第20話 Remember me
「何が原因で見えてないんだろう」
「…分からない」
彼女は消え入りそうな声で呟いている。そりゃそうだ、俺だって同じ状態になったらこんな風に…
「まだ、10時か……これからどうする?」
「一旦、家に帰ってもいい?」
「まぁ…別に良いけど」
何か忘れ物だろうか…それとも、親に自分の姿が見えているか確認しに行くのだろうか?まぁ…なんにせよ、学校はすでに早退してしまっているので近くの図書館かカフェあたりで待っていればいいだろう。
「ん?何?」
彼女は俺の目の前で立っている。スマホを見る手を下げて目線を上げると彼女はこちらを見ている。
「いや…彼方も来てよ。私、バス乗れないと思うから…」
「あっ…そっか…」
彼女がバス通学だというのは初めて知ったが、バスであれば始発と終点以外は人が居なければ止まってくれない。もし、バスの運転手に彼女の姿が見えていなかったら、夜野はバスに乗ることすら出来ない。
「えっと…いつもどこから乗ってんの?」
「ちょっと歩くけど、良い?」
「うん」
そういって俺たちは歩き始めた。駅の近くからロータリーになっているところではなく少し遠くにある。駅ビルの奥、大型スーパーの近くにあるバス停だった。
「いつもここで乗ってんの?」
「うん」
「……」
それから会話がなくなってしまう。女子と二人で待機など今までの人生でもほとんどない経験なので、こういった状況の時にどのような対応をすればよいか分からない。
「えっと…普段何やってる?」
「何?いきなり」
「いや…なんか気まずいなって…」
「無理に話さなくていいよ。私、別に沈黙でも気まずいって思わないから」
「そうか…じゃあ」
バスが来るまでの5分ちょっと俺たちは会話することなく、周りの景色を見たりスマホを見たりして時間を潰した。
「あっ…来た」
バスはバス停のところに人がいることに気づきゆっくりとスピードを落としながら道路の端に停車した。プシューという音と共にバスの中央の扉が開いた。
「乗ろう」
「うん」
俺たちは電子マネーの入ったICカードを取り出して、バスの乗車口のすぐそばにあるカードリーダーに近づける。俺と夜野、二回分の電子音が鳴った。
「ん?」
前方の座席に座っていた老人が怪訝そうな顔でこちらを振り向く。俺は気にせずそちらの方は向かずに後方の二人掛けの席に座る。後ろから3番目の中央寄りの席の窓際に座ると…
「えっ?」
「どうしたの?」
「いや…何でも…」
夜野は何食わぬ顔で俺の席の隣に座って来た。正直俺は他の空いている適当な席に座ると思っていた。少し距離が近いのでわずかにドキッとしてしまった。
「……」
「……」
バスを待っている間と同じように俺たちは移動している間、ほとんど喋らず無言のまま目的地に着くまでバスに揺られていた。
「あっ、次で降りる」
「了解」
窓際に座っている俺の方に夜野は話しかけて来た。俺はすぐそばにある降車ボタンを押した。軽い音と共にボタンの文字が光る。
「え~…次、止まります」
運転手の熟れた声がアナウンスを通して聞こえてくる。
正直、バスに乗るのはかなり久しぶりだ。中学の時、母親が入院していた病院に向かうときに乗っていたが母が亡くなって以降は病院にも行かなくなりバスにも乗らなくなった。
「宮ノ下~宮ノ下、お降りの際は足元にお気を付けください」
ゆっくりと停車したバスは前方の扉を開けた。俺と夜野はそれぞれ席から立ち上がって前に向かう。
夜野がICカードを運転席のすぐ横にあるカードリーダーに近づける。ピッという電子音が鳴ると運転手も困惑した顔をしていた。俺がカードを近づけてもう一度音を鳴らすと運転手は真顔に戻った。
「見えてなかったよね」
「…たぶん、見えてなかったね」
「はぁ…」
バスは扉を閉めてそのまま行ってしまった。俺と夜野はバス停に立ち尽くしている。
「えっと…家って、どっち?」
俺は夜野の家を知らないのでバス停からどちらの方向に行けばよいかも分からない。
「あっ…こっち」
「OK」
そこから少しだけ歩いた。住宅地の間の細い道を通りながら夜野の家に向かって行く。周りには新築の一軒家やアパートなどが並んでいる。
「ちょっと待ってて」
「分かった」
夜野はある家の前で立ち止まり、目の前の一軒家に入っていった。表札には夜野と書かれているため、おそらくここが夜野の自宅なのだろう。
「う~ん…」
スマホの画面にはネットニュースの検索画面が映っている。
(高校生 透明)
(姿が見えなくなる病気)
(透明 病気)
(リアル神隠し)
いろいろと検索してみるが、めぼしいものは無い。出てくるのは目の病気、精神の病気、不思議な体験をした話だとかろくなものがない。
「やっぱ…無理か…」
スマホを見ながら項垂れていると玄関が開いた。出て来たのは夜野だったが、後ろ姿だ。何やらこちらに背を向けて家の中に人物と話しているようだ。
「……ホントだって、サボりとかじゃないから。忘れ物を取りに来ただけ。……だから、授業でどうしても使うの。じゃあね」
そういって夜野は玄関を閉めた。家の中から声は聞こえたが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
「もしかしてお母さん?」
「うん。やっぱり、お母さんは見えてるみたい。私のこと」
「そうか……」
原因は分からない。しかし、見えている人間と見えていない人間は何が違うのだろうか。親密度か?いや、それなら俺よりずっと仲のいい夜野の女友達が見えていないはずがない。
なぜ、最近出会ったばかりの俺や家族にしか見えていないのだろうか?
……まさか。
「彼方?」
「ん?」
「いや、なんかボーっとしてたから……」
「あぁ……」
この仮説が正しければ、まだ夜野の姿が見える人が残っているかもしれない。わずかだが希望が出てきた気がする。
「なぁ……夜野」
「ん?」
「もしかしてだけど……本当に可能性の話なんだけど」
「うん」
「もしかして夜野の姿が見えてるのって天さんを知っている人なんじゃないか?」
「え?」
そうとしか思えない。俺と夜野の共通点は天さんを知っている以外にもいろいろある。同じ高校に通っている、同じ部活に所属している、同じクラスに所属している。
しかし、夜野の母親との共通点は今のところ見当たらない。会ったことも話をした事も無い相手との共通点としてはこれくらいしか思いつかない。
夜野は黙り込んでしまった。これはあくまでも俺の推論に過ぎない。夜野がどんなことを思っているかは分からない。
「……そうかもしれない。彼方とお母さんだけが見えてるなら、そういう考えもある得るかもしれない」
「天さんはうちの高校に居たんだよな」
「うん」
「じゃあ、まだ天さんを知っている同級生か後輩がいるかもしれない」
「そっか」
しかし、気持ち的には前向きにはなれない。そもそも自殺で死んでしまった人間の関係者にあなたは自殺した人を覚えていますかと聞かなければならないのだから。誰しもが忘れたいと思うようなことだと思う。
「……」
「なんかごめん」
「何が?」
「いや……そういう……デリケートな話題を勝手に話してっていうか」
「大丈夫だよ。気持ちの整理は付いてるから」
俺にはそうは見えない。姉の話題になると露骨に苦そうな顔になるうえ、家族が死んで平気な人間はほぼいない。虚勢を張って取り繕っているように見えてしまう。
「それより……ありがと。付き合ってくれて」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ夜野の顔が天先輩と重なった。
夜空の彼方 広井 海 @ponponde7110
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