長い長い制裁
「ワシの家で何をしておった」
「不正を暴いてた」
島民の前で尋問を受ける裕也はピンチをチャンスに変えるべく攻勢に出る。
「長老は指切りの記録映像を売りさばいてる!」
裕也の告発を受けて島民たちの間に動揺が広がるが、長老は顔色一つ変えない。
「そこまで言うのなら証拠を出してみろ」
「証拠は……あんたの家のパソコンにある」
「憶測で語られては困るな」
「本当だ! 信じてくれ!」
島民に訴えかけるも楓の時と同じで賛同は得られない。
「長老は指切りで稼ぐ悪人だ──」
「裕也は嘘をついた! よって今から掟に則って指切りの制裁を加える」
長老が宣言すると青年団がゾロゾロと裕也を取り囲む。
「お兄ちゃん、逃げて!!」
状況を打破しようとナイフを片手に暴れた楓は、指切りを崇拝する老人たちに押さえつけられる。
その刹那、裕也と楓は目が合った。
焦燥感に駆られる楓とは対照的に裕也の瞳は光を失っていない。
その理由が判明しないまま制裁が始まった。拳にバンテージを巻いた青年団が裕也を取り囲み、一発ずつカウントしながら殴る。
長老は下卑た笑みを浮かべて高みの見物を決め込み、楓は金切り声を上げて止めるよう訴えかける。裕也は無抵抗を貫き、島民は複雑な表情でそれを眺める。
三者三様の反応も制裁が数時間続いた頃には疲れへと変化していた。
一万発殴るのは複数人でもかなりの労力が必要とされ、見届ける方も人が虫の息になっていく様を目の当たりにするのは精神を削られる。
楓は諦めの境地で弱っていく裕也を見つめていた。
鼻を突く死臭、石榴のように染まった顔。家族を滅茶苦茶にした張本人が目の前にいるのに襲い掛かる気力すら湧いてこない。
「そこまで!」
指切りの前半部分である拳で一万回殴る制裁がようやく終わった。
返り血を浴びた青年団は疲れ切っていて制裁の前と遥かに老けたように見えた。
「まだ息はあるな」
裕也の口元に手を当てた長老は満足気にうなずくと、医者から針束を受け取った。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。嘘つきには千本の針を飲んでもらうぞ」
ガッと針を掴むと強引に突っ込む。吐き出そうと抵抗するも満身創痍の体では馬乗りになった長老をどかすことも難しい。
針が頬を貫通しても長老は一切手を緩めない。
「飲め! 飲まんかっ!」
裕也の口腔が銀色で満たされると、近くに落ちていた角材を押し込んでスペースを確保する。
楓は諦めにも近い感情でそれを眺めていた。死に際の反応まで父親と一緒だと、フラッシュバックした映像を重ねて乾いた笑みを漏らす。
半分を超えたあたりから裕也はピクリとも動かなくなった。
死亡していることは全員が理解していたが、針を千本飲ませるまで制裁は終わらない。
誰もその場を動かなかった──というより動けなかった。
はしゃいでいた子供たちは母親の背中に隠れるようにして制裁を見守り、乳飲み子もこの時だけは空気を読んだように静かにしている。
長老は最後の針を上顎の隙間から口の奥に押し込むと、達成感溢れる表情で血と吐瀉物まみれの手を裕也の服で拭った。
「映像は?」
「はい、ばっちり撮れてます」
「ご苦労だったな裕也。これは記録用として使わせてもらうぞ」
長老は死者を煽ってから一服に向かう。
制裁に使用された針は医者が一本ずつ丁寧に回収していく。
楓の心からの叫びで反旗を翻そうとしていた島民も完全に意気消沈してしまった。
逆らうのは無駄、自分はああなりたくない、そんな空気が漂っている。
脳が計画の失敗を認識した途端に小指が酷く痛み、レンズを絞ったように視界が狭くなった。
茫然自失の楓の前に一服を終えた長老が血みどろのまま立つ。
「楓のついた嘘は指切りの前ということで制裁の対象外だ。そして小指を失ったことで指切りもできなくなった。だからといって共犯関係にある楓を無罪放免するのはどうか。皆の考えを聴かせてほしい」
まず意見を求められたのは長老の息がかかった青年団。
「指切りを否定するのは苅山島の根幹に関わります」
「指切りの誓いを回避するために小指を切断するなど言語道断です。何かしらの制裁を与えなければ示しが付きません」
長老はあごひげを撫でながら思案する。
「他に意見がある者は──」
長老の問いかけに対して島民は無言だった。
「致し方あるまい。楓はしばらく懲罰房に入ってもらう」
出来レースのような展開に辟易しつつも楓は素直に従う。
「ま、待ってください!」
全てに決着が付いたと思われたその時、裕也の体を解剖していた医者が声を上げた。
「針が一本多いんです」
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