家族旅行
夕雨 夏杞
家族旅行
1
冬にしてはあたたかい日だった。
玄関のドアが開けっ放しだからか、2階にいても春の匂いがするのが分かった。もうすぐ春がやって来る。
「ねーちゃん、まだ〜?」
下から弟の声が聞こえてきた。
「んーもうちょっとぉー!」
私は久々の外出に胸を躍らせていた。あれもこれもと持っていくものを考えていたら、出発時間をオーバーしてしまった。結局、私は迷ってたもの全てを鞄に詰め込んだ。
階段をドタドタと降りて、靴の踵を踏んだまま外へ出る。
「ちょっとお姉ちゃん、ちゃんと靴を履きなさい!もーいつまでも子どもなんだから。」
そう言ったお母さんと、それに同調した弟が私を見て笑った。
「えへへー」
私は浮かれてる自分を見られて恥ずかしくなった。でも仕方ない。だって、今日は本当に久々の家族旅行だったから。
「そろそろ行くぞー!」
先に運転席に座っていた父が窓から顔を出して言った。
「はーい!!」
私たちは車に乗った。助手席がお母さん、その後ろが弟、その隣、つまり運転席の後ろが私。これがお決まりの席順だった。
「「しゅっぱーーつ!」」
私と弟が口を揃えて言うと、お母さんとお父さんが顔を見合わせて笑いあった。
2
私たちは長旅になると、必ず朝ごはんはコンビニと決まっていた。今日も近くのセブンに寄る。
「じゃがりこかポテチか…」
私が悩んでいると、
「新発売スナック!これ食べたかったやつー!あっこれも…」
と隣で弟は手にたくさんのお菓子を抱えていた。
まあ今日くらいいっかと思って、私も食べたいものを好きなだけカゴに入れた。
後は各々おにぎり二個とドリンク一本を買って車に乗る。
やっと旅行っぽくなってきた。
高速道路で車をかっ飛ばしている間、私は高揚感を抑えきれずに、とうとう歌い始めた。
そして私の胸の高まりが伝染したかのように、みんなが歌い出して、いつの間にか合唱になった。
「あー幸せだなぁ」
お父さんが噛み締めるように言った。
3
数時間をかけて、私たちは目的の観光地に着いた。皆それぞれ行きたいところを一箇所決めていたから、順番にまわって行くつもりだ。
まず、お父さんの行きたがってた有名な神社に行った。私と弟はあんまり興味なかったけど、とりあえず神様とやらに適当に願った。神様なんかより、美味しそうな匂いのする屋台が気になる私たちは、すぐにそっちへ走っていった。お賽銭箱に数万円を入れて、何かぶつぶつ言いながら手を合わせていたお父さんは、長いことそこを動かなかった。
やきそばとチョコバナナが美味しかった。
次に、お母さんが選んだ庭園に行った。ここもあんまり乗り気ではなかったけど、行ってみると案外心地よかった。人も多くないし、久しぶりの外出には丁度よかった。お母さんはスノードロップっていう変わった花をずっと見つめていた。しゃがんで見てたから、お母さんの表情がよくみえない。
「きっと春になったらもっと色んな花が咲くんだろうな〜」
当たりをぐるっと見渡しながら私がそう言うと、
「そうね〜」
とお母さんはようやく顔を上げて微笑んだ。
私と弟の行きたいところは被っていたから、私たちは長い時間次の場所で遊ぶことになった。
「家族みんなで遊園地とか十年ぶりくらいじゃない?はやくいこ!はやくー!!」
私がまるで子どもに返ったかのようにはしゃいでいると、
「ねーちゃんはしゃぎすぎ〜」
と弟が笑ってる。なんだ、弟も何だかんだ大人になったんだなあとしみじみ感じる。でも弟よ、君も興奮が抑えきれていないのが私には分かるよ。いつもより目がキラキラしてるもん。昔は苦手だった絶叫ジェットコースターもお化け屋敷も、今ならいける気がして挑戦しまくった。お母さんとお父さんは途中で疲れていたけど、私と弟は他のどの子どもたちよりも元気に遊びまくった。周りの人たちからは変な目で見られていたような気もするけど、気にしない気にしない。
4
行きたいところをまわりきった私たちは、最後に海を見に行った。
夕日も沈みかけていて、夜が、闇がやってくる。あんなに楽しみにしていた家族旅行が、あっという間に終わってしまう。それがとても寂しくて、苦しくて吐きそうになった。旅行は始まる前が一番楽しいのかもしれない。始まってから終わるまでは本当に一瞬だ。
「終わっちゃうね」
私が海を見つめながらそう呟くと、
「そうだね…」
と弟がちょっと寂しそうな声で言った。
「ねーちゃん、手、震えてるよ」
そう言われて自分の手をみると、確かに震えていた。
「やっぱ夜はまだ冷えるねぇ…うーさむっ」
手を擦り合わせながら私は笑った。
「そろそろ行こうってお父さんが」
お母さんが呼びに来た。ああ、本当に、もう終わっちゃう。本当に…
でも、進むしかないんだ。みんなでそう決めたんだから。
私たちは車に乗った。
一瞬、暗闇と一体化したような、ぐちゃぐちゃ色んな感情が混ざりあったような、そんな重苦しい空気を感じた。
だけど、それはほんの一瞬だった。
「ねぇ」
私はみんなに呼びかける。みんなは一斉に私の方を向く。
「私、めっっっちゃ幸せだった!人生サイコー!!!」
私はニッコリと笑う。
それを聞いたみんなも、同じようにニッコリと笑った。
エンジンをかける。車の音が、いつもより大きく、全身で感じられる。お父さんがアクセルを踏んだ。身体がぐんと前に揺れる。スピードがあがる。あがる。あがる。あがる。
目の前は、崖。その下は真っ黒い海。深い深い海。私たちは、自然にかえるんだ。母親のお腹の中に戻るんだ。鞄に詰め込んだお気に入りのぬいぐるみたちをギュッと抱きしめる。全部全部、これで終わりだ。いや、始まりでもあるのかな。もうどうでもいいか。
そういえば、自己紹介がまだだったね。
こんな誰かもわからない家族の旅行話を最後まで聞いてくれた皆様に、感謝を込めて。
父、52歳サラリーマン。最近リストラされて酒に明け暮れる。現在無職!
母、49歳専業主婦。毎日父や子どもたちのイライラをぶつけられて病み、現在精神病院通院中!
息子、18歳。大学受験に落ちて現在引きこもり生活中!
娘、22歳。就活に失敗し続け、人生諦めて現在ニート!
それではみなさん、さようなら。
「「「「人生、サイコー!!!!」」」」
[完]
家族旅行 夕雨 夏杞 @yuusame_natuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます