倒すると決勝進出は難しい。
「ちなみに、四国モトクロス選手権の成績は?」
『一応、ポイントリーダーで、次の大会で十位以内に入ればチャンピオン決定です』
「すごいな」
「来年は、どうするの?」
そう聞くと、富井は少し悩んでいる様子で、
『今年と変わらず全日本モトクロス選手権はスポット参戦です』
『来年、僕は高校三年生で進路の問題もあるので、全日本モトクロス選手権でポイントを取れなかったら引退しようと思ってます』
「そっか・・・趣味ではモトクロスしないの?」
『はい!今も、昼学校、夕方からバイトでトレーニングもろくにできてません』
『卒業したら仕事ができるのでなんとか遠征費稼いでレースができますが、来年、結果を残さないと・・・』
『いつまでもだらだらと続けるわけにはいかないので・・・』
それを聞いて、俺は昔の自分の環境と考えが同じであった。
丁度、今の自分は復活できたものの、
“夢をとるのか?明日をとるのか?”
で、悩んでいるときに富井との話・・・
これは、俺がレースするのではなく、真由ママに言われたように、
『プロデュースしろ!』
と、神様からのお告げかもと思い、
「富井君、もしよかったら来年の一年、勝負かけてみないか?」
『どういうことですか?』
「実は、俺は10年ぐらい前までモトクロスをしていて、国際B級クラスで走っててな、それで全く富井君と同じ環境だった俺は引退した」
「それで、今は作家とお店の経営で、生活にゆとりのできた俺は、あの頃の夢をもう一度・・・と思い、またモトクロスを復活することにしたけど、やはり三十歳越えると身体がついてこない、趣味で走る分には非常に楽しいが、やるからには全日本モトクロス選手権を走り、国際A級ライセンス取りたい」
「だから、俺が使う予定であったレース資金をスポンサーするから、来年、全日本モトクロス選手権にフル出場しないか?」
と、俺はオファーをした。
『ありがたいお話ですが、初対面の俺になんかにいいのですか?』
富井からすると願ってもいないお話、ビックリしていた。
「もちろん!ただし条件がある」
『なんでしょうか?』
俺は、スポンサーと同時にプロデュースもすることにした。
「マシン、遠征費、その他の経費等、すべて支援する。だから学校はちゃんと通い卒業すること」
「その代わり、バイトは辞めてマシンの乗り込みとトレーニングをちゃんとすること」
「そして、一年で国際A級クラスに昇格すること、昇格しようができずに終わろうと一年契約!どうだろうか?」
『はいっ!契約していただけるのなら必ず国際A級クラスに昇格します』
と、富井と一年契約をすることになった。
「俺の夢でもあるから代わりに必ず成果だしてくれよ」
『ありがとうございます』
そして、隣にいた音絵奈にも話をする。
「音絵奈ちゃんは、お仕事してるの?」
『バイト二つ掛け持ちしてるよ』
「じゃあさ、音絵奈ちゃんもバイトを辞めて、メカニックとして契約しないか?」
『えっ?今まで通りでなくて?』
「あぁ・・・音絵奈ちゃんの、工具の使い方をみたけど、メカニックの才能があるからバイトしない時間、メカをもっと勉強してファクトリーマシンに負けないマシンを、富井君に提供すること。いいかね?」
『なんかめっちゃ嬉しい』
二人と契約をし、三人で夢を叶えるべくチーム名はつけずに、プライベートチームを結成し、富井をプロデュースすると決めた俺は、来年の、全日本モトクロス選手権に向けて準備を始める。
マシンを、本番車と練習車の二台提供する。
そして、俺のこだわりでエンジンとマフラーはノーマルにこだわる。
その理由は、
“速いライダーは、どんなマシンに乗っても速い!”
昔からの俺の永遠のテーマであった。
もう一つの理由が、エンジンを改造するにあたりデメリットもあり、パワーがでる分、エンジンに負担がかかりエンジントラブルも考えられて、ノーマルエンジンは、各メーカーが何度もテストをしているため、ちゃんと整備をしていると壊れにくいということである。
勝つためには速いマシンにこしたことはないが、富井のレベルだとノーマルエンジンでもすべて発揮できていないからで、改造したところでパワーが余りすぎて逆にアクセルを開けられない、それならノーマルエンジンをフルに扱えるようにさせる。その代わり足回りはこだわりスペシャルパーツを装着させる。
次は、快適にレース遠征にいけるようにトラックを購入。
音絵奈には、バイクショップができるくらいの工具を提供し、一年間悔いの残さないように最高のマシンでレースに出場できるようにと毎回走行するたびに、マシンを全部バラして整備をおこなってもらっている。
富井はというと、その後、残りの四国モトクロス選手権で全て優勝し本年度のチャンピオンになった。
それから着々と、全日本モトクロス選手権に向けての準備が整いながら遂に年が明け、開幕戦まで残り三ヶ月となった。
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