溺愛ヒロインが嫌でトンズラしたら相手王子がホラーっぽく出現するようになって余計無理

まるめぐ

溺愛ヒロインが嫌でトンズラしたら相手王子がホラーっぽく出現するようになって余計無理

 夜寝てふと目を開けたら朝だったのは良かったけど、知らない天井だった。


「あーこれはまさかの異世界転生とか転移だなあ?」


 どうせ夢落ちだよねと思って呑気に冗談を口にして背伸びなんかをしちゃったけど、結果を言えばマジな異世界転移だった。


 しかも精神だけのやつ。どうしよ……。


 姿形は可愛らしいというか薄幸そうな美少女。

 見るからに冬場寒そうな狭い屋根部屋で所々ヒビの入った鏡の前に立つ私は、転移先の自分の姿を見つめた瞬間、この体の持ち主が体験してきた記憶の数々が頭の中に流れた。


 だからこそここが小説世界で、自分はその主人公のココだって気付けた。


 因みにココの本名はコーネリア・ロザリア。


 この小説はとにかく主人公ココがとことん不幸な生い立ちなんだよ。まずは彼女が七歳の時に両親が馬車の事故で他界して、以来養女として引き取られた叔父夫婦には両親の屋敷を乗っ取られて下働き扱いされて、しかもその夫婦の意地悪娘から虐げられて育つ。


 だけど、人生の転機が訪れる。


 運命の男がココを底辺人生から救ってくれるんだ。


 彼は街中でココを助けてその際ココに一目惚れ。ココがどういう人間か知りたいと近付いて純粋な中身にも惚れる。

 ココの窮状を知り密かに手助けする彼は、彼女の本来の身分も調べた。ココは伯爵令嬢なはずで、彼女の亡き両親はビジネスも成功させて遺産は腐るほどあったはずなのに、卑しい叔父家族にいいように騙されて自分の家の伯爵邸で貧しい身なりで下働きさせられてたんだよね。遺産だってほとんどそいつらに食われていた。

 彼はその事実に大層激怒してココを強引に屋敷から連れ出して彼の家に住まわせる。


 彼エリック王子の家――王宮に。正確には王子管轄の離宮だったかな。


 そうなんだよ、主人公のお相手はこの国の王子様。ま、定番っちゃ定番のヒーローの設定だ。


 苦境から救い出してくれて何度も熱心に支えになってくれるエリックにココは次第に心惹かれていく。よくあるよくある。

 エリックもアプローチを兼ねてココの手助けをしていたからある意味彼の作戦勝ちだね、うん。

 当て馬はちょろっといたけど、所詮は当て馬だから最終的に二人は恋人になって結婚して愛を確かめ合ってのハッピーエンド。

 後日談では四人目を妊娠中のココと変わらず甘甘なエリックとのいちゃこらが書かれていた。


「はあ~~~~~~~~……」


 もう状況を悟ったら絶望しかない。ボロい鏡の前でうちひしがれた。

 リアルにファンタジーを体験していて、いつ元の世界に戻れるかの心配をしたからじゃない。


「マジでやだ。エリックが」


 私がココならそのエリックと結ばれないといけないわけでしょ。


 あ~、マジで死のうかな……元に戻れるかもしれないし。


 もうね、ホント嫌なんだよ。


 ハイスペックのイケメンの彼の何が嫌かって?

 いつもココを星入りの気持ち悪い瞳で見つめてきて、ぐいぐい引っ張っていく俺様気質とか、絶対拒否されないよな俺はって妙な張り切りと根拠のない自信に溢れているエネルギッシュなとことか、乙女をキュンとさせるメインキャラだからか無駄にカッコ良く気障な台詞ばっか吐くとことか、あと剣と魔法が出来過ぎるのはチート過ぎて嫉妬する。だってココはその手の能力に関しては凡人も凡人で無力なのに。


 だけど、エリックは物語の中じゃマジ人気。この世界の令嬢全部が彼を好きって言っても過言じゃない。


 実際元の私の世界でもエリック推しがダントツだった。

 一般的には高評価。


 だけどねー、私はエリックってキャラが個人的に好かなかったわけ。


 ぶっちゃけるともう顔も見たくない元カレがエリックみたいな奴だった。付き合ったら過保護で過干渉で押し付けがましくて愛が強くて重くてしつこくて激しい男になった。そこだけ見るといいじゃん溺愛で~って言われる事もあったけど、こっちの意見を聞いてくれないんだよ。段々とストレス溜まってあーもう無理ってなった。贅沢って言われそうだけど構われ過ぎるのが嫌いなタイプの人間なんでしょーよ私は。

 だから読んでいて何度もイラッとした。不愉快ならどうして途中で読むのを止めなかったのかって?

 身内が原作者だったからね、一通り読んだってわけ。


 そんなわけで、私がココである限りこの小説はハッピーエンドにはなりません。


 何故ならばっ、私はココとして生きるに当たってエリックにだけは遭遇しないようにしようって誓ったんだ。


 一目でも見られれば惚れられかねない。


 そうなると執着が始まって身の回りをうろつかれる。想像するとかなりうざい。

 これからをストレスレス人生にするためにも私は今のココが何歳でどういう環境にいるのかをまずは把握。


 ココことコーネリア・ロザリア伯爵令嬢は、現在十二歳。


 叔父一家に絶賛無下にされ中で、エリックと初めて会うまではおよそ三年ある模様。


 よっしゃ! これなら余裕で回避できそう。

 けど少なくともこの先エリックに会うまでの三年間は虐げられるって設定なんだよね。そんなの看過できない。


 この私が三年も泣き寝入りな夜を過ごすとでも?


 はんっ、エリックなんかに頼らなくても自力でロザリア伯爵家の遺産を全額取り戻して叔父一家を足蹴にしてあげるわ。

 エリック抜きでコーネリア・ロザリアな人生を謳歌してやろうじゃないの。

 ただねえ、伯爵令嬢としてやっていくと上流階級は狭いから舞踏会とかでエリックとは遅かれ早かれ顔を合わせると思う。


 だから伯爵令嬢はやらない。


 身分を隠して一庶民としてのんびり田舎ででも生きていこうと思う。


 ココとして目覚めたその日に、私はそんな利己的な決意も固めた。





 それから三年。十五になった私は意地悪叔父一家に大きな手痛いしっぺ返しを食らわせて、今や屋敷の女親分として幅を利かせて……じゃなかった、女主人に君臨していた。


 屋敷の使用人達は今や私を見かけるや慌ててザザッと畏まってこうべを垂れる。

 遺産の正式な相続人は私だし、爵位も女子相続が可能な国だから私は実は伯爵令嬢じゃなくてロザリア女伯爵だったりするせいもあるだろう。生殺与奪を握る私の不興を買って解雇されちゃあかなわないってか。まあその通りだから別にいいけど。

 叔父達にはきちんと法律家を雇って浪費した分まで返すようにって法的措置を取った。逆恨みで襲って来られても困るし、懲らしめる意味もあって監視の人間も雇ったから安心だ。

 だから今もどっかで叔父一家は馬車馬のように働いているんじゃない? はんっ自業自得~。


 私は裏では冷徹にもそんな処理をこなして、終には屋敷も競売にかけて売却。誰が購入したかは敢えて知ろうとも思わなかった。もう二度と戻らない場所だし特筆すべき思い出もない。両親とも暮らした場所だけど悲しいとは思わない。ココの記憶はあるけど真実の私のものじゃないからね。そうは言っても人並みに同情はした。ま、善き思い出はいつも心の中にってい~い話っぽく纏めよう、うん。


 もうココたる私には帰る家はない。


 だから気兼ねなくどこにでも住める。


 そうして表では普通人として身分を偽って慎ましく暮らしている。


 慎ましくして生活を便利にしないのは下手にお金があるって知られるとトラブルの元だから。

 今は領地を信頼のおける管理人に任せて私自身はそこから離れている。何か必要とあれば連絡をくれるはずだ。今のところは何もないから良かったよ。たぶんこの先も大きな揉め事はなく領地経営の決済時に戻るくらいだね。


 で、こうしてよくあるざまあを果たした私が一人でどこに住んでいるのか?


 当初から考えていた通り片田舎ののどか~な町だよ。


 エリック王子もこんな牧歌的風景しかない場所には縁がないだろ。小説内でも公務で王都やその近隣の貴族の領地を主に行き来している彼がそこから遠く離れた辺境くんだりまで来るとは思えない。

 安心だ。これからもこの町が私の生活の拠点だね。ここでひと冬越してみて雪深い地域で多少の不便や我慢は強いられるってわかったけど、余計なしがらみがない分伸び伸びできる。プラマイゼロ。ううんむしろプラスかな。


 物心ともに安定の毎日を手に入れた私は、今日も町のパン屋に買い物に出掛けた。


 雪が落ちるよう造られた角度のある屋根と、多くの積雪にも耐えうる重厚な煉瓦と石造りの建物の並ぶ一角にそのパン屋はある。

 のどかな割には広~いこの町にパン屋は三軒あるけど、私が一番美味しいと思うのがこれから入る店だ。季節は初夏。雪はすっかりない。


 石畳を弾んで歩く私はいつものように元気にパン屋の扉を開けた。


「おっはようござぃ――っ!?」


 カラン、と小さなベルを鳴らした扉が静かに閉まる。


 私はたった今開けた店の扉を開けなかった事にした。


 何事もなかった穏やかな顔付きで扉表面を優しく撫でる。あたかも気持ちを宥めるかのように。


 うん、何も見なかった。


 何もいなかった。



 エリック王子なんていなかった!



 あ、パン屋の前に肉屋さんに行かないとなああ~。

 私はすぐ隣の店舗に全速力で駆け込んだ。

 直後、パン屋の扉が開いたベル音がして背筋が凍ったわー。

 彼から私の姿は見えなかったはず。だって背中だったし。

 後姿でどうして王子だってわかったのか、そこは声を大にして説明したい。

 彼の服がヤバすぎるくらいに自己主張していたんだよ。

 王子様な白い夏用の上着の背中にさ、何と「エリック」って大きな刺繍が入ってた。小説内でも描写されている彼の奇抜な服装でもある。あんたは族か!

 ココもさすがにそのカッコは王子です襲いたい方は襲って下さいって宣伝して歩いているようなものだから安全警備上危ないでしょって諭して止めさせたんだけど、このエリックには可哀相にもそう言ってくれる彼のココはいないから、そのまま服が名刺代わりの男として生涯を終えるのかも。


 同情はこの辺にして、私は肉屋の店内で息を潜めた。


 顔なじみの店主のおじさんは怪訝にしているけど身振りで少しお邪魔しますって伝えたら頷いてくれた。

 はー、僅差だった。けどね、この私がね、天敵のヒントを見落とすわけがないよ。人生かかってるからね。


「今確かに誰かがいたよな」

「ああ、ドアベルの音がしたからな。入ってこなかったのは、こちらを見て何かまずいと思ったからか?」

「うーんどうだろうな。まあそうでなければ去らないか。少し身辺に注意しよう」

「ああ、殿下にもそうお伝えしよう」


 外では王子の護衛達の声が聞こえてくる。どうか早く立ち去っておくれー!


「皆、どうかしたか? 急に外に出るから俺の運命の女性を見つけたのかと思ったが、その顔色は違うみたいだな」


 この声は初めて聞く知らない声だけど、台詞からすぐにその正体が知れるってもんだ。うわー、間違いなくエリック王子殿下様々だよ。うわー。


「殿下、我々ではさすがに殿下の運命の糸を感じ取るのは無理です。そういうものは殿下御自身で見つけるしかないのです。いきなり『王都にいたんじゃ駄目だ。俺は運命の恋を探す旅に出なければ!』って言い出した時は頭を打ったのかと思いましたが、正気だったので敢えて何も言いませんでしたけど、出て来ちゃったものは仕方ありません。せめて我らは殿下が思い残すことなく伸び伸びと運命を探せるよう、御身の安全をしかとサポートするのみを使命と考えております」

「それもそうだな。他者の力を借りては運命など掴めないよな。……途中何気にグサッときたが」

「はい。ところで、先程パン屋に不審人物が現れたようなので、念のため周囲にお気をつけ下さい」

「わかった。不審人物か……不審人物、不審、か」


 肉屋の入口一枚隔てた向こうに奴がいる。極度の緊張に手に汗握るわー。しかも何なんだ、運命の相手を見つける旅って! 本来はそんなもんしなかったはずだ。


 ココとは王都で出逢ったんだし。


 もしかしたら私が王都に近付きさえしないから、何らかの物語補正がかかったとか? エリックの奇行はそうとしか思えない。


 すっかり安心していたのに何てこったい。もう頼むから早くどっか行ってちょんまげ!!


 なんてふざけたのが悪かったのか、エリックは次のようにのたまった。


「そこの肉屋の方から俺の運命の匂いがする気がする! 美味しい展開が待っているに違いない!」


 気のせいだからそれっ! ってか嗅覚半端なっ! でもそれどうせパン屋にいたしお腹空いて燻製ハムの美味しそうな匂いに誘われたとかだろ!?

 何にしろ接近こわっマジこわっ! ひいーっ入ってくるうううっ!

 そうだ顔隠そう顔!


 私はカウンターにいる店主に飛び付いた。刹那、勢い良く入口が開く。


「俺の未来の嫁よ待たせた……な!?」


 私は間に合った。


 肉屋の店主が被っていたブッチャー帽を借りて顔面に被った。顔面に!


 古びて擦り切れて小さく穴の開いた部分からエリックが見えるのはいいとして、望まずもおっさんの脱ぎ立てほやほや生帽子をスーハーする変態みたいな図になった。乙女的にキツイ心の傷よりエリックなしの明るい未来の方に天秤は思い切り傾いたんだよ。うん、悔いなし!


「「「…………」」」


 私、エリック、店主の沈黙が揃った。よし、目論見通り。この隙に店の裏口から逃げよう。


「おじさん、拙者また来ます」

「ん? あ、ああ……帽子は…」

「後で必ず返します。新しいのをプレゼントさせて下さい。サイズを計るのでこれは借りていきますね」


 私は顔を晒さないように慎重に奥に引っ込むと何事もなかったように裏口から家に帰った。帰れた。追いかけて来なかったのは変な女には近付かないように護衛に止められたのかもしれないね。或いは本人が回避したか。まあ何であれ助かった。領地に手紙を送って流行りのブッチャー帽を手配させよう。感謝の気持ちとして色違いで一ダース。


 エリック一行もこんな田舎にそう何日もいないだろうと、私は念のため三日間家から出ずに四日目でようやく町に出た。


 私の家は町の中心部からやや外れた所にあるから余所者は存在に気付かない。おかげでエリック一行の誰もここまでは来なかった。


 どうせもういないよねー。


 そろそろストックも底を突くし今日こそはパンを買わないと。

 ラッタッタ~とお気にのパン屋の入口を開ける。


「おっはようございまーすおばさ…」


 デジャブがそこにはあった。


 私は何も見なかった。



 エリック王子なんて見なかった!



 入口は勝手に風で開いたって流れにしよう、うん。パタン。


 エリック達が出てくる前に猛烈ダッシュ。


「今外に俺の運命の気配がしたんだが!?」

「気のせいですよ王子」

「そうですそうです」


 細い路地へと角を曲がってコンマ一秒でバーンとパン屋の扉が開いて声がした。セーーーーッフ! 煉瓦の壁に背中を押し付けて肩で息をする私は考えの甘さを悟ったさ。


 エリックって男は強力ガムテープ並みに粘る。


 私はその日から外出の際はお面を付けるようにした。だけどそうすると今度は町の人から変な目で見られてメンタルが削られた。しかもそういう時に限ってエリックは見かけない。私の単なる怪しいコスプレじゃん。二日目でお面はやめた。

 もう細心の注意を払って回避するのがベストだろう。


 そんなわけで、以来どこかの店の入口を開けると八割の確率でエリックがいて、それはB級ホラーかって感じで見る度に彼の角度が初めは真後ろの背中姿だったのが段々とこっちを向くように変わっている。嫌だホント……。


 エリックは何か野生の勘でも働くのか滞在を伸ばしに伸ばし、私の生活を脅かした。


 王子一行滞在十日目にして、私はこの町からの引っ越しを決意した。


 あ、流行りのブッチャー帽は後日ちゃんと肉屋の店主に贈ったよ。





 あ~これでやっと安心っと思いきや、引っ越し先で少し慣れたかなって時にエリックが運命旅と称してやってきた。

 私はまた別の地に移った。

 だけど次の所でも同じ事が起きてまた別の地に移動。でもまたまたあいつが現れて心機一転お引っ越し。


 そんなイタチごっこを十回程繰り返した末、私はとうとう王都に部屋を借りた。


 庶民っぽく一部屋を。幸い回避中は一度もエリックに顔を見られなかったから惚れられなくてホッとはしている。

 あ、次の遭遇で正面くるなって時にはちゃーんとパーティーグッズのヒゲ眼鏡とかグラサンを装着して臨んだ。当然不審者だって護衛には警戒されたけど顔を見られるよりはマシだ。背に腹は代えられない。

 よりにもよって何故に王都かってのは、これまで隠れ住んでいた田舎の町よりも何十倍も広い王都の方が隣人に無関心だし人に紛れ易いだろうって考えを改めたからだ。


 現在、私は十八歳。


 およそ三年もエリックから逃げている計算になる。


 もうやだこのハラハラ逃げ隠れ人生……っ!


 全てはあんのエリックソいやエリックのせいだ。いい加減運命がどうとかもう塩時だって諦めて手近で手頃な令嬢で妥協したらいいのに。

 はあ、と溜息をつきつき買い物途中に街路の角を曲がった刹那、ドンッと誰かにぶつかって鼻を押さえる。下を向いていたから前をよく見ていなかった。

 因みに念のためマスクを付けていた。


「たたっ、ごめんなさい!」

「いや、こちらこそ悪い」


 手で鼻を押さえたまま顔を上げた私は凍り付いた。


 油断大敵とはこの事だ。


「お嬢さん……?」


 ぶつかったのはぬわぁーんっとっ、エリックだった。


 どこかの店に入るわけじゃなかったから無警戒だったよ。


 てっきりね、扉を開けたらホラー王子ってのが彼の出現条件だと思い込んでいたから、まさか道端でばったりなんてベタな遭遇をするなんて予想だにしなかったよ。どうしよう!


 ……ん? あれ? でも反応薄くない?


 ドキューン、な衝撃の一目惚れは?

 はっ、そうか、今私はマスク着用しているから顔を全部見られたわけじゃない。だから、一目惚れもされないってこと?

 よっしゃもしそうならまだ人生詰んでない!


 それにしてもどうしたのさねーこの人ってば。


 ポツポツ無精髭生えてるし、王子様なのに身なりはくたびれてるし、その身なりはあの奇抜な服じゃないし、とても疲労困憊してるようにってかばっちししてるんだけど。


 キラキラした俺様王子様キャラはどこに? この豹変ぶりは何事?


「ど、どうしたのそれ?」

「はい? 俺が何か?」


 あ、まずい思わず。


「ああええと、何か傍から見てすごく元気がないので嫌なことでもあったのかなと。友達にでも愚痴ったら少しは気が晴れるんじゃない? ……って、ごめんなさい立ち入った発言だねこれ。どうか気にしないで。それじゃあご機嫌ようお若い旦那!」


 そそくさとすれ違おうとした矢先。


「あ! まっ待ってくれ。これも何かの縁だし、もしよければ近くの喫茶店で少し身の上話に付き合ってもらえないだろうか」


 え、嫌だなあ~……ってのがもろ顔にって言うか目は口ほどに物を言うってその目に出てたみたい。そもそもマスク顔だから目元しか見えてないしね。


 するとエリックはうるるっと捨てられた子犬のような涙目になった。


 ど、どういう状況これ。通行人がジロジロ見てくるし、皆これがエリック王子だって気付かないくらいにヒーローオーラが皆無だし、私が虐めて泣かせたみたいで物凄く罪悪感。


「すまなかったお嬢さん。急に不躾だったよな。でも何か初めて会った気がしないくらいそこそこニアミスしていたような感じがしたからつい……」


 ひいいっ鋭ーっ!


「本当にすまない。俺なんかと話したくないよな……」


 彼はハの字眉で肩を落としてすれ違って去っていく。意外にもごり押ししてこない。冗談じゃなく誰だあれレベルで自信喪失してる……?

 私は彼の異次元の勘の良さに条件反射的に鳥肌を立てながらも、トボトボとした足取りの意気消沈マックスの背中を見つめて荒く息を吐いた。爪先を大きく踏み出す。


 自分でも一体何をやってるんだって呆れる。このまま放置しとけば二度と煩わされないかもしれないのに。いつからこんなお人好しになったんだか私は。


「少しくらいなら話聞いてあげる! けど喫茶店じゃなくてそこのパン屋のパンで手を打つよ。ちょうどパンの買い出しに来たんだよね。どう?」


 仮にも一国の王子の首根っこをむんずと掴んで引っ張って、私は振り向かせる。エリックはしばしポカンとしていたけど私の言葉が浸透すると目を丸くして更には輝かせた。

 そして心から嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ありがとう、お嬢さん」


 あらやだこの人ってば、こんな風に笑ったら案外可愛いじゃない。無精髭でも気にならないレベルで。いっそキャラ変すればいいのにー。






 私とエリックは先の通りから程近い公園のベンチにいた。

 私の横にはパン入りの紙袋。奢ってもらったそれらはエリックとの間の障害物として有効に使っている。


「ふーーーーん、要は顔を見たらビビッとくるはずの運命の相手が現れず、いい加減に諦めて旅を止めろって周囲から言われて、でも諦めるのが無理で王宮を飛び出して来た、と。その悩みを相談した友人からは女の子を強引に紹介されてあわや既成事実まで作らされそうに画策されちゃって、そのせいでもう友人を信じられず、かと言って運命の相手を見つけられず、途方に暮れてふらふらしていた、と」

「そうなんだ」

「わー、あんた不運なダメ男だねー」

「自分でもそう思う」


 このベンチに座って何ともう半日、その間エリックの要領を得ない話を延々と聞かされて纏めたのが今の私の台詞だよ。いやーもう疲れた。めっちゃ疲れた。この量のパンじゃ割に合わないって! お腹空いたけど下手にマスクを取れないから我慢するしかないし話長くて辛いしずっと座っているからおしり痺れた~。


 エリックはエリックで愚痴りまくったおかげか結構スッキリした顔付きになってるよ。


「ああそれから、俺は嫡男なんだが、このような身勝手て情けない跡継ぎは相応しくないとされて、弟に立場を取って変わられるかもしれない」

「……え!?」


 弟に!?

 エリックの弟って言ったら我が儘放題の暴君気質の第二王子エドガーだっけ?


 それがエリックの立場――将来的にエリックは次期国王たる王太子になる――になっちゃうなら暴君エドガーが王様にもなっちゃうわけで、そうなったら周辺国と戦争三昧になりかねない。


 私の庶民生活の安泰が崩れる可能性が特大だ。じょーーーーうだんじゃないっての!!


 ここで適当にあしらってエリックを腐らせたら駄目だきっと。


「お嬢さんは俺の現状をどう思う? お嬢さんだったらどうする?」

「私なら? うーん、ま、不確定な運命とやらは綺麗サッパリ諦めて自分の出会った人達を大切にするかなあ? ほら、あんたが気付かないだけで実はもう出会った人がホントのホントは運命かもしれないっしょ?」

「そんなわけは……」


 私は腕を伸ばしてバシバシとエリックの背を叩いた。


「だぁ~から~、それだよそれ、勝手なその思い込みが駄目なんだって! 世界は広くて沢山人がいるんだよ? その綺麗な目をちゃーんと開いて見てみなって、な! あんたの身近にいる人を思い出してみなよ。その中にきっといるって」


 私はからからと笑って促した。


「綺麗な目……ならお嬢さんの方こそ綺麗な目だ」

「あらありがと」

「身近に……」

「そうそう、思い浮かべてじっくり考えてみなよね」

「お嬢さん……」

「うん? どした?」

「ここまで率直な意見を言ってくれたのは君が初めてだ」

「そ?」


 何故かエリックがじっとこっちを見つめてくるからキョトンとしちゃったよ。


 みるみるうちに彼の目に光が増えて頬が赤らむ。


「お嬢さんの言う通りだ。いつまでも理想を掴めないとうじうじしていては皆にも示しが付かない」

「うんうん、その意気だ。弟さんにも負けるな」

「ああ。理想の相手にしても、その相手に理想を求めるのではなく、俺がその人の理想となれるよう努力しなくては駄目なんだ」

「え……ええと、そう難しく考えなくても、もっとストレートに構えたらいいと思うけど……」


 エリックは「確かに」と力強く頷いた。


「ならストレートに行くよ」

「うん、え?」


 エリックは今や輝かんばかりの笑みだ。

 そこには恋人を見ているような艶めいた眼差しがある。

 何だか非常に嫌な予感。


「こんな愚かな俺を見捨てず救ってくれた優しいお嬢さん、君は生涯俺の女神様だ。この先俺は君の理想の男になってみせる」

「いやいや早まらないで! こっちの顔も知らないのに!」

「君の容姿に心を掴まれたわけではないからな」


 まさかのまさか。折角のマスクもこれじゃ効果をなさない。


 そんなっ、一目惚れ設定丸無視!? ちょっと待ってちょんまげ!


「俺は今日の出会いを必ず運命にしてみせるよ」


 エリックは私の手を取って手の甲にちゅっと口づけた。


「――見つけた、俺の理想の恋」


 そう言ってはにかむ。

 こうなっちゃったら最早逃げられない。だってエリックってロックオンした相手への嗅覚半端ないもん。


 あーーーーっもう努力が水の泡っ。


 だけど、観念するしかないなってこうもあっさり思うのは、苦悩を味わって俺様さが薄れた彼の柔らかな笑顔のせい?


 元の小説の彼とはどこか違う。


 うん、こんなエリックとなら悪くない……かも?

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