間章 幻想のラミエル

【燃えろ】【燃えろ】


【苦しめ】【苦しめ】


 【みんな死ね】


【死に絶えるがいい!】



 私は、この世界を滅ぼそうとしていた。ただの人であった頃から絶望と怒りに苛まれていた私に、原初エバは現れ、器とした。原初エバにとっても利害は一致していた。


 今の生命を全て滅ぼし、新たなりつ、世界を作る。原初エバは既に、今の世界の形を見限っていた。私なら、その目的を達成できるものがあると見込んだのだろう。


 実際に、人であった時から怒りと憎しみに苛まれ続けて、絶望していた私はその道を一直線に進んでいった。世界のあらゆる戦争に飛び込んで、この身一つで何処の国かもゲリラかもテロリストかも関係なく、文字通り叩き潰して回った。


 核兵器の実験場も、殺人ウイルスや生物兵器を製造する研究所も、人工知能の神を作ろうとした冒涜者とその神も。


 その為に私に与えられた恩恵は多大なるものだった。時代遅れな刀一つで、戦場の銃弾の雨の中を駆け回り、殲滅出来得る力を与えられた。


 AIに腕を切り落とされようが、地雷を踏んでバラバラになろうが、私の命も肉体も、不滅だった。そのうち、私の存在は世界に知られるようになった。不滅の殺人兵器、異常変異個体、亡霊、死神、悪魔。

 様々な名で、人類の組織達は私を追い始めた。


 呪いを遺した理由を教えよう。


 単なる、世界への嫌がらせだ。


 私を追っていた連中は、その頃には大勢いた。たとえ電子仕掛けの機械に切り落とされた肉片でも、喉から手が出るほど欲しがるだろう。


 身に有り余った憎しみを肉片の中に封じて、与えてやった。


 見事、肉片を見つけてきた奴らは、その呪いに耐えられず、狂って死んでいった。最初は触れたものだけを狙うそれだけの効果だったが、やがてなにもしなくても、効果は別のものに置き換わり始めていた。


 私の憎しみだけではなく、この影響を受けて死んだ者の無念と憎しみを吸収し、増幅していた。肉片は、私が意図して作り出したものとは違う、一種の分裂体コンストラクトとして、自我を持ち始めていたのだ。


 分裂体コンストラクトとして誕生した憎しみの塊は、やがてオリジナルを求めた。オリジナルの持つ憎しみの感情と原初エバの器としての恩恵が備わった個体、母であり、同一である私に、戻ろうとしていた。


 原初エバとの一体化が進み、より原初エバの思想と私の思想との矛先が通じ合ってしまったことで、意図しない暴走を引き起こし、あの災厄が起きた。


 災厄を起こしたことで、分裂体コンストラクトであるあの遺物は、またより強い力を持ってしまった。


 君と出会ったその時から、誰の手にもない状態で、憎しみを振り撒き始めた。遺物もまた、人の世を滅ぼすための兵器と化した。


 人が人を殺す。愛があればあるほどその反動は凄まじい。尽きることのない愚かな感情も行為も、糧となる。そして最後、オリジナルの元に戻る事によって完成する。


 世界を作り直すための殺戮ではなく、生命そのものを殺し、りつを壊すための爆弾に。それは、原初エバも望まない。星への冒涜行為だ。


 

「だから、俺をここに連れてきたの?遺物を壊す為ではなく、君が遺物と融合するために。あれだけやってまだ、破壊を望んでいたって?俺の中に巣まで作っておいて、何処まで俺を利用してた?」


「…意図しない暴走の末とはいえ、あの時やったことを後悔はしていません。故郷には、他人の事を散々侮辱しておいて、のうのうと普通の幸せな暮らしをしてた腐れクズがいっぱい居ましたから。その復讐を果たせれば、"私"は満足だったので、今さら、世界の破壊など望みませんよ」


「随分素直に言うね。復讐で収まってなんかないのに後悔はないって、どういう考えしたらそうなるの??」


「もうどうせ、近いうちに死ぬ奴らだと思ってたから。それに、視界に入るだけでも殺し方をいちいち考えてたほどには、人間が嫌いだったぐらいですからね。…でも、君を傷つけるようなことをするつもりはなかった。それは本当に、すまなかったと思っているよ」


「そう言えば俺が喜ぶとでも思ってるのなら、馬鹿にしないでくれる?異常だよ、君」


 そんなものに好かれていたと思うと虫酸が走る。そうはっきり言った恭一に、ラミエルは「知ってるよ」と、困ったように微笑む。


「何人、君の一時の迷いで、死んだと思ってる?何人、人生が狂ったと思ってる?その全てに何も罪悪感はないって言うなら、悪魔そのものだよ、原初エバに選ばれる前からね」


「私はただの分裂体コンストラクトですから、オリジナルの全ては知りません。けれど、君達人間にとって敵であるのは、間違いない。

人の滅亡が望みであったのだから。君にもよく分かるだろう?終わることのない争いを続け、正論を説いても頭のおかしいバグみたいな奴らが湧いてくる。平和の中にいれば、いつかあった苦しい時代の事は忘れて、再び惨劇を繰り返そうとするだけの、愚かな世界が続く」


 何故救世主は現れないと?救済は必要か?。いずれ曲げられる信仰に、なんの意味があろうか?救世主イエスどころか、私という殺戮者が介入しても、何も終わらなかった。


 星は傷ついている。今ある生命を絶やさなくてはならない。だから原初エバは、私の前に現れた。それは私が、もう何もない者で、実行に躊躇を表さない、適した器だったから。



「でも、最後の方で、君という存在がこの世にある事を知ってしまった。宿命の者、出逢えば必ず惹かれ合う魂の片割れに」



 これは、私への罰なのだろう。この虐殺の代償か。


 私はもう、君と一緒にいることは叶わない。これから君の魂が、何度別の体に生まれ変わったとしても、『心臓』となった私は、もう生命の一つとして生きることは出来ない。


 それにもう私は、人としては許されないことをした。血と臓物に染まった体が、何よりの証拠だった。



 だがせめて、君を死なせはしない。それが今、私が私でまだある時にしてやれる、最後の事だと。


 君を瓦礫から助け出して、焼き尽くして破滅した世界に背を向けて立ち去った。滅亡の間際で手に入れた、君の小さく暖かな温もりと、魂を感じながら。


「その時…色々と考えが変わった。私にもアイテルのように、触れた時にその者の事が少し分かる。私は…未来が見えた。色んな未来だ」


 ラミエルはそう語る際、何かの感情を堪えてるかのように上を向きながら話す。それは、叶うはずだったものとこれから起こりうる可能性の全てだったものだと。最悪なものもあれば、それよりマシという未来の可能性だ。


「託そうと、決めた」


「何を?」


「私が…オリジナルとしての私は、肉体も思考も原初エバの物となり、失われる事が分かっていた。そうなったら、少しの理性で原初エバの思想を抑えることも、あぁいう殺戮から我に還る事も叶わなくなる。遺物に関しても、私が破壊しに行くにはもう時間がなかった。それ以上に、遺していかなければならないことがたくさんあったから」


 私が見た可能性の為に。私が残したものの為にと。

 遺物は、私がいなくなった時には大人しくなるだろう。あの時もまだ何処かに保管されていて、そこにあるだけで周りを危険に晒すところまではいっていなかったはず。

 だから…宿命の者である君に、託すしかなかった。いずれ辿り着くであろう遺物の破壊を。


 再び君は、私である肉片と出会うことになるだろうと見越して。


 傷ついた君の体を癒すのに使った原初エバの力のおかげで、いつかあの遺物は私の遺した残り香を感知して再び動き出すだろう。君を求めて、君ごと残った私の残留を取り込もうとするだろう。

 あれも私から生まれた私そのものだ。宿命の者である君をも、求めるに違いない。


 それはけして避けられないと思った私は、君の中に自分を切り離して、宿した。君を守り、導き、癒す為の分裂体コンストラクトを。


それが、今の私。


「私はずっと君の中にいた。君が強い霊力を持ち、人には見えないものが見えた。祈り柱達の関心を惹いたのも、これで、分かったでしょう?」


「…天使も悪魔もなければ、俺の力でもなく、君のオリジナルの一部だったと」


「そう。ただ…私はそういう目的だけを持たされて作られたので、肉体はないし、目覚めた時にはそこまでの記憶は封じられていました。でも、君がいずれ辿り着くと踏んでいた遺物へこの間たまたま接触した時に、徐々に思い出してきましてね。どうやら、この呪いとの接触が鍵となったようです」


 恭一はアイテルが不思議に思ってた時の事を思い出す。呪いが馴染んでいて、ここまで侵食されていてもなかなか狂わない恭一に、不思議な目を向けていた時の事を。アイテルですら、恭一から呪いを吸い取り、自我が崩壊しかけている状態になっていたのに。恭一には耐えられた。

 あれは、ラミエルという呪いを作り出した者と同一の存在が、自分の中にいたからだということが決定的になる。



「だから、元凶はアイテルではない。そうでしょう?安心しました?」


 そう言ったラミエルに恭一は一気に腹の底から沸いた怒りと共にラミエルと距離を詰め、薄いワンピースの胸元を引っ付かんで迫った。

罵倒するわけでもなく、ただ無言の怒りを噛み締めた、鬼気迫る表情で。

 ラミエルは黙ってそれを見つめ返していたが、普段から感情を表さない恭一が態度に出したことを、初めて自分に真っ向から怒りをぶつけようとしているのを、喜んでいるかのように微笑んだ。


 憎め、憎むがいい。オリジナルがそうしたように。それが私が代わりに受けるべき罰なのだ。


「言ったでしょう。私は君を地獄へ連れていく者。君が選択した望みは、叶えます。私もあれを破壊したい。その後、君が私をどうしようと受け入れましょう」


「アイテルを殺したらただじゃ済ませない。君は、本物の悪魔だ」


「いいえ。私は最初から、君の守護者ですよ」


 ラミエルはにっこり微笑んで、明確に恭一にそう告げた後、バサッと呪いの灰を振り撒く片翼を広げた。



らう。いえ、ゴーワンの目的を言うのを忘れてました。彼はどうやら、オリジナルをこの世に復活させることにあるようですね。原初エバの子宮であるアイテルを殺して、子宮をこの世界から排除したのちに、その肉体を新たな器としたい。以前、咲がアイテルを殺すことが目的と君に話してましたが、彼は原初エバの干渉を遠ざけようとする前に、どうしても、オリジナルの私に用があるみたいです」


「それなら、どうして奴が俺の中に入り込んできた時に、君を奪わなかった?あの時気がついたはずだよ、君が分裂体コンストラクトだということに」


「今の私に、彼が求める全てはありませんから。ただ、その辺にいる分裂体コンストラクトと少し異なる点については、気がついていないでしょう」


「待って。君みたいなのがまだいるの?」


「いますよ。君だって会った事あるでしょ?まぁ、それは今はいいじゃないですか」


 ラミエルはそう言ってはぐらかしたが、こんなものがこの世にまだどれぐらいいるのかと思うと、恭一は気が遠くなりそうだった。


オリジナルの復活と、世界壊滅爆弾の方が、よほど重要性ありますでしょう??もう失われたオリジナルがまた顔を出してくるのかは正直、微妙ですけど、復活と爆弾が両方重なったら、それこそ私や君達が束になっても止められないので」


「…どうしろと言うの?」


「先ほど、アイテルが君の呪いを奪っていきましたが、私の中の呪いは奪えず残ったままです。君はまだ彼女の存在を追える手段があります。その後は、彼女が遺物に触って飲み込まれる前に再び、君は彼女と呪いを共有して引き戻してください。彼女が原初エバの力を使ってくれなければ、破壊するのは難しい」



「最初に言ってた事と同じことでいいんだね?言っておくけど、破壊とか言っておいて、また自分のイカれた野望を叶えようとかで俺の外に出てこようとしたら、本気で殺すからね」



「しないってば、もう済んだ事だって。私は世界などどうでもいいけれど、君とアイテルの事は、助けてやりたい。そう考えているんだから。…だから、お願いです」



 どうか私を、壊してください。


もう私はそこにいます。君をただ、待っているのです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

原初《エバ》 澄明の守護者 作者不詳 @humei-9g30

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ