第五話(13) 意外にも隣に


 * * *



 四連休、特に変わったことは起きなかった。目堂さんは旅行に行っているので、怪異調査はなし。そもそも目堂さんは本当に欲しかったものに気付いたのだから、これからも続けるのかは、わからない。


 目堂さんからは、旅行先の綺麗な景色の写真が送られてくることがあった。羨ましかった。


 井伊からは普通に連絡が来ていた。本当に普通に。


『前から思ってたんだけどさぁ、俺、ちょーかわいくない?』


 ただ一回、そんなメッセージと一緒に黒猫の画像が送られてきた。


 賀茂さんからは……何もなかった。一応、賀茂さんは僕の連絡先を知っているけど、何もなかったし、変なことも起きなかった。


 四連休中、僕は何をしていたかといえば、棚の奥に封印していた吸血鬼映画を観まくっていた。

 昔、僕も「こんな吸血鬼なんだ」なんて思ったけれども、いま観れば全然似ていなかった。あと僕は血が濃い方らしいけれど、聖水がきかなかった。実は十字架も平気。ニンニクについてはお腹を壊したことがある。


 ――馬鹿みたいだ、と不意に思ってしまった。本当に、いままでの僕、馬鹿みたい。


 ……そんなこんなで、四連休が終わって。

 僕は朝に、トマトジュース三杯飲んだ後、日傘をさして学校に向かう。


「――キューくんっ! おはよっ!」


 もうすぐ学校というところで、目堂さんに声をかけられる。


「おはよう、目堂さん」


 四連休という長くも短い期間で、僕達の噂はすっかり消えたらしかった。僕と目堂さんが一緒にいても、誰もひそひそ話していない。しばらく距離を置かなきゃと思ったけれども、必要なかったらしい。


「キューくん、放課後、暇?」


 唐突に、目堂さんは小声で尋ねてくる。


「暇だけど……?」

「じゃ、四連休何もできなかったし、怪異調査するわよっ!」

「……まだ続けるの?」


 もしかすると、もうおしまいになったかもと、思っていたのに。

 目堂さんは出そうになる蛇を手で押さえながらウインクした。


「あたしみたいな人が、いるかもしれないじゃない? なら、助けなきゃ。寂しい思いをしてるかもだし」


 ……ああ、楽しくも慌ただしい非日常的日常が帰ってくる。僕は曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


「――悪さ、してませんよねぇ?」


 僕達の背後で、声がする。驚いて振り返れば、眼鏡を光らせた女子が一人。


「――賀茂さん!」


 僕はとっさに身構えた。


「……どこかに行くなら、私も誘ってね」


 賀茂さんは、あの時とは全然違った様子で、いつもの「学校の賀茂さん」に見えた。小動物みたいで、優しく微笑んでいる。

 でも、不意に眼鏡の奥の瞳がぎらりと輝いて、


「……勘違いするなよ。貴様らは悪い怪物じゃないみたいだったが……それでも、見張るためだからな」

「やだこの女。そういえば結局、謝らなかったし」


 目堂さんが口を尖らせる。すると賀茂さんは、一つ咳ばらいをして、


「私は、やるべきことをやったので? ――『狩人』としてではなく、私がやらなくちゃいけないと思ったことを……調子に乗るなよ」


 最後だけ、声が低くなっていた。そして僕達を追い抜いて、走り出す。


「いけない! 私、先生に頼まれ事されてるんだった……それじゃあね!」


 目堂さんはメドゥーサの末裔だからいい。井伊も宇宙人だから気にしない。

 でも賀茂さんは『狩人』の末裔といっても、ただの人間だろう……そう考えると、今まで出会ってきた人の中で、一番の変人かもしれない。

 遠のいていく賀茂さんに、目堂さんは笑っていた。


「……なんかちょっと、変わったみたいね、カモカモ」

「……目堂さん、もしかして、四連休中、賀茂さんと何かやってた?」

「えっ? 何も? 連絡先とか何にも知らないし」


 じゃあ何その呼び方。

 でも、僕も賀茂さんに何かあったんだろうと思う。あの口振りから、僕達に協力してくれるみたいだし。


 僕が四連休中、吸血鬼映画を観まくって色々改めたように、賀茂さんも四連休中、何かあったのかもしれない。

 それか――目堂さんの言葉が、深く刺さったか。

 何にしても、変な人だと思う。


「おはおはおはよ~っ! キューに目堂っち、朝からいちゃいちゃぁ~?」


 からかいの声と共に、井伊がやって来た。


「井伊くんおはよ~、いちゃいちゃしてないわよ~」


 目堂さんはさらっと答える。僕も頷いたものの、井伊は「そうは見えないなぁ~」と僕に肩を回してきて。


「……言ってない?」

「言ってないよ」


 井伊の正体は、目堂さんには秘密だ。


「……言う予定、あるの?」

「どうしよう……」

「――井伊くんこそ、キューくんといちゃいちゃしてるじゃないっ!」


 目堂さんの声に、井伊はぱっと離れた。そうしてへらへらと笑うのだった。


 ――学校に着く。教室に入る。自分の席に座る。

 隣を見れば、目堂さんがいた。髪の毛に蛇を飼っている、目堂さん。

 ……井伊もそうだし、賀茂さんも特殊だという点ではそうだったけど。


 ――案外仲間は、近くにいる。




【第五話 終】

【隣の席の目堂さんは髪の毛に蛇を飼っている ―そして僕はトマトジュースを飲む日傘男子― 終】






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隣の席の目堂さんは髪の毛に蛇を飼っている ―そして僕はトマトジュースを飲む日傘男子― ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

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