面影を撮る

尾八原ジュージ

■■山遊園地

 一歩踏み出した先の床は不安定に揺れた。席につくと扉が閉まり、ゴンドラがゆっくりと高度を上げ始める。

 ■■山遊園地は寂れた遊園地だ。

 廃園寸前だったのが、近年「まるで廃墟」というのがかえってウケて、特に写真好きな人々の間で少し盛り返した。それでも老朽化のため、来年の春に閉園の予定だという。

 週末のよく晴れた午後なのに、来場者はちらほら見かけられる程度だった。どのアトラクションも並ばずにすぐ乗ることができる。今、私が一人で乗り込んだ観覧車のように。

 時折ギシギシと不穏な音をたてながら、ゴンドラはゆっくりと上昇する。塗装の剥げたメリーゴーランドの屋根が眼下に見える。さらに高くなり、ジェットコースターの全体が視界に入る。

 ゴンドラの薄汚れた窓には、首から一眼レフを提げた私の姿がうっすらと写っている。その向こうには遊園地の名前の由来となった■■山が見える。山の裾野には緑の森が、ドレスの裾のように広がっている。

 広大な森は、自殺の名所である。


「なっちゃん、楽しいところにいこうか」

 当時六歳だった私は、ある日母に手を引かれて家を出た。電車に乗り、バスに乗って、この■■山遊園地へとやってきた。

 当時はまだ、ここも今のように古びてはいなかった。幼かった私はいつになくはしゃいで、メリーゴーランドやこの観覧車に何度も乗った。ソフトクリームを食べたことも覚えている。

 母は無口でおとなしく、あまり笑わないひとだった。普段は悲しい顔をしていることが多いのに、この日は珍しく一日中穏やかで、にこにこしていたことも覚えている。髪の長い、痩せた人だった。タータンチェックのロングスカートに、深緑のセーターを着ていた。そんなことも覚えている。

 ソフトクリームを食べたあと急に眠くなって、ベンチの上で眠ったことも覚えている。母の膝が柔らかくて暖かかったことも、後から何度も夢に見るほど記憶に刻まれている。

 それなのに、なぜか母の顔立ちだけがすっぽりと抜け落ちている。

 目を覚ますと、私はどこか知らない部屋の長椅子の上に寝かされていた。母の姿はどこにもない。ひとりぼっちで泣いていると、作業着のようなものを着た知らない男性が入ってきた。そして、ここが遊園地の中の迷子センターだと教えてくれた。

 母はそれから消えてしまった。半年ほど後にささやかな葬儀が営まれ、私は母の死の実感を得られないまま、「お母さんは死んじゃったんだよ」と言われて育った。

 あの日、母は私を遊園地に置き去りにして■■山の麓の森に一人で入り、首を吊って亡くなった。それを知ったのは、ずいぶん後になってからのことだ。

 最初に思ったのは、「母はどうして私を置いていったのだろう」ということだった。きっと私を連れて行くつもりだっただろうに、どうして土壇場で置いていくことにしたのだろう。

 父は母の存命中から付き合っていた不倫相手と再婚して、二年ほどで離婚した。私はひたすら日々をやり過ごすように子供時代を過ごした。十八歳で家を出た後、父には会っていない。

 遊園地に行った日以来、母の顔の記憶はなぜかすっぱりと消えたままだ。着ていた服も、笑顔だったことも覚えているのに、どんな顔立ちだったのか、どうしても思い出すことができない。葬儀の時に母の遺影を見たはずなのに、それすらいつの間にか、頭の中から滑り落ちてしまった。

 父は母の写真を早々に処分してしまった。母方の親戚もいない。私は大人になった今も、母の顔を思い出せないままでいる。


 ■■山の麓の森を俯瞰で撮影すると、おかしなものが写り込むことがあるという。

 なんでも森の真ん中に、真っ白い巨大な人影が立つらしい。それは森で自殺した人々の霊なのだ――そういう噂が、まことしやかに囁かれている。実際に撮れた心霊写真だという画像もネット上で見たが、正直、真偽の程は怪しいと思った。

 それでも私は、ここに来てしまった。

 ゴンドラはますます上へと向かう。周辺に高い建物はなく、この観覧車は■■山の裾野を広く見渡すことができる貴重なスポットだ。

 私は立ち上がり、首から提げていたデジタル一眼レフを手に取る。写真に興味はなかったけど、ここに来るためだけにわざわざ購入した。

 ファインダーの向こうに広がる森に向けて、私はシャッターを切る。この汚れた窓越しにも幽霊は映るだろうか。肉眼では見えない何かがそこにいることを想像しながら、何度も小さなボタンを押す。

 幽霊なんて信じていない。まして母が写るかもなんて、本気で思っているわけじゃない。たぶん、きっと、そのはずだ。でもカメラを買って、交通費をかけて、たったひとりで、この観覧車に乗るためだけに遊園地を訪れている。噂を聞いて、母のことを思い出して、急にいても立ってもいられなくなって。

 ゴンドラがガタンと揺れる。まるで誰かが乗り込んだようだ、と一瞬錯覚してしまう。てっぺんにたどり着いたのだ。

 降下が始まる。

 私は写真を撮り続ける。ピントを合わせ、シャッターを切る。ピピッというカメラの動作音がゴンドラ内に何度も響く。

 何か写っているだろうか。

 祈るような、語りかけるような気持ちだった。

 あなたはなぜ私を置いていったのだろう。どうして何も教えてくれなかったのだろう。私はどうしてあなたの顔を忘れてしまったのだろう。あなたのことは、私にとってそれほどの痛手なのだろうか。直視できないくらい深い傷なのか。それすらもわからない私は、一体どうしたらいいのだろう。

 答えのない問いをファインダーの向こうの森に投げかけながら、写真を撮り続ける。

 やがて森が見えなくなる。私はカメラを下ろし、シートに座り込む。

 肉眼では何も見えなかった。写真ではどうだろう。わずかに期待を抱いている自分が可笑しい。私は一人ぼっちでひっそりと笑う。

 窓の外に古びたジェットコースター、そして塗装の剥げたメリーゴーランド。ゴンドラは地上に近づく。扉が開き、やる気のないスタッフが私に声をかける。

「お気をつけてお降りください」

 もう元の世界に戻る時間だ。

 立ち上がってゴンドラを降りた。ひさしぶりの地上に足元がぐらついた。首にカメラの重みを感じながら、私は外に出た。どこかで写真を確認しなければ。

 歩き始めた私の背後で、ゴンドラの扉が閉じる音がした。

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