決断
そして指切りの誓いが始まった。
紹介が終わり今は長老のありがたいお言葉を拝聴させていただいている。
心ここにあらず、楓の頭の中は裕也のことでいっぱいだった。
「続いては指切りの誓いに移ります」
青年団の言葉で我に返った楓は、促されて一歩前に踏み出した。
長老が黄ばんだ歯を覗かせながら小指を立てる。
ここで指切りをすれば誓いが完了となり真の島民として認められるが、楓は少しでも時間を稼ごうと手を引っ込めた。
「どうした?」
「すみません、ちょっと緊張して……」
「誰でもそうじゃ。焦る必要はない」
長老は気持ちが整うのを待ってくれる。島民たちも過去の自分を思い返しているのか、誰一人として苦言を呈する者はいない。
しかし何事にも限度が存在する。
胸に手を当てたまま深呼吸を繰り返すだけで一向に指切りに踏み出さない楓に、徐々に疑いの眼差しが向けられる。
ざわめきを無視して目を瞑ったまま時間が過ぎるのを待つ。
「楓」
「もう少しだけ……気持ちの整理が──」
「何か隠しておるな」
長老は鋭かった。
ゆっくりと目を開くと、一部が白濁した長老の瞳が楓を凝視していた。
「裕也はどこにおる」
「風邪です」
「嘘をつくな」
「嘘じゃありません」
堂々巡りになることは目に見えているので、長老は強引に指切りをさせようと手を伸ばす。
「これで裕也が家にいなかったら嘘をついた罰として制裁を受けてもらうぞ」
「私は指切りをしません!」
と言って楓はポケットから果物ナイフを取り出した。
危険を察知した青年団が長老を下がらせる。
張り詰めた空気の中、無言の睨み合いが続く。
「まさかワシを殺しにかかるとはな。両親の復讐なら逆恨みもいいとこだぞ」
「殺す? ナイフを持っただけなのに変な言いがかりはやめてください」
意図を問われた楓は地面にナイフを突き立てて固定すると、そこに小指の第二関節をあてがった。
全員が楓の行動を注視する中、
「掟なんかクソくらえ!」
裁断機のレバーを下ろすが如くナイフを引いた。
ゴリッ──と鈍い音が響いたかと思うと楓の小指から鮮血がふき出した。
そんなことお構いなしに反対の小指をセットして躊躇なく切断する。狂気じみた笑みを浮かべた楓は、転がった小指の先端を長老に投げつけた。
「これで……指切りはできない……」
短くなった小指をヒクヒクと動かして見せると悲鳴が上がった。
「私は人間だから人並みに嘘だってつく。こんな当たり前のことの代償に小指を払うなんて、みんなはおかしいと思わないの!?」
楓の訴えは一部の島民の心を揺さぶった。
だが悪戯に揺れ動くだけで反旗を翻すには至らない。
(ごめん、お兄ちゃん。私にはやっぱり無理みたい)
それでも時間稼ぎという大役は果たし、後は全て裕也に託す形になった。
しかし、
「長老の家に忍び込もうとしている所を捕まえました!」
拘束された裕也が連れてこられると、楓は膝から崩れ落ちた。
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