第25話 事件解決RTA

 僕は人生において、1番のピンチを迎えているのかもしれない。

 目の前は真っ暗で状況がわからないけど、誰かに運ばれているのはわかる。

 仰向けの状態で程よい揺れと、フィット感のある首周り。

 ヤバい、段々と眠くなって…。


「グガー」

「……えぇ、嘘でしょ?」

「よくこんな状況で寝れるわね」


 旅の疲れもあってか、すぐに落ちた。

 最近は寝つきが良すぎて、海の上でも余裕で寝れそうだ。

 そこからずっと眠り続け、次に目を覚ましたのは数分後の出来事だった。

 首を思いっきり締められるのを感じ、命の危険だと体が反応した。


「はぁはぁ、し、死ぬかと思った」

「いや、後々死ぬんだけどな」

「え、僕死ぬの?」

「むしろ、この状況で寝れる方が異常なんだが」


 死ぬのは嫌だな。まだやり残したことの1つや2つはあるんだよね。

 うーん、こういう時って慌てたり、命乞いをするんだろうけど、酷く落ち着いている自分がいる。

 不思議と死なないって言う確信が心にある。


「ねぇねぇ、暇だしお話でもしよ?」

「だから、お前は今の状況がわかってんのかよ!」

「時期に殺されるんだよね?なら少しぐらいは話し相手にでもなってくれて良いんじゃない?」

「……まあ少しぐらいは」


 あ、チョロい。こんなことしておいて、意外と良い人なのかもしれない。


「では、まず第一幕。僕とアテスの出会い」

「すげー長くなりそう」


 そこから僕はこの世界に来てからの話を1つ1つ話していった。

 とは言っても、たかだか1週間程度の内容。

 それほど話せる内容は多くないが多少着色を加えて話すことにより、ボリューミーな内容へと変わった。

 そして、しばらく話に花を咲かせると相手も合いの手を入れ始める。やっぱり良い人かも。

 そんなこんなで話を続けている内に、聞き馴染んだ声を耳にする。


「あ、あの……リンさん?」

「あ!アテスの声だ!どこ?どこにいるの?」


 目の前が真っ暗で全然見えないけど、確かに彼女の声だ。

 彼女の顔を見るために、目隠しを外そうとジタバタ暴れてみる。……ダメでした。


「おや、君が噂のアテスちゃんか」

「わ、私より胸が大きい!チクショウ!」


 僕が四苦八苦している内に、しれっと悪者2人がアテスと会話をする。

 ぐぬぬぬ……僕を差し置いて何を話してるの。


「アテス、縄を解いてくれない?」

「あ、はい」


 だが、ここで思いがけない声がかかる。


「あー、それは私達がやるよ。面白い話を聞けたしさ」


 1人の誰かさんが目隠しを外してくれる。

 暗い部屋。だけど、目がすでに慣れているので特別見えないわけじゃない。

 目の前に立つのは赤い髪をした女性で、僕の目隠しを外してくれた人。

 その人は続けて縄を解き、身柄を解放してくれる。


「あ、ありがとうございます」

「感謝しなさい」

「ちょっと仕事はどうするのよ」


 黙って一部始終を見ていたもう1人の人が声を上げる。

 僕とそれほど変わらない若さだが、顔に出来た傷は歴戦の猛者のようだった。


「私、アイツ、好きじゃない」

「プロが私情で動いてどうするの?」

「……じゃあ、お前はアイツのこと好きなのかよ」

「それは絶対ない」


 何がどうなっているかわからないけど、酷い言われっぷりだ。

 彼女達に何があったのか想像もつかないが、嫌われるほどのことをしたのだからよっぽどなんだな。


「何があったの?」

「人の嫁に手を出そうとした。以上」

「……あ、はい」


 傷のある子に目を向けると、視線を逸らして頬を赤くし照れる。


「……惚気ですか?」

「わたしのセリフを取らないで」

「そんな幸せな形を取れているのに、何故この仕事を?」


 素朴な疑問をぶつけると、2人は顔を見合わせて、赤髪の女性は言った。


「今日で辞めるつもりだよ」

「え!てことは僕が最後のターゲット?」

「そう言うことになるね」

「わたし達は正式にけ…結婚をして、そろそろ足を洗おうと思っていたの」

「へぇー、お幸せに!」


 祝福の言葉を言うと、2人は嬉しそうに微笑んで頭を下げる。彼女達の周りに花が見えるよ。

 しかし、祝福ムードもここまで。

 忘れ去られていた人物が声を上げる。


「どちらにしろ、リンさんを誘拐したことには変わりありません」


 少女は殺気を放つ。

 それはそれは野生の生物が怯んでしまうほどの悍ましいものだった。

 スタスタと新婚夫婦に近づいて行く。


「ちょちょちょ、アテス。僕は怪我をしてないし、何なら話し相手になってくれた優しい人達だよ」


 アテスを宥めようとするが、彼女の歩みは止まらない。


「結果的に見ればそうですが、リンさんが話を振らなければ起こらなかった出来事です」

「でもでも」

「いや、彼女の言う通りだよ」


 赤髪の女性は肯定する。


「本来であれば、2人もろとも始末する予定だったんだ」

「……そうね。未遂に終わったけど、どちらにしろ罪であることには変わりない」


 僕は何も言い返せなかった。

 元の世界にも未遂終わったけど、罪に問われて捕まっている人は多くいる。

 それはこの世界でも同じなのだ。


「……ですが、咎める人は私ではありません。それはリンさんの役目です」

「え、僕?」


 突然指名されても何も言えないよ。

 人を裁くほど僕は出来た人でもないし、知識も不足している。

 だから、平和的解決しか思いつかない。


「え、えーっと、み…みんなで仲良くしよか!」


 一瞬、空気が止まった。

 アテスにはため息をつかれ、傷の子と赤髪の人は顔を見合わせて苦笑いする。


「うぅ、そんな微妙な反応しないでよ」

「リンさんらしいと思っただけです」

「いやまあ、会って数分だけど、アンタのお人好し加減には呆れたってだけだ」

「同じくよ」


 そんなに甘ちゃんではないだろ!

 人として正常な判断をしただけだよ!


「ま、まあこれで一件落着ってことで」

「いえ、本番はここからですよ」


 アテスは指を扉に向けた。

 しばらく沈黙が流れたのち、扉はゆっくりと開かれる。


「ククク、よく僕の存在に気づいたな」


 タキシードを着た紳士っぽい人が部屋の中に入って来る。

 どこかで見たことがあるその顔は不敵な笑みを浮かべて、剣を取り出した。


「だが、茶番はここまでだ。僕をコケにしたことを後悔ブゴハ」


 ドンッとアテスの峰打ちが男の首を狩る。

 下手をすれば呼吸不全になるじゃないかってくらい良い音を鳴らし、男は意識を失う。


「コイツが主犯のようですね」

「……お嬢ちゃん、少しは加減ってのを」

「何故です?」

「いやほら、死んじゃうと……私の分の恨みが晴らせないじゃないか!」


 何を言い出すかと思えば、この人もこの男にストレスを抱えていたようだ。

 金髪の女と赤髪の女は悪い人なのかもしれない。

 だがアテスは赤髪の人を制した。


「いえ、貴方は腐っても共犯。ここは私が調教して差し上げますよ」


 アテスはニコリと笑い、男を椅子の上に縛りつけた。

 実に手際の良い動きに「慣れてるの?」って聞いてしまった。

 「子供の頃に本で読んだ」とマジな顔で言われた時は若干引いた。

 それと同時に、彼女の過去により一層興味を抱いた。


「よし、これでOKです」


 手をぱんぱんと払い、完成された芸術を披露する。


「酷いもんだな」

「そうね。見るに耐えないわ」

「……良いな」

「え?」「え?」


 手は後ろに足は椅子に縛られて、さらに胴体や足の付け根、肩周りと完全に身動き出来ない状態。

 目隠しもされて、動かせるのは口だけの状態で逆に可哀想に思える。


「では、早速起こしましょうか」


 そう言って、アテスは水の入ったバケツを男にぶっかけた。


「……プハ!し、死ぬかと思った」

「大丈夫です。殺す気でやったので」


 それは大丈夫とは言わないよ。


「クソ!後少しだったのに」

「そうですね。現実と向き合いしょうか」

「この高貴で麗しい僕をどうする気だ!」


 自己評価高いなこの人。


「で、結局何が目的だったの?」

「……その男の前でアンタを犯して、僕の方が良い物を持っていると証明したかった」


 犯行動機を聞いた瞬間、アテス達から冷ややかな空気が流れる。


「キモ」

「人の風上にもおけねぇ」

「穢らわしいわ」

「えぇーっと……こ、このバカ!」

「……プッ」


 何か吐き出すような笑い声がしたような気がする。

 何か言わないといけない雰囲気だったから、言葉を絞り出して罵倒したんじゃないか!


「フッ……何とでも言えば良いさ。僕はもう手足も出ない。煮るなり焼くなり好きにするが良いよ」


 スッカリと戦意喪失した姿を見て、こちら側も何かする気力も削がれる。

 そのせいか、段々と許しても良いかなって思い始めた。

 事件はこれで幕引き。


「あの」

「では、私の被験体になってもらいますね」


 終わらなかった。

 もう1人の被害者アテスが割って入る。


「ちょうど試したい薬があってですね」

「いや……いやいや、この流れは普通許す流れだろ!何で貴様のエゴに付き合わなければならなフグ!」

「はーい、飲んで飲んで」


 アテスは袋から薬を2本取り出し、男の口の中に無理やり突っ込む。

 そして、全部飲み干すのを確認して、アテスは瓶を地面に叩き割る。勿体無い。


「ゲホゲホ……何を飲ませた?」

「うーん、何も起こりませんね。猫耳が生える薬を作ったつもりなんですが失敗ですね」

「いや、どんな薬だよ」


 アテスも可愛らしい一面があるんだな。

 そんな非科学的な物あるわけないのに、一体何を期待してるのやら。


「ちょっと待て、何だそのクソみたいにゃ薬にゃ!は!」

「……嘘……でしょ」

「おや、思いの外好感触」

「……そう言えばアテス。もしかして、僕に飲ませようとした薬ってアレじゃないよね?」

「さあ、次の薬を試しましょう」


 無視された。僕なんか眼中にないって言わんばかりだ。

 彼女の姿は実験に熱中している科学者のようにキラキラと目を輝かせている。

 袋から薬を取り出しては男に飲ませて、その結果を紙にまとめている。


「……帰ろうか」

「……そうしましょうか」

「あ、お疲れ様です」


 新婚夫婦の2人はこれ以上は関わりたくないのか、さっさと部屋から出て行く。

 末長くお幸せに。

 出来れば僕も宿屋に戻りたいけどね。

 見るに耐えない惨劇が僕の背後から聞こえるから。

 だけど、アテスが道を外さないように、ストッパーとしてここに残る。


「うわー、星が綺麗」


 窓から見える景色を眺めて黄昏る。

 星の見える夜空なんて人生初かもしれない。

 周りが明るい故に、元の世界では見る機会がなかった光景。


「た、助けてくれ!ゴフッ…オエェ」

「まだ10本くらい残ってますよ。吐かないで、全て飲んでもらいますからね」

「ゆ、許しンプ!」


 ……とりあえず、今日の川柳。

 いい日だな、ああいい日だな、いい日だよ。


「明日はどんな街に辿り着くんだろう?」


 ここよりかは良い街であることを祈ろうか。

 しばらく時が流れて、いつの間にか背後からの声もなくなり、静寂な夜に僕は居眠りをしてしまうのだった。

 

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知らんうちに異世界に転移して、よくわからないうちに奴隷を購入させられて、そいつが超絶有能でてんてこまいな異世界ライフ @teki-rasyu

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