濃いお茶は濁っている

!~よたみてい書

熱い

「ありがとう。俺、日葵ひまりれてくれるお茶が好きなんだよ、美味しい。給仕ロボット――オフィス内をゆっくり走行し、従業員のデスクにお茶を配達する小型車両型の機械――が出してくるのよりも良い」


 私が持ってきた茶碗を日向ひなたさんのデスクにそっと置くと、彼はニコッと笑いながらそう言ってくれた。


 ちなみに茶碗の中はもちろん私が淹れてきたお茶が入っている。

 薄緑色をした液体が、茶碗の中で照明の光を反射して、白い光沢を放っていた。


 それよりも、日向さんが言ってくれた言葉の方が重要だ。


 私はお茶を淹れる時に特別なことはしていない。

 ただいつも通り、普通に市販のお茶の葉を茶碗に入れ、給湯器で沸かせた水道水を注いでいるだけ。


 そんな誰が作っても同じ味になるであろうお茶を、日向さんは美味しいって言ってくれる。

 

「あはは、お世辞ですか? 市販のお茶にお湯入れてるだけですよ~」


 軽く笑って流すけれど、やっぱり褒められると嬉しい。

 体が喜びでぽかぽかして、気分が良くなる。

 この後の仕事もはかどりそうなくらい体の内から何かが湧きあがってきた。


 私は体がやる気でみなぎっているのを感じながら、オフィス内を移動して自分のデスクに向かって行く。






 日向さんは毎日、私が出しているお茶を美味しいって言ってくれる。


 さすがの私も鈍感ではない。


 これは明らかに好意を持っていることを強調しているのではないだろうか。


 私の本能も日向さんからただお茶を褒めているだけとは思えないと訴えている。


 それに実際に私も給仕ロボットが作るお茶を飲んでみて、自分が淹れたものと比べてみたけれど、やっぱり味に差なんてなかった。


 たとえ日向さんが細かい味の変化に気付ける味覚を持っていたとしても、褒めるほど私の入れるお茶に変化があるとは思えない。


 つまり日向さんは私が出すお茶を本心では美味しいとは思っていなく、何らかの理由があって無理やり美味しいという言葉をつむいでいるということ。


 その何らかの理由というのは、もちろん……。


 私は勇気を出して、緊張しながらも日向さんに声をかけてみた。

 体が関係の変化を恐れて止めようとしている。

 一方で、背中を押そうとしている私の本能もあった。

 私の体の中で二つの意思が喧嘩をしている。


 その争いの勝敗はというと……。


「あの、日向さん! ちょっといいでしょうか?」


「ん、どうしたの?」


 日向さんが『こんな俺に何か用ですか?』ってほうけた顔をこちらにむけてくる。


 そんな顔したって無駄ですよ。

 日向さんの謎に気づいてしまいましたから。


 だからそれにしっかりこたえさせていただきます。


 私は気持ちを引き締めて言葉を漏らした。


「あの、もしよろしかったら今夜一緒にお食事でもどうでしょうか? ……あ、急で時間空いてないですよね? だとしたら後日でも大丈夫ですので、近いうちにご一緒に食事にいきませんか?」


 うぅ、体が熱い。

 私の顔は今どうなっているのだろうか。

 体温で顔が赤くなっていたりしないだろうか。


 日向さんは軽く肩をすくめながら硬い表情を浮かべる。


「あー……ごめん。今夜はちょっとプライベートで優先したいことがあって。ごめんね。誘ってくれたことは嬉しいんだけど、どうしても、ね」


 悲しい。


 せっかく勇気を振り絞って関係の進展を狙ってみたのに、私の思い違いだったようだ。


 しかし、私は彼に察せられることなく、自然な表情でふるまう。


「いえいえ! 急に誘ったこちらの方が悪いので! それに今夜じゃなくても、明日でも、明後日でも……来週でも大丈夫ですので!」


「あぁ、うん。そうですね。時間が合ったら是非行きましょう」


 彼はこわばった笑みを浮かべて、軽く手を上げながら視線を目の前のモニターに移していく。


 えっ、なにその反応は。


 言葉にはしていないけど、なんだか断られているような。

 それは考え過ぎだろうか。

 

 日向さんの方から好意を見せてきてるのに、どうして素っ気ないのだろう。


 体の中に急にむなしい感情が湧きあがってきた。

 

 これは仕事に悪い影響が出るやつだ。

 何か失敗しなければいいけれど。






 それから数週間後。


 私はあれからも日向さんのデスクにわざわざお茶を運ぶ作業を続けていた。


 給仕マシーンがちゃんと従業員みんなにお茶を配達して回っていたとしても、私も頃合いを見計らってみんなにお茶を届けている。


 定期的な、決まった動きをして出来た隙間を私が埋めてあげていた。


 そして、日向さんも毎回私の出したお茶に対して、美味しいと褒めていただけている。

 それも毎回。


 食事に一緒に行く件はあやふやになっているし、彼からはこれ以上の関係には発展したくないという合図と受け取れる。


 しかしそれだったら今でも毎回お茶に対して褒め続けるだろうか。

 一体どういった理由で毎回、美味しいって言ってくれているのだろう。


 そんな思惑があの日から頭の中をぐるぐるしている。


 それと同時に、ますます日向さんのことが気になって仕方がない。


 でも考えても解決するわけでもないので、いつか日向さんが時間空いていることを告げてくるのを待つだけ。


 とりあえず私が今やれることは、この四角い機械よりも優秀だと思えるような働きを続けることだ。

 あの子に私の恋事情を邪魔されてたまるもんですか。


 私はオフィス内を動き回っている給仕マシーンに細めた目を向けて、意味もなく対抗心を燃やした。

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