最終話 幼馴染みの告白
「ああもう! 嘘でしょう?」
幼馴染みが好きな子に告白する夜会当日。
ドレスでの参加を望む彼のお願いに応えるため、家族の協力を得てドレスを完成させたアリシアは、自らの姿に絶句していた。
「なにこのデザイン! こ、こんな服で夜会に行けと……?」
窮屈なコルセットを身に着け、クリノリンに戸惑いながら支度を整えたアリシアは、木苺色をメインにワインレッドのリボンをあしらい、小さく膨らんだ袖やスカートにも装飾のある、デコルテを開けた今時仕様のかわいらしいドレスに身を包んでいた。
傍から見れば美しい
(ああぁ…妹にデザインを頼んだのが間違いだった……。こんな格好で夜会に参加するなんて、ある意味公開処刑よ。行きたくないいいぃ……)
「アリシア? そろそろ出発するけど……どうした?」
「!」
鏡に映る自分を見つめ、そんな風に心の中で絶叫していると、不意に様子を見に来たらしい兄の声が聞こえてきた。
よく似た釣り目がちの瞳を瞬く兄は、頭を抱えるアリシアを不思議そうに見つめている。
「兄上……。ううん、何でもないです」
「そうかい? それにしても、アリシアがドレスなんて久々だな。わざわざこんなお願いするなんて、なんというか……ノワイレットくんも面白いね」
「ええ、これは最早お願いと言うより罰ゲームですけどね」
「ふふ、そんなこと言ってないで、さ、行こう」
「はい……」
そう言って手招きする兄に誘われ、覚悟を決めアリシアは、兄妹と共に会場であるスピアー家へとやって来た。
屋敷の前には招待客たちを乗せた馬車が止まり、エントランスでは当主一家が出迎えている姿が見える。
「……兄上、あたし帰ってもいいですか?」
それを見るともなしに見つめていたアリシアは、兄にエスコートされて馬車を降りた途端、自分に集まる視線に気付くと、羞恥で爆発しそうな顔で呟いた。
どうやら、目立たないためにドレスを着てきたのに、普段と違う格好をしているアリシアは、それはそれで目立つらしく、さっきから周囲の視線が痛い。これはもう、穴があったら埋まりたい…というか埋めてほしい気分だ。
しかし、そんな彼女に微笑を返した兄は、
「ん~? だめ。今日は大事な日でしょう?」
(……大事って…別にあたしにとっては……。あああ…そんなことより、みんなお願いだからスルーして……)
「さ、行こう」
笑顔で引っ張る兄に連れられ、エントランスホールに入ったアリシアは、出迎えてくれた当主夫妻、そしてノワイレットの前に姿を見せた。
珍しいドレス姿に当主夫妻は驚いていたようだが、約束通り現れたアリシアに、ノワイレットは真面目な顔をして一言。
「馬子にも衣装だな」
「……」
相変わらずの態度で告げる彼に、アリシアは一瞬にして自らの羞恥が消えた気がした。
別に、何か好意的なリアクションを期待していたわけではないけれど、馬子って……。
「誰が馬子よ」
「あはは、冗談だって。じゃあ楽しんでくれ。また後で会おう」
「……」
挨拶を終え、大広間で夜会が始まると、アリシアは「
夏の夜風が心地よく、彼女の頬を
(……ノワ)
覚悟はしていたつもりだったけれど、やっぱり彼の姿を見るのは、苦しかった。
好きだった。どうしようもなく大好きなのに。
(今頃、ノワは好きな子に告白してるのかな……)
もう叶わない。
だけど、今日の夜会も、次に会うときも、アリシアは彼の前で気丈に振舞うと決めていた。
たとえ恋が叶わなくても、アリシアはずっと、ノワイレットの幼馴染みだから。いつも通りの自分で、いるべきだから……。
「アリシア」
「……!」
そう思って星を見つめていると、不意に聞こえてきたのは彼の声で。
「こんなとこにいたのか。探したよ」
「……ノワこそ、なんでここに? 好きな人への告白はどうしたの?」
いつもと変わらない無邪気な笑みを浮かべ、こちらに歩み寄って来るノワイレットに、アリシアは目を見開くと、揺らぎそうになる視界を懸命に我慢しながら尋ねた。
今日の夜会で、彼は好きな子に告白すると言っていた。
こんなところに、いていいわけがない。
「告白は…これから」
「なら、こんなところで油売っている場合じゃないでしょ。早く行きなよ」
少し緊張した顔でそれを告げるノワイレットに、アリシアはできるだけなんでもないことのように進言した。
本当は傍にいたいけれど、今は彼にとって大事な瞬間だ。想いを告げる覚悟ができているのなら、ただの幼馴染みなんかに構うべきじゃない。
だから……。
「綺麗だな、アリシア。そのドレス超似合ってる」
しかし、それに答えることなく、アリシアの隣に立った彼は、柔らかく笑った。そして「なに急に。さっきは馬子って……」と反論しかける彼女の前で膝をつき、
「アリシア、俺が好きなのはお前だ。俺の恋人になってほしい」
そう願い出る。
「え……?」
突然の告白。冗談だと思った。
「あのとき保留にしたこれが、俺の“お願い”だ」
だが、アリシアの手を取り、まっすぐに自分を見上げる彼の瞳は真剣で、冗談を言っているようには全く見えない。
けれど、この告白って……?
お願いって、まさか?
「ふふ、やっぱなんも気付いてなかったんだな」
「……!」
「遠乗りに誘ったのも、勝負をけしかけてドレスで来るよう頼んだのも、すべてこのためだったのに。ま、お前にちょっとでも意識してほしくて告白を仄めかしたのに、全然反応ねー時点で予想はしてた。そういう鈍いところも、まぁ、好きだけど」
想定外の事態に絶句する彼女に、立ち上がったノワイレットは笑って言った。
つまり、これまでのことは全部、ここへ辿り着くための “準備”で、初めから彼は自分に告白するつもりだった。
あれだけ思い悩んで、泣きそうになって、ほんの数分前まで苦しくて仕方なかったのに。彼の好きな人は自分だったなんて。
「……っ」
嬉しいはずなのに、絶対に叶わないと思っていた現実を理解できず、アリシアはしばらくの間、頭を真っ白にしてただ彼の姿を見つめていた。
だが、ゆっくりと状況を飲み込むうちに、なんだか怒りが込み上げてきて……。
「ぅおわっ!?」
彼を見つめたまま一歩傍に寄ったアリシアは、
「あたしを、からかった罰」
「……!」
「好きな人に告白するって聞かされて、結構に傷ついたんだから」
そう言って彼の胸元に頬を添え、テールコートの襟をぎゅっと握りながらアリシアは精一杯彼にくっついた。
少し、クリノリンが邪魔だった。
「……いつから?」
「えぇ?」
「いつから、あたしを想ってくれていたの?」
と、顔を真っ赤にして固まるノワイレットに、アリシアは抱きついたまま、聞きたかったことをストレートに尋ねた。
これが冗談じゃないのなら、今まで思い悩んだ分、聞けなかった想いを全部聞きたかった。
「……そりゃあ、その…初めて出逢ったときから、かな」
すると、恐る恐る手を伸ばし、彼女を抱いたノワイレットは、照れくさそうに言った。
普段は気にもしなかったけれど、アリシアはノワイレットより頭一つ分小さくて、肩も腰も華奢な女の子。
触れて初めて、心からそれを理解しながら、彼はずっと隠してきた心の内を吐露していった。
「初めて逢ったとき、ドレスを着たアリシアはかわいくて話しやすくて、その…いいなって思ったんだ。だけど、いつのころからかお前はドレスを着なくなって、だから俺、お前は女扱いが嫌なんだと思った。女でいたくない証として、ドレスを着ないんだと……」
「……」
「でも、この間、ユリーとリベラの話をしたとき、別にアリシアは女でいるのが嫌なわけじゃないって気付いた……。そしたらもう、告白するしかねぇじゃん」
「!」
(……そっか、だからノワはずっとあたしを男扱いしてたんだ。馬鹿ね…お互い好き合っていたのに、この歳になるまで気付けないなんて……)
彼女を抱く腕に力を込め、懸命に言葉を紡ぐノワイレットの話に、アリシアは目を見開くと、少しだけ泣きそうになった。
彼との恋を遠ざけていたのは、他ならぬ自分自身だったと気付いてしまった。
ドレスは決して、窮屈なだけじゃない。女の子が女の子として飾るには必要な道具だったんだ。
なのに、アリシアは動きやすさにばかりこだわっていたから……。
「それで、俺のお願いは聞いてくれるのか?」
彼の想いを知って、初めて気付いた事実に思わず黙り込んでいると、そっと彼女を離したノワイレットは改めて問いかけた。
よく考えれば、アリシアはまだ答えを出していない。
だけど、改めて聞かれるのはなんだか恥ずかしくて……。
「お、お願いは絶対なんでしょ。……だから聞いてあげる。あたしも、ノワと一緒にいるの、楽しくて、その……好き」
やけにツンツンした言い方になってしまったが、緊張した様子の彼を見つめたアリシアは、自らの答えを絞り出した。
言われなくたって、ノワイレットのことは大好きだ。
頷く以外の選択肢が、彼女にあるわけがない。
「ふふ、やった。これからは女の子として、恋人として大事にする」
「うん。あたしも、ちゃんと女の子でいるために、ドレス、慣れるね」
見つめ合い、未来を誓うように言葉を紡いだ二人は、どちらからともなく顔を寄せると、優しく唇を重ね合わせた。
互いの熱が愛しさを伝え、恥ずかしいのに嬉しくて。
ずっと望んできた恋人との口づけに、アリシアははにかむと、もう一度彼に寄り添った。
恋人として傍にいられることが、心から嬉しかった。
(ドレス……頑張って克服するんだ。彼に、かわいいって思ってもらいたい)
夏の夜空に見守られ、恋を実らせたアリシアとノワイレット。
二人の恋人としての日々は始まったばかりだ。
アリシア様はドレスが苦手! みんと @minta0310
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