嗅ぎわけし者 -とある医師の選択-

大隅 スミヲ

嗅ぎわけし者 -とある医師の選択-

 彼は特殊な医者だった。

 そのせいもあってか、予約はかなり先まで埋まっており、休みなどはほとんどないと言ってもいいような状態である。


 年齢は30代前半ぐらいだろうか。ひょろりとやせ細った体型に青白い顔。

 白衣を着ていなければ、どちらが患者なのかわからないような感じだった。


「次の方、どうぞ」

 診察室に患者を呼び込む。

 彼は首から聴診器をぶら下げてはいるが、それを一度も使ったことはなかった。


 入ってきたのは若い女性だった。

 彼はカルテをペラペラと捲り、大学病院からの紹介状に目を通す。


「なるほどね」

 そういうと、隣にいた看護師に患者である彼女に服を脱いでもらって、ベッドで横になってもらうように伝えた。


 彼女と看護師が用意をしている間、彼はティッシュペーパーを一枚取って、念入りに鼻をかんだ。


「先生、準備ができました」

「わかりました」

 気だるそうに彼は椅子から立ち上がると、カーテンを開けて彼女が横たわるベッドへと近づいていく。

 彼女は一糸まとわぬ姿でベッドの上で仰向けに寝ていた。


「目隠し、いる?」

「え?」

「目隠し。人によっては見たくないって人もいるからさ」

 彼はそういって白衣のポケットからアイマスクを取り出した。

 そのアイマスクの目の部分には、まつげの長い瞳の絵が描かれていた。


「いえ、大丈夫です」

 そのアイマスクを見た彼女は少し微笑むと、じっと天井を見つめた。


 深呼吸。これが一番大事だった。

 ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐く。


 彼は顔を彼女の肌に触れるギリギリまで近づけると、息を大きく吸い込んだ。

 頭のてっぺんから、足先まで、ありとあらゆる場所の匂いを嗅いでいく。

 その姿はどこか淫靡な感じもあり、エロティシズムでもあった。

 しかし、これは彼の診察だった。


「はい、終わり。服を着てもいいよ」

 彼はそういうと、カーテンを閉めて出て行った。


 服を着た彼女が彼の前に現れると、彼は真剣な顔をしながら彼女に告げた。

「ガンだね。でも早期発見だったら、大丈夫だよ。治療すれば治る」

「本当ですか」

「ああ」

 彼はそういって、自分の鼻を人差し指でこすった。


 天が彼に与えたギフト。それは病気の匂いがわかるというものだった。

 最初にそのギフトに気づいたのは、彼の祖父が倒れた時だった。

 嗅いだこともない奇妙な匂いが祖父の身体からした。

 それがやまいの匂いだというのがわかるようになったのは、それから数年後のことだ。

 彼は色々な病の匂いを嗅いで記憶し、どの匂いがどの病気なのかということを結び付けていった。

 そして彼は患者の匂いを嗅ぐだけで、どんな病気になっているかがわかるようになった。

 最初の頃は、疑いの目でしか見られなかった。

 変態医師だというレッテルを張られたこともある。

 しかし、次々と正確に匂いから病気を当てていくことによって、彼のギフトは認められていくようになった。


 診察予約に行列のできる医師。きょうも、彼のところには患者たちが列を作って待っている。

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嗅ぎわけし者 -とある医師の選択- 大隅 スミヲ @smee

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