後出しジャンケンに絶対に勝つ方法

@saido

後出しジャンケンに絶対に勝つ方法

 彼女は後出しジャンケンで勝つ。

 絶対に勝つ。

 夕日の傾く放課後の教室。

 文化祭での模擬店で揉めていた男女は、選出した二人の生徒……つまり俺と彼女に下駄を預けた。

 男子達がとてもいい笑顔で肩を叩く。

 ため息が漏れたが彼等は構わず俺に群がって来た。


「頼んだ! 男子主催のお好み焼きで!」


 あのさ、男子が前面に出る催しは受けないのでは?


「報酬なら用意する! 当日売上の二割! ピンハネ料だ!」


 当日売上なのに紹介料を取るのおかしくない?

 サクラかな?

 良くないよ、そういうの?

 俺は項垂れつつ、対戦者へ目を向けた。

 女子生徒達が笑顔で機体の視線を投げる。


「任せたよ! 文化祭でイベントに絡めないなんて寂しいから!」


 彼女は自信ありげに拳を握る。


「了解! 相手は見慣れた顔だし!」

「当日はぜひ女子によるたこ焼きで!」


 そんな応援を背に彼女は俺の方へ。

 どっちも粉ものじゃん……。

 どっちでもいいじゃん……。

 そんな俺の心中など、どこ吹く風。

 男子グループトップ、女子グループのトップが順に指笛を鳴らしてはやしたてる。


「頑張れよっ! 精一杯やってたことは俺が知ってる! 最後には望む結果が得られるさ!」

「大丈夫! いつも通りやればいいだけだよ!」


 俺は肩を落とす。

 そうは言ってもな……。

 今俺の目の前にいる女子は幼い頃からジャンケンにおいて鉄壁の勝率を誇る最高のクイーンだ。

 その勝率は七割強。

 正にバケモノ。

 もちろんパチモン……つまり偽物だ。

 幸運お化けというワケでもなく、ただ単にコンマ一秒を見抜く動体視力とそれに反応出来る右手を持っているだけ。

 それに気付けるのは実際に相対し、数十回は対戦を繰り返してわずかな違和感に気付けた者だけだ。

 早すぎて周囲の人間には見えない。

 そして彼女が天性のジャンケンモンスターであることを対戦者は理解する。

 もちろん、俺も彼女のそういう性質……というより体質は理解している。

 俺の前に立った彼女が不遜に笑う。


「対戦は久しぶりね。それでどうなのかな? 私に勝てる算段はあるのかな?」


 彼女が煽って来るが俺は答えない。

 というか答えられない。

 今できることは何もないし。

 もう少し、彼女に敗れた者達の最後を述懐する。

 彼等は数日経ってから気付く。

 彼女の勝率は七割強でずっと調整されている事実に。

 勝てるなら百パーセントでいいはず。

 どうしてそうしない?


「知らないままでよかったんだけどな……」


 俺は神妙な声を漏らす。

 彼等が気付いたのは彼女が最高のクイーンで居続けられる真の理由。

 それは彼女が敢えて勝率を押さえ、故意に負けていることだ。

 自然と不自然の際どいラインを走り、必要に応じて勝って負ける。

 戦術である後出しジャンケンで勝敗の数を操作し、それを利用して白星と黒星を対戦者にも割り振る。

 振り返って見れば小さな負け、単発の大負けがあっても彼女は最終的にいつも勝っている。

 彼女を最高たらしめているのは後出しジャンケンではなく、それを運用する頭脳だ。

 その事実に思い至ったプレイヤーは老兵よろしく死なずただ去るのみか、ファンになって勝負と生涯の行く末を見守るだけだ。


「そりゃそうだ。理不尽スキーにはたまらないよな」


 彼女は後出しジャンケンで勝つ。

 絶対に勝つ。

 その頭脳をもって最高の形で。

 俺は肩を落とす。

 彼女、いい笑顔。

 男女のリーダーの煽る応援が聞こえる。

 あなた達、好き勝手やってない?

 どうして最後に勝つのは自分達みたいなはやしたてができるのかな?

 頭痛がしたので眉間を叩く。


「何を考えていたのか察しはつくけど、勝ち筋の一つ位は持ってきたんでしょ?」


 俺はにやりと笑う。


「……まあね。これを読まれたら俺は死ぬ」

「あははっ、大きく出たわね」

「そういうワケで一つ条件を飲んでくれないか?」

「いいよ?」

「勝負は三回で頼む」

「ふうん? 了解。クイーンの器を見せましょう」


 彼女はそう言って拳を握り、勝負師の眼に光が宿った。


「……オーケー?」


 俺も拳を構える。


「いつでもどうぞ」


 そして、俺と彼女が同時に叫んだ。


「最初はグー! じゃんけんっ……!」


 俺は拳を突き出す。

 彼女の瞳がコンマ単位で俺のグーを見抜く。

 自然な動作で彼女の手が開く。

 俺はグー、彼女はパーだ。


「俺の負けか……」


 彼女の眼は怪訝そう。

 三回勝負と振った以上、何らかの含みがあると思っていたが当てが外れて驚いている表情だ。


「何を考えてるの?」

「次の手を。はい、じゃんけんっ」


 ぽん、と二人で言う。

 俺はチョキ、彼女はグー。

 二連敗。


「もう終わりか……」

「……」


 怒りすら感じている彼女の雰囲気に俺は戦慄する。


「いいえ、もうひと勝負。……最後まで何もなかったらコロす」

「じゃ、じゃあ最後。じゃーんけん」

「ぽん」


 俺はパー、彼女はチョキ。

 三連敗。

 やはり彼女は後出しじゃんけんで勝った。


「おめでとう。出し物はたこ焼きに決まったな」

「えーっと、溺死、圧死、失血死、窒息死、轢死……。どれがいい?」

「待て待てっ。店の出し方は女子リーダーにも意見を仰ぐのが筋だろ?」

「それはそうだけど」


 女子リーダーは取り巻きと会議を始める。

 一瞬、女子リーダーは男子リーダーをちらりと見る。

 そして出た結論を女子リーダーは彼女へ伝え、苦い顔になる。


「同じ粉ものだし、共同でいいって。ただし利益は女子七、男子三。……どう?」


 男子リーダーは少し考えたものの、あまり迷いは無く頷いた。

 結果としては痛み分けの妥協ライン。

 ほっとした空気が生まれ、男女は手を結んだ。

 彼女は、ただただ不満そうだった。








「ちょっと待って」


 その後、教室を出た俺に彼女が声を掛ける。


「どこまで仕込みだったの?」

「最初から。男女のリーダーにはどちらが勝っても七、三の割合で痛み分けるように言ってあった。だから派手に煽ってもらった」

「やり方が汚い。ジャンケンで勝負しなさい」

「後出しと知られていて正々堂々を持ち込むのも凄いが……。だが俺だって好んでギルティをやったワケじゃないぞ?」

「?」


 俺は真顔になる。


「お前は今まで綺麗に勝ちすぎた。必要の無いやっかみを喰らう覚悟がなかっただろ?」

「どうして勝者が不利を?」

「そういうところな。けどさっきの勝負にお前の勝ち目がなかったワケでもないんだぞ?」

「え?」

「勝ちが決まっているのなら勝負を三回にする意味はない。別に五回でも十回でもよかったんだ」


 彼女は黙考し、口を開く。


「あなたの勝利の手段はジャンケンではない。別にある……。それを気付かせたくなかった?」

「そうだ。もし俺がリーダーに対する交渉で勝負しているとバレたらその場で詰みだった」


 彼女はぎり、と歯を噛む。


「ルール違反。ジャンケンの勝負じゃん」

「だからお前の勝利は綺麗すぎるんだ」

「またそれ?」


 俺は整理しながら説明する。


「俺にジャンケンでの勝機はない。勝てないルールだからだ。なら勝てるルールに変えればいい」

「場外勝負の交渉で?」

「ああ。お前はジャンケンで勝つ事がイコール完全勝利と思ってた。けど勝利とは場の支配だ。一人で勝てばいいワケじゃない」

「その為にリーダー達を抱き込んだの?」

「そ。数の暴力で押す民主主義」

「酷い」

「どうも。けどお前が勝ったけど負けた原因は他にある」

「何?」


 俺は眉間を叩く。


「お前の武器は後出しジャンケンだけで勝ち抜ける頭脳だ。だからこそ勝利の手段が一つだけじゃないと途中で気付くべきだった」

「……そっか、広い目で見れば勝利条件は私が勝つ事ではなく、言い争っていた男女が場を収める事。ジャンケンは添え物。でも、多分だけど交渉を持ち掛けたのはあなたじゃなくリーダー達の方ね?」

「それをはっきりさせる事に何の意味が?」

「悪役を背負う損な性格だって」


 彼女はくすくすと笑って言う。


「ま、これで場はハネたし」

「?」


 彼女は喜色満面で微笑む。


「おめでとう! 最高のクイーンを倒したあなたが明日から最強のキングよ!」

「は?」


 挙動不審になる俺に彼女は得意げ。


「立ち合いは……どーん、リーダー達でーす!」


 二人が笑いながら曲がり角から出て来る。

 え、え? どゆこと?

 俺は頭を回して結論に至る。


「ま、まさか、お前はお前で敗北後の交渉をしていた? リーダー達相手に?」

「いえーす! いつ負けるかは分からないから大分前にね!」

「あー、汚ったねぇ! リーダー、テメーら二重スパイか!?」


 彼女、リーダー、爆笑。

 これじゃ誰が勝ったのか分かんねぇ!

 あの煽りを追憶する。


『精一杯やってたことは俺が知ってる! 最後には望む結果が得られるさ!』

『いつも通りやればいいだけだよっ!』


 あれ、俺に言ってたんだと思ってたんだけどなあ……。


「まあまあ、現実なんてそんなもの。はっきり勝敗なんて出ないでしょ?」

「……俺、こんなエグイ事してたのか」

「と、言うワケでキングの登場はリーダーが全校へ周知します! 人脈のある陽キャ怖い!」


 俺は乾いた笑いしか出ない。

 彼女は親愛を込めた笑みを見せる。


「私は変わらずクイーンとして在位するからよろしく。明日からは一緒に群雄割拠ね!」

「……タスケテ」


 俺はそう呟くが彼女とリーダー達は人の悪い笑み。

 かくて俺の常在戦場が始まり、無敵の右手を持つ彼女と背後で糸を引くあくどい俺は行き着く所まで行っちゃうのだが、それは別の話。

 でもこれだけは言わせてくれ。


「俺、ジャンケンしただけなんだけどな……。どうしてこうなった? 賭け事は計画的に……」

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