遊女の恋

海石榴

第1話 比翼塚に恋は眠る

 延宝年間の頃、江戸吉原の京町三浦屋に美しい遊女がいた。名を濃紫という。

  

 濃紫は端女郎をつとめていた十七の頃、平井権八という若者と馴染みになった。権八は見るからに美丈夫で、立ち居振る舞いのさわやかな男であった。

 二人は床を重ねるごとに比翼連理、すなわち将来を固く契り合う仲となった。


 濃紫が愛しい男に乳首を吸わせながら睦言をささやく。

「ねえ、おまえさん。わっちの年季明けまで本当に待っていておくれかい」

「当たり前じゃないか。武士に二言はねえよ。絶対だ」


 しかしながら、権八は武士とはいえ、最下級の渡り徒士かちで給金は少ない。しかも、悪いことに、濃紫は三年後、その美貌ゆえに太夫にまで昇りつめた。こうなると、権八ではとても手が届かない。高嶺の花である。


 権八は荒れた。毎晩のように辻斬りをし、憂さを晴らしたが、いつしか人生の無常を感じるようになった。

 濃紫と会えない寂しさもあったのであろう。権八はいさぎよく自首し、鈴ヶ森ではりつけの沙汰となった。

 遺骸は目黒の東昌寺という虚無僧寺が引き取って、寺内に埋葬した。


 数日後、二十歳過ぎの美しい女が東昌寺を訪れ、権八の供養にと布施を差し出した。しばらく小さな墓に手を合わせていたが、やおら懐剣を抜いて、見事に自害して果てた。濃紫であった。真っ赤な血が、権八の墓に泪のごとく降りそそいだ。


 目黒の不動尊前に、東昌寺址と称する地がある。

 その残ったわずかな敷地に、ただ「比翼塚」とだけ彫られた青石がぽつねんと佇み、折からの雨に打たれていた。 


 ――了

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遊女の恋 海石榴 @umi-zakuro7132

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