[2] 依頼

 奇妙な依頼だった。刃金はひどくつまらなそうな顔をしていたけど。

 つまりは普通の感覚では奇妙な依頼で、普通でない感覚では退屈な依頼だった。

 少なくとも彼女の琴線に触れることはなかったらしい。


 名木沢刃金探偵事務所への依頼のほとんどは知り合いからの紹介による。

 それもそのはず、選り好みの激しい、自分のおもしろいと思える依頼しか受けないような女のところに、まともな方法で仕事が集まるわけないのである。

 一応サイトはあるが(私が作ってやった)、1つの季節に1通問い合わせがあればいい方で、それもだいたいの場合、興味がわかないと一蹴される。

 今回の仕事はその珍しいケースでサイトのメールフォームを通じて送られてきたものだった。


 私の所有する空き家を調べてください。

 数年前祖父が亡くなって私は遺産を相続しました。その時には特に気にしてなかったのですが、受け継いだ遺産の中には郊外にある一軒家が含まれていました。

 近いうちに私は海外に移住する予定で移動できない財産はすべて処分してしまおうと考えました。その時にその一軒家の存在に気づいたのです。


 しかし地元の不動産屋に売り飛ばそうとしたところまるで買い手がみつかりません。街の中心から離れてはいるもののそんなに不便な場所でもないのにと私は不思議に思いました。

 どういうわけかと話を聞けばなんでもその家についてよくない噂があるようでした。

 深夜にその隣を通ったらたくさんの人が集まって騒いでる声が聞こえた、昼間だろうとその近くだけ温度が低い、肝試しといってその家に侵入した青年がそのまま帰って来なかった、などなど。


 私自身その家に近くまで行ってみましたが異様な雰囲気を感じて足を踏み入れるのはやめました。言葉ではうまく説明できないのですがなんかおかしいのです。でもおかしいのは確実です。

 現地を調査してその家の何がおかしいのかその正体を確かめて欲しいのです。お願いします。


 後ろからそのメールを読んでた私は、削除ボタンにポインタを動かす刃金の手を止めた。

「いやいや受けなさいよ、あんた好みのおもしろそうなやつでしょ」

「どこが? ありきたりなつまんない話じゃん。僕の超天才的感覚にびびっと来ないんだよね」

「あんたの趣味はよくわかんないわ。ともかく最近ほとんど仕事してないでしょうが」

 その後も刃金は文句を言っていたようだったが、依頼料もわりといい感じだったので私は強引にその依頼を受けさせることした。


 ちなみに私は彼女に雇われているわけではない。別に仕事を持っている。駆け出しの物書き。何かと理由つけて仕事しない刃金とたいして収入があんまり変わらないのは悔しいところ。

 つまり彼女の仕事が立ち行こうが立ち行かなかろうがどっちでもいい。いや共同でオフィス借りてるわけだからうまくいってる方がいいけど。

 まあ商売が成立するように積極的に介入するほどじゃない。ただ時々その尻をたたいて強引に働かせることがある、こんな風に。

 この時は確か数か月、折半するはずの賃料を私が全額出してていい加減仕事しろと思っていたところに、手ごろな依頼が入ったからというような理由だった。


 承諾の返信。それから数日のうちに前金が振り込まれて、ついでに鍵が郵送されてた。例の家の鍵。

 うっすらと錆の浮いた真鍮製の鍵をくるくると手の中で回してから、刃金はすっと立ち上がると「じゃあ、行こうか」と何の気どりもなしに言った。

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