天体観測
西しまこ
第1話
ふいにBUMP OF CHIKENの「天体観測」が聞こえてきて、彼のことを思い出した。
「俺、すっげーいい曲見つけたんだよね」
「何?」
「天体観測。心を持って行かれた」
わたしたちはベッドに寝転びながら会話をしていた。狭い一人用のベッド。しわしわのシーツ。でも、とてもあたたかい。
「あー、CD欲しい!」
わたしは彼を抱き寄せ、キスをした。彼に覆いかぶさる。何度目かのキスで、軀をぐいと引き寄せられ、今度は彼がわたしに覆いかぶさる。
彼とはとても相性がよかった。心も軀も。
でも、彼は恋人ではない。わたしにも彼にも恋人がいる。しかも長くつきあって、「結婚」というキーワードが出るような。
彼とは仲の良い友人だった。いや、今も友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。
――ときおり、ひどく寂しいことがある。どうしようもなく。
恋人では埋められない、深い深い穴。暗くて冷たくて、底が見えないほどの穴に嵌まり込んでしまう。
寂しい 僕がいるから大丈夫だよ 寂しい 僕がいるのに、どうして? 寂しい
結婚しよう
そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。
彼にも同じような欠落があり、わたしたちはときどき肌を寄せ合う。そうでないと前へ進めないのだ。快楽。頭が真っ白になる。どこかへ持って行かれる気持ち。
このベッドで彼は彼の恋人を抱く。わたしは同じベッドで彼と抱き合う。
何の罪悪感もないことに驚く。
でも、だけど、これは浮気じゃない。
たぶん、彼も同じ気持ちだった。どうしようもなく、埋められない永遠の寂しさ。あの寂しさを、どうやって抱えて生きていけばいいというのだろう?
「もしアイツが帰ってきたら、靴持ってベランダから帰ってね。ここ一階だから」
彼は笑って言う。わたしも笑って「そうする」と言う。
彼の中の一番は彼の恋人だ。わたしも、わたしの中の一番はわたしの恋人だ。
笑いながら、また彼にキスをする。そうして彼のあたたかさに触れる。
どうして、大好きなあのひとで、わたしの中にある欠落は埋まらないんだろう。
ほんとうに悲しい。
もし彼がいなかったら、わたしはとっくの昔に恋人と別れていた。
欠落は、いま、わたしの心の奥深くに鍵をかけられて閉じ込められている。厳重に。
彼はもうわたしのそばにはいない。
彼が彼の欠落に呑み込まれていないことを祈りながら、わたしは買い物を続けた。
☆☆☆カクヨム応募作品☆☆☆
「金色の鳩」だけでも読んでくださると嬉しいです!
「金の鳩」初恋のお話です。女の子視点。
https://kakuyomu.jp/works/16817330651418101263
「銀色の鳩 ――金色の鳩②」初恋のお話です。男の子視点。
https://kakuyomu.jp/works/16817330651542989552
ショートショート
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
たくさんあるので、星が多いもの。
「お父さん」https://kakuyomu.jp/works/16817330652043368906
天体観測 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます