スタラ・シルリリア
がらっと言う音ともに、扉を開く。
教室の中から、聞き慣れた喧騒が俺を出迎えていた。
「おは」
「うい〜」
適当な返事で同級生と挨拶を交わしつつ、自分の席に歩みを進める。
そこで、ふと気づく。隣の席で座っている三花の対面に、珍しい少女が立っていることに。
「あ、秋波。今日は捕まってないんだ?」
「流石に落ち着いてきてるよ〜」
「一時期はほんとに酷かった」
秋波が困ったように眉を曲げ、三花がジト目で補足をする。
あの事件の後、秋波は一躍人気者となった。本来の姿を見られていない俺や、避難が進んでから戦場に参加した華火花と輝來に対して、彼女は姿を晒して避難誘導をし続けてくれていた。それ故に彼女は自分たちを助けてくれた救世主と認識された、というわけである。
「感謝されるのは嬉しいんだけどね」
「まぁ、度が過ぎると怖い」
力なく秋波が笑う。
自分を隠して、学校に来ることを嫌っていた彼女が、こうやってこの高校で認められるようになっているのは、とても嬉しいことだった。口には出せないけど。
「空、なんか親みたいな顔してる」
「秋波も大きくなったなぁ……」
「星羅が前スタラに言ってたよ、それ」
笑い声が3つ響いて、そういえばと話題を変える。
「何話してたの?」
「あー……」
「え??」
「ちょっと、これ見てた」
すっ、と差し出された秋波のスマホには、一つの映像が映し出されていた。
どうやらそれはゲームの実況であるらしく、ちらりと見えた再生回数は数百万回にまで登っている。電脳の世界で駆け回る銀髪の少女と、爆速で動き回るコメント欄──
「……見ないで」
とっても既視感のあるその光景に、思わず頭を抱えた。
「面白かったよ?」
「あ、有名配信者さんだ、どうも」
軽く首を傾げながら純粋な感情を伝えてくる秋波と、目立ちたくない俺の性格を考慮して意地悪く笑う三花。対照的な反応であったが、そのどちらも俺の羞恥を加速させていく。
「まさか、最後まで見てないよね?」
「勿論。三周目」
「おえ」
言外に二回見た、と伝えてくる彼女に、また顔色が悪くなっていくのを感じた。
恥ずかしいこと言った覚えがありすぎて自分ですら見返せていない最後を二回……?
「……星羅も見た?」
「呼んだ?見たよ私も!」
三花に質問したはずだったのだが、影からにゅっと現れた御本人が回答する。
にっこりと微笑んだ顔に邪気はなく、またそれが辛い。
「動きまた良くなったでしょ!?」
「あ、それは嬉しい」
「うん。すごかった。結構キモかったけど」
「酷くないですか???」
「散弾斬るのは無いわ〜〜」
そんなこんな雑談しつつ。
穏やかな時間が、また過ぎていく。
◆
がちゃ、と扉を開ける。
一人暮らしだったはずの部屋からは、少しの物音が響いていた。
それは幽霊……なんかではなく。
「ただいま、シリカ」
「おかえりなさい、空君」
リビングに入ると、つややかな銀髪を揺らしながら、シリカが掃除をしているところだった。
開発者との会話でわかったことだが、シリカの因子は殆ど回復している。
そのためリハビリを続けていたらしいのだが、それも終わり。次のミッションとして、日常生活を送れるようになるというものが課せられたらしい。それにあたってシリカが信頼できる、一人暮らしの人間として俺が選ばれたというわけだ。
緩慢に歩き回るシリカを眼の前に、カバンを下ろすことも忘れて立ち止まる。
「どうかしましたか?」
「あ、いいや……」
視界が、滲んだ。
とっさに涙を拭うが、思考とは裏腹に溢れてくる液体はとどまることを知らなかった。
「そんなに嫌でしたか!!??掃除やめますか!!??」
「ふふ、違う、違うよ……」
声だけじゃなく、体で意思を伝えてくる彼女に物珍しさを感じながら、感情をなだめる。
「懐かしかったんだ。帰ったら、おかえりって言ってくれる誰かがいるのが」
「っ……!」
父親がなくなってから、随分と経ってしまった。
母親は、俺を生んでからすぐに亡くなってしまったらしい。
だから、俺は一人だったし、それから逃れたくて飛び出すみたいに故郷を出たんだと思う。確かに、友達はここに来てから増えた。それでも、ただ、おかえりって。そう伝えてくれる人は。
「……空君、少し私の話をしますね」
俺の背中を擦りつつ、子どもをあやすような優しい口調で彼女が口を開く。
「彼と、貴方にとってL2FOの開発者になる人と出会うまで、私も一人でした。魔物の襲撃に遭って、故郷を失ってしまったから」
かつて、もう一人翼を失ってなお、青空への憧れを捨てられない人間がいた。
彼女は道を違い、復讐へとその心を燃やし……
「そこからは、彼に聞いたとおりです。私は因子を傷つけ、彼を悲しませてしまった。この世界への転移に巻き込まれたのも、私が復讐を優先したから」
「……」
「ふふ、そんなにつらそうな顔をしないでください。昔の、話ですから」
そう言われても、暗い感情が離れなかった。
彼女の境遇に同情して、というのもあったがそれ以上に。仮に父親が死んだとき、犯人がいて。そいつがのうのうと生きていたのだとしたら、自分はシリカと同じ道を選ばなかったのだろうか。
三花と、星羅と、シリカと、秋波に出会っていない俺は。
父親との出来事を、飲み込めていたのだろうか。
「だから、私は貴方の旅を見るのが好きだった」
「どういう、つながりで?」
「私みたいだったから。でも、私とは違う人間だとも感じていたんです」
太陽を見上げるように目を細めて、彼女は語る。
「貴方は折れても、挫けても、どれだけ打ちのめされようと。空を見上げることを、やめようとしなかった」
「それは、俺にそれしか手段がなかったから」
「それでも、眩しかったんです。救われたとすら感じた」
彼女の目を、真っ直ぐ見つめた。
空色の瞳には、俺が映っていた。刀を振るい、一直線に何処かに向かっていくスタラ・シルリリアの姿が、とてもまぶしく見えた。俺にとってはただの遊びから始まって、途中から焦りに身を任せて、最後は友達と並び立つために走り抜けた、行き当たりばったりの旅だった。
それでも、シリカの目から、表情から読み取れる旅路は。
悪くないと、思えた。
「空君、私は君を尊敬しています。一人の人間として……そして、同じ星に憧れた人間として。だから、救われた分貴方を支えたい。貴方がそれを望むなら、いつでもお帰りって、迎え入れる場所でありたい」
「……殆ど告白ですよ?それ」
「はい。でも、恋人というよりも」
シリカが俺の手を掴み取る。
そこにあることを確かめるように乱雑に、それでも温かみのある感触だ。
「貴方の、家族になりたい」
シリカの胸中に反響していたのは、秋波の言葉だった。
「星ちゃんのお姉ちゃんですか?」。彼女にとってはなんとなく使った言葉だったのだろうが、シリカにとっては、とてつもなく重たく感じた。あんなに苛烈で、尊い
でも、今。
幼い子供のように泣き崩れた彼を見て、決断した。これからも折れて、そのたびに立ち上がっていくであろう彼の、帰る場所になりたい。それがこの世界で家族だと呼ばれるのなら、私はそうなりたいんだ。
「……どういう、関係が良いですか?」
「できればお姉ちゃんで」
「ふふ、そう、そうか」
赤らんだ目元すら笑い飛ばすように、ただ前を見据える。
「これからもよろしく。お姉ちゃん」
「ええ。いつでも、帰りを待ってます」
翼を失った鳥たちが、青空の元寄り添っていた。
◆
思えば、俺の旅路は喪失から始まっていた。
家族をなくした痛みを補うように、ただ空を目指していた。でも、空になんか翔べなくたって、良かったんだ。痛みは痛みのまま、抱えていくことが俺の正解だった。
支えてくれる友だちがいる。
自分を好きだと言ってくれる人がいる。
自分の帰りを待つ、誰かがいる。
「ありがとう、スタラ・シルリリア」
思わず、そんな言葉が口をついて出ていた。
スタラは自分自身だと思っていたはずなのに、自分をここまで導いてくれたその小さな背中を幻視してしまった。
「めんどくさい人だよね、ほんとに」
銀髪をふわりと風に吹かれながら、スタラが口を開く。
「うん、多分そうだと思う」
「弱い人だよ、私達は」
「ああ。そうだよ」
「でも、もう諦めない。空の飛び方は、私達が見つけたから」
スタラが刀に手をかける。
神刀。あまねく誰かの意思と、自分自身の思いを乗せてきた、俺の得物。
おもむろに周りを見渡してみれば、誰かが立っていた。
いや、それは誰かというよりも、みんなだった。俺を空に運んでくれる、翼たち。
「ほら、また歩いてこう。自分たちの翼に恥じないように」
スタラが突き出した、小さな拳。
それに、自分の拳を突き合わせる。
風が、吹いていた。
◆
「イベント専用ステージとか気合入ってる〜〜」
「使い回し、一個もない。ほんとに力入ってる」
「なんかめっちゃ緊張してきた」
「大丈夫ですよ」
輝來が杖をぶんぶんと振り回し。
華火花がじっくりと周りを見渡し。
L2FOの姿になった秋波が慌ただしく体を揺らし、それをシリカがなだめていた。
「さ、みんな」
彼女たちの喧騒を切り裂き、鈴を転がしたような声が響き渡る。
星空を散りばめたような銀色の髪。
青空を模したような青色の相貌。
純白の翼のような、流麗なドレス。
銀翼の少女が、刀を掲げて声を上げる。
「せっかくだから楽しもう、このイベントを──」
に、っといたずらっぽく口角を上げて。
「このゲームを!」
4つの返事が響き。
彼女たちの旅路は、まだまだ続いていく。
Luna Light Finale Online ~TS侍、縛りプレイでも全てを叩き斬る~ 獣乃ユル @kemono_souma
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