ソファ

西しまこ

第1話


 そのソファはリビングの真ん中に位置していた。

 朝起きて来たとき、まず寝転ぶ。外から帰ってきたときは、まず座る。テレビを見るときは寝転んだり座ったりする。


 ソファは家族の歴史を刻んでいた。

 はいはいしていた子がソファの下に入り込んでしまったことも、幼稚園から帰って来た子が牛乳をぶちまけたことも、子どもがテレビゲームに夢中になって怒られたことも、ソファはみんな見て来た。

 入園式や入学式の晴れがましい姿、卒園式卒業式の感動、合格したときの喜び――そういう人生の節目の笑顔も好きだったが、いつもの生活の中でふいに起こる笑いがとても好きだった。

 時には胸を痛めることもあった。

 学校から帰って来てソファで泣いたり、夜中に眠れずに起きてきて膝を抱えたり。

 ソファは出来るだけ、優しくソファにいる子を抱きとめた。

 そうして、また元気に、リビングから玄関へ、そして外の世界へと行くのを見守っていた。

 

 ふと気づくと、ソファは抱きとめる力が弱くなってきていた。

 しかも、綻びさえ出て来ていた。綻びはどんどん大きくなっていった。

「そろそろ買い替えの時期かしらねえ」

 ソファは上から布で補修され、リビングではなく小部屋へと移動された。

 そこは本がたくさんある場所で、大きくなった子どもたちが時折訪れてはソファに座って本を読んだりしていた。大きくなった子どもたちは、小さいころとは違ってもう大きな声で騒いだりはしなくなっていた。ただ静かに本を選び、少し本を読んで部屋を出て行った。


 次第に小部屋に訪れるひとも少なくなっていった。

 暗い静寂の中でソファは夢を見ることが多くなっていた。

 過去の夢。幼子のはしゃぐ声。家族で笑い合う様子。なんて幸福な団欒。

「懐かしい! そう言えば、ここにあったんだ! ほら、見てごらん?」

 ふいに声がして、現実に引き戻される。

 幼子が恐る恐るソファに上る。

 小さい手を伸ばして、脚をうんと上げて。よっこいしょ。

 きゃっきゃっと笑う声――夢? 夢の続きだろうか。

「わあ、上手に上れたねえ」

 また別の声がする。

「小さいころ、このソファでよく遊んだんだ。破れてきたから捨てようか、となったとき、どうしても嫌で」「それでここに?」

「うん。気分が落ち込んだとき、ここで本を読むとほっとしたんだ。……懐かしいなあ」

 ソファはいつも家族の中心にあり、いつも家族を見守っていた。――優しい目で。




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