死者の罠
「針が一本多い?」
「これを見てください」
開胸された遺体の咽頭から胃に続く食道に一本の針が刺さっていた。
医者は不思議そうにしているが、惨たらしい体内をわざわざ確認しようとする酔狂な奴はいない。
「そんなことわざわざ報告するでない。鼻がひん曲がりそうだ」
胃の内容物の饐えた臭いは気絶者が出てもおかしくないほど異臭を放っている。
ハンカチで鼻を押さえて足早に屋敷に戻ろうとする長老を今度は楓が呼び止めた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます──長老は自分で宣言したのにお兄ちゃんに針を一本多く飲ませた」
「あ?」
「長老は嘘をついた……みんなも聞いたでしょ!」
澱んだ空気を散らすように一陣の風が吹いた。
証拠を盗むことが困難であることを理解していた裕也は、捕まること前提で長老を道連れにする道を選んだ。
その方法とは指切りの制裁を与えられる直前に持参した針を一本飲むことだった。針を飲ませるのは長老の役目、そしてその時には必ず指切りの文言を口にする。
裕也は悪魔的な方法で長老に嘘をつかせるのと同時に、全ての島民を証人に仕立て上げた。
光を失っていなかった瞳の意味をようやく理解した楓は、涙をグッと堪えて長老を糾弾する。
「長老だから指切りの制裁が免除されるなんて通用しない。この場にいる全員が『針千本のます』という言葉を聞いてる」
「馬鹿馬鹿しい……」
長老は戯言として片付けようとするが、島民の様子がおかしいことに気付く。
「嘘をついたなら制裁だろ!」
「そうだ! 逃げるな!」
裕也と楓の行動が実を結んだ瞬間だった。
変われるチャンスを掴もうと誰かが発した言葉は、指切りの風習に疑問を抱いていた層に一気に広がる。
指切りを信仰していた上の世代も、長老が嘘をついたという事実を捻じ曲げようとはしなかった。
窮地に立たされた長老は青年団を盾にするが、逆に両腕を掴まれて拘束されてしまう。
「は、はなせ! 裕也が自分で針を飲んだんだ!」
長老の推理は的中していたが死人に口なし。状況を覆すことは不可能である。
「往生際が悪いですよ」
「長老が嘘をつかれるとは非常に残念です」
青年団も早々に見切りをつけて制裁の準備に取り掛かる。
「あれだけ甘い汁を吸わせてやったというのに、ワシを裏切る──」
青年団の一人が長老に口封じの拳を叩き込む。
年齢を重ねて脆くなった歯は簡単に抜け落ち、口からは滝のような血がとめどなく流れる。
孤立した長老の結末は一つ。
「今から嘘をついた罰として指切りの制裁を与えます」
楓が主導となって音頭を取ると、青年団だけではなく複数の島民が長老を殴る役に立候補した。
家族、恋人、友人。指切りの制裁によって殺された故人の恨みを晴らすように、一発ずつ念を込めて殴る。
長老が逝っても拳の雨は止まない。
楓の両手は腫れ上がっていたが長老の頭上という特等席を譲る気はなかった。
誰一人として殴った回数をカウントしていないのは、苅山島全体が指切りの呪縛から解放されたことを示唆している。
口は完全に潰れていて針を飲ませる隙間などない。
それでも制裁は続く。
長老が肉塊に変わっても、楓は一心不乱に殴り続けた。
指切り 二条颯太 @super_pokoteng
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