第45話 次のページを紡ぐのは
「完全なクビナシではないが、かなり進行しているネ。カクで目を覚ましても、すぐに元気にはなれないだろう。」
美希を診断した局長が私に言った。鮮やかな廃村を無事に抜けた後、美希は観測局の病院に担ぎ込まれた。やはりクロワタの影響が大きく、目を覚ましてもその表情はひどく虚ろだった。
「美希。」
私が呼びかけると、顔を向けてくれた。
「……のぞ。本当にのぞだよね。」
か細い声だった。あの空間で聞いた時よりも、さらに弱弱しい。
「そうだよ。……ごめんね美希。中学の時、ひどい事言って。そのせいで、ずっと辛いお思いさせたよね。」
私は美希の手を取りながら言った。
「私、もう嫌われても仕方ないと思うけど、これだけは言いたかった。美希は悪くないの。私が、美希に嫉妬して八つ当たりしてたんだ。だから、自分を責めないで。」
「……た。」
「え?」
「聞こえてた。」
美希が私の顔を見ながら、手を握り返した。
「顔、よく見えてなかったけど、呼んでるの分かった。でも、わたしはもう目を覚ましたくなかった。死なせてくれって思った。」
「……。」
「でものぞ、ずっと話しかけ続けてくれた。頭ぶったけど。」
「う、ごめん。」
「ん、いい。―最期に見る夢が、これで良かった。猫が喋ったり、ロボットが歩いてたりしてるのも面白いけど、のぞに会えたのが嬉しい。」
「最期なんて―」
美希の言葉に、私ははたと気付いた。美希は、これが夢だと思ってるんだ。当たり前か、非現実的な要素が多すぎるし。けど、カクの人にギョクをどう理解させればいいか、私は知っている。
「ねえ美希。これは夢じゃ無いの。それを証明するね。」
私はそう言って、美希にビスケットを握らせた。
「それ、ポケットに入れといて。それで朝起きて、ポケットを確認するの。そこにビスケットがあったら、この出来事が夢じゃ無いって証拠になるでしょ。」
「おっはよーのぞみん!」
校門前で、ほのかが私の所へ走ってくると、スケッチブックを開いた。
「あ!挿絵の下書き?」
「そうそう!ギョクで見たモチーフ沢山入れたよ!主人公のロボットは、ちっちゃいコウメイさんをモデルにしてみた!」
「成程ね!うん、すっごいいい。あー、部誌に色がついてたらな……。」
「のぞみんには色付きの原画を後で贈呈しまーす。」
「その前に締め切り守れよ。美術部の絵、来週までだからな?」
先輩がほのかの頭をぺしと叩いた。
「あ、先輩おはようございます。」
「おはよう。―四月一日さん、入院したみたいだ。」
先輩がそう言ってスマホを見せた。行方不明だった美希が見つかり、病院で入院しているという記事だった。
「コテツがあの後、カクで情報を集めてくれたよ。……うつ病らしい。元々その兆候があったところに、クビナシ化で発症したみたいだ。」
「ギョクで猫ちゃんが言った通りになったね。すぐ元気いっぱいとはいかなかったかー。」
ほのかがしょんぼりした顔で言う。私はクロワタの中で聞いた声を思い出した。絵を描くことが呼吸だと言っていた美希が、絵を描くのが惨めになるなんて。相当悩み追い詰められていたのだろう。
「……今日、四月一日ちゃんギョクに来るかな?」
「来ると思うよ。コテツ、通行手形こっそり渡してたから。紡用ではないけど。」
先輩が言った。
「あの子はもう少しギョクで充電がいるって。だから今日四月一日さんが眠れれば、きっと来るよ。」
「じゃ、会いに行こう!ね、のぞみん。」
ほのかの言葉に、私は深く頷いた。
その日の夜、私は交換ノートを抱えて観測局に来ると、すぐに病室に向かった。
「美希。」
「ん、のぞ。」
美希は病院のパジャマを着ていた。そして、手には昨日渡したビスケット。
「これ、ちゃんとポケットにあった。これ、現実なんだね。」
「そう。信じられないかもしれないけど。あとね、美希はずっと、私と一緒にこの世界を巡ってたんだよ。」
「え?」
私は持って来たノートを取り出した。
「それ……!」
「覚えててくれたんだ。ごめん、私こんな風にしちゃってて。」
私はバリスタさんのページを開いた。
「探偵……。男か女か分からない……。そうだ、そういうお題、出した。」
「美希がどれだけ覚えてるか分かんないけど、私、ギョクに来てからずっと美希に助けられてたんだよ。美希は、このバリスタさんになっていたの。」
「バリスタ……。」
美希はしばらく絵を見つめていたが、ふいに大きく目を見開いた。
「な、なんか思い出しそう……。」
美希は大きく深呼吸をすると、ベッドの脇にあったペンを取った。そして、私が塗りつぶした次のページに、絵を描き始めた。
「ぼんやりだけど、なんか、こういうの……。」
ゲンゲさんらしき人物やタビっぽい猫、樹海、火事とウォータースライダー。ざっくりとしたスケッチだが、どれもバリスタさんと行った場所だ。
「ぼやっと、今頭に浮かんだ。これ、バリスタの記憶?」
「うん。そうだよ。口で説明すると大変だし、多分一日じゃ話せないからさ―」
私は、寝る前に下ろしたノートを取り出した。題名は『部活ノート』、名前は『朝倉希美』そして『四月一日美希』とある。
「交換ノートしようよ。一ページ目には、私がもう書いた。この夢と、バリスタさんの事。それから、いつものお題。」
美希がノートを開いた。しばらく目で字を追っていたが、ある一点で止まる。そして、ふっと笑みをもらした。
「無茶ぶり、だ。」
「大丈夫。美希なら描けるよ。楽しみにしてるね。」
夢充夜 根古谷四郎人 @neko4610
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