[3] 侵入

 電車に揺られて1時間、駅からさらに歩いて30分。長そで長ズボンに歩きなれた靴と、間に合わせ程度には廃墟探索装備をそろえてきた。

 刃金はそれに加えて鹿撃ち帽をかぶっている。なんでもそれを身に着けてるだけで探偵力が上がるんだそうだ。探偵力ってなんだ?

 昼すぎ陰鬱なくもり空の下、添付してあった画像と同じ、くすんだ赤い屋根をしたなんてことない一軒家が、私たちの目の前には建っていた。


 いたって普通の建売住宅だった。

 昔自分の住んでた家に似ているような気もするし、小学校の頃遊びに行った友達の家にも似ている気がする。

 けれどもよくよく見てみればそのどちらとも違う、そんな家だった。


 ぽつんと一軒家というわけではない。すぐ両隣は空き地だが見える範囲に人の住んでそうな家は建っている。

 だというのに何でか件のその家だけが妙に暗くて不気味でいやな雰囲気を放つ。これは確かに依頼人が近づきたくないなと感じるのも納得だった。


「で、どうすんの?」隣にぼけっと立ってる刃金に問いかける。

「突入しよう」迷いなくずばりと結論だけが返ってきた。

「周辺住民から話聞くとかは?」

「めんどい、じゃなくてどうせ大した情報ないよ」

「おーけー」


 こんなんでも刃金はだいぶマシになっている。昔だったら『めんどい』って言ってそれ以上とりつくろったりしなかった。人間的に成長した。

 そのうちもっと経験を積めば、『めんどい』って言うのをやめて、すげー面倒くさそうな顔だけするようになるはずだ。そこから先の成長は期待してないでおこう。


 話は終わった、とっとと仕事をすませてしまおうとばかりに、すたすた歩いて刃金は玄関扉に向かう。外から観察するとかそんなことも一切しない。

 しょうがないので私もそれにならう。なんだかんだ現場にやってきたら私よりも刃金が判断した方がいいことがあるというのは経験上わかっているからだ。


 冷たくじめっとした空気。理由がないなら踏み込まないのが賢い生き方。こういう時の本能とはバカにならないもので、はした金程度ならあきらめた方が結局得になると相場が決まっている。

 刃金はポケットい入れてた鍵を突っ込む。私はその鍵が使えなかったら使えなかったでそれでいいなとちょっと思っていた。その場合まあ無駄足だったけど外食でもして帰ろう。


 残念なことにがちゃりと音をたてて鍵は動く。刃金はためらいなくドアノブをまわして扉を外側に開け放った。ふっと一瞬だけ息がつまる。

 どんよりとして重い気配が漂う。何かよくないことが起きていてその原因がこの場所ににあるのはまちがいないようだった。


 まるで本当に自宅に帰ってきたみたいに挨拶もなしに刃金は中に入っていく。そうなったら私もその後をついていくしかなくて、気持ちも決められないままその内側へと侵入する。

 不意に背後で大きな音。びくりと体をこわばらせて振り返れば玄関扉は閉まっていた。もちろん私はそんなことはしていない。

 いや構造的に別に閉まってもおかしくないんだけど、そんなに大きな音をたてなくてもいいじゃないか。あと開いてた方が安心感ある。ドアストッパーとか買ってきてたらよかった。


「キリ、ちょっと見て、あそこあそこ」

 刃金は私の肩をたたくと廊下の奥を指さす。いつもの軽い調子で言うから、ついついつられて私はそこに視線を合わせてしまった。

 なんだ、あれは? 暗闇の中に、黒い……タコ? うねうねとして……消えた。床の隙間に潜っていったようだった。多分見てはいけないもの。


「なにあれ、なんてもの人に見せてんのよ」

「いやあよかったよかった、少しはおもしろくなってきたかな」

 弾んだ声でそう言いながら刃金は土足のまま土間から廊下へと上がっていく。しばし考えたところ、ここで別れるより刃金についてった方が安心感あるなと結論が出たので私はその背中を追いかけた。

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